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<東京怪談ノベル(シングル)>


カスミ女王とイアル王女の物語

☆物語は突然はじまる
「う〜ん……。いい本、ないかしら?」
 私立神聖都学園で音楽教師をしている響・カスミ(NPCA026)は、古本屋で音楽関係の本が置いてある棚を見て回っている。
 たまには個人的に音楽の本を読んで見たいと思って、この店に来た。ふとガラス戸の棚の中に入っている一冊の本が、眼に映る。赤い表紙には金色の文字と模様が描かれており、中のページには羊皮紙が使われているみたいだ。
 初老の男性店主にその本のことを尋ねてみると、随分前から店に置かれているらしい。だが中の文字が誰も読めないので、売れなくて困っていると言う。
 カスミが欲しそうな顔をしているのを見て、店主は値段をかなり下げて売ってくれると言うので、すぐに購入した。
「何だか分からないけど、スッゴク惹かれちゃったわ」
 紙袋に入れてもらった本を大事に抱え、カスミはマンションに帰る。
 そして着替えないまま、自分の部屋で本を開いた。古い羊皮紙に見たこともない文字が並んでいるも、カスミはふと眼を見張る。
「……あら? 何だか読めるわね。ええっと……、『ある小国の女王様が、世継ぎである一人の女の子を産もうとしていました。ですがその時、国に反逆する者達が、女王様が暮らす城を目指していました』」
 だが読んでいくうちに、カスミの体が透けていく。
 やがて透明になったカスミの手から本が床に落ちて、部屋には誰もいなくなった。


「んっ……、アレ? 何だかお腹が苦しい……」
 カスミは気がつくと、見知らぬ部屋にいる。そこにはメイドらしき女性達が大勢いて、自分の周囲を忙しく動き回っていた。
 起き上がろうとしたものの、大きく膨らんだ自分の腹が眼に映り、ぎょっとする。
「えっ? このお腹ってまさか……ああっ、生まれるぅ〜!」
 叫んだすぐ後に赤ん坊が産まれ、カスミはグッタリとベッドに沈む。
 生まれたのは女の子で、メイド達は「王女様が誕生しました! お世継ぎですわ!」と大喜び。
 しかもカスミのことを、「女王様」と呼んでいる。
「……もしかして、夢を見ているのかしら?」
 落ち着いて考えてみると、今自分が体験していることは、あの本に書かれていた内容と同じであることに気付いた。
 しかし場面は、反逆者達がとうとうこの城に侵入してきたところに移る。
 カスミは慌てて産んだ女の子をメイドに頼み、城の奥にある抜け口から出るように命令した。
 そして自分は他のメイドと共に囮になる為に城の入口近くの抜け口から逃げようとするも、出産した直後の為に早く走れず、靴も途中で脱げてしまう。
 ついには反逆者達に捕まえられ、反逆者のボスの前に連れてかれる。
「あっ貴方は帝国の王じゃありませんか! 何故こんな小国を攻め入るのですか? 反逆者達に指示を出していたのも貴方なんですね!」
 カスミの口からは女王のセリフがスラスラ出てくるも、本人は夢だと思っているので何の抵抗もない。
 大男の王は戦うことに反対するこの国の女王であるカスミを邪魔に思っており、帝国の意志に反する者として処刑しにきたと言う。
 カスミは拘束されたまま帝国へ連行され、中庭で重役や貴族が集まる中、魔術師の手によって体を石にされていく。
 血も肉も骨も冷たくなっていく感覚に、カスミは青ざめる。
「くぅっ……! 王よ! ここで私を滅ぼしても、民が平和を望む心は滅ぼせません! 貴方達はきっと、平和を願う人々によって倒されることでしょう!」
 その言葉を最後に、カスミの全身は石となった。
 そしてカスミの石像はそのまま中庭に置かれ、<愚か者の女王>と呼ばれることになる。


☆救いの手は、すぐ側に
「ただいま。カスミ、帰っているの?」
 カスミと同居しているイアル・ミラール(7523)はマンションに帰ってきたものの、人の気配はない。しかし玄関には、カスミがいつも履いている靴があった。
 カスミの部屋を覗いてみると、開かれた一冊の本を見つける。
「この本、何? ええっと……、『カスミ女王様は悪となった帝国の王によって、石像にされてしまいました』……って、ええっ!?」
 イアルが見たページには挿絵があり、墨で石像になったカスミの姿が描かれていた。
 イアルは慌ててアンティークショップ・レンの店主に電話で相談してみると、この本が魔力を持っていると聞かされる。
 魔力と波長が合う者が読むと本の世界に体ごと移動し、物語の登場人物となって体験できるようだ。本から抜け出す方法はただ一つ、ストーリーを終わらせること。
 店主はイアルなら、本の魔力の波長を合わせることができるだろうと言う。
 イアルは意を決し、波長を合わせて本の中に入ることに成功した。


「うう……ん。今はどんな状態なの?」
 本の中に入ったイアルは周囲を見回すと、歳をとった元メイドが心配そうに語りかけてくる。
 元メイドが言うにはイアルは今から二十年前、生まれた国の女王であり母親のカスミが命がけで助けた娘であり、今まで女王の命令を受けた元メイドが育ててきた。
 しかし多くの国を制圧してきた帝国への不満は高まり、今や反逆者達が集まって帝国を倒そうとしている。
 イアルは反逆者の代表として、先陣を切ることになっていた。
「帝国に行けば、石像になったお母様がいらっしゃる……。残虐な暴君は必ず倒さなければ!」
 そしてイアルもまた、自然に本の登場人物になりつつある。
 反逆者の数は帝国の兵隊達の上をいき、あっと言う間に帝国は打倒された。
 イアルは兵の一人から石像がある場所を聞き出し、王を討ち取った後、慌てて向かう。
「お母様っ!」
 中庭の中央で、至る所にコケが生え、ボロボロになったカスミの石像を発見した。
 イアルは仲間達と共に石像を水場へと運び、一生懸命に洗って綺麗にする。そして鏡幻龍の力を使って、カスミの石化を解く。
「イ……アル? あなた、私の娘のイアルなの?」
「おっお母様ぁ!」
 二十年もの眠りから覚めたカスミは、一目見ただけでイアルが自分が産んだ娘であることが分かった。
 二人は強く抱き締め合い、大声を出しながら涙を流す。


 ――その後、イアルは帝国の新たな女王となり、カスミは治めていた小国へ戻って女王として復活する。
 二人は国を守る為に離れて暮らしていたものの、時には互いの国へ行き来し、手紙のやり取りなども頻繁にしていた。
 二人がこの世を去った後も、母と娘が仲睦まじく並んで描かれた『平和と安寧を象徴する、二人の女王』の絵は、帝国の大広間にずっと飾られていた。


★夢から覚めて……
「んんっ……? 何だか長い夢を見ていた気がするわ。……ふわぁ」
 現実世界に帰ってきたカスミは大きな欠伸をしながら壁に掛けてある時計を見ると、そろそろ夕食を作る時間になっている。
「あら、イアルが帰ってくる時間ね。急いでご飯を作らなくちゃ!」
 ここにイアルはいなかった。彼女は例の本を持って、アンティークショップ・レンへ向かっていたのだ。
「こんな厄介な本はとっとと似合う場所に置いた方が良いわね。でもカスミには何て言おうかしら?」
 本を処分する理由に悩むイアルだが……。
「長い夢だったわね。古本屋に行って、不思議な本を買うところからはじまっていたけど……でもなかなか面白い夢だったわ」
 カスミは不思議な体験をただの夢だと思っていることをイアルが知ったのは、夕食の時のことだった。