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俺と子猫と仕事
激しい爆音と共に、視界が悪くなる。
舞い上がった砂塵が当たり一面真っ白に変え、フェイトは咄嗟に目を細め腕で視界を遮る。
もうもうと煙る砂塵の向こうに、大きくうごめく影が過ぎった。
フェイトはその瞬間を逃すことなく、手にしていた銃にを構えたまま黒いジャケットを翻し砂塵の中に駆け込み発砲するが、敵を射止め損なった。
「ッチ……」
フェイトは軽く舌打ちをし、眉根を寄せる。そして素早く玉を込め直し次の攻撃に備えた。
「!」
銃を構えて緊張感の高まる中、ふいにフェイトの側にあった茂みがガサリと小さく蠢く。
フェイトは顔を強張らせ素早くそちらに銃口を向けると、茂みの影から一匹のトラ猫の子猫がヨタヨタと顔を覗かせた。
子猫と分かると、一瞬張り詰めていた緊張感が緩む。その瞬間、その茂みの向こうから黒い触手が物凄い速さでフェイトに襲い掛かってきた。
フェイトは寸ででその攻撃をしゃがむ事でかわし、触手の伸びてきた方向へ向かい銃を放つ。
「やった」
確かに仕留めた手応えが玉を放った瞬間に感じられた。彼の感じた感覚は的中。玉を受けた魔物は身の毛もよだつような咆哮をあげて、ズズン……と地面の上に倒れこんだ。
倒れた魔物を前に、再び動き出す事がないか用心深く周りに注意を払っていたが動く様子はないようだ。
ようやく緊張感を解き、フェイトは耳に付けていたインカムに手を当てる。
「こちらフェイト。任務完了しました」
IO2本部への報告を済ませ、帰宅許可が下りるとおもむろに茂みの中から子猫を抱き上げた。
「大丈夫か? 無事でよかったよ」
顔を覗き込むようにすると、子猫はフェイトの顔を舐め始めた。
「わっぷ……。ちょ、やめろって……」
しつこく舐めてくる子猫から顔を引き離して胸に抱き寄せると、ゴロゴロと喉を鳴らしながらフェイトの腕やわき腹辺りに顔をグリグリと押し付けだす。
そんな子猫の背を撫でながら辺りを見回し、先ほど現れた茂みの中を探してみるが親猫らしき姿はない。
「どうするかなぁ……」
仕事柄、家を何日も空けることが多いため飼う事はできない。だが、このままここに置いて帰るのも気が引ける。
しばし悩んだ後フェイトは浅くため息を吐き、腕とわき腹の間に顔を挟めたまま喉を鳴らし続けている子猫を見下ろした。
「しょうがないな……」
フェイトは子猫を抱えたまま自宅への道を急いだ。
*****
「こら! 暴れんなって!」
自宅に戻ると着替える事も後回しにし、フェイトはズボンの裾を折り上げ、袖を捲り上げて子猫を風呂場に連れて行って風呂に入れ、暴れ回る子猫の体をタオルでワシワシと拭き上げる。
綺麗になった子猫を片腕に抱き上げたまま一度リビングへ戻ると、フェイトはひとまずジャケットを脱いでソファの上に置き、キッチンで適当な器を取り出して帰宅途中に買った猫用のミルクを注ぎいれる。
「ほら」
床の上にいた子猫の前にミルク入りの器を出すと、子猫はヨタヨタと歩み寄りながら鼻をピスピス鳴らしてミルクの匂いを嗅いだ。だが、勢い余って鼻先と口元がミルクの中に突っ込み、せっかく綺麗にした毛並みが一気にベタベタになってしまった。
「あぁ〜……せっかく綺麗にしたのに……」
鼻全体がミルクの中に何度も突っ込みながらも、子猫はミルクを必死に飲み始めた。
そんな子猫の側にしゃがみこんで見つめていたフェイトの表情は、まるで子供を見守る親のように優しげだった。
そしてその晩。フェイトはベッドの下にダンボールにタオルを敷き詰めて作った即席の寝床を作ってやり、子猫をそこに入れて頭を撫でる。
「おやすみ」
喉元をくすぐるように撫でると、子猫は満足そうに目を閉じ喉を鳴らして寝床に丸まった。
フェイトもまたベッドヘッドライトの灯りを消し布団に潜り込み眠りに入る。
仕事の疲れもあってぐっすり眠っていたはずなのに真夜中になってなぜかふっと目が覚めた。
カーテンが僅かに開いた室内には眩しいほどの月光が降り注いでおり、その光の帯は静かに眠る子猫の体の上を照らしていた。
「……」
フェイトは思わずふっと微笑んだ。
小さな体をさらに小さく丸め込み、窮屈そうなのにとても心地良さそうにぐっすりと眠っているその姿がなんとも微笑ましい。
フェイトは側にあったタオルを拾い上げ、眠る子猫の上にそっとかけてやると自分も再び心安らぐ思いで眠りに入った。
翌日。この日もフェイトは仕事で家を空けなければならなかった。
出かけようとした時、フェイトの足元に子猫が走り寄り可愛らしい声で彼を呼ぶ。
「あ……そっか」
フェイトは子猫を振り返って抱き上げると、子猫はゴロゴロと甘えたように喉を鳴らす。フェイトは甘えてくる猫の頭を撫でながらしばし考えた。
このまま家に置いておいても、食事を与える事はできない。それならば……。
フェイトは子猫を連れて部屋を出ると、同じマンションに滞在しているIO2エージェント専用のコンシェルジュサービスの女性の元へ急いだ。
「すいません。実は昨日任務の途中で子猫を保護したんですが、こいつの面倒お願いしても構いませんか?」
申し訳なさそうにコンシェルジュに頼むと、女性はすんなりとそれを引き受けた。
「かしこまりました。ではこちらでお預かり致します」
「ありがとう。宜しくお願いします」
フェイトはホッと胸を撫で下ろし、気兼ねなく仕事へ向かった。
今日は同僚を連れての、また魔物退治の仕事依頼。
緊張感が走る中、同僚は銃を構えてフェイトに目配せをする。
「よし、俺は左から回り込む。お前は右から頼む」
「了解」
フェイトはニッと笑い、すぐさま敵の右側に回りこむ。だが、同僚はその場に固まり一瞬動けなくなっていた。
「あいつ、あんな感じだったかな……?」
いつも仕事にクールなはずの彼が、これまで任務中はただの一回も笑った事などなかったように思う。
昨日に引き続き、巨大な図体を振り回しながら襲い来る敵の攻撃をフェイトたちは容易にかわしながら、あっと言う間に倒した。
報告を済ませ、同僚と別れたフェイトはそのまま真っ直ぐに向かうところがあった。
自宅の近くにあるペットショップ。ペットフードもさることながら、あの子猫が喜びそうなおもちゃをいくつか買うためだ。
紙袋に入れられたそれらを抱え、ペットショップを後にしたフェイトは自分でも気づかないうちに小走り気味になってマンションへと戻ってきた。
「すいません。今朝預かってもらった子猫なんですけど……」
コンシェルジュの女性にそう声をかけると、女性はにこやかに頷いた。
「あの子猫でしたら、飼いたいと言って下さった方がいらっしゃいましたのでお譲り致しましたよ」
何の悪びれも無いその微笑に、フェイトは一瞬固まってしまった。
この女性にしてみれば良かれと思ってしたことなのだろうが、自分でも予想していなかった展開にどうしていいか分からなくなる。
「あの……勝手な事をしてしまいましたでしょうか……?」
「え? あ、い、いえ。そんな事無いです。むしろ安心しました」
慌てて取り繕うように笑い、咄嗟に背中に紙袋を隠す。
「それじゃ、ありがとうございました」
コンシェルジュに礼を言い、部屋へ戻る。そして玄関のドアを開けた瞬間の、いつも通りの暗い静けさの漂う室内に思わず深いため息が漏れた。
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