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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


タャトョヌュ
「母になるあなた達へ。龍が村を焼き、力技しか能がない男達が闇雲に剣を振り回し、家長たるあなたが泣き叫ぶ稚児を抱いて呪文を唱える暇も無い時。彼女ならどうするか?」
 若いエルフの娘は、凛とした声でその問いに答える。
「タャトョヌュ!(あたしが指揮を執る)」

 ◆

 初夏。妖精王国。港町、デメギ・ニース。
 護符であるエイの干物と金魚草のさやは出荷の最盛期であり、それらが並ぶ通りは活気に満ち溢れていた。
 その喧騒を尻目に裏通りへと進むと、古びた寄宿舎がそこにはある。事象艇の普及でとうに廃れた空中武技を、師範である藤田あやこが生徒達に教えている。
 プール際にて翼を広げているのは、ビキニ姿のエルフ達だ。あやこの指示に従い動きしごかれている様は、さながらイルカショーの如し。
「禿大根がマッハで着替えろってさ」
「何の為に……」
 ジャンプ技の連続で息を切らしながら、促してきた同級生の声のほうを綾鷹・郁はげんなりとした表情で見やった。また誰かを怒鳴りつけているのだろう、あやこの罵声が耳に届き少女は眉根をしかめる。
「つかさ」
「んー?」
「何なの、アタシら?」
 思わず零れた郁の問いかけは、色濃い疲労を孕んでいる。翼を乾かし終えた級友は、レオタードを纏って苦笑した。
「落ち毀れのダウナーじゃん」

 郁も、慣れた手つきでレオタードへと着替える。早く支度を済ませ次の訓練場所である道場に向かわないと、またあやこに怒鳴られる羽目になる事だろう。
 不意に目に入ってきた鏡に、郁はわずかの間だけ足を止めた。
 ――あたしって何?
 鋭い視線が身に刺さる。鏡の中の郁が、こちらを睨み据える。毎日あやこに罵倒され、しごかれている少女の姿がそこにはある。
(翼と鰓を持った海豚肌の坊主女……)
 郁は鏡を割りたくなった。

 ◆

「やる気を見せろ!」
 今日もまた、あやこの怒声が校庭に響く。
「もういい! 千本レシーブで扱いてやる! そこ、翔ぼうとするな、跳ぶんだよ! 飛翔じゃなくて跳躍するんだよ!」
 項垂れる郁達に、ブルマに大根足が逞しい師範のボールが叩き込まれた。泥だらけの生徒達は、必死でそれを受け止める。
 弱音を吐く暇すら与えられない。訓練は、まだ始まったばかりだ。
「ほら、ぼさっとするな! 根性が足りない!」
 あやこの繰り出す機銃の如き白球が、生徒達のラケットを叩く。球を打ち返す小気味の良い音に、彼女の罵声が当然とばかりに混ざる。
 師範の怒声に押されるように、校庭を駆ける純白の少女達。顔面が蒼白になりながらも、その足を止める事は許されない。
 原隊復帰の条件とはいえ、時代遅れの訓練に生徒達は溜息を吐くばかりだった。

「師範の過去について調べさせてもらったわ! 訓練は、悪趣味の延長よ!」
 郁は、風俗嬢であったあやこの過去を調べあげた。怒りの言葉をぶつけられているというのに、あやこはどういうわけか微笑する。
 オッドアイの瞳が、水平線を見やった。艦隊旗艦が、堂々とした出で立ちでそこに佇んでいる。
 風がふく。郁の鼻孔を、塩の香りが悪戯にくすぐる。
 しばらくの沈黙の後にあやこの唇が紡いだのは、反論でも弁解でもなく、郁への問いかけだった。
「あれに乗りたいか?」
 予想外の言葉に、郁の表情が凍る。「えっ」と口に出したはずの言葉は、上手く声にはならなかった。
 郁は、結局何の言葉も言う事が出来ず押し黙る。あやこもそれ以上は何も言わず、ただ艦を睨んでいるだけだった。

 ◆

「ありえないって、あの禿大根!」
「事象艇の時代に空中殺法とかわろす!」
「毎日あんなにしごかれちゃ、体がいくつあっても足りないっつの」
「それより、今日これからどうすんよ?」
「いい男ナンパしに行こうぜー! 郁も行くよね?」
「んー、ごめん。あたしパス」
 生徒達が、あやこを罵倒しながらも祝日の予定を練っている。
 郁は一人その輪から外れ、ニースの町を歩き始めた。どうにも、胸にもやもやとしたものがつっかえている。
(――あたしって、何?)
 その疑問の答えは、返ってこない。
『あれに乗りたいか?』
 代わりとばかりに、あの日のあやこの言葉が、郁の脳内で反響する。
 彼女の足は、自然と丘へと向かっていた。無事に辿り着き、そこからの景色を見下ろす。
 視界いっぱいに、海が広がっている。王立海軍の観艦式が行われている港は、賑わいを見せていた。
 ぼんやりとそれを眺めていた郁だが、ふと違和感に目を細める。何かが海を泳ぎ、艦へと忍び寄っている。
 それは、無数の触手だった。

 艦上に居並ぶ事象艇が、根こそぎ絡め落とされていく。
「アシッドクランの侵攻を許しただと? 艦載機は全滅? 動員可能な軍力はどれくらい残っている!?」
 狼狽する幕僚の問いかけに、部下が震える声で答える。
「空軍力は……上空の曲技チームのみですっ……!」

「チャ〜ンス!」
 混乱の最中、場違いな程に朗らかな声が響いた。
 艦橋に、にやけた顔をしたあやこが立っている。気高きエルフは、王国の危機に堂々と君臨する。
「指揮官の交代を申し上げます……艦長ーー替わりまして♪ 藤田♪」
「何だね君は!?」
「藤田? どこかで聞いた事が……ああ!」
「藤田あやこ!」
「卓袱台返しのあやこか! うわぁ、誰か止めろ!」
 ただでさえ混乱に包まれていた場がより一層騒がしくなった事など気にも留めず、あやこは上機嫌に言葉を続ける。
「代打逆転最終満塁女♪ 藤田♪」
 ……その昔、莫大な成果を出す軍師がいたという。
 王家の娘であり、近衛騎士団を率いていたが、戦果に比類する損害を出すので左遷された。今はとある港町で、事象艇の普及でとうに廃れた空中武技を落ち毀れ兵相手に教えている。
 その軍師の名は、――藤田あやこ。
 これは、USSウオースパイトの熱き艦長、藤田あやこについて語られた伝記映画だ。
 タイトルは、冒頭であやこが叫んだ言葉、『タャトョヌュ』
「あたしが、指揮を執る!」