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<東京怪談ノベル(シングル)>


聖夜に捧ぐ想い

「ぬいぐるみが動いてる?」
 フェイトは眉根を寄せて怪訝な表情を浮かべた。
 最近IO2にはそんな情報があちこちから寄せられているのだが、別段その「ぬいぐるみ」が事件を起こす訳でもなく、人に悪さをする訳でもない。ただ、一般人からしてみればぬいぐるみが動くという事自体が奇怪で仕方がないのだ。
 分からないわけでもないが……。
 フェイトは無意識にも深い皺の刻まれた眉間に指を当てる。
 そんな事よりも、もっと重大な事件が優先されるべきではないのか。と、仕事に関してクールな彼には思えて仕方がない。
 しかし、「ぬいぐるみが動く」現象で結構な数の情報が寄せられているだけに、そのまま無視するわけにもいかなそうだ。
「分かった。じゃあ俺が調査するよ」
 半ば仕方がなく、フェイトはその仕事を請け負う事にしたのだった。


              ****

 今日は朝からあいにくの曇り空が広がり、身に凍みるほどの寒さが包み込んでいる。
 そんな寒空の下、フェイトはサングラス越しに調査書に視線を落とす。
 ぬいぐるみの目撃情報が多く寄せられている場所はここに間違いはなさそうだ。
 閑静な住宅街。立地的には、公園も学校も、駅からも商店街からも近く医療施設も整った最高の場所だと言えるだろう。
 道を歩く人々は、家路に着くのか、それともこれからどこかへ出かけるのか。皆どこか忙しなく歩いている。
「さて、どこから見て回るかな」
 フェイトは調査書を懐にしまいこみ、黒いコートの裾を翻して住宅街の路地を歩いてみる。
 しばらく歩いていると、ふと前方左側から人の争うような声が聞こえてきた。
 何気なくそちらに足を向けてみると、そこには小学生くらいの少年がおそらく同級生であろう子供達に囲まれて苛められている姿があった。
「何泣いてんだよ。弱虫〜」
「よ〜わむしっ! よ〜わむしっ!」
「悔しかったらかかってこいよ! どうせお前にはそんな度胸ないだろうけどな!」
 典型的な子供同士の苛めだ。
 子供達の中心に座り込んでいる少年は反発する事もできずに泣きじゃくり、それを面白がって周りの少年達の苛めは加速する。
 泣いている少年の体を小突いたり、地面の砂を蹴り上げて少年に浴びせたり……。
 見兼ねたフェイトは憤懣な表情を浮かべ、少年達の方へと一歩足を踏み出した。
「おい、お前ら……」
 そう声をかけ、腕を伸ばした時だった。どこからともなくクマのぬいぐるみが猛然たる速さで公園に駆け込んできた。そして少年を苛めている同級生の子供達の首根っこを引っ掴んだ。
「このくそガキィ! ふざけた事やってんじゃねぇぞ!」
 外見は可愛らしいぬいぐるみだが、口走る言葉がどうにも汚い。
 クマのぬいぐるみは苛めていた子供達を引きずり回し、唖然とするフェイトの前で次々にやっつけて回っている。
 少年を苛めていた子供達はボロボロと大粒の涙を流しながら、擦り傷と埃にまみれた状態で一目散に退散していく。
「もう苛めんじゃねぇぞ! このガキャァッ!!」
 ぬいぐるみは鼻息荒く、肩で大きく息をつきながら叫んだ。
「……」
 フェイトはそれまでの一連の流れを、ただ唖然としたまま何もできずに見守っていた。
 何なんだ? あれは……。
 確かに目の前にいるのはぬいぐるみだ。おそらく、いや、間違いなく寄せられていた情報の張本人であることだろう。
 ぬいぐるみは泣いていた少年の側に歩み寄るとそっと彼を立ち上がらせ、頭や顔についた汚れを拭い去っている。
 少年を気遣っているぬいぐるみに、気を取り戻したフェイトは歩み寄り声をかけた。
「あんた……」
 背後から声をかけられたぬいぐるみは大げさなほどビクリと肩を跳ね上げ、恐る恐るこちらを振り返る。そしてそこにいるのがIO2の人間であると分かると顔面を蒼白させた。いや、蒼白したように見えた。
「ヤベッ!!」
 うろたえたぬいぐるみは、一目散にその場から逃げ出そうと駆け出す。だが、フェイトも黙ってそれを見逃すはずもない。
 バタバタと体を重たそうに揺らしながら駆け出したぬいぐるみを、身軽なフェイトは彼の前に回り込んで立ちはだかり、すんなり御用となった。
 ぬいぐるみは観念したように肩を落とす。
「いくつか聞きたい事があるんだが……。あんた、何が目的でそんな形をしてるんだ? 見ている限り、悪さをするわけじゃなさそうだし?」
「……」
 ぬいぐるみはフェイトの問いにぐっと口を閉ざしていた。だが、見逃してはもらえなさそうなフェイトの様子に渋々と口を開く。
「……俺は、こいつの兄貴なんだ……」
「!」
 それを聞いて目を見開いたのは少年だった。
「兄ちゃん……? だって、兄ちゃんは一年前に事故で……」
 驚愕に立ち尽くしている少年をぬいぐるみは振り返りながら、気まずそうにボソリと呟いた。
「……お前が心配だからさ……。だってお前、いっつも苛められてるだろ。だから神様に頼んでクリスマスまで蘇らせて貰ったんだ」
「兄ちゃん……」
 真意を聞いた弟の目に大粒の涙が浮かぶ。
「ありがとう、兄ちゃん……」
「ば、馬鹿! 泣くなよ」
 うろたえたように頭を撫でる兄に、弟は何度も頷き返した。
「僕、僕、強くなるよ。絶対強くなるから……っ!」
「うん……」
 その言葉に安心した兄は力なく頷くと、体が徐々に薄らぎ空気中に溶けるようにその姿を消し、昇天したのだった。
 その時、フェイトと弟の間にチラリと白いものが舞い降りる。
 フェイトが何気なく空を見上げると、分厚い雲が覆う空からいくつもの白い粉雪が音もなく降り注いでいる。
「……ホワイトクリスマスか」
 優しい兄の弟に対する優しい想いを目の当たりにしたフェイトの表情には、自然と柔らかな笑みが浮かんでいた。


            ****

「は? なんだって?」
 数日後。再びフェイトは耳を疑う情報を聞きつけた。
 まさかとは思いつつ現場に向かってみると、数日前に起きた同じような現場に再び遭遇しフェイトは唖然とする。
 子供達を追い払ったぬいぐるみは肩で息をつきながら足を止める。
「あんた……」
 呆れたようにフェイトが声をかけると、くるりとこちらを振り返った。
「やっぱさ、まだまだ心配だから延長してもらったんだ!」
 兄のぬいぐるみは、パッチリとウインクをしておどけた様にぺロリと舌を出す。
 なんなんだ……。
 フェイトはただ何も言えず、肩透かしを食らったかのようにその場に立ち尽くしていた。