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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.29 ■ 違えた道







「あー、マジ興醒めも良いトコッスわ。ホント、やっぱ殺すしかないッスわ」

 手を翳し、そして動き始める男。
 弦也の動きが止まり、そして志帆が手を伸ばし、声を漏らした。

 間に合うかどうかでも庇うか否かでもなく、縋る様に伸ばされた志帆の手。

 ――風が収束し、そして放たれる。

「――ッ!」

 襲って来るであろう衝撃を前に目を閉じた弦也と志帆。

 鼓膜を破る様に、風船が破裂するかの様な、乾いた音が響き渡る。

 しかしいつまで待ってみても、衝撃が訪れる事はない。
 恐る恐る瞼を開けていくと、目の前に揺れた黒い髪。

「ごめん、叔父さん。遅くなった」

 聞き慣れた声。
 唖然とする、黒髪の向こう側の男。
 そんな男を忘れたかの様に、弦也がフッと口角を吊り上げる。

「……無事か、勇太?」
「うん。とにかく、避難して」

 短い言葉のやり取りで、目の前に現れた黒髪の少年――勇太の登場に弦也の意識は迷わず最善手を思い浮かべる。
 志帆の手を取り、駆け出した。

「……おいおい、今どっから現れやがった……」
「知る必要はないんじゃない? どうせアンタが知ったトコで、何かが変わる訳じゃない」

 既に男の興は削がれ、眼前の勇太だけにその注意のベクトルが向けられた。

「うおッ!?」

 男が異変に気づき、慌てて横に飛ぶ。
 その判断は正しかった。
 男の立っていたその場所を、まるで何か巨大な鉄球が駆け抜けたかの様に周囲を薙ぎ払う。

「……マジないッスわ。俺の風と似た様な能力じゃないッスか」
「全然違うけどね」
「――な……ッ!?」

 僅かに目を離した隙に、空間転移をした勇太が背後から男に声をかける。

「叔父さんを襲ったんだ。後悔してもらうよ」







◆ ◆ ◆ ◆ ◆








 弦也は志帆の腕を握ったままマンションの入り口まで下がった。
 どうやら勇太と男は交戦を開始し、男が逃走を計ったのか移動しているらしい。

「い、今のって……」
「あぁ、私の息子だ。正確には甥なんだがね」

 助けに来た事が嬉しいのか、或いは心配なのか。
 複雑な胸中が推し量れる弦也の横顔を見た後で、志帆が口を開こうとしたその瞬間、弦也が志帆の腕を放した。

「さぁ、キミはここにいるんだ」
「――ッ、それって……。工藤さんはどうなさるおつもりですか!?」
「私は、息子のフォローに回るさ」
「ダメですッ!」

 カタカタと肩を揺らして、志帆が両手で弦也の腕にしがみついた。

「の、能力者との交戦は危険過ぎます……! 工藤さんは一線を退いているんですから……!」
「神束クン、と言ったね」
「はい……」

 俯いたまま、それでも自分の腕を手放そうとしない志帆の頭に、弦也の空いていた手が乗った。

「能力者とは言え、彼らも人間だ。確かに強力な武器を持ってはいるが、心は変わらない。私達だって、対抗も出来るし傷付ける事だって出来てしまう」
「……ッ」
「キミが一体、どういった過去を持っているかは私には解らない。だが、怖がる必要はないんだ」

 まるで全ての事情を理解しているようにすら感じられる弦也の言葉に、志帆は思わず俯いたまま目をむいて、そして視界が歪んでいくのを感じた。

「さぁ、手を放してくれ。キミは増援を呼んでくれ」
「……でも……!」
「大丈夫だ。昔取った杵柄は、今もまだ錆び付いてはいない。あの息子はあれで少々無鉄砲なのでね。保護者として、この腕を錆びつかせない程度には鍛えてきた。まぁ、こんな矜持はあの子には秘密にしてくれると助かるがね」

 顔を上げて声をあげた志帆に、弦也が困った様に苦笑を貼り付けてそう告げる。
 それはあまりにも、緊迫したこの状況には似つかわしくない程の穏やかな笑みであり、志帆の心を落ち着かせた。


 このまま逃げて良いのだろうか。
 志帆は自問自答する。


 かつての兄が起こした恐怖。
 何も出来なかった自分。
 それを変えたくて、自分はIO2に入った。


 にも関わらず、こんな状況で、足踏みしてしまっている。


「――工藤さん、私の任務はアナタの保護です」
「ダメだ。今は増援を……」
「いいえ。私は、アナタを守ります。だから、危険な場所に行くのなら、私も一緒に行きます」

 その瞳は、真っ直ぐ弦也に向けられていた。

 先程までの弱々しくも揺れた瞳は、すでにそこにはない。
 決意を宿し、自分の芯を通す強さを持った瞳。

 そこには先程までのただの弱々しい女性ではなく、戦いを決意した立派なIO2エージェントの姿があった。

 結果として焚き付けてしまったのは、誰あろう弦也自身である。

 思わず、弦也はそんな事を実感して改めて苦笑を浮かべた。

「……なら、増援を呼んだ後でついて来てくれ。私も先行して様子を見て来る」
「私も一緒に――」
「――心配はいらない。先行して状況を探るだけだ」
「……分かりました。でしたらこれを」

 ジャケットの下につけていたホルスターから銃を取り出し、志帆が弦也へと差し出した。

 一線を退いて、ずいぶんと懐かしい武器。
 受け取らないつもりであったが、逡巡している弦也の手を握って志帆が手渡す。

「……ご武運を」
「あぁ」








◆ ◆ ◆ ◆ ◆










 ――最悪だ。

 男は先程までの激昂した様子とは打って変わって、現状に対して冷静にそう呟いた。

「マジないッスわ……! アンタ、ファングの旦那を倒したあのガキじゃないッスか!」

 腕を振るい、風を操った男が勇太へと一筋の鎌鼬を放つ。
 しかしその不可視の攻撃を避けようともせずに歩く勇太。

 ――かかった。

 そう容易に考える男であったが、その淡い期待は放った鎌鼬と同様にあっさりと弾き飛ばされ、その場に霧散する。

「いつまで逃げるのさ。まぁ良いけど。追いかけっこは俺も得意だよ」

 再びの空間転移。
 一瞬にして距離を詰められては、男にとってもたまった物ではない。
 先程から勇太の姿が消える度に、自分の身体を突風を追い風に走らせ、回避に移ってはいるものの、それでも紙一重が精一杯。
 いつ捕まってもおかしくないというのが本音である。

「クソッ!」

 ならば今度は、自分に近付けられなくしてしまえば良い。
 苦し紛れに男が風を操り、自分を中心に竜巻を作り上げた。

「無意味だよ」
「――ッ、が……っ!」

 しかし竜巻の中心にあっさりと姿を現した勇太が、男の腹に手を添えると同時に念動力で吹き飛ばす。
 巨大な丸太で殴られた様な衝撃が男の腹を打ち付け、男の作り上げた竜巻が消えると同時に、男は後方の壁に向かって打ち付けられた。

 そもそも竜巻はその中心に入られては意味がない。
 攻撃の選択の悪さも然ることながら、そもそも勇太の能力を前に風を武器にするのは相性が最悪と言えた。

 勇太の能力は、言うなれば空間に対する干渉。
 風はいくら不可視であるにしても、その場に存在している気体だ。
 いくら強力な力で操ったとしても、干渉されてしまえばどうとでもなってしまう。

「……あー、マジ無理ッスわ、コイツ……」
「諦めなよ。アンタじゃ勝てないから」
「いやぁ、もうね。諦めてるっちゃ諦めてるんッスわ。っていうか、むしろアンタが来た時点で俺の勝ちなんで」

 項垂れ、よろよろと立ち上がる男が口角を吊り上げる。

「……どう見ても勝ってるとは思えないけど?」
「ヒャッハハハ! そりゃそうッスわ。なんせ、アンタを釣れば良いだけだったんッスから! 当たりだぜぇ!」
「――ゲート開放」

 後方から響き渡った声と同時に勇太の周囲を、真っ黒な闇が覆って呑み込んだ。

「彷徨うといいわ、永久に」

 クルクルと縦巻きになった金色の髪に翡翠色の瞳。黒いゴシック&ロリータ調の服に、黒い日傘。
 不意打ちに成功した少女が、退屈そうに嘆息する。

「真っ暗な闇の牢獄は手放さない、永遠に」
















「……何も見えね……」

 真っ暗な闇に突如として捕まった勇太は、思わず呟いた。
 音もしない、景色も見えない。
 広がる限りの闇。

 思わず独り言が増えるのも仕方ないと言えるだろう。
 何せ寂しいのだ。

「おーい、誰かいますかー」

 不思議と恐怖はない。
 そもそも、お化けやら幽霊やらといった類は苦手ではあるものの、微かに見えるからこそ恐怖があるだけだ。
 眼前に墨汁をぶち撒けた様な完全な闇の中では、そもそもそんなものがいても見えないのだからどうしようもない。

「……っていうか俺今、目開けてるよな?」

 思わずそんな事を考え、わざと瞼をしぱしぱと上下させる勇太であった。







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