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「あなたの知らない伝説のすべて」
燃えさかる建物から爆発音が響き、轟音とともに瓦礫が崩れ落ちる。その傍らで、泣き叫ぶ幼娘を抱きしめた若い母親が、恐怖のあまり立ち尽くす。
日中だというのに、あたりは闇夜の如く暗い。空を見上げた母娘の瞳には、黒と赤とが交互にうつっている。蒼空をびっしりと埋めつくす翼竜群の黒と、彼らが吐き散らす炎息の赤だ。爆炎があがる。悲鳴があがる。母娘の傍らを、金切り声をあげた看護師の女性が二人、走り抜けていく。二人が担ぎあげた、担架代わりのシーツの中では、死んだ目の負傷兵がうめき声をあげている。
そんな彼らのもとに、どこからか降り注ぐ歌声がある。
――息が弾む、時を刻む、羽搏いている、導いてる、願いと思いを乗せた翼……
凛とした気高さをたたえた、女性の歌声だ。妖精王国に属する者ならば誰もが感じ取れるそれは、呪歌だ。攻撃力と防御力を上げるために、戦場に捧げられる、祈祷の歌だ。
翼竜群に塗り尽くされた空に、歌い手の姿がホログラムで投影される。艷やかな黒髪をなびかせた、麗しい女性だ。しかし……。
うごめく負傷兵、奔走する看護師、膝上タイトスカート姿で銃を持ったまましゃがみこんでしまう事務員、怯えた目の女性技師……。
地獄絵図のさなかの彼らには、歌声は届かない。
「まずいわね……」
歌声の主・藤田あやこは、USSウォースパイト号内で、焦りをにじませていた。
孤島の要塞リーナが、妖精王国に仇為す龍族の間諜によって、内部崩壊した。
その連絡があやこの元に届いたのは、ニ時間ほど前のことだ。
守備隊は瞬殺され、撤収もままならない。残存兵力は、形式的な自衛訓練を受けたのみの看護師や、女子後方支援兵、軍人子女、辛うじて歩ける負傷兵だという。撤退支援の要請を受けたUSSウォースパイト号の艦長ことあやこは、呪歌による加持祈祷計画を立案、即座に支援に駆けつけたのだが……。
「艦長、だめです。数値は20%を超えません!」
あやこの傍らで、測定画面を睨んだ士官が叫ぶ。要塞リーナ内の攻撃力と防御力を数値化したメーターは、20%前後でうごめくばかりだ。
「う〜ん、私の歌は完璧なんだけどな〜。みんな、聞いちゃいないのよね!」
呪歌には、聴く者のパワーを増幅させる効果がある。しかし、現状、そもそも増幅させるほどのパワーが、ない。一瞬で消されてしまった守備隊、崩落してゆくリーナ。あまりに大きすぎる被害を目の当たりにした人々の心に巣食うのは、パワーではなく、絶望だ。人は、壊滅的な被害そのものよりも、「もうだめだ」という絶望によって、命を落としてしまう。リーナ内の人々の絶望がここまで強いとは、あやこにも予想外だった。
――息が弾む、時を刻む……
再び、歌声が響いた。あやこの傍らの特設ステージで、二人の少女が歌い、踊る。
三島玲奈と、瀬名雫だ。
特徴的なのは、その衣装だった。ふたりとも、紺色のスクール水着の上に、たっぷりとギャザーを寄せたフリフリの三段重ねのチュールスカートを身につけている。スカートの色は、玲奈は水色、雫はピンクだ。足元は、白いオーバーニーソックスに、ハイカットのスニーカー。さらに、雫は、頭からはみ出る大きさの、キラキラとスパンコールの散らされたピンクのリボンを、髪に斜めにつけている。同様に玲奈が頭に乗せているのは、いつも自身が操っている戦艦を模した、超ミニサイズの戦艦型ミニハットだ。
しかし。
「ちょっとあんたたち、そんな恥ずかしそうに歌ってどーすんのよ!? みんなに勇気と希望と呪歌を届けるのが、あんたたちの仕事でしょ!?」
あやこが一喝する。そう、ふたりはあまりに恥ずかしそうで、呪歌の効力がちっとも発揮されていないのだ。
「だってぇ……こんなフリフリの服で、人前で歌うなんて……恥ずかしいよぉ……」
「何いってんの雫! これは大事な任務、人命がかかってんのよ! 玲奈を見なさい、口では恥ずかしいといいながらも、やる気は満々よ!」
「あっ……あたしは、別に! そーゆーんじゃないから! カワイイ衣装で歌って踊れて嬉しいとか、思ってないからっ!」
突然話を振られた玲奈は、顔を真赤にして、そっぽを向く。
小柄で可愛らしい印象の雫が、縮こまってもじもじしているのに対し、すらりと背が高くしなやかな玲奈が、腰に両手を当ててふんぞり返りながら恥ずかしがっている姿は、あまりに対照的で、見ていておかしい。吹き出しそうになるあやこだが、戦況は笑っていられるものではない。
――このままじゃダメだわ。
玲奈と雫を押しのけて、ずかずかとステージに上ったあやこは、マイクをひっつかんで、叫んだ。
「ちょっとちょっとみなさぁぁん!? 最終防衛線、ツアーファイナルなのに、力余してどーすんですかぁ!?」
突然の大声が、阿鼻叫喚のリーナ内を駆け抜ける。突然投げつけられた煽り文句に、人々はハッと顔を上げた。見上げた上空には、必死に訴える麗しき黒髪のエルフ、あやこのホログラムだ。
「アンタら尊い犠牲払って、私らも尊い人命払って凄い大変だけど大丈夫皆?」
あっけにとられた様子で見上げる人々に向かって、腰をひねって振り返ったポーズで、右手のマイク越しに、あやこは一節唸ってみせる。
「まだまだ力が余ってるってヤバイ子は銃挙げて〜♪YO!」
一瞬、顔を見合わせた後、玲奈と雫が、あやこの両脇から前に走り出る。あやこと同じポーズをキメると、繰り返して歌ってみせた。
「挙げて〜♪YO!」
「ガッツリ戦える子は銃挙げて〜♪」
「銃挙げて〜♪」
「力残さないで〜♪」
いつしか三人のユニゾンになっていた。次々とフォーメーションを変えて歌い踊る。しかし。
「艦長、人命よりもリーナの保護を優先せよとのことです」
「なんですって!?」
士官の発言に、あやこは思わずステージを忘れて叫んだ。
「要塞リーナは、妖精王国の叡智の結晶。敵の手に落ちてはならない機密が無数にあります。有事の際には、同族の命に代えてもリーナを守れ、との通達です」
――何をいっているのよ!?
冷静な士官の言葉に、あやこは頭を抱える。
この期に及んで、人命よりも、機密ですって!?
「……どうすればいいの?」
あやこを見つめた玲奈が、不安げな声をあげた。頭を抱えたまま、しばし沈黙してしまうあやこに、雫も困惑した視線を投げる。が、直後、あやこは唐突に顔をあげた。最高に面白いジョークを思いついた! といわんばかりの、ひらめく笑顔で。
「大丈夫よ! 要は、機密が敵に渡らなければ、いいんだから!」
玲奈と雫の腕を掴んで引き寄せ、耳打ちすると、あやこは二人を再びステージに押しやった。玲奈と雫の驚きの表情が、やがてニヤリとした笑みに変わる。二人はカメラの前に走り寄ると、一本だけのマイクに顔を寄せ合い、明らかに周囲に聞こえるように、内緒話を始めた。
「ねーねー、雫?」
「なーに、玲奈ちゃん?」
「ここだけの話、内緒だけどぉ……」
「しーっ」
「あのね……要塞リーナね……」
「うん……」
「皆でぇ、全力でぇ……」
「うん……」
「ぶっ壊しちゃえ☆」
「おー☆」
「なっ!?」
最後に叫んだのは士官だった。大慌てであやこを振り返り、まくしたてる。
「艦長!? たった今、申し上げたはずです! 何よりもリーナの保護が優先だと……」
「うっさいわね! このままじゃ、どのみちリーナは墜ちるわ。機密を敵に渡せないのなら、こっちで破壊しちゃえばいいじゃない?」
「!」
絶句。驚愕。士官の表情の変化は見ものだった。
二の句がつげずにいる士官に、あやこはにっこりと美しく微笑み、言い切ってみせた。
「艦・長・命・令、よ☆」
そして、曲のイントロが流れる。
玲奈と雫には、不安な様子はもうない。皆と一緒に戦い、生き延びるのだという強い決意と自信がみなぎっている。
――息が弾む、時を刻む、羽搏いている、導いてる、願いと思いを乗せた翼。
君の瞳闇の隣、未来のギアぐっと押した、無限の空に飛んでく。
マイクを両手で持った玲奈が、まっすぐにカメラを見据えて歌う。力強いその眼差しは、見る者の心を射抜く。玲奈の歌声に、雫のコーラスが絡んだ。
突然、突き抜けた存在感を見せるふたりの姿に、地上の人々はざわめいていた。
「リーナを、ぶっ壊す……?」
「壊しちゃっても……いいの?」
そんな人々に語りかけるように、玲奈と雫は、交互に歌う。
「♪大切なもの、奪われるくらいなら……」
「♪ゆずれないもの、なくしてしまうくらいなら……」
片手ずつを合わせて、ふたりはカメラの前でハートマークを作る。
そして、声を揃えて、力の限り、叫んでみせた。
「ぶち壊せぇ! 全員、声を出せぇー!」
瞬間、攻撃力と防御力を示すゲージが、振り切れた。
ドドドドドドッとすさまじい轟音とともに、地上で爆煙があがる。一拍置いて、真上にいた翼竜たちが、突然糸が切れたかのように、バタバタッと地に墜ち始めた。悲鳴があがる、が、それは、地上の人々ではなく、上空の龍族があげたものだ。地上を見ると、制服の紺色タイトスカートのサイドを乱暴に破いた姿で、ずらっと横一列に並んだ事務員たちが、窓から一斉掃射したのだった。
翼竜が一匹墜ちるたびに、闇夜のようだった天空に、青空が覗く。光がさす。一筋の光に照らされた地上の人々は、希望に顔を輝かせた。
――舞い上がれ憂いはいつも風切り羽を、すり抜けて行くよ。
信じてる当ての無い旅だけど命を抱いて、翔けぬけばきっと届く。
「事務員のみなさん、サイッコー!!!」
リードボーカルの玲奈の歌にかぶせて、雫が叫ぶ。
「ホントに全員声をだせぇ!」
煽りながらキーボードを弾く雫に呼応するように、地上のあちこちから銃声が轟く。
タタタッ ツタツタッ タタタンタンッ。
それはさながら、玲奈と雫の歌声に合わせた、ドラムスの音色だ。
「まだまだ全然ッ! 足りないわっ!」
乱入してきたのはあやこだった。
銃声のドラムスを支えるように、竪琴でベースを奏でる。スラッシュメタルもびっくりの速弾きが生んだグルーヴが、いつしか戦場をライブハウスに変えていく。
――翼手にして、夢追いかけて加速して、離陸して心をゴッと噴かす。
掴もう愛を明日の星へ、つきぬけろ蒼々シャイン、めざすは蒼々スター
歌声は人々にパワーを与え、魔力によって増幅される。
今や、三人の独壇場だった。煽り、煽られ、戦場は熱を孕む。
「ねぇこれで最期なのに! それで大丈夫? 本気見せてよ本気!……聞こえないワッ」
ズダダダダダンッ!
看護師たちに足元を撃たれた剣龍が、華麗にタップダンスを踊る。
「最後まで全力で抗ってくれ〜♪ セイ!」
ギャアアアアーーーッ!
予想外のコールアンドレスポンス。撃ち落とされてゆく翼竜たちの絶叫だ。
歌う。撃つ。踊る。叫ぶ。奏でる。なぎ倒す。
互いが互いを高め合うような一体感に、戦場が酔いしれる。
熱狂のライブは一時間近くに及び、要塞リーナは、「死者数ゼロ、侵攻阻止」の奇跡を成し遂げた。
これがのちに、「要塞リーナ伝説の奪還ライブ」と呼ばれることを、この時のあやこたちはまだ、知らない。
【了】
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7061 / 藤田・あやこ / 女性 / 24 / エルフの公爵】
【7134 / 三島・玲奈 / 女性 / 16 / FC:ファイティングキャリアー/航空戦艦】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、梟マホコです。ご依頼ありがとうございました。
気高く麗しいのにきゃぴきゃぴなあやこさん、強くたくましいのに恥じらうオトメな玲奈さん。
お二人が魅力的すぎて、歌って躍らせるのが楽しくて仕方がありませんでした。
お二人の可愛らしさと、ライブの熱さを、楽しんでいただければ幸いです。
この度は、本当にありがとうございました。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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