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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


迫られる回答
 海上を、雁の群れのごとくゆく艦隊。
 その旗艦USSウォースパイト号は波に揺らされることも無く、その威容で海上を押し開くように進んでゆく。長大な艦上では波の音さえも遠のくようで、静かな航海は、海よりもむしろ、その上に乗る人間によって時にざわめくのだった。
「……もう一度言ってもらおう」
「だから、さっきから分かりやすく何度も説明してるじゃない!」
 こめかみに軽く青筋まで立てて仁王立ちしている鬼鮫に、一人の女子高生が果敢に食って掛かっている。
 元モノホンのヤクザさんでいらっしゃる鬼鮫の発している威圧感は尋常ではない。一般人ならば即座に逃げ出すか平謝りの二者択一であろうその威圧感もどく吹く風とその女子高生兼艦の機関長、三島・玲奈は正面切って指を突き付け物申す。
「鬼鮫さんのやり方はとにかくぬるいのよ。これじゃ訓練にもなりゃしない。艦上訓練なんてゲロ吐くまでシゴくものって相場が決まってるでしょう?」
「……俺は効率的な訓練をやっている。お前の指図を受ける謂れはない。第一、お前のような人の姿をした戦艦などと他を同じ尺度で扱っていられるか」
「あー、遂にそういう言い方しちゃうわけですか」
 艦での二人は同格だが、容姿はあくまで女子高生然とした玲奈に対し鬼鮫はどうしても先輩として当たるところがある。玲奈は玲奈で物怖じしない上に歯に衣着せないから、二人の衝突は割と起こるべくして起こるのであり、すでに日常の一部と化したその光景を、周囲は傍目に眺めながら今日も今日とて任務に励むのだった。
 しかし、その日は早朝から一つの報告があがった。航路に、青島艦が接近してくる。此方からの警告にも一向に応じず、その目的も不明だ。
「どういうつもりかしら」
 もはや目視できるところまで接近した青島艦を眺めながら、艦橋に立つ綾鷹・郁は訝しむ。
 青島はこの海域に程近い場所に位置する島嶼国だ。たしか、ほとんど似たような地理条件を持った小国、赤島と紛争中だということで情報には目を通している。その艦がこの海域、公海上に居るというのであれば、その任務はまず赤島関連なのだろうが、それがいきなり自分たちの航路に割り込んでくるというのは、よく分からない。
 まさか喧嘩でも吹っ掛けてくるつもりではあるまい。申し訳ないが戦力に差がありすぎる。単独で殴り掛かってきたところで何か出来るわけでもない―。
 郁がそこまで思案したとき、青島艦からまばゆい光が照射された。
 光は音もなく艦隊を飲み込み、郁はその不可思議な光のなかで意識を失った。


 目を開けた時、酷い吐き気に襲われた。あれは、なんだったのか。あれ、あれとは何だ。
 すべてが朦朧とあやふやでありながら、何か、重大な事が欠落しているという、それだけが確かな、焦燥感。
「俺が説明する。皆は今、原因不明の記憶の混乱を起こしている」
 艦隊は現在、テロ国家赤島を平定する国連軍に所属している。赤島は人間を洗脳する非人道兵器を用いて査察団を捕らえるという暴挙に出、国連は武力行使を決定した。現在、艦隊は赤島の首都を攻略するべく無線封鎖の下で隠密に侵攻中だ。皆の記憶の混乱も、おそらくは赤島の有する兵器に関連する可能性がある。
 参謀はすらすらと饒舌に一連の経緯を説明していった。その説明を聞くごとに、自分の中の欠けたものが満たされるような安堵を郁は覚えた。
 参謀。そんな参謀の名を、未だ、思い出せないけれど。
「……およそは分かったわ」
 郁の傍らに立った艦長が前に進み出た。その顔色は重い。
「けれど、まずは司令部に任務を照会すべきよ」
 参謀はあらかじめ予想していた台詞がやってきたといわんばかりに、無機質に首を横に振った。
「無線封鎖令は厳命だ。旗艦は討伐艦隊の要……軽はずみな行動は容易に作戦の失敗、多数の死を招く」
「決定の権限は艦長にあるわ」
「任務の遂行に著しく支障を来す場合、その権限は制限、また艦長に準じるものがそれを引き継ぐことになっている。貴方を含めた乗員が記憶の混乱、喪失を起こしており、幸いに参謀である私が正常であるこの状況は限りなくそれに該当すると思われるが?」
「……」
 いまの艦長にはそれ以上反論のしようが無い。正常な記憶の持つのが参謀だけである以上、その意見に従うのが自然だろう。
「腑に落ちないわ。貴方、納得抜きで撃てる?」
 艦長の差し迫った瞳が郁を見つめていた。
 一言零すと艦長はすぐに視線を移して医療班に記憶喪失の治療法の早急な開発を命じ始めた。
 納得抜きで撃てる?
 郁には分からなかった。

 鬼鮫との衝突は、本意ではない。ただ、顔を合わせるとどうしても素直になれない、そんないじらしい一介の恋する女子高生的立場を己の中で主張している玲奈は、遂に鬼鮫との関係修復に乗り出した。非常時に任務そっちのけで。
 たずねた鬼鮫の部屋に、本人は不在だった。そんな部屋の中で、あるモノを発見する。物色と呼んではいけない。乙女センサーが働いたまでである。
「こ、これは」
 女性物の下着。自分と同年代趣味なその下着の持ち主に、玲奈は自分と近しい者で心当たりがあった。
「……何をしている」
 いつのまにやら背後に立っていた、部屋の主。鬼鮫。
「ば」
「ば?」
「ばかあっ!!」
 人外の身体能力を誇る鬼鮫を玲奈の拳が吹き飛ばす。ここにきて弩級時空戦艦の火力を発揮した乙女は壁にめり込む鬼鮫を尻目に、その傍らに立っていた郁を睨みつける。火花を散らす二人の乙女。
 恋は全力。非常時がどうとか関係ないらしい、そんな日常のワンシーン。


 赤島の首都を目指し航行を続ける旗艦の前に、やがて赤島の駆逐艦が行く手を遮った。
 砲撃によって、水面から立ち上る水柱。
「彼我の戦力比は雲泥。どうしますか?」
 副長である郁は参謀のこれ見よがしな台詞を聞いた。郁は場に流れた短い沈黙に察した。艦長は、未だに決めかねている。
 艦が揺れた。被弾したのだ。
「腰抜けですかあなたは。それでも乗員の命を預かる艦長か」
 艦長は重い口を開いて言った。
「反撃しなさい」
「了解しました」
 おそらく、それは参謀の煽り文句とは無関係な場所から発せられた言葉であったと郁には思われた。
 航海は続く。やがて、艦長の命じていた治療薬が完成したとの報告が入った。ところが、同時に予期しない報告も付いてきた。完成の直後、治療薬の被験を志願した参謀が即座にそれを服用し、苦しみだしたというのだ。
「この薬は失敗ですよ」
 医務室の寝台に横たわった参謀は言った。笑みさえ浮かべたその言葉に、玲奈は何かがおかしいと思考を巡らせる。しかし何がおかしいのか分からない。思考が、行き着くべき所に行き着かない。欠落。
 廃棄が決まった治療薬。錠剤の一つを、鬼鮫は拾いあげた。
「どうしたんです?」
「物は試しだ」
「ちょっと!?」
 口の中に錠剤を放り込む鬼鮫に、さすがに玲奈は声をあげた。
「普段から劇薬を服用している俺は並大抵のモノには耐性がある。参謀であれなら、死にはせんだろう」
 軽くときめく玲奈だった。

 赤島の首都を前に展開された、敵艦隊、飛行戦力。
「敵の防衛網など、我等には赤子同前。即座に殲滅し、首都を制圧しましょう!」
「……」
「ここに及んでまだ、迷っているのか! 誰か、彼女を逮捕しろ! 艦長は任務を遂行できる状態に無い!!」
 郁は動けない。果たしてどうすることが正解なのか。仮に艦長が逮捕されて任務が開始したとして、自分は何のためらいもなく攻撃出来るのか。可能か否かではない。戦力は勝っている。可能だ。そうでは無い。命令がある。攻撃をする。
 それは、正しいのか?
 巡る思考の中で響いた銃声は酷く味気なくて、臨戦態勢に入ることも出来なかった。振り向けば鬼鮫が、引き金を落とした銃を参謀に向けていた。
「何を」
「お陰様で記憶が戻った。こちらの参謀殿は俺たちを洗脳していた敵のスパイだったという訳だ。俺を逮捕するのもいいが艦長、さっさと本部に照会をとったらどうだ。その後、あの治療薬を全員服用するんだな」
 倒れた参謀の亡骸を詰まらなげに見下ろし、鬼鮫は素っ気なくそういった。

 追ってくる敵戦力を振り切って赤島首都海域を離脱した旗艦は、ようやく平常航行に入った。赤島には、青島側のスパイであった偽参謀の事を含めた一連の情報開示と説明がなされた。結果として、向こうの駆逐艦を一つ潰している。調整には、時間がかかるだろう。
 治療薬によって記憶をすっかり取り戻した郁は甲板で風に吹かれていた。
(何が、正しかったのかしら)
 例えば、あのまま任務が継続していたら。そこに、自分の意思を差し挟むことは許されるのか。許されない、というのが当たり前のような気がするが、もう一つ、それでいいのかと、問い返してみたくなる自分がいることも確かだった。
 結局、今回はその回答が迫られる究極の局面というのは、回避されたが。鬼鮫のおかげで。
「で、玲奈とはどういう関係なの? 鬼鮫さん」
「ここに居た! 鬼鮫さん、郁とはどういう関係なのか説明して!」
「……どう答えるのが正解だ」
 当の鬼鮫には、ここに来て究極の局面が降りかかっているらしかった。