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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ウィル・オー・ウィスプは魂を照らす


 魔女がいる。妖精や幽霊もいる。吸血鬼に狼男、フランケンシュタインの怪物もいる。
 カボチャのお化けが、街じゅうに溢れかえっている。
 問題は、それらの中に「本物」がいるかも知れないという事だ。
「ハロウィン……か」
 様々な仮装をした人々が行き交うニューヨークの街角で、フェイトは呟いた。
 警戒任務の最中である。
 一組の母子が、傍らを通り過ぎて行く。母親はグラマラスな魔女、子供は小さな狼男。付け耳と尻尾が、可愛らしく似合っている。4歳か5歳くらい、であろうか。
 手を繋ぎ、楽しげに笑い語らいながら遠ざかって行く、魔女と狼男の母子。
 その背中を、フェイトはじっと見送った。
 自分は、あんなふうに母親と手を繋いで街を歩いた事など、あっただろうか。
 ふと、そんな事を思ってしまう。
 無力な子供・工藤勇太であった幼い頃。最も親に甘えたい、大っぴらに甘える事が許される時期の自分。
 それをフェイトは、最近ようやく冷静に思い出せるようになっていた。
 父親は、ただ酔っ払って暴力を振るうだけだった。母親は、ただ泣くだけだった。
 甘える事など、出来なかった。
 だから、なのであろうか。高校生の頃から勇太は、おかしな夢を見るようになった。
「何だったんだろうなあ、本当にあれは……」
 フェイトは頭を掻いた。
 本当に、愚かしい夢であった。
 今はもう見ていない。IO2に入った頃から、見なくなった。
 思い出したくもないのに記憶から消えてくれない、奇天烈な夢。
「……そんな事どうでもいい。仕事しろ、俺」
 フェイトは自分を無理矢理、警戒任務に引き戻した。
 化け物の仮装をした人々の中に、本物の化け物が潜んでいるかも知れない時期である。しっかりと、気を引き締めなければならない。
 フェイトがそう思った時には、しかし遅かった。
 街じゅうにいるジャック・オー・ランタンの1人が、ゆらりと近付いて来てフェイトの顔を覗き込んでいる。
 紫色のマントに包まれた身体。首から上は、目と口がくり抜かれたカボチャである。
 くり抜かれた穴の中で、真紅の眼光が妖しく燃え上がってフェイトに向けられる。
 被り物、ではない。本物のジャック・オー・ランタン。
 直感・警戒しながらも、フェイトは身体を動かす事が出来ずにいた。
 真紅の眼光が、全身に絡み付いて来た。


 高校生の時、小さな男の子の兄弟と知り合いになった。
 獣の耳と尻尾を生やした、仔犬のような兄弟だった。今どうしているのかは、わからない。
 彼らと同じような生き物にフェイトは今、成り果てていた。
「こ、これは……」
 五歳児ほどまで小型化した身体に合わせ、黒いスーツまでもが縮んでいる。まるで仕立て直されたかのように。
 ズボンの尻の部分には小さな穴が生じ、そこから長めの尻尾がにょろりと伸び現れている。猫の尻尾である。
 頭には、黒髪をはねのけるようにピンと立った獣の両耳。
 ハロウィンの仮装ではない。猫科の耳と尻尾が、フェイトの頭と尻から生え伸びているのだ。
 高校生の頃によく見ていた、おかしな夢が、復活していた。
 否、夢ではない。ここは現実の世界……のはずなのだが。
「こ、これは一体、これは一体」
 短くなった手足をおたおたと動かし、慌てふためくフェイトに、2人組の警官が近付いて来た。
「いよう、どうした坊や。迷子かい」
「ハロウィンだから、ちいと遊び過ぎちまったのかなあ」
 仔猫のようになったフェイトの頭を、警官たちが馴れ馴れしく撫でてくる。
「おっ……この耳、良く出来てるなあ」
「こっちの尻尾も、なかなかのもんだぜ。ダディに買ってもらったのかい、それともマミィに作ってもらったのかい?」
 父も母も、そんな事はしてくれなかった。いや、そんな話をしている場合ではない。
「お、俺は仕事で来ているにゃ! 迷子扱いするにゃー!」
 警官たちの手を振り切って、フェイトは走り出した。
 走りながら、口を押さえる。何か言葉を発すると、語尾がおかしな感じになってしまう。
(にゃ……にゃんで、こんな事に……)
 先程のジャック・オー・ランタンは、すでに人込みの中へと姿を消している。
 やはり、本物がいた。仮装ではない、本物の人外が。
 こんな所で、おたおたと走り回っている場合ではない。IO2本部に、報告を入れなければ。
 そう思いつつ、フェイトは流されていた。
 様々な妖怪が、妖精や魔女、幽霊が、楽しげに妖しげに踊り狂っている。
 パレードのような仮装行列の中に、フェイトは紛れ込んでしまっていた。
「ふっ、ふにゃ、ふにゃああ……」
 仔猫のような姿のままフェイトは、踊り狂う人込みの流れに翻弄され、目を回した。
 目を回しながら突然、宙に浮かんだ。
 優しい、だがどこか冷たい感触が、フェイトの小さな身体を包み込んでいる。
 抱き上げられていた。ほっそりとした、女の子の両腕にだ。
「ねえフェイト……これ、新しい超能力?」
 冷たいほど涼やかな、聞き覚えのある声が、猫科の耳をくすぐった。
「あんまり役に立つとは思えないけど」
「アデドラ……」
 フェイトは青ざめた。最も恐れていた事が、起こってしまった。
 この姿を、知り合いに見られてしまう。悪夢そのものの事態だ。
「お、俺はフェイトじゃにゃい。単なる通行人Aにゃのだ。この耳と尻尾はただの仮装、ハロウィンだからにゃー」
 その耳と尻尾を、アデドラは容赦なく弄り回した。
 ひんやりとした繊手が、猫科の耳を摘んでくすぐる。ふっさりと伸びた尻尾を、尻もろとも撫で回す。
「ふにゃにゃにゃにゃ、やややややめるにゃ」
「フェイトじゃないなら、それでもいいわ。単なる野良猫Aって事にしときましょう。さ、行くわよ」
「ど、どこへ……」
 フェイトの問いに、アデドラは答えない。
 迷子を心配してか、先程の警官たちが走り寄って来た。
「御心配なく。この子、あたしの弟ですから」
 そんな事を言いながらアデドラは、すたすたと歩き出し、フェイトを抱き運んだ。
(お、俺の方が年上にゃんだぞ……)
 ゴールドラッシュの時代から存在し続けている少女に、フェイトは思わず、そう言ってしまいそうになった。


 アデドラが通っている学校では、ハロウィンパーティーが盛大に催されていた。
 様々な仮装をした男女の生徒たちに混ざって、アデドラはいつも通りの格好である。小柄な細身に良く似合う、ゴシック・ロリータ風の衣装。
 仮装など必要ないくらい、このハロウィンというイベントに馴染んでいる。フェイトは、そう思った。
「それで……野良猫のAさん。これ、一体どんな超能力?」
 ほっそりと綺麗な指に巻き付けるような感じで、フェイトの尻尾を撫でながら、アデドラが訊いてくる。
「見れば見るほど、使い道がなさそうなんだけど」
「ち、超能力じゃにゃい……ただの変な夢にゃ……って言うか、いじり回すのやめて欲しいにゃ」
「夢なら、そのうち覚めるかしらね」
 フェイトの頬をぷにーっと摘んで引っ張りながら、アデドラは言った。
「あたしは、このままでも一向に構わないけれど」
「ふみぃ……」
 短い手足をじたばたと暴れさせながら、フェイトは情けない声を出すしかなかった。
 そこへ、どすどすと足音が近付いて来る。
「よおアディ。せっかくハロウィンなんだからさあ、こっこれ着なよおぉ」
 例の、嫌日議員の子息である。
 吸血鬼のつもりであろうか、でっぷり肥えた身体を無理矢理タキシードに詰め込み、脂ぎった顔面を青白くメークしている。
 そして、アデドラに着せるつもりらしい衣装を両手で広げている。
「今日のために日本から取り寄せた、魔法少女◯◯◯のハロウィン限定コスチューム! た、高かったんだから着替えなよ、今すぐこの場で変身セリフ決めながらあああ」
「ふーッ!」
 フェイトは牙を剥き、背中を立てた。その小さな身体で、アデドラを庇うような格好になった。
 上院議員の息子が、たじろいでいる。
「な、何だこのチビ……ん? どこかで見たような」
「ちょっと、ちょっとちょっとアディ! 何なのよその子は、可愛いじゃないのよおおおお!」
 議員子息の肥満体が、車にでも撥ねられたかのように吹っ飛んだ。
 大勢の魔女や妖精が、押し寄せて来たところである。
 仮装した、女子生徒の群れ。猛然と集まって来て、フェイトを取り囲む。
「かわいー! 本物の仔猫ちゃんみたい!」
「何なに、アディの弟? いとこ? まさか彼氏とか言わないよねえ!?」
「そっそれともまさかペット? この女ぁ、こんな小っちゃな男の子に猫耳とか尻尾とか付けて、一体何考えてんのよっ!」
 日本の女子高生よりいくらか大人びた少女たちが、しかし子供のように喜びはしゃいで、フェイトの小さな身体を弄り回す。子供用サイズになった黒いスーツに、チョコレートやらキャンディやらを押し込んで来る。
「ほらほら、お菓子あげる。悪戯もしちゃう!」
「トリック・アンド・トリート! きゃははははは!」
 撫で回され、耳や尻尾を弄られながらも、フェイトは思う。
(あ、アデドラの奴……友達も多くて、けっこう楽しくやってるみたいにゃ……)
 その時。視界の隅で、真紅の光が妖しく輝いた。
 ジャック・オー・ランタンが、そこにいた。
 ふわふわとマントを揺らめかせて空中に立ち、両眼を赤く禍々しく輝かせている。
 女子生徒たちが、ざわついた。
「あれ誰? 良く出来たジャッコランタンだけど……」
「何か浮かんでるし、光ってる……」
「え? まさか本物……なわけ、ないよね?」
 彼女らによる包囲の中から、フェイトはぴょーんと飛び出し、叫んだ。
「早く逃げるにゃ!」
 そして猫の如く着地し、見上げて睨む。浮揚する、カボチャの怪物を。
「もう逃がさにゃい……とっとと俺を元に戻すにゃーっ!」
 懐から、フェイトは拳銃を取り出した。スーツに合わせて小さくなってしまった、まるで玩具のような2丁拳銃。
 それらをフェイトは、空中のジャック・オー・ランタンに向かってぶっ放した。
 ぱん、ぱんっ! と銃声が可愛らしく響いた。
 左右2つの銃口から、万国旗と紙吹雪が飛び出した。
 玩具のような、ではなく拳銃は2丁とも、本当に玩具と化していた。
「ふにゃ……そ、そそそそそそんにゃ」
 おたおたと慌てふためくフェイトに、ジャック・オー・ランタンがユラリと迫る。
 くり抜かれた両眼窩の奥で真紅の眼光が燃え上がり、大きな口がさらに開いて牙を剥く。
「渡さない……」
 アデドラが、ふわりと進み出て来た。
「フェイトの魂は、あたしのもの……横取りは、させない」
 アイスブルーの瞳が冷たく輝き、真紅の眼光を正面から受け止める。
 2色の眼光がぶつかり合い、そして爆ぜた。
 光の爆発に呑み込まれながら、フェイトはゆっくりと意識を失っていった。
 失う寸前、アデドラの声が聞こえた、ような気がした。
「フェイトの魂って、いろんな形をしてるのね。その猫ちゃんの他にも、まだまだありそう。全部、見てみたいから……しばらくは食べないでいてあげる」


 ベッドの上で、フェイトは身を起こした。
 アパートメントの自室である。
「夢……」
 自分の身体を、見回してみる。頭を触り、黒髪を掻き乱してみる。
 獣の耳など生えていない。尻尾もない。22歳の、青年エージェントの身体である。身に着けたままの黒いスーツも、大人サイズだ。
 その懐やポケットに、大量の菓子が詰め込まれていた。チョコレート、キャンディ、ビスケットその他諸々。
「勘弁してくれよ……」
 チョコレートをかじりながら、フェイトはぼやくしかなかった。