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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜戦乙女、勝利のための狩場へと発ち〜


 ひらりと白鳥瑞科(しらとり・みずか)の前に置かれたのは、見慣れた書式の指令書だった。
 分厚い眼鏡の奥できらりと光る、真意を悟らせない司令の目をまっすぐに見つめたまま、瑞科はその指令書を手に取った。
「今回は近場ですか」
 二枚目に記載された地図に視線を走らせ、よどみのない透明な声でつぶやく。
 司令は卓上で組んだ指をほどきながら、「そのとおりだ」とうなずいた。
「ここのところ、遠方の任務が多かったようだから、たまにはそういうのもいいだろう」
 司令は、どうやら心遣いをしてくれたようだ。
 だが、瑞科はほんの少し、きょとんとした顔をして、相手を見つめ返した。
 もしかして自分の疲労を気にされているのだろうか。
 確かに旅程は遠いものばかりだったが、普段の訓練が功を奏しているのか、そんなことくらいでは疲労は蓄積しなかった。
 一応全身に意識を集中して、疲労のありかを探ってみたのだが、かけらも見当たらなかった。
(まさか戦闘で疲れていると思われているのかしら…?)
 それこそ、彼女にとっては心外だ。
 これまでの戦闘で、疲れたことなど一度もない。
 むしろどれもこれもあっけなさすぎて、戦闘中にあくびをしてしまいそうになるくらいだ。
 無論、そんなはしたないことは、決してしない瑞科ではあったが。
 彼女の心中を知ってか知らずか、司令は続きの言葉を口にした。
「出発は明日の午後でかまわない。日中、敵はその洞窟の最奥部にこもって出て来ないからな。狙うなら夕方から夜にかけてだ」
「『敵の総数は不明』とのことですが」
「こちらも相応の人数で向かったのだが、どうやら全部を倒すには至らなかったようなのだ。何しろ、敵は臆病者の集まりで、迷宮じみた洞窟の奥に隠れて出て来なかったらしい」
「全部斃してしまってかまいませんの?」
 さらりと述べた瑞科に、司令の苦笑が返った。
「掃討が最上策だ」
「かしこまりました」
 瑞科はしなやかに一礼すると、その指令書を手に司令室を後にした。
 歩きながら、念のため、もう一度疲労を探ったが、やはりどこにもないようだ。
 さらさらと肩からこぼれ落ちる髪を、細い指先で払いのけ、瑞科はかすかに吐息した。
「簡単な任務ですこと」
 自らの求める強敵は、残念ながら今回はいないようだった。
 
 
 
 翌日、午後の食事を終え、瑞科は自室に戻るなり、すぐに壁にかかっている自分専用の戦闘服を手にした。
 戦闘服とはいえ、彼女は武装審問官であり、「教会」に所属する身である。
 あくまで形はシスター服だ。
 それには幾多の改良が重ねられ、あらゆる衝撃に耐えられるように作られていた。
 普段身に着けている軽装のシスター服をふわりと脱ぎ捨て、惜しげもなく白い肢体を中空にさらしながら、そのたおやかな細い身体に戦闘服をまとう。
 太ももまで切れ込んだスリットの内側に、白磁のごとき細足がのぞく。
 無造作とも言える手つきで、綺麗な足に、拘束具のようなニーソックスをはき、その上から編上げのブーツを重ねる。
 きゅっとひもを締めると、細い脚がさらに細くなって、はかなさを醸し出した。
 高貴なアラベスク柄の縫い取りを施した、絹の純白グローブが両腕を覆う。
 同じ柄の裾飾りを持つヴェールを冠でも乗せるかのように、うやうやしくかぶり、決意と自信を内に秘めた顔を鏡の前で上げた。
 最後に革製の短いグローブを腕にぴったりとはめる。
 黒い特殊なシスター服の上や下に、白雪のように見え隠れするチュールやレースの清貧さと、それらを鮮やかに見せる瑞科の、コルセットに強調された豊満な胸と折れそうな細腰の生々しさが対照的だった。
 ルージュなしでも十分赤い彼女の唇が、ゆっくりと微笑の形を作り上げた。
「では、参りましょうか」
 鈴を振るようなかわいらしくも、凛とした響きを持った声が、彼女の裡に眠る昂揚感を誘い出す。
 まるで舞踏会へと向かうかのような軽やかな足取りで、銀色に輝く剣を携え、瑞科は光あふれる廊下へと神々しい笑顔と共に一歩踏み出した。
 
 
〜END〜