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<東京怪談ノベル(シングル)>


ニンゲン、目覚める


 IO2本部カフェテリアのコーヒーは、とにかく不味いとの評判である。
 美味さも不味さもわからぬままフェイトは、泥水のようなコーヒーを啜っていた。
「何を口に入れても味がしない、ってな顔してるな。フェイト」
 話しかけられた。
 黒人の大男が1人、フェイトの近くに腰を下ろしたところだった。
「教官……」
「聞いたぜ。上にねじ込んだんだってな? あの化け物どもの事で」
 人間を、まるで物のように破壊してゆく錬金生命体。
 あんな怪物が今、軍団規模で大量生産されているのだ。
 危険ではないのか。フェイトは上司の所へ押し掛け、そう言った。
「……見事に、スルーされましたけどね」
「俺も今、あいつらと共同作戦やってきたばかりでな」
 不味いコーヒーに大量の砂糖を注ぎ込みながら、教官は言った。
「大したもんだよ、あの化け物どもは……俺たちがお払い箱になるのも、まあ時間の問題かな」
「教官は……」
 それでいいんですか、という言葉を、フェイトはコーヒーで流し込んだ。
 錬金生命体たちは、あの残虐なまでの戦闘能力で、実戦における結果は確かに出しているのだ。
 IO2という組織としては今更、実戦投入を中止する理由など何もないはずであった。
「あいつらは、まあ役には立ってる。今は、そう割り切るしかねえと思うぜ」
「……教官は、割り切ってるんですか?」
「割り切れてる奴なんかいねえよ。おめえは、その筆頭みてえなもんだ」
 元の不味さがわからなくなるほど甘くなったコーヒーを、教官は一気に飲み干した。


『聞いていますよ。そちらでは、なかなか良い結果が出ているようですね』
 携帯電話の向こうで、イギリス人IO2エージェントが微笑んでいる。
 以前、チベットでの仕事で知り合った同業者である。
『もっとも、こちらの支部では今のところ実戦投入云々という声は上がっていないようですがね。アメリカ人と同じ事はしたくない、といった感じでしょうか』
「あんたはどう思う、英国紳士」
 フェイトは訊いてみた。
「あいつら、少なくとも戦闘では恐ろしく役に立つ。それは俺も保証するよ。俺1人に給料払うより、ずっと安上がりかも知れない」
『IO2を辞める事になったら、我が商会へおいでなさい。正社員待遇でお迎えしますよ』
 冗談とも思えぬ口調で、英国紳士が言った。
『作り物の怪物に、我々エージェントの代わりが務まるなどと……上層部が本気で考えているのだとしたら、IO2も長くはありません。貴方の方から見限ってしまうべきです』
「気持ちだけ、もらっておくよ。俺に商売なんて出来るとは思えないからね」
『貴方に商人の仕事を一から叩き込んで、こき使う……そのプランを100通り近く練ってあるのですがねえ』
「切るぞ。こんな電話、してる場合じゃないくらい忙しいんだろ」
『貴方がた日本人とは違います。ティータイムと、楽しい会話の一時。その2つだけは、どれほど忙しくとも確保しておくのが英国流というものですよ。というわけで、まずプランその1ですが』
 フェイトは容赦なく電話を切った。


 柱状のカプセルが無数、まるで墓石の如く立ち並んでいる。
 それらの中では、様々な姿をした怪物たちが培養液に漬けられ、目覚めの時を待っている。
 この生き物たちに迷彩服を着せて仮面を被せたものが現在、アメリカ全土でIO2実戦任務に投入され、実績を重ねているのだ。
 研究施設の、最も奥まった部分。あの時はフェイトが座らされていた場所で、今は1人の同僚が、謎めいた機械を弄り回している。
 テネシー州における作戦で、この同僚は錬金生命体の群れを見事に操縦し、殲滅戦をこなして見せた。
「いよう、フェイト。いよいよ来たぜえ」
「……何がだよ」
「俺の力を、前線任務で活かせる時がさ」
 楽しい夢を見ているような口調で、同僚は言った。
「俺みたいに、戦闘が全然駄目な軟弱オタク野郎でもよ……こいつらを使えばフェイト、お前に負けないくらいの仕事が出来るってわけだ」
「無理に前線任務をやらなくたって、お前にはハッキング関係の技術があるじゃないか。そっちで充分、活躍」
「活躍って言わねえよ、あんなものは」
 同僚の口調が、眼光が、暗い熱っぽさを帯びた。
「なあフェイト。お前みたいに強い奴には、わかんねえよな。IO2にいて、戦闘が全然からっきし……これが、どれほど惨めなもんか」
 息を呑むように、フェイトは黙り込んだ。かける言葉を、見つけられなくなった。
 足音が、近付いて来た。複数の足音。偉そうな1人が、何人もの取り巻きを引き連れている。
「我が国は、いかなる民をも受け入れて来た……が、それに甘えてもらっては困るのだよ」
 嫌日派の、上院議員。SPと思われる厳つい男たちを従え、フェイトの上司に案内をさせている。
 この議員が近々視察に来る、という話は聞いていた。
「特に君たちは、戦争に負けたのだからね。分をわきまえるべきだと思うのだが」
 フェイトは何も言わず、頭を下げ、その場を去ろうとした。
 そこへ上院議員が、絡むような言葉をかける。
「……私の息子が、世話になったようだな」
「子供の喧嘩に、親が出て来ますか?」
 フェイトは思わず、睨みつけてしまった。
「俺が息子さんなら、やめて欲しいと思いますけどね。あんまりにも、かっこ悪過ぎる」
「日本人に、大きな顔をする権利を認めた覚えはない。そう言っているのだが、君らの理解力では伝わらぬか」
 政治家を相手に、低次元な口喧嘩をする事になってしまうのか。
 フェイトが思った、その時。
「おい議員さんよ……俺の友達に、ふざけた口きくんじゃねえぜ」
 同僚が、口喧嘩に参戦してきた。
「お偉いさんはなあ、金だけ出して黙って見てりゃいいんだよ。俺がこいつらを使って、強いアメリカを復活させてやるからよ」
 議員の顔が、怒りで赤黒く染まった。上司の顔が、恐怖で青ざめた。
「お、お前! 何という口のきき方をしているか、わかっているのか!」
「うるせえぞクソ上司、てめえもわかれ。誰に向かって口きいてんのか……俺ぁなあ、今すぐコイツら使って、てめえら皆殺しにする事だって出来るんだぜ!? 例の内戦への介入も決まった事だしよぉ、くだらねえ戦争なんかやる奴ぁ俺が殺しまくってやるっつぅうううの!」
 殴るしかない、とフェイトは思った。殴ってでも、この同僚を止めなければ。
『飽きちゃった……』
 誰かが言った。フェイトにしか聞こえない声。
 暗黒の海が一瞬、見えた。
 その奥に潜む巨大な怪物が、おぞましくうねった。フェイトは、そう感じた。
『こんなとこにいても、面白くない……次は、どこへ行こうかなあ』
 カプセルが、一斉に砕け散った。
 培養液が飛散し、そして漬けられていた怪物たちが凶暴に躍動した。
 SPたちが、慌てて拳銃を構えながら、次々と倒れてゆく。吹っ飛んでゆく。
 錬金生命体の群れが、彼らをへし折り、引きちぎっていた。
 上院議員が、滑稽な悲鳴を上げながら尻餅をついた。そこへ錬金生命体たちが、猛然と襲いかかる。
「おい、止めろ!」
 叫びながらフェイトは左右2丁の拳銃を抜き、念じつつ引き金を引いた。
 爆薬弾頭に、念動力が宿る。その銃弾が、フルオートで銃口から奔り出す。
 念動力を上乗せされた爆発が、錬金生命体の群れを粉砕した。爆炎と爆風が、フェイトの念で方向を制御され、議員を避けつつ吹き荒れる。
 守られながら、議員は気を失っていた。
「止まらねえ……止まらねえよう……ヴィクターチップが、効いてねえ……」
 同僚が、叩くように機械を操作しつつ泣きじゃくる。
「何だよ……こいつら、俺の思い通りに動くんじゃなかったのかよぉ……」
 まだ大量に生き残っている怪物たちが、SPや技術官たちに襲いかかる。泣きじゃくる同僚、腰を抜かした上司、気絶している議員……この場にいる全員に、襲いかかっている。無論、フェイトにも。
「くそっ、俺1人の力じゃ……」
 全員を助ける事は出来ない。
 そんな絶望的な思いがフェイトを支配しかけた、その時。
 錬金生命体たちが、ことごとく倒れた。まるで糸の切れた人形のように。
『魂の連結が……切られた?』
 またしても、誰かが言った。
『へえ、君みたいな子がいるなんて……面白いねえ……』
 それきり、声は聞こえなくなった。
「助かった……ようだな……」
 技術官の1人が言った。あの実験で、フェイトの担当をした人物だ。
「原因は不明だが、オリジナルとの連結が切断された……フェイト君の力か?」
「俺は何もしてません。それより何です、オリジナルって」
 フェイトは詰め寄った。
「話して下さい。一体うちの組織は……虚無の境界から、何を接収したんですか」
「……人間、だよ」
 技術官は言った。
「人間のDNAとしか思えないものが組み込まれた、オリジナル……我々は、それを元に、有機的な操り人形を作っていたに過ぎない」
「そのオリジナルってのは?」
「本部ビルの奥深くに、保管されている。私も実は、直に見た事はないのだが」
 オリジナル。そう呼ばれる何かが、錬金生命体たちを操っている。ヴィクターチップをも無効にしてしまうほどの、強力な操縦。
 それが今、断ち切られた。魂の連結を切る。そう呼ぶにふさわしい切断。
 誰の仕業であるのかは考えるまでもない、とフェイトは思った。
 ほっそりとした少女の姿が、一瞬だけ見えたからだ。
 艶やかな黒髪が、ふわりと揺れた。
 アイスブルーの瞳が、一瞬だけフェイトを見つめた。
 そう思えた時には、少女の姿はすでに消えていた。