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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


平和主義の時代


 カプセルが開いた。
 改造手術が、つつがなく終了したようである。
 ダウナーレイスから龍族の女へと造り変えられた少女が、カプセル内からゆらりと歩み出して来る。
「……やって、しまったのね」
 高峰沙耶が、暗い口調で呟いた。
「これで私たちは、外道に堕ちたわ……政治目的のために、1人の女の子を」
「ダウナーレイスそのものが、いたいけな少女を無理矢理に改造して作り上げた化け物です。この上どう造り変えようが、大して違いはありませんよ」
 沙耶の副官が、同じような口調で自嘲する。
「どれほど化け物になっても、まあ……我々よりは、遥かにマシですがね」
「……何をひそひそと、辛気臭く話しているのか」
 カプセルからよろりと出て来た龍女が、物憂げな声を発した。
「私が、甦ったのだぞ……祝え。讃えよ、祝福せよ」
 甦った、という事になっている。
 数年前に殺された龍国情報部大佐が、最先端技術で甦った。そういう事に、なっているのだ。
 何故、その大佐でなければならないのか。
 それは大佐が、とある重要人物と昵懇の間柄であるからだ。
「祝福のパーティーは、任務を成功させた貴女が無事に帰って来てからにしよう」
 副官が言った。
「大佐殿には、早急にやってもらわねばならない事がある……藤田あやこ、という人物を覚えているか?」
「忘れるものか。私と同郷の……煮ても焼いても喰えない女だよ」
 大佐が、不敵に笑った。
「久しぶりに、会ってみたいな……」
「会ってもらおう。それが貴女の任務だ」
 副官が告げた。
「藤田あやこを、懐柔してもらう」


 綾鷹郁が、姿を消した。
 己の意思で失踪したのか、何かに巻き込まれたのかは、まだ不明である。
 彼女と入れ替わるように、思いもかけぬ人物が、藤田あやこの目の前に現れた。
「殺された、と聞いていたわよ? 暇が出来たら、仇でも討ってやろうかと思っていたけど」
「死んだ者でも生き返る、それが龍国の技術さ。それにしても偉くなったものだな、藤田艦長」
 龍族の女性。だが生まれはあやこと同じ、妖精王国である。基本的に仲が良いとは言えない両種族ではあるが、民間レベルでの交流が全くないわけではないのだ。
 あやことは幼馴染、悪友と呼んでもいい間柄である。
 大人になってからは龍国で立身し、情報部大佐の地位を得たものの、手段を選ばぬやり方が災いして怨みを買い、殺された。
 あやこは、そう聞いていたのだが。
「妖精王国の辺境伯にして、久遠の都との連合艦隊艦長……昔のよしみで、また私と仲良くしてくれないか? 貴公を後ろ楯に、私はもっと龍国でのし上がって見せる」
「貴女と仲良くした事なんて、あったかしらね大佐殿」
 あやこは苦笑した。
「覚えてる? 中学生の時、大ゲンカした事あったわよね。クラスのみんなが見てる前で殴り合った挙げ句、私が貴女をジャーマンスープレックスでKO」
「ジャーマンではない。お前が私に喰らわせてくれたのは、垂直落下式DDTだ。あれは効いたぞね、耳とか鼻から脳みそブチまけるとこじゃったきに」
 大佐が微笑んだ。が、目は笑っていない。
「……カマをかけたつもりか? 久しぶりの再会だと言うのに、疑われているのだな私は」
「軍人なんて仕事をしてるとね、なかなか他人を信じられなくなってしまうものよ」
 まっすぐに見つめ返し、あやこは言った。
「だけど1人、まあ信頼出来る部下が出来たわ。今は行方不明だけど……貴女、何となく彼女に似ているわよ」
「部下にでも何でもなってやるさ。私の頼みを、聞いてくれるのならばな」
 大佐が、真顔になった。
「……亡命希望者を、久遠の都へと受け入れて欲しいのだ」


 戦国時代。武田信玄は、甲斐の国主たる父親を捕えて同盟国の駿河・今川家に送り、無理矢理に隠居させて政権を奪った。
 政敵とは言え殺してしまうわけにはいかない相手を、引退や亡命を名目に他国へと追い払う。体の良い追放である。
 それと同じ事を、龍国のハト派の人々は行おうとしているようだった。
「亡命……ね」
 呟いてから、あやこは、その言葉が果たして適切であるのかどうかを考えてみた。
 龍国では、政府によるハト派の弾圧が苛烈を極めているらしい。
 だがハト派の中核には、あの高峰沙耶がいるのだ。彼女が、大人しく弾圧されっぱなしでいるはずがなかった。
 ある日、龍国政府の与党三役が行方不明となった。
 大佐の話では3名とも、久遠の都への亡命を希望しているという。
 政府の中枢にあって大いに権勢を振るい、我が世の春を謳歌している与党三役に、亡命する理由などない。十中八九、高峰沙耶によって拉致されたのであろう。
 拉致した政敵を、一応は同盟国という事になっている久遠の都に送りつける。それを、あの大佐は亡命などと表現しているのだ。
 無論そんなものを受け入れるわけにはいかない。龍国の政治的内紛が、久遠の都にまで持ち込まれる事になるからだ。下手をすると妖精王国にまで飛び火しかねない。
 だから、あやこは言下に断った。
 無理を言って済まなかった、と大佐はすぐに引き下がった。その諦めの良さが、不気味だった。
 昔の友誼を頼っての亡命打診など、単なる保険でしかないのだろう。本命とも呼べる手段を、高峰沙耶は、あの大佐を使ってこれから実行しようとしているに違いない。
 あの大佐は、本当に彼女なのか。ふと、あやこはそう思った。本当に、自分の悪友であった、あの龍族の少女なのか。
 あやこも1度、改造を受けて牝龍と化した事がある。生体改造によって他者に成り済ますのは、この時代においては、さほど難しい事ではない。
「まさか……ね」
 一笑に付してしまいたい、最悪の予想。それが現実になってしまった場合に備えて、あやこは、ある用意をしておいた。
 目の前のカプセルが、そうである。
 内部では、綾鷹郁が眠っている。
 クローンである。現在行方不明中の本物と、有機的には何の違いもない。
 このカプセルは精神感応装置を内蔵しており、本物の郁が持つ共感能力に働きかけて、彼女の意識と記憶をクローンへと転送移植する事が出来る。
 本物に万一の事が起こった場合は、それを実行するしかない。
 足音が、聞こえて来た。
 艦長直属の女兵士が2人、くたびれた感じの男を1人伴って、と言うより無理矢理に引き立てて来たところである。
「艦長、この男です」
「ご苦労」
 連行されて来た男を、あやこは睨み据えた。
「こちらは本物の亡命者か……20年間、龍国の世話になっていた者が今更、里心でもついたのか?」
「確かに私は20年前、久遠の都から龍国へと亡命した……が、それは両国の和平を願っての事。その悲願を達成するために、恥を忍んで戻って来たのですよ」
 男は言った。
「真に平和を願う御方の密使として、私は参りました。藤田あやこ艦長、貴女にはその御方と久遠の都との橋渡しを務めていただきたいのです」
「高峰女史だな、その御方というのは」
 この男は高峰沙耶に、心酔しているのか、あるいは洗脳されているのか。
「彼女とは1度、行動を共にした事がある。その時は信頼出来る女性だと思ったがな、その信頼が今はいささか揺らいでいるところだ。まあいい、話は聞こうか」
「明日、久遠の都に獣人族の貨物船が入港いたします。積荷は冷凍睡眠装置……人が、入っております」
「亡命者の与党三役、などと言うつもりではあるまいな?」
 あやこは思わず、この密使の胸ぐらを掴んでしまいそうになっていた。
 してやられた、と思った。入港してしまえば相手は他国の要人、それなりの扱いをしなければならなくなる。返品するが如く追い返してしまうわけには、いかなくなる。
 高峰沙耶は最初から、龍国の内紛に久遠の都を巻き込むつもりでいたのだ。
 久遠の都の戦力を、利用するつもりでいたのだ。
「つつがなく入港させていただきますよう、お願い申し上げる」
 密使が平伏する。その頭を蹴り飛ばしてやりたい衝動を、あやこは辛うじて抑えた。
 入港は明日。要は、入港させなければ良いのだ。
 獣人族の貨物船とは入港前、宇宙空間で接触し、充分な金を払って引き返してもらう。それしかない。
「おかしな荷物を着払いで送りつけようったって……そうはいかないわよ、高峰さん」


 何しろ亡命者である。龍国の船で直接、久遠の都に送り届けるわけにはいかない。
 だから獣人族の貨物船を使わざるを得なかった。政治とは無関係な荷物として、運ばなければならないのだ。
 問題は1つ。獣人の船乗りたちが、きちんと仕事をしてくれるかどうかという事である。
「貨物船が、入港せずに引き返して来ます」
 オペレーターが報告した。予測済みの事態が起こっている、と大佐は思った。
 こういう場合に備えて、このように戦艦を後方待機させてあるのだ。今は、ステルス機能で身を隠している。
「入港前に、連合艦隊と接触した形跡あり……どうやら、買収されたようですね」
「威嚇射撃。獣人どもに教えてやれ、1度受けた仕事はやり遂げるのが社会のルールであると」
 艦長席に身を沈めたまま、大佐は命じた。
「あくまで威嚇だ、くれぐれも当てるなよ……ま、当たっちゃったら仕方ないき」


 獣人族の貨物船が、爆発した。
 威嚇射撃の誤射、であろうか。いや、明らかに撃沈された。
「何て事を……!」
 あやこは絶句した。
 自分たちが買収などしなければ、獣人の船乗りたちは死なずに済んだのだ。
「艦長、前方にステルス反応あり! 龍国の戦艦です!」
 オペレーターが報告を叫ぶ。
 無理矢理に冷静さを取り戻しながら、あやこは思った。こうして反応を感知されてしまうようなステルスは、ステルスと呼ばない。故意に出力を揺るがせたりしない限り、ステルスというものは、そう容易くは感知されないのだ。
 故意に揺るがせた者が、敵艦内にいる。裏切り者がいる、という事か。
 何であれ、いささか金に汚いだけで罪のない獣人たちを爆殺した戦艦が、前方に姿を現していた。
「敵、撃ってきました!」
「穿孔魚雷3発、船底に命中! 突き刺さりました……が、あれ? 爆発しない」
「不発か? まあとにかく爆発物処理班を船底に!」
 命令を下しながら、あやこは画面に映る敵艦を睨んだ。
 この穿孔魚雷の命中精度。よほど射撃能力に優れた艦長が発射指示を下したのだろう。
 彼女しか有り得ない、とあやこは思った。自分に魚雷を命中させる事の出来る軍人など、彼女しかいない。
「最悪の予想ほど、よく当たるものよね……」
 呻きながら、あやこは片手を振り上げ、振り下ろした。全艦砲・一斉射撃の合図である。
「事情がどうあれ、貴女のした事は許されないわよ……郁!」
 龍国の戦艦は砲撃に引き裂かれ、獣人の貨物船と同じ運命をたどった。


 カプセルが開き、眠っていた少女が身を起こした。
 先程までクローンであった綾鷹郁が今、本物になったのだ。
 あやこは、そう思う事にした。
「おはよう、郁」
「あやこ艦長……」
 ぼんやりと見開かれた郁の瞳が、たちまち涙に沈んでゆく。
「艦長、あたし……」
「……何も言わないで。貴女は郁、本命の男以外は何でも作れる綾鷹郁よ。それ以上でも以下でもないわ」
 あの穿孔魚雷の内部には、龍国政府の与党三役が、冷凍睡眠状態で閉じ込められていた。爆発物処理班によって救出された彼らも、そろそろ目を覚ます頃である。
 が、そんな事はどうでも良かった。
「貴女の平和主義は本物ね……実現のためには手段を選ばない。それは、よくわかったわ」
 泣きじゃくる郁を抱き締めながら、あやこは、この場にいない女性に語りかけていた。
「平和主義のために貴女は、私を敵に回す事になったわよ。覚悟しておきなさい……高峰沙耶」