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<東京怪談ノベル(シングル)>


あなたにアイの歌を

女子生徒の間で噂になっていることがある。

都内の繁華街の人気の少ない裏路地に、ぽつんと構えるプライベートブランドのブティック。
女店主が手がけるという服飾の数々は、若い女性の間で密かにブームになりつつあった。
ネットショップもやっておらず、知る人ぞ知る隠れた名店だとか。

授業を終えたあと、女子生徒からこんな話を聞かされた。

一体どんな場所なのだろうか?
胸を躍らせ、響は噂の店へと向かった。
表通りから2本も3本も裏道へ入り、薄暗く恐怖感を煽るが、さびれた路地に突如現れた小洒落た服屋を見つける。

「まぁ、素敵なお店!」

中に入ると、小さな店内は人で溢れかえっていた。
若い女性ばかりだが、みなキラキラした目で思い思いに商品を手に取っている。

「あ、これ!これなんかもカワイイわぁ」

響・カスミも店内を物色し、気に入った服をいくつか抱えて試着室へと入った。
カスミはスーツを脱いで、新しい服に手を掛けた。
すると突然試着室の床が開き、カスミは穴の中へ落ちていった。
悲鳴を上げる暇も無く、カスミは意識を失った。

「ン……」

目が覚めると、ひんやり冷たい感触に驚いた。

「はぁい。お目覚めかしら?」
見上げると、女店主がこちらを見ていた。

「あの……ここは?」

「ふふ、キレイな身体ね。私の服がよく似合うわ」
「え?」

自分を見ると、店頭でマネキンが着てたものと同じ服が着せられていた。

「あ、ありがとう……」

カスミは少し照れくさくなって俯いた。
指先にコツン、と冷たい感触があたる。
振り返ると、人の形をした何かがこちらを見下ろしていた。

「ひっ?!」

薄暗い部屋では気付かなかったが、部屋にはびっしりとマネキンが並んでいる。

「あ……」

パチン、と女店主は指を鳴らす。
すると煙がカスミを包み込み、身体の組成が変化する。
悲鳴を上げて逃げようとしたカスミは、マネキンに変えられてしまった。

「うふふ……素敵よ、あなた……」

女店主の指が、カスミの頬を、首筋を、腰を撫でていく。
それからというもの、日中はマネキンとしてショーウィンドウに飾られ、夜はカスミと同じようにマネキンに変えられた人達をキレイにしていた。
女店主の目の届かない時に脱出を計ろうとしたが、一歩店の外に出るとマネキンに変わってしまう呪いがかけられていたため、断念せざるをえなかった。
そして意外なことに、衣食住に不自由はなかった。
それでも監禁生活に心が折れそうになりながらも、自分の得意な歌を歌って紛らわす日々を送っていた。
路地裏の奥まった所にあるからか、女店主も歌を辞めろとは言わなかった。


カスミが失踪して1ヶ月が経ち、警察はカスミの捜索を打ち切らざるをえなくなった。
カスミと同居しているイアル・ミラールは、誰よりもカスミの事を気に掛け、毎日毎晩、方々を探して回っていた。
カスミと同時期に、特定の少女や女性達も行方を眩ませている。
一致する特徴は、皆若く、美しい女性達ばかり。なのだが、そんなものは手がかりにもならない。
月の無い夜、イアルは裏路地のプライベートブランドのブティックまで来ていた。
カスミの手がかりはないかと藁をも掴む思いでゴミ箱から壁の隙間まで、泥やススにまみれても構わずに探し続ける。
今日も何もなかった、と落胆して帰ろうとした時、ふと聞き覚えのある歌声が耳に入ってくる。

「カ……スミ?」

どこから聞こえてくるのだろう。
呼吸と動機が早くなり、視界が遠くなる。
それでも、必死で小さな声を探る。
声を求めて右へ、左へ、足を向けるが、ぷっつりとその歌声は途切れた。
その場所で1時間ほど待ってみたが、再び声が聞こえることはなかった。
翌日も同じ場所で、さらに翌日も同じ場所で、同じ時間に歌声が聞こえる。

昼間に偶然、ブティックのウィンドウに飾られたカスミを見つける。
マネキンに変えられていたが、イアルは直感でカスミだと分かった。
カウンターで気だるそうにしている女店主に、イアルは剣先を向ける。
その様子を見た他の客は、悲鳴をあげて逃げだしていった。

「表のマネキンはどこで手に入れた?」

イアルの目には怒りを訴え、低く絞り出すように言った。
にやっと女店主は唇を歪め、

「あなたもキレイね。とても素敵よ」

キセルで一服し、イアルに向かって舌なめずりする。

「カスミを元に戻しなさい!」

ブン、と剣を横薙ぎにする。
空を切っただけで、そこに女店主はいなかった。

「あはぁ♪ いいわぁ、素敵よ!」

店主の格好を脱ぎ去ると、妖艶な魔女がそこにいた。
艶やかな紫色の髪に、ぷるんと膨れた紫色の唇。豊満な胸から覗く肌色も紫で、切れ長の目の色も紫。
悪趣味だ、とイアルは心の中で一瞥する。
パチン、と魔女は指を鳴らすと煙がイアルを包む。
何か攻撃をしかけてきたかと身構えたイアルだったが、特に攻撃された様子もなかった。
魔女はその様子を驚いているようだった。

「あらぁ、特別製なのねぇ、あなた。……飾れないじゃないの」

そう言って今度は指を振る。
イアルの目の前に突然、巨大なカマが襲ってきた。
瞬時に身体を反らしてカマを避ける。

「あなたのこと、研究したくなっちゃった」

にたり、と指を左右に振る。
魔法で風が鋭いナイフのようになり、イアルの身体を傷つけていく。
魔女の攻撃に膝をつき、全身の無数から床に血が飛び散っていた。
剣を杖代わりに、イアルの呼吸は荒い。

「んふ、大人しくしてれば痛い目にはあわなかったのに」

カツ、カツと甲高いヒールを鳴らして魔女は近寄ってきた。

「……同感よ」

イアルは足に力を込め、思い切り剣を引き抜いた。
衝撃で床が踏み抜けるが気に留めず、剣の柄を渾身の力を込めて魔女の腹部に突きだした。
くの字型に壁まで飛ばされた魔女は白目を剥いて気絶する。

すると、ブティックが溶けるように消えていった。
並んでいた商品も消え、ショーウィンドウでマネキンになっていた女性達も元に戻っていった。
全て、魔法による幻だったのだ。

「カスミ!」

イアルは人間に戻ったカスミに抱きつき、彼女の無事に涙が溢れた。

「イアル……」

イアルを抱き返し、カスミの涙を指先でぬぐってあげた。
イアルはカスミの目を見つめ、カスミは優しく微笑む。
そして、いつもの調子でカスミは口を開いた。

「そういえば私、何してたのかしら……」