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<東京怪談ノベル(シングル)>


Go on a fool's errand


とある平日の昼下がりのことである。
掃除機の出す不快ギリギリの音が部屋中に響く中、ふ……と。掃除をしていた女性ティークリッパーは棚の上に放置されているものを見つける。
一見石鹸のように見える、白くて丸い物体。何か害が無いことを確認し、そっと口をつけてみる。
「甘〜い……」
後で夫にあげなきゃ、あげなきゃと思いながらも手が止まることはなく、なんだかんだで間食してしまった。しかし、女性の顔はにへぇっと緩み、幸せオーラに溢れていた。
と、女性がオーラを放出した瞬間、庭からがたん!と物音がした。
不審に思った女性が恐る恐る確認すれば……そこには倒れ伏す男が。
慌てて警察と救急車を呼んだもののもう手遅れだったらしく、男は亡くなった。
死因は、女性の幸せオーラによるものだったらしい。
「なにそれ!?」
信じられない、と頭を抱える医者から聞いた言葉に、女性は開いた口が塞がらなかったという。

そんな意味不明な小さな事件とは遠く離れた旗艦内部は、昭和時代の日本で事象艇八機が撃墜されたという報告に沸き立っている。しかも会議中に茶菓子が爆発して混乱を極めていた。
「人災ではなくテロか」
興信所から呼ばれた怪奇探偵、草間武彦。あまり収入こそ大きくないが、しれっと会議にも混ざってしまってもスルーされるところ、それなりの信頼を得てると言っても良いだろう。
「これは警告ですね」
そして応じるのは綾鷹郁である。相変わらずのセーラー服姿だ。
武彦は目の前の資料にううんと唸る。口の端からは煙草の煙が漏れ出て、さながら火を噴く怪獣のようになっていた。
「問題は8機の任務内容だ……なぜ女学生を監視?」
答えはまだ出ていない。
「それをこれから見つけるのよ」

そして、先日事件の起こった女性ティークリッパー邸宅。
「ううん、白くて甘くて……」
諸々の調書をとるため、聞き込みをするものの彼女は先日食べたあの物体のことが忘れられないようで、ずっとそのことについて話していた。
さすがの武彦もこれには苛立ちが募るばかりである。
「もういい!卑しい奴め!郁は敵を検死しろ。俺は此奴と熊本へ飛ぶ」
「ええ、ちょっと待ってよ!?」
検死の最中、事象艇の使用を勝手に言い渡された郁は慌てる。
男……アシッド族のスパイという情報を根元に再度検死をしてみるも……結果は医者の検死と同じく、幸せオーラによるものだった。
「アホか!」
信じられない、とまた医者と同じく頭を抱える郁だが、受難はまだまだこれからである。

話を聞いても結局のところ、どんな菓子か判別がつかない以上はどうしようもない。
百聞は一見に如かずとの言葉に従い、まずはと目星をつけたものを与えることにしたのだ。
一品目。熊本県の銘菓、朝鮮飴。
もち米、砂糖、水飴を捏ね合わし片栗粉を塗したそれは、女性の言った物体の特徴白くて甘いを両方満たすものだ。それかも!と女性は武彦の買ってきた朝鮮飴を頬張るが、しばらくして首を傾げた
「一寸違うしぃあ!母の土産かも」
私の母は旅行好きで……から話は始まり、徐々に本件とは関係のない脱線するのを武彦が制し、ついで傍にいた郁を一瞥した。
「郁、似た候補を挙げてくれ」
へ?と突然の呼びかけに一寸の間をおいて、予め調べておいた候補を書いたメモを武彦に渡す。
「えーっと、これくらいあるわね」
「……8つも?」
うん、と頷いた郁の反応を見て困惑の表情を隠してから、武彦は女性に向き直る
「じゃ福井の羽二重餅、島根の山川、宮崎のつきいれ餅、鹿児島の軽羹、新潟の越乃雪、富山の月世界と鹿の子餅、長野の初霜。どれだ?」
「うーん……」
未だもちもちと朝鮮飴を食べながら、またも女性は首を傾げた。
菓子の特定にはまだまだ時間がかかりそうだ。

偶然か必然か、事象艇の撃墜場所と女性の母の遍歴が一致しているとの報告が届いた。
そして女性の言う菓子……母の土産というからには、特定するならその母を追いかけるのが一番簡単な手だろう。
……という武彦の棒読みによる説明的な言葉と共に、興信所の机には8つの制服、そしてその学校を受験するための8つの願書が置かれていった。
「えぇー……私8回も受験するの?」
「手段を選んでいる暇は無いんだ」
ならしかたがない、と自分を納得させていてもなんとなく不満は拭えない。
事象艇で昭和日本へと旅立った郁の持つ共感能力が上手く作用し、なんだかんだで女性の母とは十年間も親友であり続けることに成功する。
「おめでとう」
「ありがと。郁もおめでとう!」
卒業式の最中、この十年ほんとうにいろんなことがあったとしみじみする郁だが……何か忘れているような……と、ふと記憶の綻びを辿っていく。

時間が無い、暢気な郁とは対照的に暗殺者たちは焦燥していた。
「母娘を殺れ。菓子の特定は後だ!」
「……しかし!」
生死を天秤にかけ意を決した提案にまた別の暗殺者が反論する。心情に差こそあるものの、本来の任務を果たせない点は同じく、といったところだろうか。
その傍ら、郁たちは卒業旅行にと鳥取行きのプランを立てていた。
何らかの干渉があると予想されたが、結論から言えば旅行自体は問題なかった。
問題ないのだが、問題はその旅行の最後……土産選びのときである。
「私が彼にあげるのよ!」
郁が言ったのか、母が言ったのか。
まったく同時に放たれた言葉が延長の合図となって、争いはまだまだ続いている。
山川餅。白くて甘くて……と、例の物体の特徴に当てはまるのだが、郁にとっては今それどころではない。三角関係のままずるずるとここまで来てしまったが、そろそろはっきりさせるべきではないかという二人の心も反映されて激しい戦いへと発展しそうである。
争いの上空では監視を続けていた事象艇がセンサーを全開にしていく
二人とも落ち着け!と仲裁に入る青年が、さりげなく女性の母の肩を持つことに郁は気付いた
「負けたわ……」
こうなってしまえば先ほどの剣幕はどこへやら、あっさりと負けを認め餅を手放した郁。女性の母はわぁいわぁいと喜んで青年の肩に寄り添った。
……が、その瞬間のことだ。乾いた重い音とともに暗殺者の毒牙が青年に襲い掛かる。
ミスった。本来は母親を狙った物だったのだろう。反撃を恐れた暗殺者は騒ぎに乗じて逃亡する。

「嘘よ……こんな……奴らを現行犯逮捕する積りだったのに……何故貴男が身代りに……」
残念なことに、青年はもう手遅れだった。
郁が墓前で涙と共にぽろりとこぼした言葉を女性の母の耳はしっかりと拾い上げた。
その意味を理解していくにつれ、彼女の心は怒りに満ちて、振り上げた手は郁に向かった。
「私を弄んだのね!?」
ぱしん、といい音を立てて郁の頬に紅葉が色づいた。
十年。けして短くはないこの費やした時間はなんだったのか。
郁はなんとも言い難い理不尽さに閉口するばかりであった