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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜世界を支配すること、それは浪漫か愚考か?〜

「それ」は突然始まった。
 銃が乱射される音が、甲板中に響き渡る。
 赤い血をまき散らして倒れていく天使たち――生命と名のつくものは、荒れ狂う銃弾の嵐の中で一瞬にして塵と化していく。
 銃声は、次第に艦隊旗艦の階下へと遠ざかる。
 その先頭を行くのは令状を手にした草間武彦だ。
「見つけ次第射殺しろ! 俺が法だ!」
 口角泡を飛ばしながら、引き連れた物々しい男たちに向かって彼は叫んだ。
 天使たちは理由もわからぬまま、死を与えられ、転がっていく。
 それを踏み越え、草間たちはどんどん旗艦を制圧していった。
 
 
「郁! ちょっと起きて! 郁ってば!」
「う、うーん…?」
 綾鷹郁(あやたか・かおる)は、名前を何度も呼ばれ、身体をゆさぶられて、若干不愉快な気分のまま、目を開けた。
 目の前には、血まみれの同僚が泣きそうな顔で郁を見つめている。
「ど、どうしたの?! 何があったの?!」
 がばっと跳ね起き、郁は同僚に問うた。
「…突然、草間武彦が襲撃して来て、みんなを…! 生き残った私たちはここに身をひそめてるのよ…」
 パパパパパと、機関銃の音が郁の耳に飛び込んでくる。
 同僚の背後には、大量の消しゴムと修正インクが積み上げられている。
「え、何これ…」
 周りを見回して、ここが艦内の倉庫であることを確認する。
 どうやら敵は、この文具類の壁には近付いて来る気配がない。
「これが怖いの…?」
 なぜ消しゴムと修正インクが敵を阻めているのだろう。
 郁は暗い顔をした同僚に向き直り、再度問いかけた。
「どうしてこんな異変が?」
「この世界は5分前に出来たって武彦が…」
 郁はあからさまに顔をしかめた。
「何様? 創造主のつもり?」
「でも彼の主張を誰も覆す術がないわ」
 郁はしばし考え込む。
 何か打開策はないか――いつまでもこんな場所にこもっているわけにはいかないのだから。
 
 
「わかってるんだ! 主犯はあいつ、綾鷹郁だ! 探せ!」
 草間は部隊に向かって叫んだ。
 甲板には男女の焼死体が山積みになっていた。
 草間はすぐに世界探偵会議を開催し、刑事や探偵を集めて興信所の調査を頼み、死体を検視したりした。
 だが、草間には確信があった。
 犯人はわかっている。
 そうだ、彼女は航空事象艇乗員の綾鷹郁だ。
 草間はすぐに犯人を断定し、ここへ突撃してきたのだった。
「見つけ次第、殺してかまわないからな!」
 草間の怒号が、艦艇内に響く。
 
 
 
 郁の目に生気が戻り、同僚を映し出した。
「チェーホフの銃って知ってる? 物語が持つ必然性のことよ」
 同僚の目が点になる。
 郁は続けた。
「ここが彼の神話であるなら、消しゴムが怖いのもうなずけるわ。これには…燻製鰊の偽物で対抗するわ」
「…何それ?」
「読者をあざむく展開よ」
 郁たちは草間たちの目をかいくぐって、興信所を燃やしに行った。
「うふふ♪ 消毒よ☆」
 狂った瞳の少女が武彦の妹を足蹴にして油を垂らす。
 山積みになった妹が爆発炎上する。
 これこそがこの「幻の世界」を打ち壊す鍵なのだ。
 
 
 
「ブラウザみたく人生にもキャッシュがあれば詰むことないんじゃね? 俺って天才じゃね?」
 男は不気味に笑っていた。
 21世紀の東京の片隅で、一定区域内の時間の流れが5分だけ遅れる装置を作った。
 そこは彼だけが出入りできる世界だ。
 そう、世界は5分前に創造された。
 その5分を物に出来た自分は神なのだ。
 彼はまず、邪魔な旗艦を歪んだ時空へ葬った。
 しかし、郁たちがその幻想に気付いてしまった。
 興信所が燃えたことで、箱庭世界は崩れてしまった。
「ど、どうしてここに…?」
 今、彼の目の前には警察がいた。
 彼が支配したはずの世界は、どこにもなくなっていた。
 ガシャン――はめられたのは手錠だった。
 すべてはなかったことになり、彼はこれからの未来を塀の中で過ごすことになった。
 
 
 〜END〜