コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


イケメンハンター・聖剣の舞い


 この年まで生きて、ようやく知った事がある。
 人間の肉が意外に美味い、という事だ。少なくともゴキブリや野良猫よりは、ずっとマシだ。
「脂ばっかり出てきやがる……ぶくぶく肥りやがって、いいもん食ってやがんなああ。わしが飢え死にしかけてるってのによぉおお」
 このような一軒家に住んでいる、というだけで生活保護は不要と判断され、打ち切られた。
 再び申請したところ、区役所の人間が来て、横柄な口をきいた。
 だから、食い殺してやったのだ。
「いいさ……もう金なんざぁ要らねえ……」
 脂まみれの肉を咀嚼しながら、老人はニタリと牙を剥いた。
「わしゃあ人間を喰らった……人間よりも、上の生きもんに成ったって事よ……虫ケラみてえな人間どもぉ餌にして、あと百年でも千年でも生きてやっからよぉおお」


「レイチェル・ナイトのお手軽お気楽懺悔サービス! 罪に苦しむ貴方の心、優しく優しくお救い申し上げまぁす。救われない心に潜む魔物退治に悪霊討伐その他、聖なるお仕事いくらでも承っておりまぁす♪ よろしくどうぞー」
 凹凸の見事な身体に、ぴったりとフィットした修道服。ベールから艶やかに溢れ出して背中を撫でる金髪。
 愛らしい美貌は、真紅の瞳をにっこりと細めて微笑み、通行人に愛想を振りまいている。
 そんな美少女が、口上とほぼ同じ内容のビラを配っているのだ。
 男たちが寄って来るのは、当然であった。
「おっお姉さんよぉ、俺も懺悔してえよ。俺のこの、いけない下半身をよォ。優しく優しくお救い申し上げてくれよおお」
「俺の下半身に棲んでる邪悪なバケモノをよぉ、優しく退治してくれよシスター」
「あっはははは、だから風俗じゃないっつぅううの」
 修道服の裾が割れ、すらりと形良い脚が跳ね上がって、様々な蹴りの形に躍動した。回し蹴り、踵落とし、膝蹴りに喧嘩キック。
 蹴り倒され、鼻血を噴いて悶絶している男たちの身体を、レイチェルはげしげしと踏みにじった。
「ったく……寄って来る男は、こんなのばっかし。漫画みたいなイケメンなんて、いないもんよねえ。あいつら嘘ばっか描いてるよねええ」
「あの」
 声がした。
 小さな男の子が1人、そこに立っていた。6歳か7歳、くらいであろうか。
「お姉さん、バケモノ退治してくれるの……?」
 可愛い事は可愛い。だが男の子という生き物は、成長すればあっという間に可愛げを失ってしまう。20歳を過ぎても可愛さを保っていられる男は稀である。
 この子がどうであるかは、わからない。
 明らかなのは、ビラに記載されている依頼料を、こんな幼い少年に払えるわけがないという事である。家が金持ちではないのも、見ればわかる。
「ぼ、僕の友達が……」
「はい、また10年後にいらっしゃいな」
 レイチェルは身を屈め、目の高さを合わせながら、男の子の頭を撫でた。
「君がね、可愛いイケメン君に育ってたら、お話聞いてあげるから……はいレイチェルのお気楽お手軽懺悔サービス、歳末特別割引実施中でぇす」
「僕の友達が、殺されちゃう!」
 歩み去ろうとするレイチェルを、少年の必死の叫びが呼び止める。
「お願いです……助けて、ください……」


 男の子のたどたどしい説明を、どうにか要約してみた。
 ゴミ屋敷として有名な廃屋同然の建物があり、彼はそこに友達と2人で探検に入ったのだという。
 廃屋と思われていたゴミ屋敷に、しかし人が住んでいた。いや、それは人ではなかった。
 怪物としか思えないものに友達は捕われ、自分は1人で逃げ出してしまった。
 そう泣きじゃくる少年をなだめながら、レイチェルは結局、こんな所まで来てしまった。道路にまで溢れ出した様々なゴミを踏破し、廃屋の中へと踏み込んだところである。
「こういう所、つい探検したくなっちゃうのが男の子って生き物なのかしらねえ」
「ご、ごめんなさい……」
 うっかり転んでゴミに埋もれてしまった男の子が、泣きながらじたばたと暴れている。
 助けてやろうとしながら、レイチェルは発見してしまった。先に助けてやらなければならないものを。
 繭、のように見える。大量の糸で、棺桶の形に包み込まれた何か。
 どう見ても中身は人間、としか思えないそれらが5つ、部屋の隅に固められている。
「誰じゃあい……わしの家に無断で入り込んで来る奴はよおぉ……」
 声がした。禍々しい気配のようなものを、レイチェルは先程から感じてはいた。
 その気配の主が、天井に貼り付いている。
 巨大なイモムシ、である。その全身で、無数の人面が蠢き、様々なおぞましい表情を浮かべている。
 老人のものと思われる醜悪な顔面が無数、寄り集まって融合し、巨大な蟲の形を成しているのだ。
 それが、全身の口から言葉を発した。
「ここに入って来たって事ぁ、喰われてもイイッて事だよなぁあ。美味そうなお嬢ちゃんよォ」
「……たまぁーに、いるのよねえ。人生行き詰まってトチ狂った挙げ句、人間やめちゃう奴が」
 言いつつレイチェルは、胸元のロザリオを手に取った。
「でもね、わかってる? 人間を殺したら人殺しになるけど……人間やめた奴を殺したって、バケモノ退治にしかならないって事」
 真紅の瞳が天井を見上げ、巨大な人面蟲を睨み据える。
「バケモノとして退治される……その覚悟があって人間やめてるんでしょうね? ブサメンのお爺ちゃん」
「退治する? お嬢ちゃんが、わしを? ゲッへへへへやってもらおーじゃねぇえええかあ!」
 人面の群れが、言葉と共に何かを吐いた。
 無数の、糸。
 降り注ぎ、生命あるものの如くうねって襲い来るそれらの真っただ中で、レイチェルは呟いた。
「レイチェルが命じる……汝、悪を討つ剣となれ」
 可憐な唇が、言葉を紡ぎながらロザリオに触れる。
 十字架にキスをする少女の姿が、粘着質の糸の豪雨に呑み込まれる。
 光が、一閃した。
 幕を成す大量の糸が、ズタズタに切り裂かれて舞い散った。
「イケメンの吸血鬼とかだったらねえ……じっくりたっぷり可愛がってあげるとこだけど」
 先程までロザリオだったものを片手で揺らめかせながら、レイチェルは微笑んだ。
 揺らめく刀身を有する、それは細身の剣だった。レイピア、と分類される武器である。
「ブサメンの化け物は、とっとと切り刻んで始末するだけ……さ。かかってらっしゃい、お爺ちゃん。レイチェルのお手軽お気楽介護サービスで、死ぬほど気持ちよくさせてあげるわ」
「きっキモチ良くしてやろーじゃねえかお嬢ちゃんよォオオオオオオ!」
 人面蟲の巨体が、落下して来た。レイチェルは跳び退った。
 部屋が、ゴミ屋敷全体が、ズシィン……と揺れた。大量の埃が舞い上がる。
 それを蹴散らすように、人面の群れが襲いかかって来た。
 元々は1人の老人だったのであろう蟲の巨体から、いくつもの人面が、長い脊柱を引きずりながら伸びて来たのである。レイチェル1人に向かって牙を剥き、舌をうねらせ、絶叫しながら。
「しっしししししゃぶり尽くしてやるぜぇえ、その胸からケツからフトモモから何から何までよォー!」
「……おかしな感じに若返っちゃってるわねえ、お爺ちゃん」
 レイチェルは踏み込み、身を翻した。
 しなやかなボディラインが柔軟にねじれ、修道服の裾が割れて太股が瑞々しく躍動し、老人の牙や舌をかわしてゆく。
 格好良く丸みを保つ胸の膨らみが、嫌らしく群がる人面をかわしながら横殴りに揺れる。
 それと同時に、光の筋が無数、空間を奔った。
 聖なるレイピアが、縦横無尽に閃いていた。
「あたしの『血』を使うまでもなし……雑魚だったわね」
 呟くレイチェルの眼前で、揺れていた細身の刃がピタリと静止する。
 少女の周囲で、牙を剥いていた人面の群れが、縦に、横に、斜めに、裂けていった。あるいは眉間や口内に穴を穿たれ、そこから体液を噴きながら絶息してゆく。
 人面は全て、両断または貫通された頭蓋骨に変わり、崩れて消えた。
 蟲の巨体も消え失せ、そこには痩せ衰えた老人の屍が1つ残されていた。
 5つの繭のようなものたちも切り裂かれ、中身が姿を現しながら倒れ伏した。
 人間だった。男性が2人、女性が2人、そして子供が1人。依頼人である男の子の、友達であろう。
 全員、意識を失っているが、命に別状はない。
 ゴミに埋もれていた男の子が、ようやく這い出して来た。
「あ……ありがとう、お姉さん……でも僕、お金が……」
「言ったでしょ? 10年後にいらっしゃいって」
 ふわりと少年に背を向けながら、レイチェルは言った。
「可愛いイケメン君になって、あたしに貢ぎなさいな♪」
 半ばミイラ化した老人の屍が、残っている。この場にいたら、殺人犯にされてしまうかも知れない。
 早めに立ち去った方が、良さそうであった。