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禍いの花を刈り取る者
人を撃つ時も、こんな感じなのであろうか。フェイトはふと、そんな事を思った。
思いながら、引き金を引いた。
人間と変わらぬサイズの生き物が10体近く、フルオートの掃射で薙ぎ倒され、動かなくなった。
オンタリオ湖畔。カナダとの国境近くに要塞の如く鎮座する、生体兵器工場である。
その内部は今、死屍累々としか表現し得ぬ有り様であった。
様々な、奇怪でおぞましい姿をした生き物たちが、銃撃に穿たれた屍と化し、散乱している。
この工場で生産された、生まれたての錬金生命体たち。
生まれたてとは言え、その脳内にはヴィクターチップが埋め込まれている。豊富な戦闘経験データが蓄積されたヴィクターチップの、量産品だ。
生まれながらにして、高度な戦闘・殺戮能力を有する怪物たち。
本来ならば、これほど容易く射殺されてしまうような生き物ではない。
IO2らしい、と言うべきであろうか。
工場内で錬金生命体たちが、何らかの原因で制御不能となった場合の対策。それが、しっかりと用意されていた。
特殊な薬品ガス。錬金生命体の身体能力を、著しく弱める。が、人間の肉体には無害。
それが現在、工場内に散布されているのだ。
工場員は全員、脱出済みである。
動くものは全て敵と見なして撃っても良い、という事だ。
「まあ、それは助かるんだけど……」
一向に開かない、制御管理室の自動ドア。その前に立ったまま、フェイトは見回した。
錬金生命体の群れが、あらゆる方向から、のたのたと鈍い動きで迫りつつある。
その肉体を薬品ガスに蝕まれ、動きは鈍り力も弱まっている。
とは言え、2度3度の掃射で片付くような数ではない。
『おいフェイト、まだ生きてるか!』
残弾数が心もとないフェイトの耳元に、通信機能で語りかけてくる者がいる。
本部ビル内で司令塔の役割を果たしている、同僚である。
『パスコードがやっと解除出来た。そこの扉、開くぞ』
という言葉が終わらぬうちに、制御管理室の自動ドアが開いた。
「助かる!」
口元に伸びたインカムに向かって応えながら、フェイトは管理室内に転がり込んだ。
ヴィクターチップ制御管理室。この工場の、中枢と言うべき部署である。
その中央に立つ、機械の柱とも言うべき物体。これこそが、ヴィクターチップのマスターシステム。
アメリカ全土に配備された錬金生命体たちの戦闘経験データが、そこに集積されている。
集積されたデータが、ヴィクターチップを通して錬金生命体1匹1匹にフィードバックされ、彼らの戦闘能力を際限なく高めてゆくのだ。
あの怪物たちの暴走を止めるためには、このマスターシステムを制圧……否、破壊しなければならない。
ちょうど空になった拳銃に、フェイトは弾倉を叩き込んだ。
通常弾ではない。とある英国紳士からの贈り物……残り少ない、爆薬弾頭弾だ。
『フェイト……一応、上からの命令は伝えておくぞ』
同僚が言った。
『そのマスターシステムは、機能を一時停止させた状態で……無傷で確保しておくように、って事だ』
「聞こえないな。通信機が、いきなり壊れた」
言いつつフェイトは、機械の柱に銃口を向けた。
「何か命令が来たみたいだけど、俺には伝わってない。現場の判断で行動する」
『わかった。通信機の故障じゃ、しょうがねえな。安物を支給してるIO2が悪い』
同僚が、笑ったようだ。
フェイトは、引き金を引こうとした。
引く前に、銃声が轟いた。
「うっ……!」
殺意に反応し、とっさにかわした。
そのつもりだったが、右手から拳銃が落ちた。激痛が、フェイトの右腕を打ち据えたのだ。
銃撃。かすめただけだが、二の腕の辺りがザックリと裂けてスーツが血に染まっている。
「せっかく作った物……破壊する事もあるまいよ」
動きの鈍い錬金生命体たちを掻き分けるようにして、男が1人、管理室に歩み入って来た。その手に握られた拳銃から、微かな硝煙が立ちのぼる。
白衣を着た、一見すると逃げ遅れた工場技術者とも思える男。
何者であるのか、フェイトは即座に理解した。
「……虚無の、境界……!」
「嬉しい誤算であったぞ。貴様たちIO2がよもや、これほどのものを作り上げてくれるとは」
語る男に付き従うようにして、錬金生命体たちが、のろのろと管理室内に入り込んで来る。
「そこそこの怪物を育て上げてくれるであろうと期待はしていたが……我らの蒔いた種が、お前たちのおかげで大輪の花を咲かせつつある。滅びをもたらす、禍いの花よ」
フェイトに銃口を向けたまま、男は語り続けた。
「このマスターシステムは、我らがいただく。お前たちが育ててくれた怪物どもを、有意義に活用してくれようぞ……滅び、そして大いなる霊的進化をもたらすために」
フェイトは聞かず、痛みに呻き、よろめいた。
よろめきながら、間合いを詰めた。
拳銃を持つ男の右腕を、左手で掴み、捻り上げる。そうしながら、片足を高速離陸させる。
膝蹴りが、男の腹部に叩き込まれた。フェイトを狙っていた拳銃が、床に落ちた。
「ぐえ……ッ! き……貴様……」
「……語りに熱中してると、こういう事になる」
フェイトは言った。
IO2エージェントを相手にしている時は、拳銃を突き付けているくらいで安心するな。続いて、そんな事を言ってしまいそうになった。自分こそ、語りに熱中してしまいそうになった。
とっさにフェイトは男を解放し、跳躍し、負傷した右腕を庇いながら床に転がり込んだ。
攻撃の気配が、襲いかかって来たのだ。
解放された男が、その攻撃を受けて砕け散った。粉砕された、としか言いようのない死に様である。
その粉砕を行った怪物が、着地しながら牙を剥いた。
錬金生命体の1匹。薬品ガスで弱体化しているとは思えない、攻撃だった。
その1匹だけではない。2匹、3匹と、目視不可能な速度で襲いかかって来る。鋭い牙が、カギ爪を生やした剛腕が、暴風の如くフェイトを襲う。
薬品ガスの効果が、失われていた。
この怪物たちの肉体が、短時間で耐性を獲得してしまったのだ。
(進化する、化け物……!)
慄然としながら、フェイトは攻撃を念じた。気力の消耗を嫌っている場合ではない。
攻撃の念が、物理的な力の奔流と化し、吹き荒れた。
襲いかかって来た錬金生命体が3匹、力の奔流に打ち砕かれ、今の男と同じような最期を迎えた。
原形をとどめぬ死骸を蹴散らすようにして、何体もの怪物たちが、管理室内に乱入して来る。
薬品ガスを克服してしまった、錬金生命体の群れ。
爪が、牙が、角が、毒虫のような触手が、嵐の如くフェイトを襲う。
消耗しかけた気力を振り絞り、攻撃を念ずる……暇もないように思われた、その時。
錬金生命体たちが、どしゃっグシャッと床に倒れ込み、折り重なった。そして動かなくなった。
屍、と言うより、単なる肉の塊と化していた。まるで最初から、生命など有していなかったかのように。
IO2の操縦によってではなく、己の意思で戦闘・殺戮を行う怪物たち。
戦闘経験の蓄積によって獲得した、自我、あるいは魂と言っても良いだろう。
それが、奪われた。何者かによって、一斉に刈り取られたのだ。
「味が、しないわ……」
声がした。寒気がするほどに涼やかな、女の子の声。
アイスブルーの冷たい眼光を、フェイトは感じた。
傍らで、艶やかな黒髪がサラリと揺れた。
「……急ごしらえの魂なんて、こんなものね」
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