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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ジェネレーションギャップ

 ダイソン球と呼ばれる、太陽を丸ごと覆う巨大岩盤が存在する時代。
 その巨大岩盤の内壁に人間が棲み、俗にこれを地球空洞説の実物版と言うべき岩盤だ。
 岩盤の両側面には開閉式の扉があり、表面には数百年前に大破した戦艦文月号がある。
「綾鷹副長だ。上陸班を編成する」
 ダイソン球時代に降り立った郁は、旗艦にて上陸班の編成を行い捜索に出る。
 地表に出てほどなく、郁と上陸班は文月号を発見した。
 文月号の艦橋にふぅっと白い影が蠢く。それを見た郁は眉根を寄せた。
「地縛霊? ううん。物質電送中に捕虜になった人ね。解除してみよう」
 郁は文月号の入り口を解除し、幽霊となったその影と対面する。
「私は雪。退役軍人よ」
 60歳の雪は見かけによらずとても元気な女性だった。
 郁はそんな雪に疑問をぶつけてみる。
「なぜあなたはここにいるの?」
「この払い下げの文月号でダイソン球を探索中だったのだが、墜落してしまってね……」
 ため息混じりにそう溢す雪に、郁はふーんと鼻を鳴らす。
「なぜ電送機を保留に?」
「咄嗟の閃きよ。幽霊なら何年も救出を待てるからね」
 にんまりと笑う雪に、郁は目を瞬かせ感心した様に頷いていた。


 雪は郁の旗艦に現れ、見学をして回っている。
 技術革新に感銘を受けつつも、時折「いまどきの若造は……」とぼやき、老害振りを発揮している。そんな雪の後を郁はついて回っていた。
「なかなか立派な技術を持っているわね。でも、気になるところが幾つかある。私が相談に乗るわ」
 一通り見て回った雪は、ふいにそう言い放ち、こちら側が何を言うまでもなくほぼゴリ押しで相談役として赴任する事になった。
 その後、機関室に向かった雪は勝手にあちこち弄り回り、業務が滞ってしまっている。
「ここはこれよりも、こう……」
 周りにいた機関室の乗員も、目の前でやりたい放題弄り回る雪に困り果てていた。それを見兼ねた郁は狼狽しつつ声をかける。
「あー、あーもう! 弄るなぁー!」
「え? なんでよ」
「あなたの智恵はもう時代遅れです。いいからこれ以上業務の手を止めないでください。出てって」
 失礼な物言いだと分かってはいたが、若干胸に迫る苛立ちが押さえきれず、言葉に棘が出た。
 それを雪がよしとするはずもなく、当然のように喧嘩になったのは言うまでもない。
「出てけとは随分な言い草だな! 年長者の言う事は素直に聞いておくものではないの!?」
「それも限度があります。勝手に許可もなくあっちこっち弄り倒して、迷惑しないわけないでしょ!」
「良かれと思ってしている事なのに……」
「迷惑です!」
 互いに目くじらを立てながら激しい口論が続いたが、結局、雪は旗艦を追い出されてしまった。
 その後、意気消沈した雪は機関室から出たところで出会った艦長に呼ばれ、艦長室へと向かう。
 艦長は雪をソファに座らせ、目の前のテーブルに簡単なつまみと強い酒の入った一升瓶と杯を二つ置き、向かい側のソファに座り込む。
 雪の杯に酒を注ぎ、自分の杯にも酒を注ぐと、二人は女同士、サシで飲み始める。
 最初に注がれた酒をぐいっと勢いよく仰いだ雪は、大きなため息をこぼし小さく愚痴る。
「最近の子は冷たいわねぇ……」
 そう漏らす雪の杯に二杯目の酒を注ぎいれながら、艦長は笑った。
「分かるわ。昔の船は何ていうか温かみがあったわ」
「そう! そうなのよ。頼れる旦那みたいな感じのね」
 当時の人間達も、今ほどサバサバと冷たい感じがなく人情味溢れた人たちが多かった。などと、二人は昔話に浸りながら現状の不満を愚痴りあっていた。


 翌日。
 文月に集合していた上陸班と郁、そして雪と艦長がいた。
 艦長はぐるりと見回し、そして郁で視線を止めるとにっこりと微笑みかけてくる。
「文月の修理は簡単なものではないだろうけれど、腰を据えてしっかり行うように。今回の修復作業の目的は、墜落原因の究明よ。そして、綾鷹。あなたの隣にいる人はあなたの先輩よ。先輩は立てて頂戴」
 バッサリと言い切られた郁は内心口を尖らせるも、ちらりと隣を見やれば雪と視線がかち合った。
 彼女の事は嫌いじゃない。何せとても賢い人であることは間違いがないのだ。
「……」
 ぎこちなく視線を逸らす雪を見た郁もまた、同様に視線を逸らす。
 尊敬している部分があるからこそ、艦長の言葉に郁は従順する。
「分かりました」
 その言葉に、満足そうに微笑んだ艦長がその場を離れると、郁は雪と共に修復作業に当たった。
 少しの間二人は背を向けて黙々と作業をしていたが、やがて郁の方から雪に声をかける。
「あの、昨日はごめんなさい。酷い事言っちゃって……」
 そう言う郁に、顔を上げて彼女を振り返った雪は少し驚いているかのような表情だった。だが、すぐに目元が柔和に緩むと首を横に振る。
「いいのよ。私も悪かったの。勝手にあれこれやってごめんなさいね」
 墜落原因の究明も当然目的に含まれているのだが、それと雪の自信回復を狙っての艦長指示であることに、郁は気づいていない。
 雪は郁からの謝罪を受け満足そうに微笑んでいた。
「これはどうすれば?」
 郁は両手で抱えるほどの大きさの機械を指差し、雪に指示を仰ぐ。それが、雪の消沈した自信回復になった。


 その頃旗艦では、岩盤の内側へと続く扉の中に興味を示した艦長がダイソン球南極に接近していた。
 何事もなく軽い気持ちで近づいただけだったが、それが思いも寄らぬ方向へと向く。
 南極に近づいた旗艦は吸い込まれてしまったのだ。
「な、何……!?」
 抵抗する間もない内に、旗艦はダイソン球の中に囚われる。
 内壁は無人で、生物が棲んでいる気配はまるで感じられない。
 中央の太陽はジリジリと奇妙な動きを見せ始めている事に感付いた艦長は、冷や汗を流した。
「爆発寸前……?! このままじゃまずいわ!」
 焦りの色が浮かぶも、旗艦は身動きがまるで取れない状況に陥っている。
 なす術もなくこのまま巻き添えを食うしかないのだろうか……。
 艦長はギリリと歯を噛み鳴らした。
「全砲門、扉を撃て!」
 一か八か、艦長は唯一外へ出るための扉を総攻撃する。が、もうもうと巻き上がる煙の向こうで、扉には傷一つ付いていない。
「……効かない?」
 艦長は眉根に深い皺を刻んだ。


「これ、修理は無理だよ〜……」
 文月の機関室にいた郁は手の施しようもない現状に嘆きの声を上げる。だが、そんな郁に対し雪は余裕の表情だ。
「奥の手が幾つもあるわ」
 得意げにそう言う雪に、郁は目を瞬く。
「さすが、先輩」
 無い無い尽くしの現状で、一体どんな奥の手があると言うのだろう。見てみたいものだ。
 郁がそう思っていると、ふいに機関室が救難信号を途切れ途切れにキャッチする。それに感付いた二人は、受信機に飛びつく。
「旗艦が危ない、ですって?!」
「太陽が爆発寸前って……。これたぶん、ステインの戦艦ホイホイね」
 郁の言葉に、雪は一瞬唖然としてしまう。
「何それ……」
「と、とにかく助けなきゃ! でも、文月の修復が間に合わないわ!」
 まるでごまかす様に声を上げる郁に雪はしばしその場で考えていたが、くるりと振り返る。
「船を飛ばすわ」
「へ?! ふ、船って、この船を?」
 目を見開いて頓狂な声を上げた郁に、雪はふふんと笑う。
「あたしは不可能を可能にしてきたのよ! まかせて!」
 そう言うと、云とも寸とも言わない文月相手に奮闘し始めた。
「しっかりおし! 男抜きでも女は切り抜けるもんだよ。私は難題の山から希望を何度も発掘したんだ!!」
 ショック療法と言うべきか、いささか乱暴にドンと機械を殴りつけると、それまで何も言わなかった機械がブゥン……と低い唸り声を上げ起動しはじめた。
「嘘……動いた……」
 それを見ていた郁は心底驚いてしまう。
 この人は、本当に凄い人なのかもしれない……と、そう思わざるを得ないほどだ。
「前面バリア! 南極の扉まで飛ぶんだよ!」
 雪の指示に従い、離陸した文月は扉目掛けて飛んでいく。すると目の前にゆっくりと開き始める扉の存在を確認できた。
「罠には獲物を感知する有効範囲があるもんさ」
 ニヤリと笑うと、雪は扉のギリギリまで文月を寄せるとつっかえ棒にする。
「さぁ! バリアが持つ間に早く!」
 雪に促され、旗艦は勢いよく扉を抜け出した。と、同時に扉の閉じる威力に爆沈した文月を、旗艦から眺めていた雪は嘆いた。
「あぁ……まったく、払い下げた船とは言え、勿体無いことをしたわ……」
 肩を落としている雪に、郁と艦長が近づいてくる。その二人を振り返ると、艦長はにこりと微笑んだ。
「それなら、この船なんかどう? あたしは一向に構わないわ」
「あたしも同感です」
 思いがけない申し出に、雪は目を潤ませた。
「ありがとう……。それじゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうわ」
 旗艦USSウォースパイト号。今からこの船が彼女の寄り代となる。
 郁はふと上を見上げ、そっと壁に触れながら微笑んだ。
「宜しくね。おばあちゃん」