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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


タャトョヌュ
 丘の上にて、塩の香りを乗せた風が少女の髪を悪戯に撫でる。
 彼女の青色の瞳に映る海原では、触手が暴れ回り周囲の艦を絡め落としていっていた。凄惨な光景にしばし呆然としていた郁だが、所持していた水晶玉が着信を知らせた事で我へと返る。
 水晶玉に届いたのは、師範からのメッセージだった。
「ええっ? 私が?」
 素っ頓狂な声が、思わず郁の口からこぼれた。彼女が狼狽えるのも無理はない。師範、あやこは確かにこう告げたのだ。
「空での指揮は任せた」、と。

 ◆

 幾人もの天使族<ダウナーレイス>が、甲鈑に整列していた。少しの乱れも許さぬとでも言うかのように綺麗に並ぶその姿は、あやこの指導の賜だろう。
 空には翼竜が飛び交い、水中にて大蛸は触手を蠢かせている。大飛魚が、人々を脅威へと叩き落す。
 群れ。群れ。群れ。どこを見渡しても、敵の群れ。
 あちらこちらで、現在の状況を嘆き狼狽する人々の声があがっていた。進化した敵は、探知を回避する。索敵を機械に頼り過ぎたせいで、敵の奇襲を許してしまった将官達の混乱は未だに冷めない。
 そんな中、一人だけ冷静に場を見渡し、堂々と佇んでいる女がいた。
「藤田式空中殺法をご覧あれ。妖精の勘と肉弾に勝る物は無いのだ」
 オッドアイのエルフ、藤田あやこである。
「本艦に翼竜接近! その数……じゅ、十万頭です!」
 怯えた声で告げる士官の横で、あやこは凛とした様子で微笑んだ。エルフの女王の形の良い唇が、開かれる。
「たゃとょぬゅ〜♪」
 そうして彼女は、歌い始めた。

 ――タャトョヌュ 眩しい世界が幾つも君に微笑む
 ――タャトョヌュ スポットライト浴びて この瞬間輝きだそう
 甲鈑にいた弟子達は、聞き覚えのある声に顔を上げた。
「禿大根の歌だわ!」
 校歌を熱唱するノリノリな歌声は、あやこのものだ。少女達が聞き間違うはずもない。毎日、彼女の声を嫌という程聞いて過ごしてきたのだから。
 その歌声は、彼女達に力を授ける。鍛えられた体が、更に屈強なものと化す。
「凄いよ。じわじわ来る」
「私もよ。……行けるかも!」
 少女達の顔に、自然と笑みがこぼれた。スポットライトに照らされた彼女達は、歌と号令に合わせ空へと羽ばたいていく。
 ――風が歌う 君が笑う 小さなステップに心弾ませよう
「竜巻電光脚〜!」
 翼竜の背中に、郁の蹴り技が叩き込まれた。他の少女達もそれに続き、ショーの様に美しく天使達は空中を舞う。
「竜の火球攻撃がきます! その数、約三千です!」
 ――都会の空 夢が浮き出すよ
 響き渡る、警戒を促す士官の声。翼竜が息を吸い込み、大きな口を開く。そこから放たれた火球が、艦へと一直線に迷う事なく向かってくる。
「魔盾輪舞〜!」
 郁達がフラフープを回すと、ぱあっと辺りが明るくなった。無数の光輪が、火球の猛撃を余す事なく弾き返す。
 ――繋がって 広がって 煌きになる
 竜の母艦である怪鳥が、火球を浴びて炎上した。轟々と燃え盛りながら、鳥は飛ぶ術を失い海へと真っ逆さまに落ちて行く。大きな波しぶきが上がり、怪鳥は二度とそこから浮かび上がってくる事はなかった。
「水中に感あり! 魚雷竜! 自爆特攻きます!」
「サーチ&デストロイ〜!」
 ――未来に架かる虹の様に 自由な色咲かせたい
 郁達は魚竜を抱え、跳ぶ。息を合わせ空中を舞うその姿は、さながらイルカショーの如し。その美しき光景は、此処が戦場である事を一時だけ忘れさせる。
 少女達は、タイミングを合わせ竜を手放した。放棄された竜が爆発し、あがった飛沫が空に虹を描く。
 ――誰もが綺羅星 光を纏って 飛立つ羽搏く果てない空へ
「触手来ます! 八万本!」
「刺突戦用意〜」
 郁達の攻撃に抵抗しようと、大蛸は腕を伸ばす。しかし、次の瞬間その腕は斬り落とされていた。
 薙刀を構えた少女達が武器を収めると同時に、大蛸の体はバラバラに崩れ去っていく。破片が、果てなき空へと舞う。
 ――タャトョヌュ! タャトョヌュ!
 ――体全部で感じて今を生きよう タャトョヌュ!
 クルー達は、あやこの歌声を体全部で受けながら、援護射撃をする。砲撃が、敵へと容赦なく叩き込まれていく。
「ええい! ならば飽和攻撃だ!」
 押されている状況に歯噛みし、敵将は腕を振るいながら告げた。ありったけの戦力を、一斉にあやこ達へと差し向ける。
「つばっさ、たいよぉ、浴びてー!」
 あやこの歌声が裏返る。キラキラと、水平線が太陽の光を浴びきらめいた。爆発音が響き、竜達の悲鳴がそれへと重なる。
 ――君らしく 生きればいい
 彼女が歌い終えた時、周囲に敵の姿はもうなかった。
 しばしの静寂の後、艦内に歓声が沸き上がる。どや顔で、あやこが艦長の帽子を被った。
 戦闘は終わったのだ。あやこ達の勝利という形で。
 平和を取り戻した海原の上で、生徒達が勝利を祝しハイタッチをし合う。級友と手を合わせる郁の顔に浮かぶ表情……それは、一切の陰りのない、満面の笑みであった。

 ◆

 卒業式。旗艦の襟章を着けたセーラー服の少女達に、エンドロールが重なる。
 これは、USSウォースパイトの熱き艦長、藤田あやこについて語られた伝記映画だ。
 タイトルは、冒頭であやこが叫んだ言葉、『タャトョヌュ』
 ――あたしが指揮を執る。

 今日も、クルーを指揮するあやこの声が、時空のどこかで響いている。