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<東京怪談ノベル(シングル)>


フランケンシュタイン・アーミー


 身柄を拘束された。
「罪状くらい、教えてくれるんでしょうね?」
 というフェイトの問いに、上司は一応、答えてくれた。
「錬金生命体暴走への、重要な関与……その容疑が晴れるまで、君にはここにいてもらう」
 テレパス能力で、錬金生命体たちを操り暴走させた。そんなふうに疑われているようだ。
 あの上院議員の意向であるとしたら、無実を叫んだところで無駄だろう。
 IO2本部の一室。監獄の一歩手前と言うべき部屋に、フェイトは入れられた。同僚と一緒にだ。
「まあ俺が疑われるのは当然として……」
 意気消沈し廃人のようになっている同僚の方を、フェイトはちらりと見やった。
「こいつは関係ないでしょう。何か、やらかしたわけでもなし」
「君と同じだよ。今回の暴走は、彼による操作ミスが原因かも知れないのだからな」
 機械のような口調と表情を変えぬまま、上司が言う。
 この男は常にこうだ。自分より上にいる者の意向を、ただ機械のように繰り返して下に伝えるだけ。
 彼がその機械のような表情を変える事が、もしあるとすれば。それは権力者に媚びへつらう時と、自分の部下がその権力者に向かって無礼な態度を取った時だ。先程のように。
 その無礼な部下2名が、今こうして身柄拘束の処置を受けている。
「操作ミスって……そもそも虚無の境界のテクノロジーを安直にコピーしようってのが無茶なんだ。それを」
「……いいよ、フェイト」
 うなだれたまま、同僚は言った。
「俺、何も出来なかった……クソの役にも、立たなかった……銃殺もんだよ」
「お前……」
 かける言葉をフェイトが見つけられずにいる間に、上司は部屋を出て扉を閉めた。電子ロックがかかった。
 重苦しい沈黙が支配する室内に、フェイトは、生ける屍も同然の同僚と2人きりで残されてしまった。
「……ざまぁねえな、俺……」
 辛うじて聞こえる声を、同僚は発した。
「お前と、張り合いたくて……あんなブッ壊れた玩具の兵隊、ちょっと動かしただけで、お前と張り合える気になって……結果このザマだよ……笑えよ、フェイト」
 笑うものか。俺と張り合う必要なんてない。お前にしか出来ない事だってある。
 安易な慰めの言葉が、フェイトの頭に浮かんでは消えた。
 この同僚は今、少し前、長期休暇を強いられた時のフェイトと同じ所にいる。言葉で元気づける事など、出来はしないのだ。
 電子ロックが解除され、扉が開いた。
 防弾装備に身を固めて小銃を携えた男たちが、剣呑な足取りで駆け込んで来る。
 完全武装の、IO2戦闘員たち。率いているのは、黒人の大男である。
「教官……」
「釈放だ、フェイト。のんびり禁固刑なんぞ喰らってる場合じゃなくなった」
 どうやら、教官の言う通りであった。
 本部ビル内のあちこちから、闘争の気配が伝わって来る。何が起こっているのか、フェイトは何となく理解した。
「……暴れてるんですね? あいつらが」
「本部ビルの敷地内から、1匹も外に出すな」
 緊急指令を口にしながら教官はフェイトに、ずしりと重いものを押し付けるように手渡してきた。
 2丁の拳銃、及びマガジンポーチ。身柄拘束の際、没収されたものである。
「あの、これ……結構ごつい人たちが預かってたと思うんですけど、どうやって話つけてくれたんですか?」
「話はしてねえ。ちょいと強めに頭撫でてやっただけだ。ほれ、お前も」
 うなだれている同僚にも、教官は、取り戻して来た持ち物を押し付けた。
 タブレット端末。IO2の支給品であるが、この同僚独自の、違法に近い改造がされているようである。
「ヒキコモリみてえになってる場合じゃねえぞ。仕事の時間だぜ」
「で……でも俺……」
 親日派の教官は相変わらず、知らなくていい日本語を知っている。
 そんな事をフェイトが思った、その時。
 天井が、裂けて破けた。
 上階から降って来た人影が複数、猿の如く着地する。
 迷彩服に身を包み、昆虫のような仮面を被った兵士たち……錬金生命体である。
 計5体。うち2体が跳躍し、3体が疾駆した。凶暴な、野生のチンパンジーを思わせる襲撃。
 人体を引き裂く怪力を秘めた四肢が、目視不可能な速度で襲いかかる。フェイトに、同僚に、教官たちに。
 目視が出来ない以上、殺意だけを感知するしかなかった。
 フェイトは目を閉じ、思念の網を、蜘蛛の巣の如く張り巡らせた。
 殺意の塊が5つ、そこに引っかかった。
 フェイトの両手が、2丁の拳銃を握ったままフワリと動いた。
 左右の銃口が、火を噴いた。銃撃が、5つの方向を薙ぎ払う。
 全身に銃弾を撃ち込まれた錬金生命体5匹が、床に倒れあるいは落下し、動かなくなった。
 フェイトは目を開き、5体全てが屍となっている事を確認した。
 英国の友人から贈られた爆薬弾頭も、残り少ない。通常銃弾でも、フルオートで正確に撃ち込めば、充分にこの怪物たちを仕留める事が出来る。
「こいつらが今……ここだけじゃねえ、アメリカじゅうに配備されてるのは知ってるよな」
 教官が言った。
「配備された先で、同じように暴れてやがるのよ。おい、わかるよなあ? おめえの出番だってのが」
 教官が、同僚の胸ぐらを掴んだ。
 掴まれ、揺すられながら、同僚が呻く。
「ヴィクターチップは、効かなくなっちまったんですよ……俺なんかに、何が出来るって言うんですか……」
「チップ埋め込まれた奴、1匹1匹の居場所の特定」
 フェイトは言った。
「1匹逃がせば、どれだけ人死にが出るかわからないんだ。責任重大だぞ」
「責任重大……俺が?」
「お前にしか出来ない事だよ」
 先程、頭に浮かんで言えなかった事を、フェイトは口にした。
 教官に掴まれたまま、同僚はタブレット端末に指を触れた。
「1匹1匹……居場所を特定して、各地の戦闘部隊に伝えます」
「頼むぞ。おめえが司令塔だ」
 教官がそう言い終わらぬうちに、今度は壁が破られた。
 錬金生命体の群れが、なだれ込んで来る。
「フェイト、おめえは行け!」
 小銃をぶっ放しながら、教官が叫ぶ。
「オンタリオ湖畔だ! こいつらのメインの工場! そこを潰せ!」
 端末操作に専念しなければならない同僚を護衛すべく、他の戦闘員たちも銃撃を開始する。
 ここは、任せるしかなさそうだった。
 頼みます、と一声だけ残して、フェイトは廊下に出た。
 駆け出した瞬間、何者かが語りかけてきた。
『面白いね……君みたいな子も、いるなんて』
 フェイトにしか聞こえない声。
『こんなとこにいても面白くない、飽きちゃった……とか思ってたけど。もうちょっと、いてみようかな』
 オリジナル。そう呼ばれている何者かが、くすくすと笑っている。
 油断なく銃を構え、廊下を進みながら、フェイトは会話に応じた。
「あんたが何者なのか、詳しく訊いてみたいとこだけど……今はとりあえず、こいつらを止めろ!」
 天井に3匹、錬金生命体が貼り付いている。フェイトを狙って、降って来る。
「今はどうか知らないけど、少なくとも元々は人間なんだろう? それなら、わかるだろ! こいつらは大勢、人を殺す! それがどういう事か、わかるだろうが!」
 廊下に転がり込んで、襲撃をかわす。そうしながら、フェイトは引き金を引いた。銃声が轟いた。
『無理、もう僕じゃ止められないよ。だって、魂の連結を切られちゃったんだもの』
 錬金生命体3匹のうち、2匹が銃撃に吹っ飛ばされて屍に変わった。
 残る1体が、肩と胸板に銃弾をいくつか食い込ませながらも、怯まず襲いかかって来る。
『そう、だから本来こいつらはもう動けないはずなんだ。なのに動いてる……君たちが、こいつらに新しい魂を植え付けてしまったのさ』
 実戦に投入され、すでに何度も戦闘と殺戮を経験している錬金生命体の群れ。
 その経験値とも言うべきデータが、彼らの脳内のヴィクターチップに蓄積された。
 結果、己の意思など持たぬはずの怪物たちに、自我が芽生えてしまったのだ。戦闘と殺戮のみを行う自我が。
 己の意思で戦闘・殺戮を行う怪物たちを、IO2が自ら作り上げてしまったのである。
(虚無の境界の連中、まさか最初からそれを狙ってた……なんて事はないよな?)
 襲い来る怪物と、激しく擦れ違いながら、フェイトは引き金を引いた。
 至近距離からの銃撃を受けた錬金生命体が、そのまま壁に激突し、動かなくなる。
 それを確認せずに、フェイトは走り出した。
 行く先は、ヴィクターチップのメインシステムが存在する場所……教官の言う通り、オンタリオ湖畔の工場である。
 実戦投入された錬金生命体。彼らの経験値データは全て、ヴィクターチップを通じて、メインシステムに集積されている。
 それを破壊してしまえば、全てのヴィクターチップは機能を失う。
『こんな事になるなんて、僕にも予想出来なかった……面白いねえ、本当に面白いよ。君たち人間のやる事は』
 走り続けるフェイトの脳裏で、オリジナルは笑っている。
『君たちがどうなるのか、何をするのか、ゆっくり見物させてもらうよ』
「見物だけじゃ済まないってのは、わかってるよな……」
 フェイトは応えた。
「最終的には、あんたと話をつけなきゃならなくなる……話だけでも済まないってのは、わかってるよな?」