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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


あなたのおうちは、どこですか


「回収騒ぎ、っちゅう事やね」
「後から回収するなら最初から売るな……って話にしかならないのは、わかってるよ」
 アンティークショップの女主人が、苦笑する。
 セレシュ・ウィーラーは、腕組みをした。
「バジリスクの瞳……ここ2、300年くらい行方知れずっちゅう話やったけど」
 バジリスクの瞳。睨んだ相手を石像に変える魔獣の名を冠した、左右一対の宝石。
 この店に置いてあったのは、左側だけであったらしい。
 それが先日、売れた。
 買って行ったのは、東京郊外に豪邸を持つ大富豪で、普通に紳士と表現出来るような人物であったという。
 その翌日あたりから、であろうか。
 東京郊外のとある区域で、行方不明者が続出し始めた。例の紳士の豪邸を中心とした区域である。
 この店の女主人が、独自の情報網を駆使して調べ上げた結果、ある事が判明した。
 海外の権威あるオークションに、とある曰く付きの宝石が出品された事。それを、日本人の富豪が落札した事。
 その富豪が、先日の紳士と同一人物である事。
 落札されたのが、バジリスクの瞳の右側であったのか。あの紳士が、左右一対を揃えてしまったのか。そこまでは、わからない。
 ただ、彼の邸宅の周辺で、行方不明者が続出している。
「……なるほど。それは調べなあかんね」
「尻拭いみたいな事させて、申し訳ないとは思ってるよ」
 女主人は言った。
「バジリスクの瞳を、少なくとも倍の金額で買い戻す用意がある。それを、まず伝えて欲しいんだ。どうも、こっちからは連絡がつかなくなっちまっててね」
「お話が通じない状態になっとるかも知れへんと、そうゆう事やな」
 買い戻す事が出来ないならば、奪い返す。それが、この女主人からの、今回の頼まれ事である。
「本当に、悪いね……」
「構へんよ」
 頼まれて行くのではない、とセレシュは思った。
「ほんまにバジリスクの瞳なら……うちにとっても、他人事とちゃうしな」


 バジリスクの瞳。
 その名の通り、人間を石像に変える魔力を秘めている。が、それは左右一対が揃わなければ発揮されない。
 2つが揃わなければ、単なる美しい宝石に過ぎないのだ。
 揃った瞬間、石化の魔力が溢れ出し、見る者全てを石像に変えてしまう。名に恥じぬ災禍をもたらす魔宝で、IO2でも、その所在を探っていたところである。
 左側の行方は、相変わらず掴めない。だが右側の方は先日、とあるオークションに出品されたらしい。
 落札したのは、日本人の富豪であるという。
 その富豪の邸宅敷地内に今、フェイトはいる。
 日本の邸宅とは思えないほど、広い庭園であった。
 迷路の如く樹木が植えられている、だけでなく、あちこちに石像が立っていた。美しい婦人像の数々。どれも、薄気味悪いほど精巧な出来である。
 まるで何人もの美女・美少女が、この迷路に迷い込んだまま石化してしまったかのようだ。
「大当たり……って事かな」
 油断なく拳銃を握りながら、フェイトは木陰から庭園を見渡してみた。
 気のせい、ではない。どの石像からも、微かな生命の気配が漂い出している。悲鳴にも似た思念が、感じられる。
 石像たちが助けを求めている、とフェイトは感じた。
「やっぱり、バジリスクの瞳……」
 その独り言に、何者かが応じた。
「お目の高い泥棒さんやね。この家で一番やばいお宝に目ぇつけとる」
 フェイトは振り返り、銃口を突き付けた。いつの間にか背後に立っていた、1人の女性に。
 白衣のようなロングコートを細身にまとった、理系と思われる若い娘。
 フェイトは息を呑んだ。気配を、全く感じなかったのだ。
 エージェントネームを許されて以来、これほど容易く背後に立たれたのは初めてである。
「おっと、物騒なもん持っとるわ。こそ泥やのうて、押し込み強盗かいな」
 銃口に怯んだ様子もなく、その娘は微笑んだ。
「このお家はやめとき。たぶんな、おハジキ1丁でどうにかなる相手とちゃうでえ」
 一癖ありそうな美貌が、にこりと歪んだ。
 眼鏡の奥で、青い瞳が不敵な輝きを孕む。金色の髪は、風もないのに揺らめいているように見える。
 この笑顔を自分は知っている、とフェイトは思い出した。
「セレシュさん……?」
「ん〜……どっかで会うたかな」
 かけ直す感じに眼鏡を弄りながら、彼女はフェイトの顔を覗き込んだ。
「……昔うちの近所に、迷子の仔猫ちゃんみたいな男の子がおってなあ。よう似とるわ、自分」
「こ、仔猫って何……誰の事かな、それは」
「隠さんでええて。心に仔猫ちゃん飼うてるのは、相変わらずみたいやね」
 にこにこ笑いながらセレシュ・ウィーラーは、フェイトの肩をぽんと叩いた。
「久しぶりやなあ、勇太さん。最初わからへんかったけど、よう見るとあんま変わっとらんわ」
「変わってない……かな」
「昔より落ち着いた感じやね。いろいろ難儀な目に遭うてきたのは、わかるわ……けど勇太さんは、勇太さんやで」
「セレシュさんも、変わってないね」
「ごってり若作りしとる、とか思うとるんやろ?」
 フェイトは、笑ってごまかした。
 この女性が、もしかしたら人間ではないのではないか、とは昔から感じていた事である。
 今はそんな事よりも、まず確認しなければならない事があった。
「ええと、ここ……セレシュさんの家? ってわけじゃないよね」
「うちも相変わらず、儲かっとらん鍼灸院や。こんなお屋敷、建てられへんて」
「じゃあ2人して、不法侵入ってわけだ」
 昔から、鍼灸院を経営しつつ、何かしら厄介事の始末なども請け負っていたようである。
「うちもな、実は押し込み強盗みたいな用事で来とるんや」
「俺も今……下手すると、強盗よりタチの悪い所で働いてる。そこの仕事で来てるんだけど」
「IO2?」
「……わかるの?」
「力、持て余しとったやろ勇太さん。あの力を活かせる職場なんて、そうそうないで」
 セレシュの目が、ちらりと邸宅の方を向いた。
「あんなん相手の、お仕事やろ?」
 男が1人、歩み寄って来たところである。
「ようこそ我が家へ……我がコレクションの展示場へ」
 身なりの良い、紳士風の男。この邸宅の主……例の宝石を落札した人物であろう。
 サングラスをかけている。が、そんなものでは隠しきれない妄執の眼差しが、セレシュに向けられている。
「招かれざる客人とは言え、貴女のような美しい方は大歓迎だ」
「男に用はない、ってわけか」
 言いつつフェイトは、庭じゅうの石像たちにぐるりと片腕を向けた。
「だけどこっちは、あんたに用があるんでね……まずは、この人たちを元に戻してもらおうか」
「この人たち、とは? 元に戻すとは?」
 男が、ニヤニヤと不快な笑みを浮かべる。
「ピュグマリオンの神話でもあるまいし、石像を人に変える事など出来はせんよ……その逆ならば可能だがな!」
 男が、顔から引きちぎるようにサングラスを取り去った。
 露わになった眼球が、禍々しく輝いた。
 否、眼球ではない。
 宝石が、2つ。左右の目蓋の下に、両の眼窩の中に、埋め込まれている。
 左右一対の、バジリスクの瞳。
 それを体内に埋め込む事で、男は人間ではなくなっていた。
 服が破け、その下から鱗ある巨体が盛り上がって来る。
 そこから新たに4本の腕が生え、カギ爪を振り立てる。
 直立した大型爬虫類のような怪物が、そこに出現していた。腕は6本、脚は一対、計8本の手足。伝説の魔獣バジリスクと、同じである。
「男など石像にしたところで何の趣もなし、よって死ね!」
 バジリスクに似た巨体が、襲いかかって来る。
「あちゃあ……倍の金額で買い戻すっちゅう話も出とんのに、もうあかんなあ」
「セレシュさん、下がって!」
 襲い来る怪物に向かって、フェイトは引き金を引いた。
 怪物の全身で火花が散った。強固な外皮が、フルオートの銃撃を弾き返していた。
「ふっはははは、これが! 世の腐れ汚れしか見えぬ眼球と引き換えに得た、我が新たなる力よ!」
 カギ爪のある6本の手が、様々な方向からフェイトを引き裂きにかかる。
 風を受けた柳の如く身を揺らしながら、フェイトはその全てをかわした。
「私は、妻を愛している……」
 怪物の言葉に合わせ、暴風にも似た空振りが全身あちこちをかすめて奔る。
 それを感じながらフェイトは、ゆらりと踏み込んで行った。
「妻には、永遠に美しくあって欲しかった……この腐りきった世の中にあって、永遠に朽ちる事なき美を! 私は妻だけでなく、この世の美しき女性全てにプレゼントしているのだよ!」
「……じゃ、俺からのプレゼントも受け取ってもらおうかっ」
 怪物の懐に、フェイトは達していた。
 銃弾を跳ね返す胸板に、拳銃を思いきり押し付ける。
 そして攻撃を念じながら、引き金を引く。
 零距離射撃。爆発のような銃声が轟いた。
「が……ッッ!」
 悲鳴を吐きながら、怪物は吹っ飛んでいた。
 分厚い胸板に、白い光の塊がメキメキッ! とめり込んでゆく。
 攻撃の念が、物理的な力として発現しながら銃弾を包んでいる。光の弾丸が、怪物の胸筋を凹ませ、肋骨をへし折り、心臓を圧迫している。
 地響きを立てて倒れ込んだ怪物が、悲鳴を垂れ流し、のたうち回りながらも、フェイトに向かって両眼を禍々しく輝かせた。
 左右の眼窩に埋め込まれた、バジリスクの瞳。それが、光を発していた。
 石化の光。
 かわそうとしながら、フェイトは気付いた。自分の背後にはセレシュがいる。石化能力を有する彼女ではあるが、それは自身が石化しないという確たる保証となり得るのか。
 躊躇している一瞬の間に、回避の機会は失われていた。


「先に言うとくんやったなあ……うち、石に変わる系の攻撃は全然平気やて」
 セレシュは頭を掻いた。
 目の前では工藤勇太が、自分を庇う姿勢のまま石像と化している。
「うぐぅ……や、やはり男の石像など美しくなぁい……」
 怪物の巨体が、よろよろと起き上がりながら、苦痛と憎悪の呻きを発する。
「この庭園を汚すもの……打ち砕いてくれる!」
「させんて」
 セレシュは進み出た。動けぬ勇太を、背後に庇う格好となった。
「せっかく痛い思いして埋め込んだ、その新しい目ん玉……回収させてもらうで」
「ほう、私と戦おうと言うのかね。お嬢さん」
 バジリスクの瞳が、セレシュに向かってギラリと輝いた。
「その美しく勇敢なる姿を、永遠にとどめてくれる……!」
 石化の光。それがセレシュにぶつかり、飛び散った。微かな衝撃だけを、セレシュは感じた。
「……まがいもんやな、自分」
 ゆっくりと、セレシュは眼鏡を外した。
 紛い物のバジリスク、とも言うべき怪物が、恐怖に青ざめ、硬直している。
 その姿を、セレシュは見据えた。
「バジリスクっちゅうんは、うちの親類みたいな連中や。うちらと違て、頭悪うてブッサイクやけど……魔獣族の名誉は、守ったらな」
 硬直した怪物が、石像と化しながら砕け崩れた。
 ぶちまけられた、大量の石の破片。その中からセレシュは、バジリスクの瞳を片方だけ拾い上げた。
 左右一対、揃っていた魔宝石が、離れ離れになった。
「……っと」
 勇太が、尻餅をついた。
 他の石像たちも、生身の美女・美少女に戻りながら、倒れたり座り込んだりしている。意識を失っている者もいるが、命に別状はない。
 その光景を見回しながら、勇太が頭を掻く。
「よくわかんないけど……セレシュさんに、助けてもらっちゃったみたいだな。俺、何にも出来なかった」
「そんな事あらへんて。勇太さん、強うなったんやね」
 下手をすると、今のバジリスクもどきなど問題にならぬほどの怪物となってしまいかねない少年だった。
 この5年間、IO2で己を鍛え上げていたのは間違いない。
「IO2で一人前になると、源氏名みたいなもん貰えるそうやんか。勇太さんも何か名乗っとるん?」
「エージェントネームだよ。俺は……フェイト。そう名乗ってる」
 運命。一生かけて立ち向かう相手を、彼はしっかりと見定めたようである。
「もう迷子の仔猫ちゃんやないと……そういう事やね、フェイトさん」