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<東京怪談ノベル(シングル)>


暗闇に咲く高潔なる剣舞

血走った目で銃口を向ける男の懐に一瞬にして踏み込むと、琴美はクナイを掴み直し、柄を鳩尾に叩き込む。
つぶれた悲鳴を上げて、大きく背後へ吹っ飛ぶ男の身体。勢いそのままにコンクリートの壁に直撃し、そのまま地面へとずり落ちていく。
普通なら、一方的に倒された姿に恐怖し、及び腰になる。
だが、クスリで異様な興奮状態にある彼らには通用するはずもなく、むしろ興奮を増していく。
何の感慨も抱かず、琴美は殺到する男たちをこともなげにクナイを振るって切り伏せる。
鉄錆の混じった匂いに酔いしれたのか、けたたましい笑い声をあげて、一人の男が琴美に殺到する仲間たちに向かってサブマシンガンを乱射する。
一瞬早く殺気を感じ取り、琴美は無駄のない動きで、テロリストの分厚い幕から抜け出した途端、数千発もの銃弾の雨が襲い掛かり、悪夢の光景を作り上げていく。
充満する硝煙と血の匂いに一層興奮したのか、銃弾の尽きたサブマシンガンを放り投げ、倒れた仲間が持っていたハンドガンを奪い取り、男は両手ででたらめに打ちまくる。
夜空に木霊する発砲音に近くのビルで残業をしていた商社マンや警備員たちが窓から怯えた顔で覗き込み―すぐに隠れたのを確認した琴美は冷えた眼差しで、狂乱状態のまま銃を撃ちまくる男を見据える。
もう正気に戻るのは不可能だ、と思う。
常習性が強く、一度はまり込むと手を切ることが出来ないのが薬の特性。
まして彼らが使っている薬は精神と肉体を異常に強化、興奮させるものだが、大量に投与されれば、目の前で暴れる男と同じで理性を失い―やがて廃人と化す。
廃人とならなくても、薬が切れれば、激しい激痛に襲われ―やがて死に至る。
どちらにしても終わりなのだ。この危険な薬に手を染めた時点で。

「見るに堪えませんわ、テロリストさん。せめて一撃で送って差し上げます」

ふうと小さくため息を吐くと、琴美は身を低くすると、思い切り地面を蹴って走り出す。
全身にフィットした漆黒のラバー素材のスーツが大きくしなり、同質のミニスカートからストッキングに包まれた鍛えられた太ももが覗く。
まるで獲物を狙う黒豹がごとき素早さで一気に狂ったように笑う男の眼前に迫り―迷うことなく膝を顔面に食らわせた。
薬で極限まで高められた神経で捉えきれないほどの素早さに驚く間もなく、男は大きく吹っ飛び、アスファルトの道路で2,3回バウンドし、力なく転がって動かなくなる。
その姿に生き残ったテロリストの男たちは本能的な恐怖を感じ、一歩後ずさる。
極限まで力を高めてあっても、これだけ圧倒的な強さを見せつけられれば、仕方のないことだった。

「ちっ、まさかここまでとはな……さすが自衛隊特務。たった一人で半数を沈黙させやがったか」

忌々しい、と吐き出して、後退した男たちの間から姿を見せたのは黒のタンクトップに迷彩柄のズボンで身を包み、厚いゴーグルをつけた坊主頭の男。
むき出しになった両腕はがっしりと鍛え上げられ、見事に隆起していた。

「あら、薬を使っているとは思えない方ですわね?濁りのない目は初めてですわ」
「そりゃどうも、特務のねーちゃん。アンタが噂の自衛隊特務のエリート様か……久しぶりに殺りがいがありそうだぜ」

異様な気配を放つ坊主頭の男に琴美は楽しそうに微笑みながら、背後から襲い掛かってきたテロリストたちにクナイを投げつけて、倒していく。
その絶対的な余裕は実力の表れかよ、坊主頭の男は小さくぼやくと、小さく型を構え、一瞬にして琴美の間合いに踏み込む。
避ける気配のない琴美に苛立ちを覚えるも、容赦なく鋭い拳を顔面に繰り出す。
正確に、まっすぐにとらえた琴美の顔に男の拳がめり込むかに見えた―が、寸前で琴美の姿が掻き消え、拳はむなしく空を切った。
今まで多くの敵を屠ってきた拳があっさりとかわされたことに坊主頭の男が驚く間もなく、次の瞬間、腹部に桁外れな衝撃が襲う。
背中にまで衝撃が伝わり、小さなこぶが作り上げられ、ガハッとうめき声をあげる坊主頭の男。
ずるりと崩れ落ちる男の真下から姿を現すのは、漆黒のスーツに身を包み、優雅な笑みを浮かべる琴美。
男が拳を繰り出した瞬間、琴美は一瞬にして身をかがめて、その一撃をかわすと、無防備にさらされた男の腹部を殴り飛ばしたのだ。
歴然となる力の差を見せつけられ、テロリストの残党は息を飲み―ほんの一瞬の沈黙の後、武器を放り出して我先にと逃げ出す。
薬の禁断症状よりも目の前で見せつけられた恐るべき力―それが麗しい女・琴美の力だ。

―勝てるわけがない。

それが彼らの下した結論。
当然である。たった今、琴美が沈黙させた坊主頭の男はこのテロリスト部隊を率いていた部隊長の一人なのだ。
圧倒的なパワー自慢だった部隊長をただの一撃で撃破するなんて、只者ではない。
やられる前にやれ、などという安直な策が通用するはずがない。
薬で興奮状態にあるからこそ余計に感じ取れたテロリストたちは我先に逃げ出していく。

「あら、ごくまっとうな判断ですわね……でも」

砂糖に群がるアリのよう、と思いながら、琴美は研ぎ澄まされた刃のごとく瞳を細めた。
一般人に被害を出さなかったとはいえ、一歩間違えれば巻き込みかねない夜のビル街。
しかもあれだけ派手に暴れたお蔭でビルの中で真面目に働いている者たちに身の危険を覚えさせたのは軽視できない。
いや、万死に値する行為だった。

「逃がしませんわよ」

ふわりと微笑みを零すと、逃げていくテロリストたちに追う。
男たちの中心に飛び込んだ琴美は優雅な笑みを浮かべたまま、両手に構えた漆黒のクナイを華麗に振るう。
それは神前に捧げられるような美しい剣舞。
鋭く、だが、優美な一閃にテロリストたちは悲鳴を上げる間も与えられず、倒れ伏していく。
やぶれかぶれとなった一部のテロリストが意味のなさない悲鳴を上げて、銃口を向けるも、琴美に敵うわけがなかった。
漆黒のクナイが白い光の一撃を描いた瞬間、どうと倒れる男たち。
それを冷やかに見下して、琴美は小さく息を吐き出すとクナイを腰につけた鞘に納めて、背を向けた。

「任務完了ですわね」

誰ともなくつぶやきが闇に砕けると、琴美は素早く身を翻し、ビルの裏手に隠してあった愛車に飛び乗った。
同時に無数のサイレンと警察車両の音が響き渡る。
あれだけ大騒ぎしたのだ。通報されて当たり前だろう。
もっとも『上』から命令もあったはずだから、琴美の事は追及しないことになっている。

「被害が防げればそれで良しですわ」

一連の報告をすべく、首都高を愛車で駆け抜けながら、琴美は楽しげに微笑んだ。