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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


空飛ぶ酔っ払い


 土地不足解消のため、サンフランシスコ全域の墓地を遺体もろとも一ヵ所に集めてしまったらしい。
 そうして出来上がったのが、共同墓地の街・コルマである。
 良くも悪くもアメリカ人らしい力技だ、とフェイトは思う。
 生きた人間よりも死んだ人間の方が多い、とまで言われているこの街の一角に、その店はあった。
 営業しているのかどうかも判然としない、寂れた感じのバーである。ここで、1人の同業者と合流する事になっている。
 バーの扉を開け、足を踏み入れた。
 従業員がいない。店主の姿も見えない。
 客は1人だけ。カウンター席に座った、1人の少女……
 どう見ても、十代半ばの少女である。この国には飲酒の年齢制限がないのか、などと一瞬だけフェイトは思ってしまった。
 髪は茶色のポニーテール。横顔はちらりとしか見えないが、美少女の範疇には入るだろう。
 ほっそりとした身体に、白いロングコートを羽織っている。その下はキャミソールとホットパンツ、であろうか。
 小柄な細身とはいささか不釣り合いなほど豊かな胸をテーブルに載せたまま、その少女は、ちびちびとグラスを傾けていた。独り言を、漏らしながらだ。
「このボンベイ・サファイアって奴はさぁ、マティーニのベースくらいにしか使えないよねえ。ロックやストレートでなんて、飲めたもんじゃないっての。消毒液か何か飲まされてるみたいでさあ……そう思うだろ?」
 独り言ではなかった。フェイトが、話しかけられている。
「……お酒、あんまり飲まないもので」
 そう答えるしかないまま、フェイトはとりあえず会話に応じた。
「あの……まさか、とは思うけど」
「それはこっちも同じ。歴戦のエージェントが来るって言うから、ハードボイルド系のナイスミドルを想像してたんだけどぉ」
 少女が、こちらを振り向いた。
 幼さのある、可憐な容貌。やはり十代の少女にしか見えない。
「まさか、こんな可愛いスクールボーイが来るなんてねえ。ぼく、いくつ?」
「……22歳。学生じゃないよ、もう」
 幼く見られるのは慣れている。腹を立てるまい、とフェイトは自分に言い聞かせた。
「ふーん。日本人って、若く見えるのが多いって聞くけど……何だ、もう酒飲めるんじゃん。こっち来て一杯やりなよ。今はマスターも街の人間も逃げ出しちゃって、タダ酒飲み放題だからさ」
「これから仕事だって聞いてるんだけどね。それより」
「ああ大丈夫、あたしもお酒飲める年齢だから……ふふっ、いくつに見える?」
「……20歳? ちなみに何歳だろうと、タダ酒は駄目だからな」
「30超えてるって言ったら、びっくりするかにゃー?」
 少女……なのかどうかわからない女性が、ニヤリと笑った。
「今年で31でーす、にゃっははははははは」
「……もしかして、俺より先輩?」
「アリーって呼び捨てていいよ。あたしも、フェイトって呼ぶからさ」
 アリー。この合流相手に関してフェイトが前もって教えてもらったのは、そのエージェントネームだけである。向こうも同様、フェイトの名前だけは聞いていたのだろう。
「聞いてるよ。今回の騒ぎの大元、わざわざオンタリオ湖まで行って、ブッ潰してくれたんだって?」
「……潰しきれなかった、みたいですけどね」
「ああ、確かに生き残ってる連中はいるねえ」
 フェイトが耳を疑うような事を、アリーはさらりと口にした。
「あたしもねえ、サンディエゴの街中で2、300匹くらいはブチ殺したよ。あの錬金生命体ってぇ連中をね。どいつもこいつも最後は崩れて消えちまったけど……そうならなかった奴らが、この街にいやがるのさ」
「街の人たちは逃げた、って言ってましたよね」
 少女に見えても、年長者である。フェイトは敬語を使う事にした。
「避難済み、って事ですか?」
「そうゆう事。今この街にいるのは、あたしらだけ」
 突然、入口の扉が蹴破られた。
 押し入って来たのは、金を払って酒を飲みに来たとは思えない客たちである。すでに酔っ払っている、ようにも見える。
 よたよたと揺らめく身体は一応、人の体型をしている。
 その身を包む迷彩服、昆虫のような仮面。
 中身が人間の肉体ではない事を、フェイトは知っている。
「あたしら以外に誰かいるとしたら……ま、こんなのばっか」
 行儀よく出入り口から入って来る者、ばかりではない。
 天井が、壁が、破れ崩れた。
 一目では把握出来ない数の錬金生命体が、まるでアリーの言葉に呼応したかの如く、あらゆる場所から店内に乱入して来たところである。
「こいつら……!」
 何故、動いている。何故、存在している。
 などと疑問を感じている場合ではない。錬金生命体の群れが、たちの悪い酔客の如く凶暴な動きで、一斉に襲いかかって来る。
 フェイトは、スーツの内側から拳銃を抜いた。
 その時には、アリーが動いていた。白いロングコートをまとう小柄な細身が、カウンター席からユラリと立ち上がる。
「ったく、酒のツマミにもなりゃしない連中……」
 立ち上がった肢体が、よろめいた。かなり酔いが回っている、とフェイトが思ったその瞬間。
 白いコートの内側から、光が走り出した。
 錬金生命体が3体、いや4体、その光に薙ぎ払われて吹っ飛んだ。吹っ飛びながら、細切れになった。ぞっとするほど断面の滑らかな肉片が、床にぶちまけられる。
「あたしが、この世で1番嫌いなもの……何だかわかるかにゃー?」
 アリーの両手に、いつの間にか武器が握られている。小振りの刀剣とも言える、大型のナイフ2本。技量もさる事ながら、ある程度の腕力を必要とする得物だ。
 左右の細腕が、それらを軽々と一閃させる。
「それはな……仕事だよッ!」
 錬金生命体がさらに2体、叩き斬られて吹っ飛んだ。
「てめぇーらみてえな×××がいるせいでなあ、IO2のクソ仕事やらなきゃいけねえ! やったって大して給料入って来るわけでもねえ! のんびり酒飲んでる暇もねえ金もねえ! ねえねえ尽くしじゃねえかコラふざけんなこの×××野郎どもが! 腐れ×××どもがあああああ!」
 所々に、聞き取れない単語がある。英語圏の、甚だしく下品なスラングであろう。
 とにかく、フェイトは思った。酔っ払いが暴れている、と。
 左右2本のナイフが、酔っ払いの動きで振り回され、まるで竜巻のような斬撃の嵐を発生させている。
 迷彩服を着た怪物たちが、片っ端から切り刻まれてゆく。
「すごい……まさに、何とかに刃物だ」
 思わず呟きながらフェイトは、何かがふわふわと宙を舞っているのに気付いた。
 茶色の、羽である。
「ゆー……ゆ、ぶろうぃんどうすかぁいはーい」
 洋楽を口ずさみながら、アリーは跳躍していた。
 いや、飛翔と言うべきか。
「ばっ、てぇるみー、あぁらーい」
 茶色の羽をまき散らしながら、アリーは空中から、錬金生命体たちを襲撃している。
 一対の羽毛の翼が、彼女の背中から広がり、羽ばたき、小柄な女性とは言え人間1人の身体を空中にとどめている。
 否。人間ではないのは、もはや明らかだ。
「ジーンキャリア……!」
 息を呑みながら、フェイトは呻いた。
 IO2の暗部を、またしても見せられたような気がした。
「うぃだうりーずん、ほわぁい」
 あまり上手とは言えない歌を垂れ流しながら、アリーは空中で旋風の如く回転していた。
 群れる錬金生命体が、ことごとく首を刎ねられ、上半身を切り刻まれてゆく。
「ぶろーんぃどう、すかぁいはぁぁああああああああああい」
 肉片がぶちまけられる、その真っただ中に、アリーは歌いながら墜落していた。
「ちょっと、先輩!」
「うう……ほ、発作が……」
 駆け寄ったフェイトに向かって、アリーは弱々しい声を発した。
「酒……酒飲まないと、止まんない発作だよう……」
「……酔っ払って落っこちたようにしか、見えないんですけどね」
 言いつつフェイトは、立ち上がれぬアリーを庇って身を屈めつつ、左右2丁の拳銃をそれぞれ別方向にぶっ放した。フルオートの銃撃が、周囲を激しく薙ぎ払う。
 際限なく乱入して来る錬金生命体の群れが、銃弾の嵐に穿たれ、ことごとく倒れていった。
「やるねえ、フェイトちゃん……適当にぶっ放してる、ように見えて、ちゃんと狙うとこは狙ってる」
 倒れたまま、アリーは誉めてくれた。
「超能力みたいなもん、使えるんだって? 使わなくても、この程度のザコどもには楽勝ってか……あたしなんか、いらなかったね。さぼって酒飲んでりゃ良かったにゃー」
「さぼらなくても飲んでたじゃないですか、まったく」
 苦笑しつつ、フェイトは見回した。
 錬金生命体は1体残らず、崩れ砕けて粉末状の屍と化している。
 それらの中から、何か目に見えぬものがスゥッ……と抜け出してゆくのを、フェイトは感じた。
「ここが、お墓の街だってのは知ってるだろ……」
 アリーが、弱々しい口調で説明してくれた。
「無理矢理、叩き起こされて、こんな場所に移されて……寝付けないで迷ってる連中が、いっぱいいる。そいつらが、錬金術のバケモノどもに憑いちまったのさ」
「……同じような事が、もしかしたら他の場所でも起こるかも知れませんね」
 言いつつフェイトは、起き上がれぬ先輩を抱き起こしてやった。
 翼。作り物ではない。明らかに、生身の背中から生えている。
「先輩、あの……」
「まあ今度、一緒に酒飲んだ時にでも語ってやるよ」
 アリーは微笑んだ。
「それまで、お互い……ちゃんと生きてないとにゃー」
「その喋り方……出来れば、やめて欲しいんですが」
「おや、あざといキャラ作りはお嫌いかにゃー?」
「そうじゃなくて、何か……トラウマを抉られてる気分になるんですよっ」
 思い出したくもない珍妙な悪夢が、フェイトの脳裏で甦る。つい最近も1度、見た悪夢。
 頭を振って払い落としながらフェイトは、酔っ払った先輩を半ば無理矢理、引きずり起こしてやった。


「グリフォン……ですか?」
 フェイトが思わず声を上げると、女上司は頷いた。
「IO2には、トロールのジーンキャリアが1人いる。いろいろと問題の多い男で、成功作とは言えんがな……それと同じように、アリーにはグリフォンの遺伝子を組み込んである。言っておくが本人の希望だ。だから何でも許される、と言いたいわけではないがな」
「それについては、俺もいろいろ言いたい事ありますけど、今ここで力説する事じゃないですね」
 ゴルゴーンや狛犬が実在するのだ。グリフォンがいても、おかしくはない。
「それはそれとして……俺、何で仕事が増えてるんですか?」
 ひたすらキーボードを叩きながら、フェイトは文句を漏らした。
 この書類を、本日じゅうに仕上げなければならないのだ。
「錬金生命体の暴走に関して、もっと詳細なレポートが欲しいのだ。この事件に最も深く関わったエージェントは、君だからな」
 女上司が、にっこりと笑う。
「フェイト君は、現場の任務とデスクワークの両方をこなせる希有な人材であると私は思っている。頑張ってくれたまえよ」
「……俺、脳筋扱いされた事もあるんですよ。人様に読んでもらえるレポートなんか書けませんて」
 それでも、書けと言われたものは書くしかなかった。
「君には、アリーの始末書を代筆してもらう事もあるだろう。これからも、彼女をよろしく頼むよ」
「勘弁して下さいよ、もう……」
 この女上司は、アリーといくらか親しいようではある。
 彼女がいかなる理由でジーンキャリアとなったのか、いかなる事情があって人間をやめる道を選ぶ事となったのか、訊けば教えてくれるかもしれない。
 だがフェイトは訊かず、レポートの作成に専念した。
 このような話は、第三者に陰口の如く語らせるべきではなかった。