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今日はお呼ばれ、撮影会。
…新作を試したいのよ。
と、シリューナ・リュクテイアはある日そんな風に話を振られた。誰にか、と言えばやはりと言うか何と言うか、シリューナと趣味を同じくする知り合いの一人になる女性。…魔法や呪術が籠められた衣装等を売っている店の女店主。そんな彼女から新作を試したいと言われれば…まぁ、シリューナにも「本当は何がしたい」のかある程度の想像は付く。
ので、シリューナはふと思案した。
…と言うか、彼女にしてみれば思案するまでも無いと言えば無いのだけれど。
そう、この場合、「新作を試す相手」として当然のように白羽の矢が立つのは。
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…ファルス・ティレイラただ一人。
他ならぬシリューナが思案して浮かぶのはまず彼女しか有り得ない。シリューナにとって、可愛い可愛い妹でもあり魔法の弟子でもある同族の少女、ティレイラ。彼女とシリューナは別世界から異空間転移してこの東京まで来訪した紫色の翼を持つ竜族になる。…だがまぁ、細かい事は今は良い。
とにかく彼女のその見た目も取る仕草も、性格も反応も――シリューナにとってはティレイラの全てが可愛らしいのだから。それが姉であり師匠であり同族であるからこその欲目であったとしても、可愛いものは可愛いのだから仕方が無い。
勿論、普段の姿も充分に素晴らしいのだが――このティレイラ、呪術でシリューナ好みのちょっとしたイタズラを仕掛けると、もっと可愛らしい事になるのが常で。
そして、「新作を試したいのよ」との知人の話は、隙あらばいつでもそんなイタズラを仕掛けたいシリューナにとっては、渡りに船とでも言えるもので。
結果、当然の如く「新作」の実験台として、ティレイラはシリューナにその女店主の衣装屋さんまで連れて行かれる事になったりもする。
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…連れて行かれる、と言っても嫌々でもない。
そう。ティレイラにしてみればシリューナの趣味の方向は自分でも興味深く思えるものばかりなので、話を向けられればむしろ自分から名乗りを上げる場合すらもある。…結果として主に呪術を使ったイタズラの餌食になり色々な目に遭う事もまた多いのだが、それでも結局興味の方が勝ち、色々とつられてしまうのが性と言うか何と言うか。取り敢えず、いつもの事ではある。
それも、今日の場合は――シリューナの知人の「新作の実験台」と言うのは要するに、ファッションモデルを求められている――と言うような状況にもなる訳で。ティレイラとしても――強い興味はあっても、同時に緊張を覚えて内心で少々ドキドキと胸高鳴らせてしまいもする。
当の店に到着してしまえば――その店の店主だと言う女性の姿を見、これから自分がどうなるのかを想像してしまえば尚更。
…店主だと言う彼女はシリューナに紹介されたティレイラの姿を見るなり、満足げににっこり。曰く、可愛らしい衣装がたくさん試せるわ。との事。ちょっと待っててねと残すだけ残し、何やら嬉々としてすぐさま奥に引っ込んで行ってしまう――ティレイラに着せてみたい当の新作の準備に行ったらしい。
勿論、シリューナもシリューナで事前にティレイラの事を伝えてはあったのだが、店主の方としては話に聞いているだけなのと直に自分の目で見るのとはどうしても違ってくる。…主にモチベーションがとかそっちの方が。シリューナもシリューナで、そんな店主の反応に満更でもなさそうで、何処か誇らしげにティレイラを見つめていたりもする。ティレイラもティレイラで、お姉さまにそうされて何となく照れてしまったりもする。
ともあれ、程無くファッションショー、もとい新作の試着が始まる事になる。
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通された試着室、と言うかウォークインクローゼットになっている広い衣装部屋を見て、まずティレイラは、わあ、と素直に感嘆。いっぱいあるなぁと興味津々で部屋を見渡し、ハンガーに掛けられ並べられている色とりどりの衣装にも当然目が行く。…綺麗な金色の刺繍と縫い取りがしてある純白のドレスなんかもあって、とても気になった。着てみたいな、と素直に思う。…その部屋には服に合わせる為に用意されたような装飾品の類が収められているボックスもあった。…この辺りはお姉さまの趣味とも同じだなぁとティレイラはちらりと思う。…そして自分の趣味の方向、にもなるのだけれど。どれもこれも興味深いし、綺麗だから。…例えばあの綺麗な宝石イヤリングもさっきの純白のドレスと合わせたら凄く素敵だと思うし…。
と、ティレイラはそこまで思いを巡らせはするが、ぐっと堪えて口に出しては何も言わない。
…今日ティレイラがここに来たのは、あくまでお姉さまの知り合いさんの新作を試着するモデルになる為だから。
自分が勝手にあれがそれがと言う訳には行かない! とティレイラは頑張って我慢の子。
そうこうしている内に、じゃあ宜しく頼むわね、まずはコレとコレ――と、女店主からティレイラに幾つか服が渡される。…と言うか渡されても服なのか何なのかいまいちよくわからない「物体X」にティレイラは俄かに途方に暮れた。
が、着方すら謎な気がするその「衣装」を、女店主はこうするのよーとばかりにてきぱきとティレイラに着せようとする――と言うかその前段階としてティレイラの今着ている服を脱がせようとする。ええっ、と心の準備も出来ないままのティレイラは反射的に硬直。している間に女店主はぱぱっと手際良くティレイラの着ていたその服を下着だけを残して脱がせてしまい、更には脱がせた服の代わりに謎の物体Xな衣装をあっさり着付けてしまった。…さすがと言うか何と言うか、手際の良さが半端では無い。
あれよあれよと言う間にそこまでされてしまい、ティレイラは困惑。えぇとどうしようどうしたら良いんだろうこれから何をどうすれば…と俄かに脳内でパニックを起こしていたら、あらあらまぁまぁと嬉しそうな女店主の感嘆が耳に届いた。その反応に、何だろう、と女店主を見てからティレイラが己の姿を顧みれば――備え付けてある全身鏡の中に映った自分の姿はまるでウサギのような謎の動物っぽい姿で。
女店主は、まぁ可愛らしい! と感嘆頻り。えぇと…とどう反応したものかとティレイラが軽く悩むと、じゃあ次はこっち! とまた違った「衣装」が渡された――と言うか渡されるどころかまた殆ど自動的と言っていいような女店主の手際でウサギが脱がされて新しい衣装の方を着付けさせられる。えええええ! とティレイラは展開の早さに頭の中が付いて行けなくなったりもするが、次に着せられていたのはゴシック系と言うかお嬢様系と言うかアンティーク系と言うか、とにかくそんな西洋人形らしいフリル満載の服――いや、服だけでは無く。
全身鏡の中に映し出されていたのは、服だけでは無く――その肌や髪の質感まで何処か陶器の人形めいて見えているティレイラの姿で。そんな自分の姿を見、ティレイラは、わ、と驚く。が、声が出ない――どうも衣装の効果で見た目通りの人形になってしまっているらしい。そんな姿にまた、女店主は、まぁまぁこれも素敵! と大騒ぎ。では次は、と女店主はまた別の衣装を取り出し、その衣装の試着が終わるとまた別のものを、と新作とやらの試着がくるくる続く。
そして、いいかげん時間も経った頃。
軽く満足の吐息を吐いてから、女店主は、有難うね、とティレイラにお礼。素敵な時間だったわ、とにっこり笑んでシリューナにも振りつつ、ちょっと外させて貰うわね、とその場を離れる。
………………興味あるものがあったら好きに試着してもいいから、と言い置いて。
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「えっと…なんか凄いですね」
「まぁ、彼女はいつもあんなものだけれど…それより」
ティレ。と呼びながら、シリューナはこの衣装部屋に数多並べられていた中から一着の服を選び、優しく腕に掛け、ティレイラに見えるように掲げ持つ。
シリューナが選んだその服は、ティレイラがこっそり気になっていた筈の純白のドレス。
ティレイラは正直、驚いた。
「…ってええ!? お姉さま、それ…!」
「さっき、気になっていたでしょう」
「は、はい…! ってお姉さま、どうしてわかったんですかっ!」
「わかるわよ。ティレの事だもの」
何処か笑みを含んだ声で言いながら、シリューナはその純白のドレスをティレイラに着せ始める。そんなシリューナに、え、わ、とティレイラは上手く言葉にならない様子で途惑ってしまうが、抵抗はしない。と言うか今着せられているその服は――女店主さんの用事で新作を試着している最中、ずっと気になっていた綺麗なドレスだし、そもそも着てみたいと言うのが正直な気持ちでもあって。ただ、お姉さま――シリューナに着せて貰うなんて嬉しいような恥ずかしいような申し訳無いような、ふわふわした心持ちにもなってしまって、なんか色々落ち着かない。…勿論、嫌な訳なんかじゃ絶対に無いのだけれど。
ともあれ、そんなこんなで純白のドレスを着せ付けられてしまう。襟元やスカートの襞部分を整えたり、シリューナは細かいところも丁寧に見栄えが良くなるよう気を遣っている。やがて、よし、とばかりに一度頷くと、今度は装飾品が収められていたボックスから、これまたティレイラが気になっていた当の宝石イヤリングまで取り出した。
「! お姉さまっ――」
「これも、よね?」
ふふ、とばかりに薄く笑みつつ、シリューナはその宝石イヤリングを手ずからティレイラの耳たぶに着けている。えええええ、とティレイラは内心で叫びつつ思わず恐縮。嬉しいのは嬉しいのだが――恥ずかしいのと嬉しいので、かぁっ、と頬が火照ってしまう。
そして、完成。
出来たわよ、と、心持ち熱っぽい声でシリューナに囁かれ、ティレイラは、はい、と緊張しつつ頷く。それから全身鏡の中に映り込む己の姿を見た。
わあ、と素直に喜びを覚える。服が、凄く素敵で。思っていた通り、イヤリングとこのドレスの組み合わせはいい、と思う。似合っているかな、どうかな、とドキドキしながらティレイラは遠慮がちに全身鏡の前でポーズを取ってみる。折角だから。綺麗な格好させて貰ってる訳だし。ちょっとくらいはしゃいだっていいよね、とばかりにスカートの裾を抓んで挨拶するような仕草をしてみたり、くるりと回って背を向けて見返ってみたり。
…したのだが。
不意に、ティレイラの纏っているドレスにあしらわれている金色の刺繍が、一瞬光を放ち煌いた。かと思うとその煌きが徐々に純白のドレスに広がっていく――まるで、金色の膜がドレスの上に広がるようにして。
それを見た時点で、ティレイラは、ハッ、となる。…この感じは、またマズい事になりそうな。そうは思うが――鏡面に目が行った時点で、その気持ちが不自然なくらい急激に萎んだ。全身鏡に映る自分の姿が、あんまり素敵に見えて。思わずうっとりと目が奪われてしまう。
…別に本来ティレイラはナルシストでは無い。が、今は――己自身を見て、どうしようもなく綺麗だと思ってしまっている――それは、イヤリングの方に籠められていた効果のせい。「身に着けた者を見た者を魅了する」――それは鏡面に映った姿をでも。と言う訳で、イヤリングの効果が己自身にまでばっちり効いてしまっていた、と言う事になる。
だから、焦るより何より、ずっとこのまま己の姿を見ていたい、と言う方が今のティレイラにはどうしても第一義になってしまう。ひょっとすると、先程のシリューナの囁きが妙に熱っぽかったように聞こえたのもそのせいかもしれない。…シリューナもまたイヤリングを着けたティレイラの姿を見たから。元々ティレイラが様々な姿になるのを愛でるのが好きであるところに、そんな効果まで重なってしまっては――普段は感情の起伏が少なく冷静なシリューナであっても、わかりやすく感情が揺らいでしまうのも仕方無いのかもしれない。
ティレイラの纏うドレスの、膜の如き金色の部分はどんどん広がっていく。色が変わっているだけでは無く、質感までもが変わっている。布らしくなく、やや硬質の――まるっきり、色の通りの金と化して来ている。
…。
えっと…何か、ヤバい…よね、これ。
ティレイラは思うが――思う側からそんな気持ちが萎む。萎んでも、心の奥底何処かでは慌てたままではあるのだが、肝心の身体の方が動かない。…物理的にじゃなく精神的に。今のティレイラにはどうしても、自分の姿が綺麗だと思う方が先で。どんなポーズを取る方が綺麗に見えるかとか、そんな事ばかりが先に頭に浮かぶ――身体の方でもそちらの思考優先で動いてしまう。…実際に、物理的にも少しずつ身体が動かなくなって来ていると言うのに――これは多分、ドレスの効果であるらしい金化の方が続いているのが理由で。
なのに、そうなって行くのもまた心地好いとさえ思ってしまう自分が居て――鏡の中のそんな姿を見るたび己に陶酔してしまう自分が居て。ドレスの上、波みたいに金色の膜が広がる毎に、また別の違った美しさが見出せる気がして。本当に素敵で――と。
そんな感じでティレイラ自身に掛かってしまっている魅了の効果がいいかげん暴走気味になったんじゃないか――と思えた頃。
ああ、と今度はシリューナの方から感極まったような嘆息まで発されていた。…こちらも勿論、ティレイラの姿を見ての事。ティレイラの今の姿があまりに美しく、素晴らしく見える事に高揚しての事らしい。じっくりと舐めるようにしてドレスを纏ったその姿を眺めつつ――金と化しつつある布地の上から指先を滑らせ、そっと撫で始めている。…どころか、感触を確かめるようにして、何度も何度も撫で回し始めている。
やがて、撫で回して感触を楽しむのみならず、ティレイラの手を取り、シリューナはティレイラの取っているポーズもさりげなく変え始めた。無理のないように、優雅に、より美しく、より綺麗になるように。鏡への移り込み方も意識しつつ、シリューナはティレイラのドレスとそのポーズを整える。
整えた後、シリューナは改めてティレイラのうっとりとした表情に見惚れ、相変わらずの可愛さに満足。じっと飽きずに眺めていたところで。
ドレスを纏ったティレイラの姿は完全に金の塊と化していた。
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ティレイラが金の彫像と化したその時点で、シリューナは軽く目を瞠り、また感嘆の吐息。ああ、素敵――とまた陶然と愛でようとしたところで。
少し外していた女店主が戻って来た。
そして。
鏡の前に居るティレイラの姿を見るなり――きゃあああああ!! と女店主は絶叫。…卒倒せんばかりに大歓喜して、どうしたの凄い出来よシリューナ素敵素敵素敵!! 記念撮影しなくっちゃ! と大騒ぎ。そうね、この姿を残さない手は無いわ。とこちらもうっとりとシリューナが応え、女店主と二人して、カメラやらそんな用途の魔法道具やら何やらを用意し始める。
勿論、ティレイラはそのままで。
…そう、もう暫く、このままで居て貰って。
この素晴らしく可愛らしい姿を永遠に残す為の、撮影会と行きましょう。ね?
【了】
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