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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


宇宙に君と


 セーラー服の上からインバネスコートを着込み、鹿狩り用の帽子をかぶって、某名探偵風に決めてみた。
 片手にはパイプ。未成年なので、もちろん中身は入っていない。時折、口にくわえてみたりするだけである。
 そんな格好をしながら綾鷹郁は今、本物の探偵を問い詰めていた。
「妹さん……右利きのはずよね?」
 郁は、遺書をぴらぴらと揺らして見せた。
「この遺書の筆跡、どう見ても左利きなんだけど。ちなみに武彦君って左利きよねえ」
「……何が言いたい?」
 無表情のまま、草間武彦は言った。
「俺は妹に自殺されて……こう見えて、割とショック受けてるんだよ。あんまり傷を抉るような事、して欲しくないんだがな」
「ほんとに自殺かどうかが問題なわけよ。例えばこれ、妹さんが握ってた毒瓶なんだけど」
 1滴で100人は殺せる毒物が入った小瓶を、郁は掲げて見せた。
「握ったまんま自殺したなら、死後硬直で瓶は割れてるはずよね。つまり誰かが、死体になっちゃった妹さんの手に握らせたって事……それに、この吸い殻。毒物がきっちり検出されちゃってんのよ、これが」
 毒煙が仕込まれた煙草、というわけだ。
「……この事務所でタバコ吸うの武彦君だけよね?」
 郁の問いに、武彦は答えない。
「黙秘権は認めんきに、ちゃっちゃと吐いて楽になりや……おどれが妹殺したろうがああああ!」
 郁は毒瓶を投げつけた。
 武彦は無言で受け止めた。右手でだ。左利きという設定にしてあるにもかかわらず、である。
「あれ……ちょっとヘナちゃん、また武彦壊れてるよぉー。左右逆だってば」
 周囲の風景が、不穏な探偵事務所から、無機的なエアリアル室内に戻った。
「え〜!? またぁ?」
 三島玲奈が、おたおたと文句を言っている。
「ちゃんと直したばっかりだよー。またシステムがおかしくなってるんじゃないの? あたしなんかじゃなくてプロのSEさん呼んだ方が……って言うか、郁さんまでヘナとか呼んじゃうの? あたしの事」
「いいじゃないの。ニックネームは親愛の証って事で」
 ぽむぽむと玲奈の頭を撫でてから、郁は足取り軽やかに立ち去った。
「じゃ、あたしの武彦直しといてね〜」


「うう……何であたしが、こんな事まで……」
 エアリアル室のシステムと自分の頭をケーブルで繋ぎながら、玲奈は泣き言を漏らした。
 現在、この艦は、地球と月が衝突する時代を観測中である。
 本当にそんな衝突を起こすわけにはいかない。万が一の時は、観測ではなく実力行使を決行する事になる。
 過酷な任務である。
 艦乗員の憩いの場所であるエアリアル室のメンテナンスは、万全でなければならない。
 心の癒しとなる様々な仮想現実を使用者に提供するエアリアル機能であるが、現在、登場人物の左右が逆転するという不具合が生じていた。
 自身もまた人型戦艦である三島玲奈は今、この艦のシステムと自分を連結し同調させる事で、不具合の原因を探っているところである。
「ええっと、システム上の異状は特になし……まったく、誰かわけのわかんないウイルスでも持ち込んだんじゃないの?」
「失敬だな。俺はウイルスなんかじゃない」
 いきなり声をかけられた。
 草間武彦が、そこにいた。当然、エアリアル機能は停止中である。
「俺、降臨」
「えっと……どちら様ですか?」
「名探偵、草間武彦。見てわからないか」
「草間さんは『俺、降臨』とか言いません」
 玲奈は、きっぱりと言った。
 そこへ、綾鷹郁が入って来た。
「ヘナちゃん、調子はど〜う? ……って貴方また出て来たの」
 草間武彦、の虚像らしき何者かと、どうやら顔見知りのようである。
「郁さん……お知り合い?」
「前に、ちょっと……ね。この艦、乗っ取られかけたのよ。こいつに」
「あの時の約束が一向に果たされないんでな。自力で、実体化してみた。偉大なる一歩さ」
「約束って?」
「いつか実体化させてあげるって、言っちゃったのよね。あたし……お引き取り願うための、その場しのぎの約束で」
 いささか気まずそうに、郁が頭を掻く。
「で……またこの艦を乗っ取ろうって言うの?」
「そうさせたくなかったら、約束を果たしてもらおうか。ただし実体化させるのは俺じゃなく、妹だ」
 武彦の言葉に合わせ、艦のシステムに異状が生じた。
 ウイルス感染、とも少し違う。
 とにかく連結・同調している玲奈でも阻止出来ない勢いで、異状が広がってゆく。
「出来るまで、この艦は預かる」
「預かるって……」
「郁さん」
 事態を、玲奈は正直に報告した。
「この艦、乗っ取られました」
「乗っ取られた……って! 月と地球が衝突しそうな、こんな時に!」
「だから、ぶつかる前に俺の妹を実体化させろと。そう言っているんだが」
 言いつつ武彦が、ニヤリと笑った。
「脅される前に言っておく。俺は元々虚像だからな、死ぬのは恐くない……大人しく俺の要求に従うってのが一番、現実的な選択肢だと思うがな」


 艦の制御は、草間武彦によって完全に奪われた。
 月と地球の衝突まで、あと5分。
 5分の間に、武彦の妹を実体化させなければならない。
 郁が、泣きついてきた。
「ヘナちゃ〜ん、じゃなくて玲奈大明神様! お願い、力を貸して! 褌の下にTバックでも何でも穿くから!」
「別にそんな事しなくていいけど、急がなきゃ……」
 玲奈は顎に片手を当て、思案した。
「この手でいく、しかないわね……郁さん、ちょっと気合い入れてもらうわよ」


 玲奈に言われた通り、郁は気合いを入れた。
「本命の男以外は何でも作れる、とまで言われた郁じゃけんね! 実体化でも何でも、とっとと済ませちゃるもん!」
 やけくそ気味に完成させた装置を、やけくそ気味に操作しながら、郁は叫んだ。
 その外見は、言うならば金属製の巨大な臓物。怪人か何か製造出来そうな、グロテスクな機械装置である。
 物質電送機の、受信機を改造したものだ。入力側に念写カメラを繋げば、理想像を実体化出来る。
「男日照りに喘ぐ腐女子は大喜び! ……でも今回は、そんな事に使ってる場合じゃないのよねえ」
 腐女子を喜ばせるような使い方は後で考えるとして、今は早急にやらなければならない事がある。
「じゃまずテストから。武彦君、ちょっと椅子を思い浮かべてみてくれる?」
「椅子では上手くいかんと思うがな……」
 言いつつ、武彦は何かを念じた。
 言葉通りと言うべきか、椅子でも何でもない奇怪な物体が装置から吐き出され、床でのたうち回り、キシャーッと奇声を発して蠢き暴れる。
 郁は、それを蹴り飛ばした。
「おどれ、椅子言うたろうが!」
「ふん、椅子には信念がないからな」
 武彦は再び、何かを念じた。
「無駄なテストなど必要ない。俺の妹だぞ? ぶっつけ本番で、実体化させてみせるさ……」
 装置の中から、1人の美しい少女が出現した。
 そして、武彦と抱き合った。


 実体化そして再会を遂げた兄妹は、その後、事象艇で旅立った。
 行く先は宇宙の果てか、次元の彼方か。
 人ならざるものとして生を受けた妹。
 その妹を、毒煙で暗殺せねばならないほど追い詰められた兄。
 追い詰めるものの存在しない場所を目指して、兄妹は旅立った。
 永遠の安らぎを求めて、2人は旅立ったのだ。


 ノートパソコンの画面に『The end』の文字が表示された。
「……というわけで、かわいそうな兄妹は、因果地平の彼方で永遠に幸せに暮らしました。終わり」
 物語を締めくくりながら、玲奈はノートパソコンを閉じた。
 郁は、思わず訊いてみた。
「えっと、玲奈ちゃん……もしかして、こういうお話好き? 愛の逃避行みたいな」
「女の子の夢だと思う……」
 ノートパソコンを愛おしげに抱き締めながら、玲奈はうっとりと頬を赤らめた。
 艦のシステムを完全に乗っ取った、つもりでいたらしい草間武彦は、玲奈によってノートパソコンの中に封じられた。
 人型戦艦である彼女を差し置いて、艦のシステム強奪など、出来るわけがないのである。
「武勲だな、三島玲奈君」
 艦長が、歩み寄って来て誉めた。
「それはそれとして……褌にTバックは、きつくてかなわんのだが」
「……ほんとに、やったんですか」
 玲奈は呆れた。郁が言った。
「うん、あたしらヘナちゃん、じゃなくて玲奈ちゃんの事さんざんバカにしちゃったしね。やっぱ、けじめはつけないと」
「郁さんが穿きたかっただけじゃないの? Tバック」
 玲奈は苦笑した。
「あと、あたしもうヘナでいいです別に。何かもう色々……めんどいから」