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<東京怪談ノベル(シングル)>


深淵より来たる軍団


 給料が、少しだけ上がった。
「口止め料、って奴なのかな……」
 自室のベッドに倒れ込みながら、フェイトは呻いた。
 割と良い部屋に住んでいる、と自分では思っている。日本ならば「マンション」と呼んでも良いくらいの一室だが、ここアメリカでは、集合型の賃貸住宅は「アパートメント」で一括りにされているようだ。
 とにかく久しぶりに、自分の部屋へ帰って来た。
 ここ数日間、激務が続いた。様々な州で、様々な敵と戦わされた。
 錬金生命体の事など、考えている余裕もなくなるほどの激戦が続いた。
「まさか……それが狙い、ってわけじゃあないと思いたいけどな……」
 呻きつつフェイトは、テレビのリモコンを手探りで捜した。
 錬金生命体をテレパスで制御する実験は結局、失敗に終わった。
 IO2上層部の思惑がどうあれ、失敗したのは自分自身である。何らかのペナルティを課せられたとしても、受け入れなければならない。
 フェイトは、そう思っていた。
 ペナルティと呼べるようなものは与えられなかった。その代わりに給料が少しだけ上がり、そして仕事が増えた。
 あの実験の事は、忘れて欲しい。最初から無かった事にして欲しい。
 上層部からの、そんなメッセージを、フェイトは勝手に感じ取ってしまったものだ。
 リモコンがようやく見つかったので、テレビを点けた。
 某国の、内戦の様子が映し出された。
 アメリカが、軍事介入するべきか否か。今や国内世論は真っ二つに割れている、とキャスターが語っている。
 画面が切り替わった。例の嫌日派議員が、積極的に介入すべし、と熱弁を振るっている。
 理性的に反対意見を述べている政治家や識者が、何人か映し出された。だが嫌日上院議員の積極的口上に比べると、いささか力強さに欠けると言わざるを得ない。
 軍事介入が、正式に決定したとしたら。
 そして、あの錬金生命体たちが、米軍の戦力として投入される事になったとしたら。
 例の実験に、自分が成功していたら。
「俺が……戦場で、あいつらを率いて戦う……なんて事に、なってたかも知れないのか」
 失われた面影が1つ、フェイトの脳裏に甦った。
 眼鏡をかけた、白人の青年。今でも微笑んでいる。
 テレパス系の能力に限って言えば、フェイトよりも格段に優れた同僚だった。
 彼ならば、あの実験を成功させていたかも知れない。
 そして、戦場に行かされていたかも知れない。
「俺がやって、失敗して……良かった……のかな……」
 テレビを点けっ放しのまま、フェイトは眠りに落ちていった。


 ここテネシー州は、とある組織の発祥の地である。
 その組織が今、復活しようとしていた。
「アメリカ……美しき純白の国……」
「その清き白さを穢す、黒に滅びを! 黄色に死を!」
 白いローブに、頭の尖った白覆面。
 そんな格好をした人々が、寂れた田舎町を占拠していた。
 白装束の、集団。あるいは軍団と呼ぶべきか。
 白さを讃え、黒や黄色を罵倒しながら、彼らは様々な銃火器を携え、行進している。小銃、拳銃、サブマシンガンにロケットランチャー、火炎放射器。その白装束も、恐らくは防弾仕様であろう。
「遠慮なく撃っちゃっても構わない、と。そういう事なんだよな?」
 建物の陰に潜んだままフェイトは、口元のインカムに話しかけた。
『生かして捕まえる必要もねえと、そう聞いてる……俺もな、はっきり言って、こいつらに手加減なんてさせられるかどうか』
 町の近くで待機している、IO2車両からの通信である。
 その車両内部では、あの日本帰りの同僚が、フェイトと同じく作戦開始の時を待っている。
 彼が「こいつら」と呼んだ者たちもまた、町のあちこちに身を潜めているはずであった。
 そんな事を知る由もなく白装束の軍団は、口々に呪いと排斥の言葉を吐きながら、行軍を続けている。
「黒に、滅びを……」
「黄色に死を!」
(……って事は、俺も駄目なのか)
 フェイトは、苦笑するしかなかった。
 この白装束の組織の、起源を知ろうと思うのならば、南北戦争時代まで遡らなければならなくなる。
 フェイトも、詳しい事は知らない。
 わかっているのは、ただ1つ。彼らの手にしている銃火器が、全て本物であるという事だ。
『使う気満々、って事だな……』
 同僚が言った。
『日本でさ、ヘイトスピーチって奴が問題になったよな……けど俺らアメリカ人に言わせりゃ、あんなの全然甘っちょろいぜ。何しろスピーチじゃ済まねえからな、この連中は』
 黒に滅びを、黄色に死を。
 その言葉通りの事を、この白装束たちは実行しようとしている。否、すでにこの町で実行している。
「町の人たちの避難は?」
『完了してる……生き残ってる人たちはな』
 生き残る事が出来なかった人々も、いるという事だ。
 白装束たちの中には、点々と赤黒い汚れを帯びている者もいる。返り血、である。
 町の住民から、人死にが出ている。
 全て、有色人種の人々であるという。
『こいつらだけは許せねえ……アメリカの、恥さらしだ』
 この同僚が、ここまで怒りを露わにするのは珍しい。
『このクソどもに比べりゃ、虚無の境界の方が100倍ましだぜ。俺は、手加減なんかさせるつもりねえからな。お前も本気で戦えよ、フェイト……じゃねえと冗談抜きで、殺されるぞ』
「わかってる……」
 この白い軍団を、町から1歩も外に出してはならない。たとえ、命を奪う事になってもだ。
 今更、躊躇う資格など自分にはない。
 己に言い聞かせながらフェイトは、建物の陰から飛び出した。
 白装束の行軍、その真っただ中に着地する。
「むっ、何だこいつは……」
「黄色だ! 東洋の猿だ!」
「汚らわしいモンゴロイドが、この国で息をするなッ!」
「戦争で負けたくせに!」
 拳銃が、小銃が、その他様々な銃器が、一斉にフェイトに向けられ、火を噴いた。
 同士討ちも辞さない、凶暴な銃撃だった。
 剥き出しの敵意が、全方向から伝わって来る。それを分析すれば、火線を見切るのは難しい事ではない。
 フェイトは身を翻した。その背中や脇腹をかすめるように、銃弾の嵐が吹き荒れる。
 紙一重の回避を披露しながら、フェイトは引き金を引いた。左右2丁の拳銃。両の銃口が、爆炎のようなマズルフラッシュを輝かせる。
 爆発が、フェイトの周囲を薙ぎ払っていた。
 爆薬弾頭。チベットで知り合った某友人から、贈られたものである。
 防弾仕様の白装束をまとった男たちが、物のように吹っ飛んで建物や路面に激突した。そして動かなくなる。
「殺した……のか? 俺……」
 殺人を躊躇う資格など自分にはない、などと覚悟を決めたつもりでも、ついそんな事を呻いてしまう。
 致命的な隙であった。
 まだ大量に残っている白装束の男たちが、もはや表記不能な憎悪の絶叫を吐き出しながら、フェイトに銃口を向ける。
 そうしながらも引き金を引く事なく、倒れてゆく。
 何かの群れが、彼らに襲いかかっていた。凶暴な猿を思わせる、超高速の襲撃。
 それらは一見、人間のようではある。迷彩の戦闘服に身を包んだ、特殊部隊のような男たち。顔には昆虫を思わせる仮面が貼り付き、複眼にも似たゴーグルを冷たく輝かせている。
 そんな兵士たちが、白装束の男たちを、叩きのめし、へし曲げ、引き裂いてゆく。徒手空拳でだ。
 明らかに、性能が上がっている。
 慄然と、フェイトはそう感じた。
『ヴィクターチップの調子は上々だぜ……俺も、ここまで絶好調だとは思わなかったけどな』
 車両の中から彼らを機械制御しながら、同僚がいささか興奮している。
『手加減の機能なんて、こいつら最初っから付いてねえや……』
「……助かったよ」
『しょうがねえよフェイト。手ぇ汚すのは……こいつらに、任しとこうぜ』
 同僚が、車両内でいかなる操縦を行っているのかは、よくわからない。
 とにかく仮面の兵士たち……ヴィクターチップを埋め込まれた錬金生命体の軍団は、白装束の群れを、片っ端から粉砕してゆく。拳で、手刀で、蹴りで、様々な技を繰り出しながら。
『おりゃ、竜巻昇竜波動コマンド! 乱舞とか出来ねえのかな、こいつら』
「実験はようやく成功、ってわけだな……あんまり遊ぶなよ」
 そんな事しか言えぬままフェイトは、一方的な戦いの有り様を、半ば呆然と見物した。
 失敗に終わってしまった実験が、どうしても脳裏に甦ってしまう。暗黒の海、その中に潜む怪物。
 あの醜悪なるものの分身とも言うべき仮面の兵団が、人種差別主義者の人間たちを、ことごとく始末してゆく。
 どちらが、より忌むべき存在であるのか、フェイトにはわからなかった。