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<東京怪談ノベル(シングル)>


華麗なる才媛、降り立つ

無造作にリノリウムの床に放り出された無数の書籍、書類とハンカチ大の布地。
それらの中心に置かれたデスクに座り、パソコンのディスプレイを睨むのは、蜂蜜色の髪を首下で短く切りそろえた白衣姿の女性。
ディスプレイに表示されたデータを修正すること数十回。
延々と表示された『error』の文字が『clear』に変わった瞬間、女性は思わずにんまりと笑顔を浮かべた。

「おっしゃぁぁっぁぁ!!これでカ・ン・ペ・キッ!!やっぱり私は天才ね」

椅子を蹴り倒して立ち上がり、デスクに片足を乗せて高笑いする女性の姿を目撃した研究員たちは無言で涙を流し、仕事にいそしみながら思った。

―あれがこの研究所きっての天才で、主任開発者の女性科学者だなんてな
―逆らえば、問答無用に降格。しかも連日完徹のサービス残業コース行き
―男は黙って天才美人科学者をかしづいて従え……あり得ない

ぼそぼそと零れ落ちる研究員たち愚痴の数々が女性―主任の耳に入ってくるが、華麗に聞き流す。
今やるべきは別の事。こいつらをお仕置きハードコース送りにするのはその後よ、と、ものすごく物騒かつ凶悪なことを思いついてくれる主任は軽やかにスキップしながら、内ポケットからスマホを取り出し、ある人物に連絡を入れた。

「あ、こっとみ〜?おっひさぁ!元気そうね〜」

超ド級に軽い言葉もそうだが、それ以上に電話の相手が誰であるを知った瞬間、ある研究員たちは手にしていた書類やファイルを床にまき散らし、ある研究員たちは床に伏して絶望した。
そして誰もが皆、心の中で涙を滝のように流しながら思う。

―すみませんっっっ!!水嶋隊員。我ら一同、伏してお詫びいたします!!

横暴極まりない主任の被害をもろに食らうであろう琴美を思い、謝罪するしかなかった。

出迎えた主任の超ハイテンションぶりに琴美は呆気にとられながらも、微塵も動揺を見せずに先導する彼女の後を追いかける。
自衛隊の特務に所属するようになってからの付き合いだが、相も変わらず修正不可能な天才ぶりに苦笑を禁じ得なかった。

「さっそくだけど、電話で話した通り、できたのよ!新しい戦・闘・服。もー大変だったのよ?今、使用されている布地よりも数千倍の強度と軽さを誇るラバーに似た布状の合成樹脂。銃弾・刃物はほぼ全て無力化できる強力な特殊カーボン素材。これらを開発、実験をクリアして、実用化に成功!さすが私、天才過ぎて恐ろしくなっちゃう」

うふふふ、と可愛らしく軽く拳を作った両手を口元に運んで笑う主任に研究員たちは心底呆れ、危うく真っ白な石像と化す寸前になるが、客人たる琴美を放り出すわけに行かないっ!という一念でどうにかとどまる。
そんな研究員たちの苦悩に気づいて、琴美は小さく肩を竦めて、重要と思われる部分以外はきっちり聞き流し、悦に入った主任の話が終わるのを待った。
元々、彼女―主任は悪い人間ではない。ただ自他ともに認める研究所始まって以来の天才で、ちょっとばかり暴走しやすいだけなのだ。
結果的に周りに若干被害を出してしまうのが、たまに傷。
自慢8割、重要2割の話がどうにか終わると、主任は嬉しそうにスキップしながら琴美についてきなさーい!、と研究室へ歩き出す。

「すみません、すみません!!」
「主任、今回の結果がものすごく良かったんで、めっちゃ悦に入って暴走してるんです」
「ご迷惑かけますが、どーかお許しください」
「気になさらないでくださいな。いつものことですわ」

先へどんどんと行ってしまう主任を横目に、研究員たちはひたすら低姿勢で頭を下げまくる。
いつものことながら、苦労がしのばれますわね、と内心思いつつも、琴美は柔らかな笑みを一つこぼして、軽やかな足取りで主任の後を追いかけた。

研究室に入った琴美の目に飛び込んできたのは、中央に置かれた大テーブル。
その上に並べられていた品々に息を飲み、大きく目を見開いた。
漆黒に染め上げられた膝丈までの編上げロングブーツ。薄手のシルバープレートを縫い付けたグローブ。
黒にシルバーの糸を織り込んだインナーとスパッツ。どちらも体のラインにフィットさせたものらしく、無駄な部分がそぎ落とされてた競技用水着を思わせる。
その横にあったのは袖丈を半分まで短くした白の上着とそれに巻きつける薄手の帯。それに黒地のミニプリーツスカート。
今までと同じデザインに見えるが、若干手が加えられたものがあるが、ほぼ全てが新作。
その出来栄えに琴美は思わず嘆息を零すと、主任は片手を腰に当て、大きく胸を反らす。

「どう?すごいでしょ、琴美。この私がちょぉぉぉぉっと手を加えただけで、あらゆる物が素晴らしく、かつ、驚異的に進化するのよっ!!これぞ天才がなせる業。あああああああ、天才過ぎて困ってしまうわぁぁぁぁぁぁぁっ」

くるくるとその場で回り出したかと思うと、胸を大きく反らして高笑いを上げ、そのまま後方一回転。
華麗な着地を決めたと思うと、フィギュアスケートかバレエのような大回転を数十回。
その間、高笑いが止まらないのだから、ある意味、拍手喝采ものだろう。
特務に入隊して以来の付き合いだが、相変わらず悦に入ると、周りが見えなくなって暴走し、わけのわからない動きをする彼女に琴美は肩を竦めて治まるのを気長に待った。
本来なら制止した方がいいのだが、怒らせると手に負えない。顔立ちがやや幼く、琴美よりも年下に見えがちだが、仮にも年上だ。
意外なほど年齢の上下関係にはうるさいのだ、彼女は。
数分ほど気の済むまで暴れまくった彼女はようやく本来の目的を思い出したらしく、テーブルに両手をついた。

「ちょーっと暴走したようね。悪かったわ、琴美。で、本題にちゃっちゃと入りましょう。この新作の戦闘データを取りたいの。だから協力して」

前置きが十分に長い上にお願いではなく、すでに命令なのだが、これもいつものことなので琴美はあえて追求せず、よろしいですわと微笑んで了承した。


研究所地下に設置された戦闘実験用ルーム。
一見何もない空間だが、多彩な仕掛けが仕組まれた―主任曰く、超合理的な実験空間になっている。
タートルネックの黒いインナーの上に今までよりも袖丈が短くなった上着を帯で締め、ミニのプリーツスカートの下に臀部から太ももまできっちりと覆うスパッツを履いているが、動きに不都合はない。
身体のラインにフィットしたものだから、締め上げる形になって動きに制限を与えるのでは、という懸念があったらしいが、琴美の見立てではその心配は無用のようだ。
ややマッドサイエンティストが入っているが、競技用の運動着を研究し尽くした主任が作り上げた物だけあって、きついどころか、寧ろ動きやすさが増している。
編上げのロングブーツも強度が上がっている上に、今までよりも随分と軽量化されているのが分かる。
さらに新たに開発されたグローブは手の甲の部分につけられたプレートが邪魔にならず、攻撃と防御の要になっていた。

「全ての装備が今までの数倍、というわけですわね」
「ええ、そうよ。さぁ、実験開始よ!!」

くすりと微笑む琴美に、コントロールルームでそれ以上の自信たっぷりな微笑みを浮かべると、主任は張り切ってスタンバイしている研究員たちを促した。
研究員たちは若干戸惑った後、キーボードを操作する。

耳障りな機械音。一瞬のうちに内装が一変していき、あっという間に琴美の周囲は廃ビルのワンフロアと化す。
実践に近いデータを取るからね〜という主任の明るい声が聞こえたと同時に床から警備用の銃がせり上がり、琴美に向かって模擬弾の発砲を開始する。
琴美はいつもと同じ力で軽く床を蹴り、攻撃をかわした―つもりだった。
軽いつもりが、いつもよりも数メートル後方に飛び下がっただけでなく、床が小さくへこんでいた。

―強化分だけ威力が上がっただけではありませんわね。激増してますわ

予想よりも数倍の威力に琴美は内心、冷や汗をかくも、すぐさま気を取り直し実験に集中する。
不規則に―思わぬ方向からくり出される攻撃を軽いステップでかわしながら、太ももにつけたベルトに括り付けたクナイをターゲットマーカーと呼ばれる攻撃点を正確に破壊する。
サブスクリーンに出される計測データを見ながら、主任以下研究員たちはほうと感嘆の息を零す。
予想よりも遥かに優れた結果もだが、戦う琴美の姿はまるで舞姫だ。
ふわりふわりとしなやかに攻撃をかわしながら、攻撃に移る瞬間、素早くかつ華麗に鍛えられた美しい太ももからクナイをくり出す姿は妖艶極まりない。
だらしなく鼻の下が伸びる男性研究員たちを、そのたびに主任は面白がって叩き飛ばすが、その目は真剣極まりない。
天才的な資質を持つ琴美ならばこそ、と内心思う。
並みの隊員ならば、新型の精度についていけず、逆に振り回され、ダメージを食らうところだろうが、琴美にはそれがない。
精度が上がった分を図りながら、すぐに生かせるのは大したものだ。

「この結果なら、すぐに任務に迎えそうね?琴美」

モニターの向こうで華麗に舞い続ける琴美を眺めながら、主任は不敵な笑みを浮かべるが、それは誰にも気づかれることはなかった。