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<東京怪談ノベル(シングル)>


自信

 お茶にしようと一言残し、仁科・雪久(にしな・ゆきひさ)が店の奥へと一旦下がる。
 その場に残された海原・みなも(うなばら・みなも)の頬はまだまだ赤い。
 というのも、雪久にからかわれた為だったりするが。
「みなもさんも素敵な人を見つけてロマンスをするんだよね?」
 彼の言葉が耳に木霊する。
 それに――。
 みなもは胸元の本をぎゅっと抱きしめる。
 彼女が救った、彼女の友人達の住む世界を。
 本の中の姫君達もきっと望んだ国を作って生きていくのだろうから。
 考えて、つい、頬が綻ぶ。彼女達はみなもの新しい友達にもなってくれた。
 みなもが本の世界を立ち去る時も、皆はみなもとの別れを惜しみ、そしていつでも遊びに来て欲しいと言ってくれた。
 姫君達はみなもの手を固く握り、こう言った。
「素晴らしくなった国を、いつか見に来て欲しい」と。
「きっと素敵な国が出来るって、信じてる……」
 本を抱えたままに、みなもが小さく呟く。
 世の中には言霊というモノもある。声に出す事により、現実になったらいい。そんな願いも込めて。
 途端に胸元の本が幽かな光を帯びた。
「これって……?」
 慌てて本を見直すと、みなもの腕から抜けだすように本は宙に浮かび、そして巻き付いて居た鎖がパキンと軽快な音を立ててはじけとぶ。
(また、竜になっちゃう……!?)
 過去の経験から慌てるみなもの前で、彼女の予想を裏切るように本は姿を変えていく。
 目を見開いた彼女の前で、書に書かれたタイトルが書き換わっていく。
 以前のようなどこか禍々しい雰囲気は払拭され、力強さを感じさせる、しかしシンプルな装丁へと変化をしていく。まだまだこれから新たな発展をしていく、あの国のこれからを示すように。
 再びみなもの腕に戻った書は、完全に姿を変えていた。
 呪われた魔書から、祝福された奇書へと。
 ――竜と共にある姫。それが、書に記された新たな題名だった。

「……で、またどうしたの?」
 お茶を持って戻ってきた雪久の視線の先には、白くてもふもふな一体の竜。心なしかその表情はどこか嬉しそうに思える。
 早速『竜と共にある姫』を開いて竜化したみなもなのは雪久も問うまでもなく分かったらしい。
 白竜みなもはふわふわの手で懸命にペンを動かす。
『以前より、馴染んでいる気がするんです』
「成る程、試練に打ち勝ったから……というのもあるのかな」
 雪久の問いかけにみなもがこくりと頷く。白竜に、そしてあの国の人々に認められたのだという事実は彼女自身、じんわりと胸が温まる思いだ。
 ただ、一方で不安もある。
 白竜はあれだけの強大な力を持っていた。
 確かに本を開いた瞬間、以前より容易に変身する事が出来た。
 いま、白竜の力はみなもの身体の、力の一部として馴染みつつ……いや、みなも自身が力に適応するよう変化しつつあるといった方が正しいだろうか。
 だが、その元となった力は、現代のものとはかけ離れている。このまま適応しきった時、みなもはどうなってしまうだろう? 本の世界の理に従って動くような存在になってしまわないだろうか?
 一度でも過ぎった不安はなかなかかき消える事なく胸中に留まろうとする。
 それが、僅かながら表情に……というか所作に出ていたのかもしれない。
「不安かな?」
 雪久がそれを見て取ったように述べる。
「彼女達も、私もみなもさんを信じているから、安心して力を使うといい」
 彼が続けた言葉にみなもは更に逡巡する。
 もしも、もしも自分が力に呑まれてしまったならば。
 そして感情に流されるような事があったなら。
 いじめられて、それを未だに傷として胸に抱える自分。
 時にそれを思いだし人を恨んでしまう事もある自分。
 一度は雪久にも怒りを向けた事だってあった。
 それでも雪久は語り続ける。
「……大きな力を持つ事は、怖い事かもしれないね。でも、みなもさんなら大丈夫だって私達は信じているよ」
 雪久本人は勿論、本の中の姫君達も、そして白竜も。
 改めて、雪久はみなもの青の瞳を正面から見つめる。ただ穏やかに。
「だから、君自身も、もっと自分を信じてあげて欲しい」
 ――信じる? 自分を?
 言われて、それが引っかかる。そんなに自信が無いように、彼からは見えるのだろうかと。
 目前に置かれた湯飲みから、湯気がふわりと立ち上る。
「あたしは――」
 声はあまりにいつも通りに出た。途端に湯気も僅かに揺らいだ。
 ハッとしてみなもは自身の身体を改めて見直す。
 ふわふわの羽毛。手にはそれでも鋭い爪。白竜の姿。この姿では喋る事なんて出来ないと思っていたのに。
 湯気が揺らいだ事からも分かるように普段通り喉から直接出しているわけではなく、周囲の空気の振動を操る、という形ではあるが、あまりに自然に出たそれは普段の声とほぼ同じ。
「喋れたね」
 雪久は嬉しそうに笑う。
「……大丈夫だよ。みなもさんは強い人だ」
 強い、と言われてみなもは狼狽える。だが雪久は根拠無くこんな事を言う人物ではないはずだ。
 だから、彼の意図を掴もうと尋ねてみる。
「強い……ですか?」
「うん。優しさって強さに繋がるんだ。君は私の前で、いつもそれを証明してくれた。だから、もっともっと自分を信じて欲しいんだ『強い』って」
 戦う力を振るう事だけが強さだけではない。
 誰かを護ろうとする心、必要以上に誰かを傷つけないようにするという意志。
 ――それらが強さに繋がるのだと。
 そして、強く願い、努力を続ければどんな力を前にしても歪められる事なく自身の想いを通す事が出来ると。
「だって、そうじゃなければ皆幸せになって欲しい……なんて願わないし、実現させないだろう?」
 それが例え本の世界であっても、と彼は述べるも、妙にベタ褒めされてみなもとしては少々面はゆい。
「世の中には色んな人がいるよね。自分の事しか考えない人とか、威を借りる人とか」
 一瞬だがみなもはどきりとした。
 黒犬の力、そして白竜の力。どちらももともとはみなも自身の力ではない。しかしながら雪久が語ろうとしたのはそんな事ではなかった。
「自分で血の滲むような努力をして……それで実際に結果までつかめる人は、なかなかいないよ。君は自力で姫君達を救い、力を手にしたんだ。だから……もっと自分を信じて欲しい。それは同時に君を信じた姫君達や私を信じる事になるんだからね」
 彼の言葉は少しだけだがみなもの心に刺さった。
「仁科さん……あたし……」
 僅かだが、彼らを信じ切れていなかったのかもしれないとみなもは考え詫びようとするも――雪久は彼女の言葉を遮るように続ける。
「あ、でも私のようなおじさんの言葉は信じられなくて当然かもしれないなー。何せ色々あってばっちり心は汚れてるし。何せ他の人の力とかに頼りまくるし。自分の事しか考えないし」
「そんな事ないですよっ!」
 おどけた調子でつるっと告げられた言葉にみなもも即座に言い返す。
「そうか、それはよかった」
 彼女の反応に雪久も笑う。だが少しだけ真面目な顔へと戻り、彼は述べた。
「……とまあ、こういう駄目なおじさんでも多少はみなもさんに力添えする事は出来るさ。ほんのちょっぴり、君の行く先の不安を照らすくらいはね。だから……」
 彼の大きな手が、みなものふわふわの手へとそっと重ねられる。
「だから、不安な時は一緒に頑張ろう」
「……はいっ!」
 今度こそしっかりと頷いて、みなもは答える。
 雪久を信じて、これからも、一緒に頑張ってみようと。
 勿論、自分自身の事も、これからも頑張っていけると信じて。