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<東京怪談ノベル(シングル)>


魔剣の少女は考える



 身体がだるくて仕方ない。お腹を中心に痺れが残っていて、背骨のあたりがギリギリする。
 頭の中はまだぼんやりしている。
 現実はさめない夢のようだと思った。
 ふわり、ふわり、と幻想世界に引っ張られそうになりながら――。

 あたしは口を開ける。
 目も心も蕩けたまま。
 親鳥を前にした小鳥みたいに。

 舌先で甘味を感じ取る。
 生徒さんの介助で、あたしの口に入ってくるご飯は凄く甘い。
 プリンみたいな感触。砂糖多めのカフェオレみたいな味がする。
 反射的に溢れて来る唾液と、甘いご飯と、ぼんやり漂う現実を呑みこんでいく。

(さっきのはどういうこと?)
(あたしは剣になっていた)
(そして使われた)
(剣として)

 馬鹿げた空想をゆっくりと浮かび上がらせる。土に染み込む雨のように、静かに。
 ――ただ剣として使われただけなら、淀みは切れなかった筈だ。
 あの青い淀みが幻でなかったのなら。
 あたしは特殊な能力を使っていたのではないか。人魚としての、未だ掴み切れていない自分の可能性を。

(だとしたら)
(だとしたら……)

「自分で食べてみる?」
「――……え?」

 自分が動けない身体であることに、慣れてしまっていた。
 だから自然に視線だけ上げて、生徒さんを見た。
 あの鏡に囲まれた状況だったら、面白いものが映っていただろうと、心の奥で思った。
 鞘に収められた剣が、目を持ち、口を持ち、それらを当たり前に動かしているのだから。

 生徒さんの一人の手には、焼き芋があった。
 今さっき、石焼き芋の屋台が学校の前を通りかかったのだという。
「甘いもの尽くしになっちゃうけど」
「味覚って甘いものが一番鈍くなりやすいんだっけ?」
「私なら意識が薄れていたって分かる自信があるわ。甘いのだーいすき」
「冬は焼き芋が一番よね」
「牛乳もないと……。持って来る!」
 春になって、小道に小さな花々が咲き出すように。
 ポツポツと賑やかな声が咲いた。
 あたしは小さな声でくすくすと笑った。よく分からない現実、という夢が、あたしを掴んでいたので、殆ど喋らなかった。

 あたしは石焼き芋にかぶりついた。
 手を使えないことは不便だった。
 かぶりつく、というのは、ただ口に入れられたものを噛むだけと違って自発的で、手を使わないとちょっと恥ずかしい。
 身体は食べることに集中させながら、それでも頭はぼんやりと考えていた。

(前から持っていた人魚の妖力を使った)
(だけどあたしは水しか使えない筈なのに)
(生徒さんがあたしを振り上げていたのだから……剣として使われているとき、あたしは重力を操っていたことになる)
(青い淀みはどこから来た? 元からあった?)
(あたしが目に見えない、隠れた淀みを生徒さんたちに見えるように視覚化させていたのだとしたら。空間も操っていた?)
(視覚化なら光もかな。……時間は?)
(分からない。仮に操れていたのなら、それはもう霊力か魔力だわ)
(あるいは神力かもしれない……)

 今までだって、あたしは特殊な力を出していた。だけどそれはアイテムを使ってのことで、今回のあたしはアイテムとして使われた側だった。
 無意識にアイテムの能力を発動させていたのだろうか。
 だけど、例えばケリュケイオンを発動させていたとして。
 逆鱗で補佐したとしても、重力なんて水からは程遠い筈なのに――。

 口の端に吸いのみが差し入れられた。
 冷たい牛乳が口の左端から小川のように細く入ってきた。中央にある喉という滝へ向かって。
 こくん。こくん。
 むせないように、少しずつ滝へ落としこみながら、ふと思う。

(水の概念を極限にまで広げたらどうかな?)
(身体には血液がたくさんある。人間の体内の60%は水。ケリュケイオンを作動させてあたしの体内に混ぜ込み、身体自体を一つの湖として扱えば……)
(霧状にしたケリュケイオンを空気に混ぜ込めば、教室のように狭い空間なら少しは操れるかもしれない)
(雨の中の虹みたいに……何らかの反応で、目に見えない淀みを視覚化出来ることも……)
 そんなの何の根拠もない。
 馬鹿げた空想話。
 なのに、いや、だからなのか。とても胸が躍る。
 自分に隠された潜在能力があるのなら、それがどんなものか知りたい。

「みなもちゃん、美味しい?」
 焼き芋から目線を移し、生徒さんを見た。
 あたしはまだ焼き芋を食べていた。
 冷たい牛乳のあとは、焼き芋のほかほかとした温かさが引き立つ。
 最後の一口をごくりと飲み込んで。
 口の中が空になると、あたしは無機質な身体に似合わず、軽やかに話した。

「はい。とっても!」



終。