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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


熱を失った人達
 吹雪の中を雷鳴が轟く。人魂が舞い、助けを呼ぶ声が響く。
 旗艦USSウォースパイト号が降り立ったのは、氷河の大地だった。全球凍結……文字通り、カチカチに凍ってしまった地球だ。人影どころか、数歩先の景色すらまともに見えやしない。
 けれど、確かに救難信号はこの時代のこの場所から発信されていた。事象艇が百年前に墜落し失踪した記録はあるが……何故、今頃?

 ◆

 鬼鮫は、自身の身体が訴えてくる強い痛みに舌打ちをした。救難艇を下ろしたものの、落雷で墜落してしまったのだ。その際に、どうやら骨を何本かやってしまったらしい。
 しかし、それよりも鬼鮫が気になったのは、彼を救助しにきた時に同じく落雷を受けてしまった綾鷹・郁の様子がどうにもおかしい事だった。
「南極に行こう」
 突然そんな事を言い始めた郁に、艦長である藤田・あやこは怪訝げに眉を寄せる。
「駄目に決まってるでしょう。今は任務中よ」
 無論、少女のその突拍子もない戯言にあやこが頷くはずもなく、郁の提案はあっさりと蹴飛ばされてしまう。
 それから何度か郁は南極行きの話を出したが、あやこの答えは変わらずのNO。茶色の髪の愛らしい少女は目に見えて不機嫌な様子になり、足早にその場を離れていってしまった。
 ――全く、今日の郁はどうしたというのだろう。落雷を受けた時に、どこかぶつけてしまったのだろうか。
 などと、少し心配になりながらも任務を続けるあやこの耳に、不意に不穏な音が届く。
 ……銃声だ。託児室の方から、聞こえた。
 慌てて託児室へと向かうと、子供を抱いた郁の姿がそこにはあった。
「綾鷹! どういう事だ!」
「南極に向かえ」
 郁は冷えきった声でそう命じる。片腕に抱いた子供の頭に、銃口を突きつけながら。
「自分が何をしているのか自覚はあるの!? これは反逆行為だわ!」
「黙れ! いいから、南極に向かえ!」
「無理だ! 今は任務中……」
 あやこの言葉を遮るかのように、再び銃声が響き渡った。戸惑う事もなく、郁が子供に向かい引き金を引いたのだ。
「南極に向かえ」
 郁は再び銃を構える。狙う先にいるのは、次の人質だ。託児室を、子供達の泣き声が埋め尽くす。
 悔しげに俯き数秒思案した後、あやこは艦の進路を南極へと変える事を告げた。

 人質を解放するようにあやこは言うが、部屋に立てこもった郁は応じない。それでも交渉をし続けた甲斐があってか、なんとか怪我人の解放だけは許される事となった。
 ただし、艦長……藤田あやこの身柄との交換で、だ。
「やぁ、藤田!」
 捕らわれたあやこの前で、郁はにやりと意地の悪そうな笑みを口元に携えた。挑発的な瞳で、彼女はあやこの事を見やる。
「私は椎号の艦長だ」
 その言葉に、エルフの女は目を見張った。椎号、百年前に失踪した艦の名前だ。
「……あなたの望みは何?」
 あやこの問いかけに、郁は声をあげ笑う。
「要求は単純だ! 椎号を祀れ!」
 合点がいったかのように、あやこは目を細めた。南極こそが、椎号が墜落した現場だったのだろう。だからこそ、相手は南極行きに拘ったのだ。
「その前に、怪我人の解放だ」
「いや、こちらの要求を飲むのが先だ。貴様は信用ならん」
 あやこの背中を、嫌な汗が伝う。すっかり郁のペースになってきてしまっている。

 同じ頃、作戦室では鬼鮫を中心にある作戦について協議されていた。
 あの時落雷を受けたのは、郁だけではない。鬼鮫もだったはずだ。だというのに、何故霊は憑依する相手に郁を選んだのか。
 奴らは、恐らく苦痛に弱いのだ。故に、骨折していた鬼鮫は憑依を免れたのだろう。
 その事に気付いた鬼鮫達が立てた作戦は、こうだ。郁を託児室の屋根裏から狙撃する。痛みに怯んだ敵は憑依を解き、本能的に生息環境である冷たい場所へと逃げ込むだろう。
 霊を、漏電した冷凍庫へと封じ込めるのだ。
「今だ!」
 タイミングを見計らい、鬼鮫達は室内へと突入する。狙撃者の狙いが郁へと定められ、引き金が引かれる。
 しかし、その弾丸が郁に当たる事はなかった。
「藤田! 貴様っ!」
 既のところで銃弾を避けた郁の瞳が、怒りに染まり上がる。――作戦は、失敗だ。
 郁は、乳児に銃口を当てる。我が子を抱きながら部屋の隅で怯える自分の夫の姿など、今の彼女の眼中にはない。
 念の為に人質を連れ、郁は貨物室へと向かった。そこであやこに、椎号の回収を命じる。
「姑息な考えは止すんだな! まず、ここの事象艇を全部壊せ!」

 作戦室に戻った鬼鮫達の表情は、浮かない。警戒心を強めてしまった郁に、隙はなかった。
「奥の手だ」
 悔しげに歯噛みし、鬼鮫は乗員達に告げる。
「貨物室の投棄と、爆破を準備。……人質ごとだ」

 ――そろそろ頃合いだろうか。
 あやこは、郁に向かいある話題を切り出す。
「猿芝居はもうやめたらどうだ?」
「……何の話だ?」
「椎号の艦長は、温厚な女のはずだ」
 あやこの言葉に、郁の顔色が変わる。取り繕うでもなく、すっと冷めたような表情で、彼女はあやこの事を見返した。
「貴様は何者だ? 真実を言え!」
 そこまれバレてしまったのなら、もう嘘をつく必要もないのだろう。郁は、椎号に宿った仲間達の姿をあやこに見せ、真実を語り始める。
 郁に憑依した霊の正体は、五百年前に地球に流刑された憑依霊だった。檻の代わりである吹雪に囚われた憑依霊は、椎号の乗員の霊に成りすまし脱獄しようとしていたのだ。
「だが、その脱獄劇もここでおしまいだ」
「なんだと?」
 話に割り込んできた鬼鮫を、郁は睨み上げる。銃口が彼の方へと向けられるが、鬼鮫は怯む事もなく言葉を続けた。
「貨物室は爆破し、投棄する」
「馬鹿な! それだと貴様らも……」
 動揺しながら郁は、あやこの方を見やる。USSウォースパイト号の麗しき艦長は、取り乱す事もなく毅然とした様子でそこに佇んでいた。
「私は、お前らと死ぬ覚悟があるが?」
 不敵に笑うあやこ。乗員達も郁の夫も、その言葉に頷く。子供達もだ。
 彼らには、命を任務に捧げる覚悟があった。
「……この、仕事馬鹿共が!」
 最後にそう吐き捨てて、霊は郁の体から離れると椎号と共に去っていった。

 ◆

 郁は一人、甲板にて自身の左手を見ている。その指には、かつて旦那から贈られてきたはずの指輪はもうはまってはいなかった。
 娘に銃を突きつけた妻と今後も共に過ごす事など、旦那には出来なかったのだろう。彼は、彼女の元から離れていった。
 思い出すのは、彼の手の温度。あたたかな、温度。
 けれどもうそこには何もない。外気にさらされすっかり冷えてしまった手を撫でながら、郁は嗚咽をあげその場に泣き崩れた。