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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


煩悩の時代


「ピィィィィィィィィィィィィィィィ」
 綾鷹郁が発狂して奇声を上げている、わけではない。
 彼女はただ、自分の著作物を楽しげに朗読しているだけだ。
 その朗読内容にいささか問題があるので現在、久遠の都当局の規制が入ったところである。
(P音入りの議事録として残す……ほどのものでもないんだけど、ね)
 藤田あやこは苦笑した。
 けたたましい規制音の下では鬼鮫参謀が、愛煙家の探偵や気弱な眼鏡男子編集者を相手に、あんな事こんな事をしたりされたりしている。
 規制が入っている事にも気付かず、嬉々としてそれを朗読し続ける郁。
 聞かされているのは藤田あやこ艦長以下、連合艦隊士官ほぼ全員である。
 皆、歴戦の猛者だ。
 大抵の事には動じない彼ら彼女らが、まるで精神拷問でも受けているかの如く、辟易している。
 楽しそうなのは、綾鷹郁ただ1人だ。
 彼女の著作物の中で様々な目に遭っている鬼鮫参謀本人が、過労のため欠席中であるのが、せめてもの救いと言えた。
 そもそも何故、このような朗読会が行われる事となったのか。
 それには、深刻と言えば深刻な事情があった。


 ツクモ地球時代、と呼ばれている。
 その名の通り、地球が99個もある時代。
 どの地球が本物であるのか、あるいは全て本物なのか、それとも全て偽物か。
 地球人類はどうなっているのか、太陽系全域にどのような重力的影響が出ているのか。
 様々な事を、観測しなければならない。
 担当者は、観測・測量に意外な才能を示す鬼鮫参謀である。
 重要な観測であるが、彼には軍人としての通常任務もある。
 帰宅、過労でよく眠れぬまま起床、出勤。それを繰り返す鬼鮫の負担を軽減するためには、観測員がもう1人必要だ。
 綾鷹郁に、白羽の矢が立った。


「即売会! 鬼鮫本!」
 結果として休暇を剥奪される事となった郁が、怒り喚いている。
「何の権利があって、かおるの予定ば台無しにしゆうがああああああ!」
「まあ落ち着け。鬼鮫参謀がな、過労で死にかけているのだ」
 あやこは言った。
「勝手に鬼鮫本など描いているのだから、仕事は手伝ってやれ」
「そ、そりゃ鬼鮫ちゃんのために何かしてあげなきゃとは思うけどぉ……」
 郁は、ぽろぽろと泣きじゃくった。
「で、でも即売会……鬼鮫本……今回は、即日完売間違い無しの自信作なのにぃ……」
「わかった、わかった。その自信作とやらの発表の場は設けてやるから」
 あやこが、うっかり口にしてしまったその言葉。それが、士官全員を巻き込んだ朗読会へと繋がってしまったわけである。


「はい、いい子だから大人しくしててね〜。ちょっと機械埋め込むけど、痛いかも知れないけど」
 捕獲した眼球型妖怪を、郁は艦のセンサーに直結していた。
「我慢してくれたら一生ここで、ご飯食べさせてあげるからねえ」
 この妖怪の千里眼能力を利用すれば、面倒な観測も格段に効率化される。
 鬼鮫の負担も減る。郁も、執筆時間を捻出する事が出来る。
「これで良し……っと。さぁて次回作次回作。今度は鬼鮫ちゃん、受けにしよっか攻めにしよっか」
 構想を練りながら、郁はセンサールームを後にした。
 物言わぬ眼球妖怪が、その背中をじっと見送っている。


 観測任務は効率化された。人数も増え、観測員の負担は格段に軽くなったはずであった。
 なのに、鬼鮫参謀の体調は一向に良くならない。厳つい顔は前にも増して青ざめ、もともと傷跡だらけの身体には、どういうわけか覚えのない縫合跡が見られるようになった。
 綾鷹郁は任務中に時折、気を失うようになった。
 艦長・藤田あやこも、何やらおかしな夢を頻繁に見るようになった。
 皆、何かしら様子がおかしい。
 それだけではない。クルーの何名かが姿を消し、行方がわからなくなっている。
「そう……確か、こんな感じの手術台だ」
 青い顔をした鬼鮫参謀を伴い、あやこは今、エアリアル室にいる。
 睡眠中の朧げな記憶を頼りに、夢を再現しているところだ。
「俺も見覚えありますぜ、この手術台……」
 軽く頭を押さえながら、鬼鮫が呻く。
「それに、どうも……この艦から下船したような記憶がありましてね。変な夢だと思っちゃいるんですが」
「綾鷹も、同じ事を言っていた」
 あやこは腕組みをした。
「あれの身体から……それに参謀、貴官からもだが、麻酔が検出されたのだ。まさか自分で打ったわけではあるまい?」
「当然でしょう」
 鬼鮫はしばし思案し、そして結論を口にした。
「……アブダクションって奴ですな、どうやら」


「綾鷹さんと鬼鮫参謀が拉致されました!」
 オペレーターの報告に、あやこは緊迫した面持ちで頷いた。
 作戦通り、とは言える。郁と鬼鮫には、発信器を身に付けた状態で就寝してもらった。
 そして狙い通り、拉致された。
 ここからが正念場である。郁と鬼鮫、だけではない。行方不明のクルー全員を、救出しなければならないのだ。
 まだ1度も試していない兵器の投入が、決定した。
 本命の男以外は何でも作れる綾鷹郁が作り上げた、必殺兵器である。
 あやこは片手を上げ、命じた。
「煩悩砲……スタンバっておくように」


 千里眼の眼光が、どうやら異界に棲まう悪霊たちの興味を誘ってしまったようである。
 艦内・センサールームの付近に、異界へと通じる深淵が発生していた。
 そこから出現した悪霊たちが、睡眠中の郁と鬼鮫を拉致し、この異界空間まで運んで来たのだ。
 行方不明のクルーたちも、同じように拉致されて来たに違いなかった。
 手術台に拘束される寸前で、郁は目を開いた。
「ここまでのエスコート……ありがとねっ!」
 小柄な細身が、手術台の上で跳ね起きながら独楽の如く高速回転する。しなやかな両脚が、斬撃のように周囲を薙ぎ払った。
 メスやらハサミやらを手に群がりつつあった悪霊たちが、様々な方向に蹴り飛ばされる。
「鬼鮫ちゃん! 他の皆お願い!」
「任せな……!」
 同じように悪霊たちを蹴散らしながら鬼鮫が、行方不明のクルーを捜すべく駆け出して行く。
 それを阻もうとする悪霊の群れに、郁は猛然と挑みかかって行った。
「頼むわよ、あやこ艦長……」


「煩悩砲、発射……駄目です、効果ありません!」
 オペレーターが悲鳴を上げる。
 艦長席にゆったりと身を沈めたまま、あやこは冷静に指示を下した。
「ただ撃っただけでは駄目だ。何しろ煩悩砲だからな……綾鷹の重ね着にランダム照準。煩悩が高まる撃ち方でな」
 郁と鬼鮫が持ち込んだ発信器のおかげで、異界空間の座標は特定出来た。
 後はそこに照準を定め、煩悩砲を撃ち込むだけだ。悪霊たちを殲滅するため、ではない。
 綾鷹郁自身に、悪霊を殲滅させるためだ。
 オペレーターたちが、口々に戦況を報告する。
「煩悩砲、発射……全弾命中!」
「ブルマ、続いてスク水……綾鷹さんの服装が、いい感じにランダム変化していきます」
「悪霊が混乱しています!」
「さすが郁。あの重ね着テクニックは、あたしたちなんかじゃ真似出来ない……」
「駄目! 悪霊に着替えを先読みされた!」
「敵霊力増強! こ、このままでは艦体が!」
 艦全体が、激しく振動した。
 センサールーム近辺の深淵が、急速に拡大してゆく。このままでは、船が裂ける。
「勝負所ね……」
 振動の中、あやこは艦長席から毅然と立ち上がった。
「全Chで煩悩を斉射! 一発勝負よ!」


「来た……来た来た来た来た煩悩きたぁああああああああああッ!」
 煩悩砲・全弾直撃を受けた郁の身体が、絶叫と共に砕け散った。
 いや、5体に分裂していた。
 5人の綾鷹郁が、そこに出現した。
 1人は、何の変哲もない清楚なセーラー服姿。
 1人は、純白の体操服に濃紺のブルマという体育祭仕様。
 1人は、スクール水着をぴっちりと身体に貼り付けた水中戦タイプ。
 1人は食い込みが割と際どいレオタード姿で、スレンダーなボディラインを誇示しながらリボンを揺らめかせている。
 だが、最も際どいのは5人目だ。
 上は、小振りながら形良い胸の膨らみを辛うじて包み隠すビキニブラ。下は、褌である。
「行くわよ、煩悩戦隊! ……え〜っと、何レンジャーにしよっか?」
 ポーズを決めながら迷っている郁5人に、悪霊の群れが襲いかかる。
 最もパワーに秀でた体育祭仕様の郁が、襲い来る悪霊たちを体当たりで吹っ飛ばし、掴んでは投げた。
 スクール水着姿の郁が、魚が跳ねるが如く素脚を躍動させ、悪霊たちを蹴り飛ばす。
 レオタードを着用した郁が、優美な幻惑の舞いを披露しながらリボンを振るい、悪霊たちを片っ端から縛り上げる。
 褌を締めた郁が、最高神・海亀様の火球を召喚し、悪霊の群れをことごとく焼き砕く。
 そしてセーラー服姿の郁が、鮮やかに軽やかに小銃を振るい操り、様々な形に銃剣を閃かせた。群がる悪霊たちが、切り刻まれ霧散してゆく。
 5人の綾鷹郁が奮戦している間に鬼鮫が、解剖される寸前だったクルー全員を救出し、引き連れて来た。


「あの千里眼妖怪を、もっと慎重に扱うのは当然として……」
 腕組みをしながら、あやこは言った。
 行方不明だったクルー全員を救出し、悪霊の深淵を潰す事も出来た。
 今後、このような事が起こらないために、どうするべきか。対策を練らなければならない。
「煩悩砲が極めて有効な兵器だという事はわかった。その有効性を高めるため、クルー全員に褌Tバックからセーラー服までの着用徹底を」
「ちょっと待って、あやこ艦長」
 郁が、口を挟んだ。
「クルー全員って……まさか鬼鮫ちゃんも?」
「あ、いや男子は……」
 あやこは絶句した。
 黙って腕組みをしていた鬼鮫が、重い声を発する。
「まあ、艦長が着ろとおっしゃるなら着ますがね……どういう事になっても、知りませんぜ」
「駄目! そんなの絶対駄目!」
 郁は絶叫し、鬼鮫の太い腕にしがみついた。
「鬼鮫ちゃんは、あたしが守るから!」
 あやこは、ただ苦笑するしかなかった。