コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


テキーラ・エア(後編)


 尚武の気風、と言えば聞こえは良い。
 名誉を重んじる。良い言い方をすれば、そういう事にもなる。
 だが藤田あやこに言わせれば、それは暴力的で融通が利かない、という事にしかならない。
 決闘などという時代錯誤な風習も残っている。卑怯未練な行いは、それが些細なものであろうと断罪・弾劾の対象となり、その罪は子孫の代まで受け継がれる。子や孫の代まで、罵声を浴びせられる事となる。
 そんな妖精王国に嫌気が差して、生活と仕事の場を『久遠の都』へと移したのだ。時代錯誤な故郷とは、一定の距離を置いた。
 あやこは、そのつもりでいた。
 だが、こういう光景を目の当たりにすると、嫌と言うほど思い知ってしまう。自分もまた、尚武を重んずるあまり融通の利かない妖精王国人である、という事実をだ。
 妖精の若者が、歌を口ずさみながら剣を振るっている。剣術の試合ではない。武芸の鍛錬でもない。
 あやこも幼い頃から、うんざりするほど歌わされてきた、妖精王国の軍歌。それを口にしながら若者は、剣で地面を耕していた。
 龍国内の、重要犯罪者収容所。
 その敷地内に広がる、農場である。農村1つと同じくらいの広さがあり、囚人たちはここで働かされ、生活している。もはや1つの村であると言って良い。
 大勢の妖精たちが、軍歌を歌いながら、剣や槍で畑を耕している。
 誇り高き軍歌が、労働の歌にされてしまっている。名誉ある戦いのための剣が、農耕の道具と化している。
 思わず、あやこは声をかけた。
「……それは、戦いの歌と剣なのよ」
「僕らは、生活が戦いさ」
 妖精の若者の1人が、一言だけ応えながら、剣での耕作を続けた。
「やはり無理があるな、武器を用いての耕作は」
 この農場で最も身分の高い囚人が、あやこの傍らで言った。
「剣も槍も、全て溶かして農具に作り変えてしまうべきだと私は思うが、お前の意見も聞いておきたい」
「……本気で言ってるの、お父さん」
 ようやく会えた父を、あやこは睨みつけてしまった。
 否、ようやくというほどの事はなかった。長老の計らいで、あやこはこの農場に配属され、そこの責任者に等しい地位にあった1人の囚人と、容易く対面する事が出来たのだ。
 父だった。
 妖精王国で、村長として1つの村を守っていた父が、村そして村人たちもろとも龍国に捕われた。
 反撃どころか自害する暇もないほど、電撃的な侵攻であったらしい。
 その電撃戦を指揮した龍族司令官が、歩み寄って来て言った。
「村長は私に命乞いをした。自身の、ではなく村人たちのな」
 苦笑、しているようである。
「自分はどうなっても良い、村人たちの身の安全は保証してくれ、とな。だが村人たちは、自分たちはどうなっても良い、村長だけは助けてくれ、などと言う……私としては両方、助けるしかないではないか」
「勝手にそんな事をしたせいで、彼は軍籍を剥奪されて、今ではこんな場所で看守をしている。私が道連れにしたようなものだな」
 村長であった父と、軍司令官であった看守が、笑いながら互いの肩を叩き合っている。
 妖精王国人と龍国人の、和解。父が常々、口にしていた事である。こんな所で、こんな形で、夢が叶ってしまったのか。あやこは、そんな事を思った。
「お前もここで暮らせ、藤田あやこ」
 看守が言った。
「外へ出る、以外の自由と豊かさが、ここにはある……妖精族と龍族の、平和的共存。それが作り出されている場所は今、全宇宙でここだけなのだぞ」


 あやこの父が村長を務めていた村は、丸ごと龍族に捕われてこの収容所に入れられた。
 村人たちは、特に過酷な扱いを受けているわけでもなく、農場で普通に働かされている。元の村が、収容所内に再現されたようなものである。
 その全てを取り計らった司令官は、軍籍を剥奪されて看守へと降格された後、村人の女性を1人娶って農場内に居を構えた。もはや軍に未練はなく一生ここで暮らす、と宣言したようなものだ。
 村人全員に祝福される結婚であったという。
 一人娘も生まれ、今では年頃の少女に育っているらしい。
 妖精族と龍族の和平が、全宇宙でこの監獄内においてのみ実現しているのだ。
 慶ぶべき事であるのかも知れない、が慶ぶ事など出来ず、あやこは聖剣・天のイシュタルを抜き放ち、虚空に向かって一閃させた。
 何かを、叩き斬ってしまいたい気分だった。
 龍族に飼い馴らされ、与えられた平和を享受している、妖精王国の村人たちをか。
 飼い馴らしている側の、龍族をか。
 何であれ平和である事には違いないのに、それを気に入らないと思う自分自身をか。
 わからぬまま、あやこは聖剣を振るい続けた。
 あれほど毛嫌いしていた、妖精王国人の尚武の気質。それが自分の中に残っていて、こんな形で顕現してしまっている。
「気に入らん……それが一番、気に入らない!」
 気に入らないものを滅多切りにするかの如く、あやこは荒々しい剣舞を披露し続けた。
 いや別に披露しているわけではないのだが、村の子供たちが、それに見入っている。
「おばちゃん……何、やってんの?」
 子供を叩き斬ってしまいそうになった自分の身体の動きを、あやこは危うく止めた。
「畑耕す道具、めちゃくちゃに振り回して……変なの」
「……いいか子供たち。剣というものはな、畑を耕す道具ではないのだ。戦うための、武器なのだよ」
 無理矢理に笑顔を作りながら、あやこは言った。
「良かったら、お姉さんが使い方を教えてあげよう」
「子供たちにおかしな事を吹き込むのは、やめてもらおうか」
 険悪な声がした。
 綾鷹郁と同年代の少女が1人、ずかずかと歩み寄って来る。
 妖精と龍の混血である事を、あやこは一目で見抜いた。
 元司令官である看守の、一人娘。血相を変え、あやこに詰め寄って来る。
「子供たちが剣で斬り合いでも始めたら一体どうする! どう責任を取ってくれるのだ!」
「剣とは本来、斬り合いをするためのもの……この子たちも、いつかは誰かと斬り合わなければならなくなるかも知れないのよ」
 相手の目をじっと見据えて、あやこは言った。
「この限定された空間で龍族に守られた平和が、いつまでも続くと思っている? この村は、今は平和かも知れない。だけど外の世界は、平和ではないのよ」
「この村はずっと平和だ! 外の世界がどうであろうと、我々の知った事か!」
 看守の娘は、泣き喚くように絶叫した。
「平和がいつまでも続かない! 守るために戦う力が必要! 軍国主義者どもは、そんな屁理屈をこねて国を! 人々を! 戦争へと導こうとする! 騙されないぞ、私は騙されない!」
 喚く娘の腕を掴んで、あやこは足取り強く歩き出していた。
「な……何だ、私をどうするつもりだ? 言っておくが私は、殺されても信条を変えないぞ。さあ殺せ、軍国主義者め!」
「そんな事はしないわ。ただ教えてあげるだけ……この忌々しい尚武の気質が、貴方の内にも潜んでいるという事をね」
 あやこは微笑んだ。
「さあ……狩りに、行きましょうか」


「一体どういうつもりなのだ? いくら村長殿の娘御だからとて、看過出来る事と出来ない事があるのだぞ」
 看守が、半ば青ざめながら言った。
 小銃を構えた獄卒の一部隊が、あやこを取り囲んでいる。
「子供たちに剣技を教えているそうだな……私の娘を、狩猟に連れ出しているそうだな?」
「尚武の気質、と言うか……結局、根が好戦的なのよね。妖精王国人って」
 いくつもの銃口を突き付けられたまま、あやこは言った。
「平和的に飼い馴らそうとしたって、いつまでも押さえ付けておけるものではないわ。子供たちも、それに貴方の娘さんも……立派な、妖精族の戦士に育つわよ」
「村人たちを殺すつもりか!」
 看守が、ついに激昂した。
「龍国政府に睨まれたら、全て終わりなのだぞ!」
「その通りよ。龍国政府の機嫌1つで、いつでも消えてなくなってしまうような平和……ずっと続くわけが、ないでしょう?」
「平和は平和だ! 家畜の安寧であろうと虚偽の繁栄であろうと、平和である事に違いはない! それを壊す権利など誰にもない! 藤田あやこ、貴様は危険分子だ! 私がついに成し得た、龍と妖精の平和的共存を、貴様は破壊しようとしている!」
「そう思うなら、早く私を殺しなさい」
 あやこは言った。
「危険分子と思うなら即、排除しなさい。平和は、そうして守ってゆくものよ」
「やめて!」
 看守の娘が、場に飛び込んで来た。
「やめて、お父様! この人を殺しては駄目!」
「お前、何故……」
「……何故、来たの」
 看守の声と、あやこの言葉が、重なった。
「貴女のお父様は、御自分の信条に従って平和を守ろうとしておられるのよ。止めては駄目」
「止めなければ、父と戦ってでも止めなければ、貴女が死ぬ!」
 娘が叫び、剣を抜いた。
「私は……餌のように与えられた平和をただ貪るだけの、無知な駄犬でいたかった……だけど貴女に狩猟を教えられる事によって、荒ぶる狼の血が目覚めてしまった! 餓狼の自由が私を動かす! この鎖、咬みちぎらずにはいられない!」
「……いけないわね。ちょっと中二病みたいなもの患い始めちゃったみたい。そんなつもりじゃなかったのに」
 父娘の戦いなど、させるつもりはなかった。
 何とかしなければ、とあやこが思った、その時。
 いくつもの羽音が聞こえた。雀や鳩ではない、荒々しい猛禽の翼の音。
 鷹の群れが、農場の空を旋回していた。
 その群れの中から人影が1つ、羽を舞い散らせながら、ゆっくりと降下して来る。まるで天使のように。
 翼を生やした、ダウナーレイスの美少女……綾鷹郁だった。
「あやこ艦長、迎えに来たよー」
「お前、どうしてここが……」
「あの情報屋さんに話聞いた。あたしの色香で引き出せない情報なんてないのよん」
 半分色仕掛け、半分暴力、といったところだろう。
 それはともかく。猛々しく自由に空を舞う鷹の群れを、村の若者たちが見上げている。
「翼……そうだ……」
「そうだよ、俺たちにだって翼があるんだ……」
「俺たちの……」
「俺たちの翼は……何のためにある?」
 与えられた平和に対する違和感のようなものを、心の中でずっと持ち続けていたのだろう。
 それが、若者たちの目の中で甦りつつある。あやこは思わず、郁を見つめた。
「お前、これは……新しい能力か?」
「んー、わかんない。そんなつもりじゃなかったけど……でも、可愛くてかっこいい子たちでしょ」
 言いつつ、郁が腕を掲げる。その細腕に鷹が1羽、降りて来て止まった。
 まるで、鷹匠のような風格である。
「とりあえず、ここにいる連中……何か自由の翼に目覚めちゃったみたいだから、全員さらってってダウナーレイスに改造と。そんな感じでどう? 翼も生えるし」
「自由の翼、とは言えないがな……」
 ここで龍国の監視を受けながら平和を享受する、そんな生活とは比べ物にならないほど過酷な生き様を、彼らは強いられる事となるだろう。本当に、自由を求めるのであれば。
 過酷さを経験せずに、何が自由か。あやこは、そう思う事にした。
「……この子らの意志を、蔑ろにする事は出来ん」
 あやこの父が、看守の肩を叩いた。
「籠を出た鳥は、自力で餌を探さなければならん。もっと大きな鳥や獣に、食い殺される事もある……その覚悟があるなら飛び立つが良い、若者たちよ」


「副長日誌……本艦は龍国に『不時着』した妖精王国難民を収容完了、と」
 キーボードを叩きながら、郁はちらりと藤田艦長を見た。
 遠ざかりつつある龍国を、艦橋の窓越しに見つめながら、あやこは涙ぐんでいる。懸命に涙を隠しているようだが、郁の目をごまかす事は出来ない。
 かけようとした言葉を、郁は呑み込んだ。
 かけるべき言葉など、あるはずがないのだ。