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<東京怪談ノベル(シングル)>


心に残る傷

 昭和38年。浜名湖の湖畔を綾鷹家が歩いていた。
 生まれたばかりの乳児を胸に抱いた母と、その母に寄り添うように父がいた。そしてそんな二人の側で散歩を強請る愛犬。
 そんな愛犬に手を焼いているのは、彼らの娘である5歳の長女だった。
 両親はそんな長女の事を時折気にはかけるも、やはり生まれたばかりの次女に意識を注がれ、目を離したほんの僅かな時間だった。
 何かが落ちるような大きな水音が聞こえ、驚いたようにそちらに目を向けた両親の表情が途端に強張り青ざめる。
 父は何かを叫び、母は腰が抜けたようにきつく赤子を抱きしめてその場にへたり込んだ……。

       *****

 旗艦。
 郁と父の前にいるのは、言語を使わず脳内画像で意思疎通をする種族の代表者がいた。
 今後の貿易の為に話し合いをするべく訪問してきたのだ。
「これはこれは、遠路はるばるようこそお越し下さいました!」
 郁の父は満面の笑みを浮かべ、代表とその娘を出迎えた。
 しかし、彼らは言葉を発することなく沈黙を守り郁の父と上手く会話が出来ない。
 それを見かねた父は明るい表情で彼らに言葉を教えようと、自ら買って出たのだ。
「これから先、言葉が話せなくては色々と困る事もあるでしょうから」
 そう言って訪ねてきた代表の父子相手に、郁の父が共感能力を用いて言葉を教え始めたのだが、これがなかなかの重労働だった。
 毎日のように、彼らに言葉を教えて行く内に郁の父の眉間にはにわかに皺が寄り始め、汗が伝い落ちる。そしてその背中には徐々に陰りが見られた。
「脳内画像で意思疎通って、つまり深層心理のこと?」
 郁が側に立っていた娘に聞くと、娘はゆるゆると首を横に振る。
「違うわ」
 そして娘は郁に真っ直ぐ向き直り、おぞましい物を見せた。
 郁はそれを見て驚愕に目を見開く。
「な、何……これは……」
 信じられないようなそれに、郁は思わず口をつぐんでしまった。
「郁。鬼鮫より代表と交際したらどうだ!」
 突然の叱責に、郁も鬼鮫も唖然としてしまう。そして一人怒っていた父は、代表の娘の姿をその目に捉えると手のひらを返したように人が変わる。
「……君は本当に可愛いな」
 彼女は、長女に良く似ていた。だからかもしれない。彼にしてみればほぼ無意識に可愛がっているのだろう。
 そんな父を見つめていた郁は眉根を寄せた。
「日々の心労で病んだのかしら……」
 そう呟いた時だった。代表の娘が足を滑らせ、池に転落してしまったのだ。
「っ!?」
 それを目撃した父は突如として蒼白になりぐらりとその場に倒れ気絶してしまう。郁と鬼鮫は急ぎ娘を助け、父を医務室へと運び入れた。
 瀕死の状態に陥っている父を見た鬼鮫は眉根を寄せた。
「心因だな。彼を救うには誰かが彼の心に潜って心因を除くしかない……やれるか?」
 鬼鮫は郁を見てそう聞き返すと、郁は小さく頷いた。
 郁は父の心に潜り込むと、そこには艦長と四ツ目で口が従事に裂けた犬が待ち伏せしているのを目の当たりにする。
 艦長は郁の姿をみるや、ギロリと睨むようにこちらを見据えた。
「帰れ!」
 艦長が命令を下すが、そんな艦長の後ろから父の助けを求める声が聞こえてくる。よくよく見れば、そこには父の新婚家庭があった。
 犬は咆哮を上げ、郁に襲い掛かる。
「これは幻影よっ!!」
 郁は必死に抗った。
 その郁の目先では、父が部屋の中で苦悶の表情で日記を破り捨てている。
「俺の責任だ……俺が殺した……」
 呟きと共に、フラッシュバックしたかのように場面が切り替わる。
 幼い郁をあやす父の横で代表の娘が犬の散歩を急かしている。そして犬は彼女を引っ張り湖に転落させた……。
「何なの……これは……」
 郁は愕然とした様子で目の前の状況を見つめている。
 再び場面が切り替わり、絶望に悶絶する父の姿があった。
「あの時、俺が目を離したから……!」
 頭を両手で抱え込み、背中を丸め込んで地面に蹲っている。
「パパ……っ!」
 郁は眉根を寄せ、彼女もまた苦悶の表情を浮かべた。
 物心つく前に溺死した姉が私にはいた……。しかもあの代表の娘に良く似た姉。その子は蘇り、ステインを率いて……そして私は……。
 現実世界に戻ってきた郁は、現実でも悶絶をしている父の側に飛びつき声を上げた。
「パパ! 私が姉をやったの!! もう済んだ事なの! 郁には姉さんの代わりがいるわ。艦長さんよ!」
 その呼びかけに父は頭を掴んでいた手を緩め、僅かに表情を緩める。
「だからパパのせいなんかじゃない! パパは何にも悪くなんてないんだからっ!!」
 父はその呼びかけにゆるゆると腕を解き、それまでの苦悶の表情が嘘のように和らいだ。
 その表情にホッとしたように肩の力を抜いて、郁は側にあった椅子に腰を下ろした。