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<東京怪談・PCゲームノベル>


ラドゥの筆◆夢現世界【人魚姫と泡沫の夢】
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 これは、そう――もしもの話。
 
 小説家ラドゥの妄想の産物。

 想像上の物語――



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萌葱町サーカス団『ゼロ』
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「……という事で!」
 黙っていればどこぞの国の王子様、と言っても通用しそうな美貌の青年であるが、一言でも口を開けば、誰も彼もが残念そうな顔をする――それが、萌葱町サーカス団の団長様である。
 彼は背後に控えていたセーラー服姿の少女の両肩を押し出し、にんまり笑顔で言った。
「新しい団員です! はい、パチパチパチ〜!!」
 盛大な拍手を打つ団長、こと皇帝を、仮面の男が冷えた空気で出迎えた。
 それぞれが掃除やら稽古やら休憩やら、思い思いに過ごしていた最中、リビングに呼び出されて今に至る。
 という事も何も、何の説明もされていない。逆月・蒼も困惑顔で、エプロンで手を拭き拭き首を傾げた。
「え〜と……」
 少し緊張気味に、「よろしくお願いします」と頭を下げるセーラー服の少女は、高校を卒業する頃合の逆月よりも更に若い。
「海原みなもと申します」
 丁寧に挨拶をする少女に、逆月も名乗りを上げ、そうしてまた困惑気味に皇帝を見上げた。
「えーと、その……新しい団員、というのは……」
 雑用全般を担う逆月も、副団長である仮面の男――伯爵も、団員を募集するという話は聞いていない。ただでさえ皇帝が興行を停止させているお陰で、他の団員達も外にアルバイトに出ているくらいなのだ。
「あのね、このみなもさんはね、それはそれは可愛そうな身の上でね。まだ中学生なのに、生活費や学費の為、身を粉にして働いているんだ。家には病弱な母親と、小さな弟妹。求人雑誌を手にウロウロしていたのを、捕獲、もとい拾ってきたんだ」
 言い直しても、捕獲も拾う、もそう変わらない気がする。
 ――というよりも。
「そうなんですか……」
 目を潤ませる逆月と、皇帝とを交互に見ながら、みなも自身が驚いたように目を見開いているのに二人は気付かない。
 求人雑誌を見ながら歩いていて、ぶつかってしまったのが、この皇帝であった。
 アルバイトを探しているのは事実だしそう説明はしたが、自分でも知らないような設定が付随されている。
 学校が許すので、様々な経験をする為にアルバイトを転々としているが、別に生活に困っているわけでは無い。
 そう言おうと口を開きかけたが、
「そういう事なら、勿論良いですよね! ね、副団長!! 皆さん!」
逆月の剣幕にその場に居た全員が頷くのを見て、言葉を飲み込んでしまった。



「えーと、大まかに言ってですね。『ゼロ』はアクロバティックな軽業や曲芸が基本です。副団長が率いる軽業師は空中曲芸をして、今はいらっしゃらないんですがタチさんという方が地上での曲芸全般。それから、なんといっても動物さん達がうちの花形なんです」
 逆月の説明を聞きながら、みなもは渡された写真の束を捲っていく。
「うわぁ!」
 火の輪を潜るライオンに、絵を描く象。猿や兎が楽器を持って、演奏している様子。
 空中の細い綱を渡っているのは、先程まで居た仮面の男性だ。
「それで私は、雑用係。興行中はチラシを作ったり配ったり、興行が停止している今はお掃除や料理なんかをしてます」
「今は興行、やってないんですか?」
 少し残念な気持ちになって尋ねたみなもに、逆月が慌てたように続けた。
「あ、はい、いえ、その。えーと……団長がやる気を出さない事には何とも。でもでも、みなもさんを連れていらっしゃったからには、近々再開するつもりなんじゃないかなぁとか。えと……ねえ、ソウさん!」
「そうやなぁ」
 逆月の隣で同じように写真を眺めている赤髪の男性、時雨ソウが気の無い調子で相槌を打つ。
「そろそろ仰山の観客の前で、技を披露したいもんやなあ」
 遠い所を見つめて、ぽそり。
 空中ブランコに足を引っ掛けて揺れている写真、その人が、どうやら時雨のようである。生き生きとした顔は、観客ばりにサーカスを楽しんでいるように見えた。
「すごいですね……」
 感嘆の溜息をつきながらみなもが言うと、時雨は垂れていた尻尾を振る犬のように、ぱっと顔を輝かせた。
「そうやろ! ほんっまになあ、もう! 特に伯爵の技はキレが良くてなー」
「こんな事が出来たら、楽しいでしょうね」
「そりゃあ、もう!」
「みなもさんはどんな事に興味がありますか?」
 沢山のナイフをお手玉みたいに投げている写真、肩車で玉乗りしている三人組、人が組み合わさって、東京タワーのようなものを作っている写真――それらを交互に見つめながら、みなもは考える。
「怖そうですけど、これとか」
 空中の細い綱を一輪車で渡っていく伯爵の写真が、一番目を引く。指先の一つ一つ、伸びた背筋、前を見据える仮面の奥の瞳、そのどれもが美しく優雅だ。
 でも簡単じゃないですよね、と呟けば、時雨が僅かに首肯した。
「これは職人芸やからな。特に伯爵レベルともなれば、一朝一夕で身に付くもんともちゃう。結構な運動神経と、かなりの筋力も必要や」
「……ですよね」
「せやけど、やってやれん事も無い!」
「え」
 目を瞬かせるみなもの両手を取って、その手を時雨がブンと振る。
「この時雨さんに任せなさいっ!」



 そうこうしてみなもと逆月、時雨の三人は、庭に出た。
 広い芝生と青空のコントラストが美しく、たなびく洗いざらしのシーツが風に踊る様は長閑だ。
 シーツを干しているロープは、時雨が綱渡りの練習に張っているものを利用しているらしい。
 倉庫と庭とを行ったり来たりしながら時雨が何やら準備を進めているのを横目に、みなもは自分の格好を見下ろした。
 運動着、という事で持って来ていた体操服に着替えてきた。胸には『海原』の名前。肘と膝にサポーターをして、頭にはヘルメット。
 一体これから何をさせられるというのだろう。まさか、シーツを干しているあのロープを歩けなんて言うんじゃないだろうか。
 そんな不安は、杞憂で終わった。
 始めに用意されたのは長さ5メートル程の平均台だ。30センチの高さに、2センチ程度の太さの平らな棒。
 まずはこれを歩いてみろと言われ、難なくゴール。
「うんうん、合格や。モデルさんみたいな綺麗なウォークやな」
 パチパチ、という逆月の拍手と共に、満足そうな時雨の声。
 確かに普段体育で使うような平均台よりかなり細かったが、歩くくらいは造作無い。
 とは思っても、褒められて嬉しくないわけが無い。
 仄かに頬を赤らめて、俯きがちに「有難うございます」と返せば、二人も嬉しそうだ。
 次は、平均台の代わりの二本のロープ。
 高さも長さも変わらないが、これを歩くのは至難だった。
 それぞれのロープに片足ずつ乗せ、何とか立っている事は出来る。けれど歩くとなると、自分の重さに撓んだロープの上で平衡感覚を保っていられず、どうしても一歩が土についてしまうのだ。
 何度か練習する内に数歩進めるようになるが、最後まで行き着く事が出来ない。
 ロープの長さを1メートル程にすれば渡れても、フラフラと身体が動き、みっとも無さそうだった。
「む、難しいです……」
 額の汗を手の甲で拭いながら、みなもは顔を顰めた。
 例えば足をロープに対して横向きにしてみれば、蟹歩きをしてみれば――初心者はそれで良いと時雨は言うが――渡る事も出来るのだ。けれど、それでは、写真で見た伯爵のような美しさは無い。
 目指す物と違う。出来ないからと言って、妥協はしたくない。
 そう訴えるみなもに代わり、時雨がロープの上に立つ。
 真っ直ぐにロープに足を乗せ、その上で片足立ちになる。時雨の方がみなもより確実に体重があるのに、何故だかロープは殆ど撓まず、伸びている。
「あんな、基本はさっき平均台で歩いてた時と変わらんのやで。身体の真ん中にある、背骨。それが脳天からつま先まであるんを意識するんや。歩いても走っても、この軸をブレさせたらあかん。モデルさんが本を頭に乗せて歩くの、テレビとかで見た事ある?」
「……はい」
「あれかて同じ。けどな、これは、軸以外に体重を分散させる必要があんねや。足の裏、指先、踵、そのどこにも同じだけの力が必要。一点にだけ力を入れるとロープにかかる重さが、こうなる」
 実演するように、時雨の足先にぐっと力が入り、ロープが撓むのに合わせて身体が前方に傾く。
「すると、見た目も美しくない。実は軽業の中で一番難しいんや、これが」
 言いながら時雨は、ロープの上でジャンプをしたりバック転をしてみたりする。
「兎に角、練習や。一にも二にも練習。やってやれない事は無い! 努力と根性! 成せばなる!! ――やけど」
 芝生の上に降り立った時雨が、みなもに近付きながら首を傾げる。
 その真剣な視線に、みなもの心臓がドクンと跳ねた。
「みなもちゃんはもっと、こう……何やろうなあ。新体操的な要素のあるやつとか、演劇要素のある演目とか、もっと華やかなんが似合うと思うんやけどね?」
「あ、確かに。キダムとかバレカイとか、ああいうのですよね!」
「おお、そうそう。うちでは珍しいけど、無いわけでは無いしな」
「……えっと、」
 みなもが目を白黒させていると、気付いた逆月が説明してくれた。
「演劇をもっとアクロバティックにさせたショーです。物語を歌や劇で表現するみたいに、サーカスでのショーは軽業や曲芸も織り交ぜて、身体を使って魅せる、というか」
「日本でも有名なサーカス団があるやろ。ほら、あの……」
「ああ、はい!」
 合点がいって、みなもも大きく頷いた。
「そういう事なら、あたし、学校の部活で演劇部なんです。もっとも、幽霊部員みたいなものですけど」
「部活! 部活か〜」
「あと、水泳部にも所属していて……」
「!」
 何か閃いたのか、時雨が指を鳴らした。
「みなもちゃん、泳ぐの得意なん!?」
「え、えと、はい……」
「それなら、ええ事思いついた!」



 その日は一度帰る事になり、翌日、学校が終わった後に水着を持って、またサーカス団を訪れる事になった。
 そしてみなもが案内された場所には、室内プール。
 それも娯楽用では無い、本格的な50メートルプールだ。
 その中を、白いイルカが悠々と泳いでいる。
 イルカ!! イルカ!?
 垂直に頭を出して、イルカはどこからか投げられたボールをヘディングで返した。
 ボールの戻る位置には、時雨と、見た事も無い背の高い男性――いや、女性だ。
 水着の上にパーカーを羽織り、空いた手で濡れた前髪をかき上げる仕草は、色気と格好良さがある。
 みなもと目が合うとニコリと笑い、指先でクルリと円を描いた。
 するとプールの中のイルカが飛び上がり、クルリと一回転して水中に没した。
「わあ……!」
 水族館で見るようなイルカショーさながらの、良く訓練された動きだった。
「初めまして、みなもちゃん? 私は深山司、『ゼロ』の動物使いだよ」
 町の外の動物園で飼育係としても働いているらしく、その動物園で『ゼロ』の動物達も世話をしているらしい。白イルカは別の水族館で世話をしているという。
「で、この子を『ゼロ』でも披露しようと思ってるんだけどさ。いまいち目新しさに欠けると思ってたんだよ」
「……はあ」
 水着に着替えて来たは良いけれど、みなもには何が何だか詳細は分からない。水泳がどうサーカス団に繋がるのかも、ピンとこないままだ。
 そんなみなもの困惑した表情を、したり顔の時雨が面白そうに見た。
「イルカとみなもちゃんで、水中劇をするんや。みなもちゃんの髪と目の色、綺麗な海の色やろ? なんかに似てるなぁ思てたら、昔見た絵本の人魚やねん!」
「人魚、ですか」
 一瞬自分の素性を見破られたのかと思ったが、そういうわけでは無いらしい。
「まあ、あんたの泳ぎを見てからの事だけどね。水中での演技次第で、面白いモンが作れるんじゃないかって時雨が言うもんだから」
「そういうことで、みなもちゃん、泳いでみてくれへん?」
「わ、分かりました」

 プールの水は、海水のようだった。どこから運んで来たのか、僅かな潮臭さと独特の肌触りがする。
 全身を満たす冷たい、けれど懐かしい海の温もり。
 にこり、と笑って、みなもは深く水中に潜った。
 天井の電灯の光が、水中で瞬く。その光を掻くように、両手を、足を、動かす。
 向かいから白いイルカがゆっくりと近づいてくる。つぶらな瞳が何かを窺うようだ。
 みなもは微笑んで、自分から距離を詰めた。交差する一瞬、頬を撫でてイルカの身体を潜る。
 背を逸らして1回転、先程イルカがそうして跳ねた様子を水中で真似て、足を揃えて尾びれのように動かす。
 イルカがついてくるのを避けて、またそれを繰り返す。
 泳ぐ姿が魚のようだと言われた事がある。まるで舞うように軽く、優美で、華麗。
 イルカが浮上するみなもの腹を突き、跳ね上げる。
 水中を飛び出たみなもの身体が、高く空を舞った。そうしてくるりと回転して降りるみなもを、降下点で待っている。
 みなもを背に乗せて、再び水中へ還るイルカの姿を、深山と時雨は口笛を吹いて見送った。
「――決まりやな」
「悪くないね」



 興行を再開した萌葱町サーカス団の演目に、『人魚と泡沫の夢』という水中ショーが追加されるのは、その一ヶ月後の事である。


 

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ゼロ
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 ラドゥは妄想して出来上がった物語をノートに書き連ねる習慣がある。
 そしてそれは団員の目に、当然の様に晒される事になる。

「私の出番が無いじゃないか! この、美しい私の、美しい出番が!」
「あるやん、ちゃんと」
「何を嬉しそうにしてるんだね、自分が少しばかり活躍したと思って!」
「まあまあ、ええやん」
 ノートを大事そうに抱き込む大阪弁と、怒る美貌の青年は、今日も今日とて暇だった。



 完

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登場人物
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【整理番号/PC名/性別/年齢】

【1252/海原・みなも[ウナバラミナモ]/女性/13歳】

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ライター通信
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初めまして、こんばんはこんにちわ。なちです。
そしてそして――お届けが本当に遅くなりまして、本当に本当に申し訳ありません!!
サーカス団『ゼロ』に潜入、もとい入団して下さる方が居るなんて、感激でした。ありがとうございます。

少しでも、お気に召して頂ければ幸いです。
有難うございました!