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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


男子たるもの常に『執事』であれ

1.
「え? 今日鈴木、休みなの?」
「熱だして寝込んだらしいぜ」
 学園祭の当日。クラスの出し物である執事喫茶の用意をしながら工藤勇太(くどう・ゆうた)はクラスメイトと雑談していた。
「あんなに楽しみにしてたのに…」
「…昨日のアレ、思い出せよ」
 勇太はクラスメイトの言葉にハッとした。
 昨日は前夜祭で、休んだ鈴木ははしゃぎまくっていた。フラダンスにコサックダンス、リンボーダンス、挙句の果てにファイアーダンスまで踊り先生に引きずられるように退場していった。
「…無茶しやがって…」
 そっと涙をぬぐった勇太だったが、ハッと我に返った。
「ちょっと待て。じゃあ…執事役、俺1人!?」
「まぁ…そうなるよな」
「それ無理! 誰か手空いてるやついねぇの!?」
「いないな」
 あっさり切り捨てられて、勇太はどん底に突き落とされた気分になった。
「マジ…かよ…」
「やればできるさ! まっすぐ進めよ! はっはっはー」
 学園祭開始の鐘が鳴る。クラスメイトは軽口叩いて、勇太の肩を叩いて行った。呆然としたまま始まった学園祭。
 しかし、救世主はいつだって現れるものだ。
「勇太さん、お招きいただいてありがとうございます」
「!? アキラさん!?」
 天使降臨! 神は勇太を見捨ててはいなかった!
 優しげな微笑み、甘いマスクの晶(あきら)・ハスロ。彼しかいない!
「お願いします! 執事になってください!!」
「え? ええっ!?」
 突然の勇太の頼みに、混乱する晶。いくら友人の頼みとはいえ、普通はそう簡単に引き受けられるものではない。
「あら…こんなに困って…。アキラさん、お友達の頼みですもの、是非助けてあげて」
「杏樹!?」
「杏樹さん…ありがとうございます!」
 ふんわりとしたゴスロリお嬢様のような東雲杏樹(しののめ・あんじゅ)の一言で、晶は勇太のクラスの執事喫茶を手伝うこととなった…。


2.
「えっと衣装は…あったあった。鈴木の身長と同じくらいだからアキラさんにも着れるはず」
 用意してあった執事の衣装は、バラエティショップで買ったおもちゃみたいな執事の服だ。…学園祭にマジモンの執事服を買う予算などはない。もちろん、勇太も同じ執事の服を着ている。
「これを着ればいいんですか?」
「うん。で、挨拶は『おかえりなさいませ、お嬢様』もしくは『ご主人様』ね。あとは…テキトーにやればいいよ。肩の力抜いてさ」
 そう言って笑う勇太に、晶もややほっとしたように笑う。
 ところが、そんな空気を壊したのは意外な人物であった。
「…そんな態度が『執事』とは…笑止千万です!」
 杏樹が立ち上がる。それは勇太も晶も今までに見たことのないような杏樹の熱血な姿だ。
「そんな生ぬるい対応で『執事』が名乗れると思いますの? 『執事』の『し』の字にもなりません。『執事』たるもの、常に礼儀正しく、誰よりも気を使い、主人に不愉快な思いをさせぬように努力する義務があるのです」
「ぎ、義務?」
 いつもの杏樹らしからぬその言動に、勇太はポカーンである。
「2人とも、そこに直りなさい。私が執事が何たるかを教えて差し上げます」
「杏樹! ま、まっ…」
「お黙りなさい!」
 杏樹を止めようとした晶は、その一言でビシッと姿勢を正す。勇太もそれにならって慌てて姿勢を正した。
「…うふふ、大変良い立ち姿です。では、時間もないことですし…ビシビシいきましょう?」
 にっこりと笑顔は優しく、しかし、その言葉に一寸の隙もなく杏樹の『スパルタ式執事養成講座−超短期決戦−』が始まった。
「勇太さん。常に笑顔で! 話しかける時は必ず一礼の上『お話し中、失礼いたします』とそえるのです」
「こ、こう?」
「アキラさん! 紅茶をお出しするのにそれでは恥ずかしいですよ! もっとさりげなく、優しく」
「は、はい!」
 その時間、およそ10分。だが、晶と勇太には何十時間にも思えるほどの膨大な執事としての知識を詰め込まれた。
「…杏樹さんって…意外と怖い?」
 勇太がぼそりと呟くと、晶は目を丸くして何かを言おうとしたがそれを遮るように杏樹の優しい声が響いた。
「折角のお祭りで勇太さんとアキラさんが恥をかいてはいけませんし、お客さんにも楽しんでいただきたいと思っただけですよ」
 いつもの優しげな微笑み、優しげな口調。
「そ、そうですよね。俺たちのために、ありがとうございます!」
 勇太は即座に謝った。
 そうだ、俺たちのために厳しくしてくれたに決まっているじゃないか! 愛のムチってやつだ!
「私の教えられることはここまでです。あとはこの燕尾服を着こなして、しっかり執事を務めてきてください」
 そう言って、杏樹は2着の燕尾服を差し出した。
「いつの間に…」
 それは、バラエティショップで買ったあの執事服ではなく、本物の執事服。
「さぁ、いつでしょう?」
 にこにこと笑う杏樹に、勇太は深々と頭を下げて早速着替えに走った。

 すでに学園祭は始まっているのだ!


3.
「おかえりなさいませ、お嬢様」
『きゃーーーーー!!!』
 と、黄色い歓声が執事喫茶から何度も上がった。
 カッコいい系執事と可愛い系執事の2人がもてなす執事喫茶の噂は、瞬く間に学園内を突っ走る。
「見た見た見た見た!? なにあれ! チョーカッコいいんですけど!」
「カッコいいだけじゃないって! 雰囲気が! ヤバい! ヤバいよ、あれ!!」
「どっち? どっちが好み?」
「長身のおにーさんもいいけど、弟系も可愛い!」
「ていうか、どっちも欲しい」
『をい!!』
 そんな会話が女子の中で流れるのを聞きながら、他校生であるSHIZUKUは「ん〜?」と首を傾げた。
 彼女もまた勇太に招待された1人だった。
「確か、勇太君も執事喫茶やるとか言ってたっけ…学園祭だし、ネタが被ることなんてよくあるよね」
 SHIZUKUは1人、笑った。そう、信じられるわけがなかったのだ。その噂の執事が勇太であることなんて。
「えーっと、この校舎の3階の…」
 階段を上がり、目的の教室を目指す。廊下を行きかう生徒達、次第に大きくなる黄色い歓声。
「あー…もしかして、噂の執事喫茶と隣のクラス? うわー、悲惨…」
 慰めの言葉でも考えておこうか…などと思っていたSHIZUKUだったが、それが大きな間違いだったと知る。
「…嘘」
 女の子ばかりの長蛇の列。知らずにスルーしたら、その列の先に勇太のクラスがあったとは…。
「あら? SHIZUKUさん?」
 教室からひょっこりと見覚えのある顔が現れた。
「杏樹さん!」
「勇太さんに会いにきたのですか? なら、どうぞ。…って、私、部外者なんですけどね」
 ふふっと笑って杏樹がSHIZUKUを教室に招き入れた。
 中では忙しげに働く2人の男の子の姿。勇太と晶だ。
「おかえりなさいま…せ!?」
 SHIZUKUを見つけた勇太の声が動揺する。が、それは杏樹の咳払いひとつで、すぐに笑顔に変わった。
「おかえりなさいませ、お嬢様。テーブルのご用意はできております」
「え!? あ…は、はい…」
 むしろSHIZUKUもいつもと違う勇太の姿に動揺している。
「あっち、アキラさんですよね? アキラさん、この学校だったの?」
 一緒のテーブルに着いた杏樹にSHIZUKUがこっそり訊くと杏樹はにっこりと微笑んだ。
「いいえ。でも、勇太さんが困っていらしたので手助けしてあげたかったんだと思います」
 あくまでも『自発的に』晶がそうしたかのように杏樹は言った。
「そうなんだ…。アキラさん、優しいなぁ…」
「ご歓談中失礼いたします。お嬢様、お紅茶をお持ちいたしました」
 勇太がそう言って紅茶を杏樹とSHIZUKUの前に置く。可愛いマカロンのおまけつきだ。
「どうぞごゆっくり。御用がありましたら、お呼びください」
「あ、はぁ…」
 調子が狂う。勇太の優しげな微笑みなんか見たことない。
 これが執事喫茶の罠!? ハマっちゃう人ってこういう感覚なの!?
 SHIZUKUの混乱する姿に、杏樹はポンと何かひらめいたようだ。
「SHIZUKUさん、折角ですしゴスロリなど着てみません? よりお嬢様らしくなれば執事喫茶をもっと楽しめると思いますよ?」
 蠱惑的な悪魔の微笑み。だが、SHIZUKUにそれが見抜けるわけがない。
「え? で、でも…」
 遠慮するSHIZUKUを杏樹は颯爽と連れ去ると、フリルたっぷりのゴスロリ衣装をあっという間にSHIZUKUに着せた。
「ふふっ、やっぱりよく似合います」
「え!? えぇぇぇぇ!?」
 その速さに、SHIZUKUは流されるまま再び席に着く。
「執事さん、紅茶のおかわりをお願いします」
 杏樹の声に「はい、ただいま」と勇太がやってきて、SHIZUKUの姿を見て呆気にとられる。
「…あらあら、執事さん。顔が赤いですよ?」
 杏樹の言葉に我に返った勇太は、平静を務めつつ紅茶を淹れると一礼して去っていった。
「見ました? 勇太さんの顔」
 杏樹が笑顔でそう言うと、SHIZUKUは楽しそうに笑う。
「お嬢様ごっこも楽しいかも♪」

 そんな女子2人を女の子たちのカメラ攻撃に遭いながらもハラハラしながら見守るお兄さん系執事・晶であった…。
 

4.
 あわや執事のいない執事喫茶になると思われた勇太のクラスの出し物は、勇太と晶の頑張りのおかげで閑古鳥が鳴く暇もなく大盛況のうちに終わった。
「うー…やっぱ普通の格好の方が楽だな!」
 勇太は燕尾服を脱いでいつもの制服に戻った。着なれた制服はやはり楽であった。
「ホントだね。たまにお嬢様やるなら楽しいけど、ふだんはこっちでいいや」
 そう言って笑うSHIZUKUもいつもの格好に戻っていた。
「この後、後夜祭あるんだけどお前も行く?」
「いいの!? …あれ? 杏樹さんとアキラさんは?」
 SHIZUKUの言葉に、勇太はようやく気が付いた。
「あれ? そういや…いないな…」
 いつからいなくなっていたのか…わからない。片付けやらなんやらでバタバタしていたから。
「後夜祭のことは言ってあるし、多分あっちで合流できるんじゃないかな」
「そっか。なら、先にいってよっか」
 SHIZUKUと勇太は後夜祭の会場へと歩き出した。

 一方、暗闇に染まる一教室で椅子に座る杏樹に晶は片膝をついて最敬礼をする。
「ご指導いただき、誠にありがとうございました。杏樹お嬢様」
 杏樹はふっと鼻でそれを笑った。
「学園の出し物としては良いといった所だが…。私への奉仕としては、まだまだだな」
 窓の外から聞こえる明るい生徒たちの声。それとは対照的な冷たい杏樹の声。
 晶はそれでも、片膝をついたまま動こうとしない。
「アイツの様に日常的に自然に出来るようになれば合格だ。まぁ、せいぜい頑張ってくれたまえ。坊や?」
 杏樹の言う『アイツ』が誰だか晶は知っていた。
「俺は…」
 その先のセリフは、花火の爆音にかき消された。

「面白かったね〜」
「まぁ、貴重な体験ではあったな…もう絶対やんねぇけど」
 苦笑いを浮かべた勇太に、SHIZUKUが笑った。
 そうして、学園祭は華々しい花火によって幕を閉じたのだった…。