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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


二人のかぐや姫

 南米、ペルー砂漠には「ワカチナ」という名の天然のオアシスからなる村がある。砂漠の山に囲まれた中にポツリと浮かぶその姿は、「アメリカのオアシス」と呼ばれるにふさわしいほど、幻想的な風景である。
 その村の外れ、満月の光に照らされた墓を抱き、月を仰いで泣くひとりの少女の姿があった。月に照らされた彼女の背には翼がある。この墓碑の相手を、天へと迎えた天使かのようにも見える。
「お願いだから、魂が凍るような声で泣かないで」
 付き添いの女性だろうか、それを見ていた女性が沈痛な面持ちでそう言ったが、天使の涙は止まらない。
 いたたまれなくなって、付き添いの女性、綾子はそっと視線を逸らした。
しかし何故、少女、郁は月食の直前にこんなところで墓碑を抱き泣いているのだろうか。そしてこの墓はいったい誰のものなのだろうか。


 全ての始まりは、百年ほど前に遡る。
 天使でありながら、半魚人のダウナー族である郁はその身体的特徴を生かし、とある沈没事故の際、多くの人の命を救った。その身体的特徴と、彼女の功績で、彼女は一躍脚光を浴び、時の人となった。それをきっかけにもう誰も彼女の正体を嗤わなくなった。もう誰の目も気にして生きなくていい。郁は幸せだった。そして、婚約者と二人このまま幸せでいられると思っていた。郁の功績は高く評価され、マスコミで大きく取り上げられた。一流の音楽家と組んでお茶の間を席巻し、国民栄誉賞を受賞することになった。その前日、マスコミに囲まれ、モテモテの郁。次の衆議院選に出るのではとの話も出るほどだった。

 一方、郁が幸せに包まれていた頃、綾子は野党から初の女性大統領に立候補していた。
「宇宙より地球環境を!」
 その野党の公約は共感を呼び、綾子は立候補どうしの討論会も持ち前の話術で制した。
 大統領選最終日、ワシントンのとある場所で野党、藤田陣営は緊迫していた。優勢だと思われていた大統領戦だが、最終日の時点で情勢が数票差しかなく拮抗していたからだ。綾子は婚約者とともに、勝てるように祈った。
 それもそのはず。スタッフの中に狡猾なドワーフ「アシッド族」が紛れ込んでいた。
「神輿の準備はどうか?」
「上々だ」
 ヒソヒソと彼らは話し、ニヤニヤと笑って、それぞれの持ち場へと戻っていった。
 アシッド族は議会のねじれを逆手に取り、綾子に宇宙推進政策を丸呑みさせようと企み、暗躍しているのだ。 アシッド族が表立って動けば、久遠の都に知られ、計画が潰されてしまう。そこで彼らは考えた。人々の支持も厚く、話術に長けた候補者『藤田綾子』という隠れ蓑が必要だったのだ。しかし、優勢のまま勝たれてしまうと、自分たちの政策を丸呑みさせにくくなってしまう。そこでわざと拮抗させて、前日までギリギリの状態にし当日は圧勝させようとしているのだ。そう、全てはアシッド族の計画通りだった。

 月面の久遠の都。
 アシッド族の暗躍で野党女性候補が大勝する事が発覚。どう歴史を弄っても、綾子が就任した暁には大統領の公約に反して、アメリカの宇宙政策は躍進してしまう。そこで、久遠の都は強硬手段に出ることにした。

「TCが撤退して、火山に隕石をぶつける!?」
 綾子と郁にその指令が下ったのは、国民栄誉賞の授賞式と、大統領選挙の投票日の前日だった。
「それを実行した場合、地球はどうなるの」
 綾子の疑問はもっともだった。そして、驚愕の答えが返ってくる。
「世界を程々に壊して、文明を百年ほど退化させる!?そんなこと許されると思っているの?大体……」
 郁の方はあっけらかんとしていた。
「何だ、事象艇で夫と百年後へ行けばいいのね」
 その言葉を通信で聴いていた綾子は呆れたように溜息をついた。
「楽観視はいいけど、無駄な抵抗よ。多分、隕石を当てる影響で時空が歪み、その間、事象艇は一切使えないだろうし、久遠の都のことだから、誰がどうあがいても絶対に成就する様に歴史を弄てあるはずだわ」
 通信機の向こうの久遠の都の担当者も肯定した。
 綾子や担当者がそう言ってもまだ、精神的に若い郁は可能性を信じていた。

 全米が綾子を匿い、日本の報道陣全てが欺瞞情報をばら撒き郁の行方を隠蔽した。鬼鮫達IO2も護衛に着いた。これで、久遠の都とはいえ、そう簡単にはいかないだろう。そう誰もが思った。
「まるでかぐや姫ね」
「かぐや姫?」
「そう、昔話のかぐや姫」
 満月を見上げながら綾子の呟きに鬼鮫が反応した時、急に月の光が強くなり、周りの人々が崩れ落ちるように倒れ始めた。
「くっ……」
 最後まで粘っていた鬼鮫だが、その抵抗も虚しく倒れてしまう。
 そして、今度は徐々に世界が闇に覆われ始めた。皆既月食が始まったのだ。その闇が綾子と郁を覆い隠す様に二人の姿も消えていく。
「僕は君を忘れない。月食の度にここで君の帰りを待ってる!絶対にだ!!」
 最後の力を振り絞って、そう叫ぶ郁の婚約者と、泣き叫ぶように婚約者の名前を呼び続ける郁。
 時同じくして、綾子も全米も、号泣していた。もちろんその中に綾子の婚約者も入っている。彼は覚悟を決めたように何も言わなかった。綾子もまた、何も言わなかった。二人に言葉などいらなかったのかもしれない。

 久遠の都はこの月食を機に百年の眠りについた。
 百年が経ち、一番最初に郁がしたのは、婚約者の消息を探すことだった。そして見つけた墓に縋る郁。綾子は久遠の都での兵役という生き甲斐を得たが、精神的に幼い郁に今すぐ恋愛依存の脱却は難しいというか無理だろう。身を裂くような、悲鳴にも似た号泣があたりに響き渡る。
 綾子は後ろから郁を抱きしめ言った。
「月食が来る度泣けばいいよ。彼は郁といつまでも一緒だよ」
 言葉の後半は自分に言い聞かせたのかもしれない。そんなことを想い、郁を自分に重ねつつ涙腺が緩む綾子だった。
 これからは任務が私の生きがい。
 でも、この子は……郁は何を生きがいにして生きていくのだろう。そう綾子は思いながら、欠けていく月を見上げていた。



Fin