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<東京怪談ノベル(シングル)>


彼女と彼の逃避行



 2013年、冬。
 東京のとあるカフェで、セーラー服の女子高生とスーツ姿の男性が人目を憚らず口論していた。
 恋人達のイベントが近付いているこの時期に、どうやら恋人同士である二人は『仕事中のメールの是非』について激しく言い合っているようだった。
「仕事とかおるとどっちが大切なのよ!?」
 と、良くある文句を口にした直後、男性の電話がテーブルの上で鳴動する。
 結果的に彼氏は『仕事の電話』に出る事で、彼女の問いに答えを出したのである。
 そのままカフェを出て行く彼氏と、残された彼女。
 見るも明らかに、二人は仲違いした。

 一方その頃、路地裏では店裏のポリバケツをひっくり返している男の姿があった。
 通りの向こうから、同じような服装をした男が現れて目が合うなり首を振る。
「チキショウッ! 一体、何処に居るんだ?」
「……そんな所には居ないかと」
 迷い猫や失せ者を探しているわけでは無い。彼等は、母船なる旗艦USSウォースパイト号から使命を帯びて上陸しているのだ。
「廃工場をカフェにしたのなら、オフィス街にある可能性は低いのでは無いでしょうか」
「……それもそうだな」
 彼らが探すのは、利益を宇宙産業に投資し偉業を成す危険人物、である。迅速に逮捕し、宇宙の平和を守らなければならない。
 二人は頷き合うと、颯爽と身を翻した。


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 可愛い女は何をしていても、可愛い。
 例え身に合わない食事の量を摂取していても、立て続けに鳴り続ける携帯電話を必死の形相で操っていても、だ。
 ただそれが自分の彼女だったら勘弁、そんな雰囲気の中、綾鷹郁は航空事象艇の食堂に居た。
 一言で言うと彼女は『羊』だ。愛らしい顔形と、肩までのウェーブヘア。小首を傾げてお願いでもされようものなら、大抵の男が首を縦に振る。
 実際彼女は職場で、クロノサーフ選手権モテかわ女子部門で5連覇の偉業を達成した強者だった。
 ただし彼女は、外見を裏切る致命的欠陥を内面に抱えている。
 それは本人も自覚済みではあったが、半世紀以上そうやって生きてきたのだから、今更簡単には変われない。
 今日も今日とて、休暇中にゲットした彼氏と喧嘩になって、その結果食堂で自棄食いの最中だ。
「かおるだって忙しいけん! それでもメールしとっとーよ!!」
 料理を口に運ぶ合間にぶつぶつ呟きながら、その視線は始終携帯に落ちる。
「彼女の可愛い束縛やけん!!」
 携帯画面に表示されるのは、痩身薬や胃薬などを扱う通販サイトからのメールばかりだ。
 恋するうら若き乙女は体型維持には滅法気を使うが――便利な薬が世の中には存在する。
 迷う余地も無く郁は次の料理を頼みながら、サイトの買い物カゴへ痩身薬を投入――
「……って、あれ?」
 力強くボタンを連打していた所為か、頼みの綱である携帯電話が壊れてしまったようだ。
「嘘でしょー!」
 全く反応を示さなくなった携帯電話が、指先でミシリと鳴いた。

 自分が人間万能工作機械である、という事を、失恋に泣く郁は失念していた。
 兎に角、薬を買わなければ!
 焦った末に向かったのは近所のネットカフェだ。
 そこではオカルト情報とネット事情に詳しい中学生、瀬名雫が迷惑メール対策講座を開催している所だった。
 真面目な顔で講座を受ける人間達を前に、雫は意気揚々、声高にホワイトボードをバシバシ叩いている。
「二度ある事は三度ある、だよ!」
 ドヤ顔とはこういうものだ、というお手本のような表情で、彼女はベイズ定理を応用しての着信拒否の方法を語り出した。
 漏れなく話に引き込まれた郁は、目的そっちのけで
「へえ〜。ベイズ予測迷惑メールフィルタてあるんだ〜」
周りと同じように、感心していた。


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 スーツ姿の青年が、疲れた面持ちでカウンター席に座る。
 彼は先程別の喫茶店で、彼女と喧嘩別れしたばかりだった。仕事中においそれとプライベートのメールを打ってられない、という事を、彼女はついに理解してくれなかった。
 彼は廃工場を洒落たカフェに仕立てた実業家で、少々危ない橋を渡りもしている。
 そんな日々の癒しを、可愛らしい容貌の彼女に求めた筈が――その束縛具合に辟易してしまった。
 はあ、と溜息をついた彼の元に、頼んだコーヒーが運ばれてくる。
 のだが、何故だか店員が自分の隣に掛けるので、胡乱な瞳で相手を見上げた。
 神妙な顔をした店員が、重苦しい口調で宣言する。
「死相が出ておる」
「……は?」
 突拍子も無く、なんて失礼なのだろう。隠す事の無い嫌悪で、青年の声音が低く響く。
 しかし相手は至極大真面目。
「わしは珈琲占師を生業にしておる。そなたの珈琲が、そなたの未来を映しておるぞ」
「…………」
 覚えが無い、とは言えない。
 自分の仕事が危険と隣り合わせだという事を、理解している。
 そうと分かれば、長居は無用だった。
 結局コーヒーに口をつける事はせず、彼は代金だけを置いて店を出る。
「ありがとうございました〜」という声を背に、逃げようと決意した彼の脳裏には、別れた彼女の顔が浮かんでいた。


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 一方雫の講座に感銘を受けた郁は、講座が終わった後も雫の話を聞いていた。意気投合した二人だったが、何故だか郁の恋愛相談へ移り変わり、雫はどう話を切り上げるべきか真剣に考えていた頃だ。
 壊れた筈の郁の携帯が、メールを受信した。
 メールを開いた郁の目が見開かれ、困惑気に歪む。
 それでも何処か嬉しそうにも見えて、雫は首を捻る。
「どうかしたの?」
「彼からメールが来たみたい」
 液晶画面を向けられて雫がメールを覗き込むと、そこには喧嘩の謝罪と共に『結婚しよう!』の文字。
「TC辞めて、恋人探しももうしなくて良い。郁、俺と一緒に行こう……」
 文面を声に出して読み終えて、郁は素早く返信した。
 答えは勿論『YES』である。
 そうして二度目に届いたメールは、彼からではなく郁の上司からだ。
「あれ、彼じゃない? なになに、東京内で大量メール……インターネット麻痺? 旗艦も余波で打撃、サイバーテロ等の妨害の可能性あり。至急帰艦されたし……?」


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 本来であれば、関係者以外の人間を無断で艇内に連れて行っては怒られただろう。
 しかし混乱中という事もあってか、誰に咎められる事も無く郁は雫を連れて帰った。
 ネットカフェを出る前に、彼氏とは話をつけた。
 結婚する前の、最後の仕事のつもりだったのだが――この仕事はお世話になった職場への義理や感謝ではなく、彼との初めての共同作業、という事になる。
 この手の事象に詳しいから、と快く足を運んでくれた雫には悪いと思うが、彼との未来の為だから許して貰おう。
 飛び跳ねるような軽い足取りで、郁は廊下を進んだ。

「……どういう事?」
 厳しい顔で、艦長が郁を睨んでいる。
 雫と共に対策を講じる、そういう話であった筈が、何故だか雫を人質に、更には船の自爆装置に手を掛けて郁は艦長を見据えた。
「笑えない冗談だな」
「冗談じゃ無いもの」
 明るい未来しか見えない郁は、即答する。
 彼氏が財力を用いてネット障害を起こした事には驚いたが、それが何だというのか。そうでもしなければ、彼と一緒に居られない。結婚出来ない。
「さあ、艦長。彼女と旗艦と、どっちが大事?」
 既に旗艦は彼氏に掌握されている。そして唯一手動である自爆装置も、今は郁の手の中だ。
 凄む郁には、このまま雫も艦長も自分も諸共、自爆も辞さないという覚悟が宿っている。
 艦長は苦渋の表情で拳を握った後、観念したように項垂れた。
「……別った」


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 郁は艦内の乗員を東京港で全て下ろし、彼氏の乗船を待って雫を解放した。
 駆け落ちを成功させた二人は、笑顔で抱き合って、言う。
「じゃあ、行こう!」
「未来へ!!」

 逃亡の一部始終を見送って、航空事象艇の乗員は力無く座り込んでしまっていた。
 艦長もまさか、郁にこのような手痛い裏切りをされるとは思っても無い事だった。
 優秀な工作員で、長い間共に戦ってきた仲間だ。恋愛事になると一直線で、真っ直ぐ過ぎて、失敗して――今回もまんまと利用されて。
 知らぬは本人ばかり。
「……どうしてくれよう」
 恨みの篭った声で呻く艦長の前に、雫がドヤ顔で立ちはだかった。
「こんな時こそ、ベイズ予測だよ!」


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 幸せな未来を夢見る二人の逃亡先は、勿論未来だ。
 二人しか存在しない宇宙へ旅立っても良かっただろうが、先ず食料だって確保しなければならないし、何より青年はまだ隠居する気は毛頭無かった。

 夢見る郁が「結婚式をあげよう!」と喜び勇むのを聞き流しながら、青年は未来の東京港へ降り立った。
 ――しかし、そこへ。
「……何で?」
 居る筈の無い、仏頂面の艦長を前に、郁の声は掠れてしまう。
 楽しい気分は急速に萎んで、それから艦長の背後に雫の姿を見つけて、疑問が弾けた。
 こんな時でもドヤ顔なんだ、と、落胆と共に思う。
 困った事に自分は手持ちの武器も無ければ、それを精製する材料も持ち得ない。
 そんな郁を冷静に見つめて、艦長は言った。
「ベイズ予測で君達の逃避先は判った。……彼を撃てば今回は許す」
「……撃つ?」
 愛する彼を?
「綾鷹、君は利用されているだけだ。冷静になれ」
「っそんな事!」
「逃げる為に利用された。それが分からない君では無いだろう?」
 言い募られればそれだけ、郁の気持ちは彼に傾く。
 けれど、自分に何が出来るだろう。怒りの所為か、頭が上手く回らない。
 郁は滲む涙を堪えながら、キッと艦長を睨んだ。それ以外に、術が無かった。
「……綾鷹」
 宥めるような艦長の声に、機械の駆動音が重なる。
「……え?」
 それは歪んだ、空間と金属の摩擦音。
 振り返った先に、愛する男の姿は無かった。
『君らの予測結果を予測するさ』
 ノイズ交じりに、拡声器越しの声が響いて、一瞬の後、そこには。
 ――そこには。
 テトラポットに打ち寄せる小波が。
「……」
「…………」

 艦影を失った穏やかな港の風景を、郁は静かに眺める。
 その横顔を見て、雫が一歩後ずさった。



END


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こんにちはこんばんわ、なちです。
4年振りとなりましたが、また発注頂けて嬉しいです。有難うございます。
郁さんは初めてお目にかかるキャラだったので、ちゃんとキャラクターを掴めているか心配なのですが、少しでも楽しんで頂けると幸いです。