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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.32 ■ IO2東京本部







 その日、IO2東京本部は慌ただしい一日を過ごしていた。

 虚無の境界との戦闘による、負傷者及び拘束した虚無の境界構成員の取り調べなど、実に朝からタイトなスケジュールの中で仕事をこなしていた。
 そんな中、窮地に陥りかねない情報が齎されたのである。

 現在外に出ている主要エージェント。ジーンキャリアの鬼鮫。
 そして、IO2科学・兵器開発の統括者である鬼才、影宮憂の二人。

 この二人が、かの有名な元IO2最高のエージェント、ディテクターを。
 そして最高警戒ランクに処されている、中国出身の能力者。黒冥月の二人を連れ、虚無の境界の幹部を連れて帰って来るのだと言うのだ。
 もはや何から、そしてどれから手をつければ良いのか判断しかねる状況であると言えた。

《――館内へ通達。現在地下駐車場に、対象が到着。繰り返します――》

 普段ならば非常事態でもない限り使われない、全館内への放送による勧告であった。




 これはひとえに、武彦と冥月。そして虚無の境界の幹部であるデルテアら一行が主な原因である。
 もちろん、こんな事態にならない様に憂が連絡するとは告げていたのだが、実際は少々舌足らずな説明になってしまった。

 ――『あ、もっしもーし。これからディテクターと一緒に、警戒ランク最上位の黒冥月ちゃんと虚無の境界の幹部数名護送するからねー』

 この言葉で、冥月は護送されている側だと思われたのは言うまでもない。




「お、おい……」
「あれ、ディテクターの隣を歩いているのがやっぱり……」
「あぁ。あれが最高警戒ランクの能力者、黒冥月だ……」

 憂と鬼鮫を戦闘に、武彦と冥月。そしてその後ろには百合と零が歩いて行く姿を見て、その場にいた職員達から訝しむ声があがった。 

 しかしそんな声にも冥月は一切動じる事も臆する事もなく、堂々とした足取りでIO2内部を進んでいく。
 ジロジロと不躾にぶつけられる視線を打ち返すかの様に冥月が睨み返すと、気まずさから視線を逸らした職員達。そんな姿に冥月は小さく鼻を鳴らすと、影を操る。

(……対異能処理……か……)

 影を這わせて建物の構造を調べようと試みた冥月は、異能処理の存在に気付かされた。

 ある程度の建物の構造までは把握出来るものの、細部がまるで繰り抜かれたかのように掴めない空間が多い。
 これはかつて、冥月が組織の中で処理されたものを調べた際に返ってきた反応と同じ物だ。

(重要な物がそこにあると言われている様なものだが……、あえてトラップにしているケースも考えられる、か)

 いずれにせよ油断は出来ないだろう。そう判断した冥月は改めて気を引き締める。

「……百合」

 不意に振り返った冥月に百合が声をかけると同時に、冥月が百合の頭を抱き寄せ、ゆっくりと撫でた。
 突然の出来事に唖然としていた百合へ、冥月が囁くように告げる。

「怖がる事はない。奴等が何かしてきたら、こんな支部くらい私が一瞬で壊滅させてやるから」
「……お姉様」

 百合はそんな冥月の言葉に思わず小さく安堵する。

 百合にとってもIO2は油断ならない場所だ。
 虚無の境界の息がかかっていた百合の事は、すでに憂によって報告されているだろうとは当たりをつけていた。
 いくら今は協力関係にあるとしても、確実に手を出して来ないとは言い切れないのだ。

 そんな一抹の不安を見抜き、冥月はそう告げたのだと百合は実感する。

「そういえば昔に一度、某国のIO2支部を潰してくれという依頼をされた事があったな。割に合わないから断ったが」

 そんな百合を他所に、今度は周囲へ聞こえる様に告げる。
 牽制の意味で発しられた言葉ではあったものの、それも冥月という存在――つまりは最高警戒に処されている相手に言われるとなれば、それはただの脅しとは取れない。

「にゃはは、冥月ちゃん。あんまりそういう脅しは辞めて欲しいねぇ。冥月ちゃんが言ったら冗談に聞こえないからねぇー」
「なに、冗談ではないが」

 そんなやり取りを見て、他の職員が肝を冷やした事など、冥月らが知る由もない。















 冥月が案内された先は、真っ白な能力者用の留置所だ。
 試しに影を這わせてみるものの、やはりここも対異能処置が施されているのだろう。能力が介入出来ない。
 正確に言うならば、その空間に干渉が出来ないのだ。

「どうやらここは対異能用に処置されている様だな」
「もしかして分かるの、冥月ちゃん?」

 冥月の言葉に目をむいたのは憂だった。

「対異能の能力と言うよりも、これは別の空間になっている様に感じるが……。空間を断絶して干渉を防いでいる、という感じか」
「……あはは、まいったね……。ホントならそれを知られただけで冥月ちゃんの自由を縛らなくちゃいけなくなるんだけど……」

 苦笑を浮かべた憂は所在なさげに頬を掻きながらそう呟いた。

「まぁ冥月ちゃんの能力じゃ、隠しようもないからしょうがないね。冥月ちゃんが言う通り、この中とこの場所は空間が違うの。そこの出入口からじゃないとお互いの空間に干渉が出来ないんだよね」
「……なるほどな。それなら納得は出来るが、そこまで言ってしまって良いのか?」
「良くはないけど、隠せないからねぇ。気付かれたんだからしょうがないよねー」

 あっさりとIO2の秘密を知る事になった冥月だったが、結局その部屋の中へと、影の棺桶とも呼べるその塊を吐き出し、部屋から出て解放する。
 これで護送は完了だ。

「さて、ご協力感謝だよー」
「構わない。それより、そっちも尋問したいだろうが、先に百合の身体についてだ。治療と詳しい症状の説明を頼みたい」
「うん、そうだね。尋問するも何も、今はなんか思っていた以上にボロボロみたい、だし……。とりあえず、私の研究室に行こっか」

















 エレベーターに乗り込み、静脈認証の機器だろう。その端末に憂が腕を入れると、エレベーターが動き出した。
 どうやら憂が向かっているその研究室もまた、先程と同じ様に外界とのつながりを断絶している様だ。どうやら機密に関わる場所はほぼ全てがそういった処置が施されているらしい。

 憂と百合、そして冥月の三人だけで進むエレベーターの中で、冥月は百合へと振り返った。

「体調はどうだ?」
「今は大丈夫です」
「……そうか」

 こうして見てみると、やはり百合の血色は決して良くない。薬による悪化は、常に身体を蝕んでいると考えられるだろう。
 「大丈夫」という言葉は、あくまでも耐えられるか否かでしかないのだ。

 そんな事を考えていると、ついにエレベーターがその動きを止めた。

「着いたよ。こっち」

 憂に促され、三人が憂の研究室へと訪れた。

 憂の研究室は、フロア一つをそのまま広げて繋いだ様な印象だ。白を基調にした室内に、銀色の見たこともない機材が多い。

「ここにある機材は全て、一般に出される様なものじゃない。こう見えても私が造ったものばかりだからね」
「……変なものばかり作っているのかと思っていたが、そういう訳ではないみたいだな」
「失礼だよっ!?」

 冥月の印象としては、やはり猫セットだ。
 あの人を小馬鹿にした様なAIと言い、やはり技術力は尋常ではないのだろうとは思っていたものの、それを目の当たりにするのとしないのとでは訳が違う。

「んじゃあ、百合ちゃん。早速始めようか」














 憂に促され、百合は貫頭衣の様な服を着て大きな筒状の機械の中に寝かされた。
 憂の身体の中を細かく調べあげているのだ。

 そんな姿をモニタールームから不安げに見つめていた冥月に、憂は気持ちを紛れさせる様に声をかけた。

「そういえば、冥月ちゃんだったんだねぇ」
「……? 何がだ?」
「武彦ちゃんがディテクターになって、唯一本部に捕獲を拒否した対象がいたんだよね。当時は中国の組織にいた、最悪の暗殺者と呼ばれていた存在。IO2に対象の情報がしっかりと上がってきてなかった頃だったけどね」

 憂はゆっくりと説明を始めた。

 それは、武彦と冥月が出会った頃の話だ。
 任務の都合で能力者の存在――つまりは冥月の存在を理解していた武彦はそれまで、細かい報告を随一IO2へと送っていたそうだ。

 しかしある日、武彦はそれをしなくなり、事後報告だけを済ませたそうだ。

 それに違和感を覚えた上層部が武彦を召喚し、その事実を確認しようと試みたが、武彦は無言を貫いたそうだ。

「――武彦ちゃんはもともと、まるで機械の様に仕事をこなしてた。そこに感情を見せる事なんてなくて、ただずっと、何も文句を言わずにね。
 そんな武彦ちゃんが変わったのは、きっと冥月ちゃんの影響だったのかなって思ってね……」
「……そう、だったのか」
「うん。だからね、冥月ちゃん。こう見えても私、冥月ちゃんに感謝してるんだよ」

 そんな胸中を吐露され、冥月は少しばかり気恥ずかしそうに俯いて頷いたのであった。









to be countnued....





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いつもご依頼ありがとうございます、白神怜司です。

今回はIO2登場篇という事で、まったり会でしたね。
能力者と戦っているという事なので、能力差対策は施され、
その内部の全容までは把握出来ませんでした。

からくりの把握には至りましたが。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共よろしくお願い致します。


白神 怜司