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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


悪魔事件

 路地の奥まった場所にある、暗がりのプールバー。
 タバコの煙で店内が霞み、ビリヤードの音がカツンカツンと響く。
 そんな雰囲気たっぷりのバーにあるカウンターで、武彦はタバコを燻らせていた。
 薄い水割りをチビチビと飲んでいると、そこに近付いてくる男が一人。
 彼を見て、武彦は皮肉っぽく笑った。
「よぉ、久しぶりだな」
「あぁ、そうだな」
 男は武彦の隣に座り、バーテンダーに適当な酒を注文する。
 タバコに火をつけ、一服した後、静かに口を開いた。
「大変だったぜぇ、この件を調べるのはよぉ」
「そうだろうよ。頼んでから大分経ってるんだしな」
「その甲斐あって、良い情報が手に入ったぜ」
 タバコの灰を落としながら、男は懐から封筒を取り出した。
 中身は二人の人間が写った写真だった。
「これは……IO2の幹部と――」
「エージェントの一人だ。指令を口頭で言い渡していたらしい」
「幹部が直接……? これが何だって言うんだよ?」
「指令内容が重要なのさ。あいつら、最近話題の悪魔と一戦交えるらしい」
 悪魔――それには武彦も聞き覚えがあった。
 以前、巨大なバケモノ犬が公園で暴れていた事件と、その飼い主であった少年を助けた依頼。
 それに関わっていたのが、どこからともなく現れた悪魔だったのだ。
「草間も察しがついたようだな。アンタが直接やりあった、あの悪魔だよ」
「やりあったなんて言うなよ。別にケンカしたわけじゃねぇし、するつもりもねぇよ」
 あの悪魔は相当な力を持っていた。
 ケンカの腕っ節しか持ち合わせていない武彦では、あの悪魔とやりあっても勝つのはまず無理だろう。
 零を連れて行って、五分五分というところか。
 しかし、先ほど男が言った事を信用するなら、IO2はその悪魔と戦うつもりらしい。
「IO2もヤキが回ったのか? あんなヤツと正面から戦おうなんて馬鹿げてるぜ」
「俺ぁ悪魔の強さなんかわからねぇからよ、どの程度のもんか知らないが……そんなにヤベェのか?」
「あぁ、ヤバいね。俺だったら、尻尾を巻いて逃げ出す」
「……なるほどね。だが、IO2には退けねぇ理由があるのさ」
 武彦の持っていた封筒からもう一枚、紙切れが顔を出す。
 それは随分前の新聞の切り抜きだった。
 内容は『男性の変死体。自殺か』と言う見出しで、記事内容も見出し以上の情報はほとんどない。
「この事件は確か、未解決のままだよな?」
「そうだ。だが、これも悪魔に関わりがある」
「どういう事だよ?」
「その死んだ男ってのが、召喚者だそうだ。ついでにIO2のお抱えの魔術師だってな」
 それを聞いて、大体話が見えてきた。

 IO2はお抱えの魔術師を使って悪魔を呼び出した。
 しかし、何らかの事件か事故があり、悪魔の使役に失敗。悪魔は逃走。
 IO2は面子を保つためにこの事を秘匿、秘密裏に尻拭いをしようと躍起になっている。

 大体はこんな所だろう。
「その方法がガチンコの勝負だなんて、スマートじゃないねぇ」
「IO2にも意地があるんだろうさ。なめた事をしくさった悪魔に、穏便な手段でお帰りいただくのは性に合わないんだろうよ」
「あれだけの悪魔を倒せれば、そりゃ胸を張れるだろうけどな。……ありがとうよ、助かった」
 武彦は一万円札をカウンターに置き、席を立った。
 帰りがけに男が声をかけてくる。
「アンタにはあるのかい? 悪魔と真正面からやりあわずに済むスマートな方法ってのがさ?」
「呼び出す方法がありゃ、お帰りいただく方法もあろうよ。じゃあな」
 手を振りながら、バーを出た。

 寒風の吹く季節。
 武彦は襟を高くしながら、さて、と呟く。
「どうした物かな。俺も大概だが――」
 もう一度、男から預かった写真を見る。
 そこに写っていたのはIO2の幹部ともう一人、エージェントの少女。
「ユリも大変な事に巻き込まれてやがるな」

***********************************

「ここであったが百年目ぇ!」
「……なんだよ、その粋な挨拶は」
 興信所に向かう道の傍ら、お使いに出ていた小太郎とバッタリ出くわした勇太。
 親の仇でも見つけたかのような眼光で小太郎を睨みつける。
「俺、勇太になにかしたっけ?」
「くっそぅ、そうだよなぁ! 知らねぇよなぁ! そりゃそうだろうけど、俺の気は収まらないんだよ!」
 勇太の恨みの視線は先日見た夢が原因である。
 あの時は惜敗してしまったが、惜しかったが故に悔しさは日に日に募る。
 あそこでああしていれば、もしかしたら勝てたのではないか、と脳内シミュレートが止まらないのだ。
 そして、その度にチラつく最後の小太郎の笑顔。
 だんだんと補正がかかってきて、今思い出すとあの顔は晴れやかな笑顔ではなく、こちらを馬鹿にしたような歪んだ笑顔ではなかっただろうか!
 これは許せない。断じて許せない。
 しかし、それは全て夢の中の出来事。
 当の小太郎が知るはずもなく、彼は首を傾げるばかり。
「もしかして、冤罪……? これは草間さんに相談を……いや、あの人弁護士じゃねぇや」
「テメェ、小太郎! こないだはこってんこてんに負けたけど、次はそうはいかないからな!」
「いや、勇太と最近ケンカをした覚えはないんだが……」
「あぁそうですか! 俺とのケンカなんて覚えてられないほどの瑣末な事柄でしたか! 俺より身長小さいクセして、偉そうに!」
 小さい、と言う言葉に反応して、小太郎の耳がピクリと動く。
「あぁ!? 今は身長関係ねぇだろうが!」
「悔しかったらその隠し底を使わずに、俺と目線を合わせて見やがれ!」
「貴様、どこでそのトップシークレットを!」
「小太郎の浅はかな知恵など、俺にはお見通しだぞ。……え? って言うか、マジで隠し底使ってんの?」
 ぐぬぬと口ごもる小太郎。
 勇太としては鎌を掛けたつもりだったのだが、どうやら図星だったようだ。
 道理で最近、急に背が伸びたように感じたわけだ。
「おいおい、女々しいぞ、小太郎! 俺みたいに素の身長で勝負しろよ」
「うるせぇ、お前なんかに、好きな娘に若干見下ろされる俺の気持ちがわかって溜まるかぁ!」
「あぁ、ユリちゃんの方が背ぇ高いのか。そう言えばそうだな」
「哀れんだような目で見るんじゃねぇ!」
「まぁまぁ、その内、ユリちゃんとも並べるようになるって」
「う、ううう、うるせぇ! って言うか、勇太だって俺とそれほど変わらねぇだろうが! 何で上から目線!?」
「事実、上からなのだよ! 物理的に! 数センチだろうと、数ミリだろうと、俺の方が天に近いのさ!」
「貴様、言わせておけば……ッ!!」
 睨みあう二人の間に、急に影が落ちる。
「二人で楽しそうだな」
 そちらを見ると、長身の美人がいた。
 黒・冥月である。
「往来で何をしてるか知らんが、大声を出すのは近所迷惑だ。場所を変えたらどうだ」
「冥月さん、でもコイツが」
「師匠! でも勇太が!」
「あー、うるさい。とにかく興信所に行くぞ。どうせ二人とも、そこが目的地だろう」
 少年二人を引き摺り、冥月は興信所へと向かった。

***********************************

「さて、じゃあ全員揃ったみたいだし、始めるか」
 草間興信所に集まった面々の顔を見ながら武彦が切り出す。
 今ここに居るのは所長の武彦と零、そして武彦によって呼び出された月代慎、黒・冥月、工藤勇太、それと小太郎。
「今回はちょこっと面倒な話だから、よぉっく聞いて欲しい」
 前置きを置きつつ、武彦は事件のあらましを簡単に説明する。
 悪魔が現れている事と、悪魔が行ってきた事、IO2が悪魔を追っている事とその理由、そして武彦もそれに首をつっこもうとしている事。
「なるほど、最近感じる嫌な影の正体はそれだったのか」
 武彦の話を聞いて冥月が得心したように頷いていた。
「で、草間さんの言うスマートな方法ってのはなんなのさ?」
「良い所に目をつけたな、勇太。それはこちら、慎から説明がある」
「はーい、じゃあ説明するね」
 突然の指名にも全く動じず、慎は小さな咳払いをしつつ、話を始める。
「召喚術って言うのは実は呼び出す術だけで構成されてるわけじゃなくて、送還術って言うもう一つの術とセットで一つの術とされてるんだ」
「そうかんじゅつ、ってのは何なんだよ?」
「送還術は召喚術で呼び出されたモノを、元の世界に戻すための術。それがないとこの世ならざる物がそのまま居座っちゃうからね」
 どちらか片方だけしか使えない者は召喚術師とは呼べない。半人前以下の術者である。
 だが、何らかの理由によって片方の術しか発動しない場合がある。今回の悪魔は送還術が行使されずにこちらに残ってしまったケースだ。
 武彦の言うスマートな方法と言うのは、この送還術のことである。
「じゃあ、手っ取り早くやってしまえばいいじゃないか。何を躊躇する事がある?」
 冥月の言葉に武彦は苦い顔をした。
「そうしたいのは山々なんだが、色々と問題があるらしいんだ」
「術の行使には色々と準備が必要なんだよ」
 術には全く知識のない武彦の代わりに、やはり慎が説明を次いだ。
「今回の悪魔みたいに力の強い被召喚者だと、送還術にも相応の儀式や魔力が必要となるんだ。それを集めるのにも結構時間がかかっちゃうと思うんだよね」
「……つまり、その間にIO2に先を越される心配がある、というわけだな」
「察しが早くて助かる」
 IO2は既に悪魔退治に向けて動き出している。
 こちらがまごまごしていたら完全に後手に回ってしまうだろう。
「でもよぉ、じっくり準備しないと危ないんだろ? 俺だったら、あんな悪魔とガチでやりあうのなんてゴメンだけどな」
 悪魔と実際対峙している勇太は、戦うなんてありえない、と手を振る。
 武彦もあの悪魔と真っ向から勝負するような愚策は取らないだろう。
 だが、時間はない。
「俺だってまともな準備もなしにヤツとやり合うなんてバカな真似はしたくない。だが、時間がないのもまた事実」
 そう言って武彦は一枚の写真を取り出す。
 写っていたのはIO2の幹部とエージェント、ユリの姿だった。
「正直な話、IO2のエージェントがどれだけやられようと気にはしないが……今回の事件にはユリも関わっている」
「ユリが!」
 食いついたのは小太郎だった。
「お、おい、草間さん! まさか、そのIO2の作戦にユリが……」
「十中八九、参加してるだろうな」
「草間の言葉を私から訂正しよう、間違いなく参加している」
 武彦に続いて、冥月も小太郎の不安を煽る。
「さっき、ユリ本人から電話があった。掻い摘んで言うと、その件に関わってるから、助力して欲しいって感じだったな」
「じゃ、じゃあすぐに助けないと! 危ないんだろ!?」
「落ち着け、小僧。……草間、IO2と共闘するという案はないのか?」
「それはそれで考えたけどな」
 IO2と武彦の目的は、どちらも悪魔の鎮圧。
 共同の目的ならば協力し合えるとは思ったのだが、武彦が打診した結果、答えは芳しくないモノだった。
「俺らがでしゃばって功績をあげちまったら、IO2も下請けに頼るばかりのお飾り御輿だって思われるだろうしな」
「そこは情報操作でどうにでもなるだろう。むしろ私たちが独力で解決してしまった方が、IO2にとっては不利益になると思うがな」
「先方は俺たちだけじゃどうしようもないと踏んでる。実際、条件が整わないと俺たちだって悪魔を無力化するのは無理だろうな」
 慎に頼んだ送還術だって、成功するか否かは五分五分だ。
 いくら慎に魔術の素質があったとしても、充分な準備もなく、強力な悪魔を封じ込めるのは無理がある。
 無理を通してしまえば、どこかに歪みが生じるだろう。
 それは武彦の望むところではない。
 IO2はそこまで見越して、興信所の独力ではこの件を解決できないと見ているのだ。
「しかし、やりようはある」
「……お前がそういうなら、手はあるんだろうな。だが、ならなおさらIO2と共闘した方が色々楽になると思うが?」
「向こうが強情にも、こっちの助け舟を使わないって言うんだからどうしようもねぇよ」
 IO2にとって今回の事件は身内の恥が発端である。
 これを多くの第三者に教えたくない心情もわからないではないが、視野が狭窄しすぎて最善策を見失ってる感もある。
 指揮を取ってる人間は余程の無能なのかもしれない。
「俺らも頑張って事件を解決しすぎた節があるからな。これ以上、俺たちにでしゃばられて仕事が取られると困るんだろう」
「オカルト興信所の有名税と言うヤツだな」
「うるせぇ。そのあだ名で呼ぶな」
「それはともかく、具体的な策はあるのか?」
 冥月に話を振られ、しかし武彦は笑って答える。
「あるにはある。そのためにお前らを呼んだわけだしな」
「おぉ、さすが草間さん!」
 期待に瞳を輝かせる小太郎。
 だが、武彦の策は至極簡単なものだった。
「まず、慎は送還術のための準備をする。必要なものは俺と勇太でそろえる。冥月と小太郎はIO2の相手をしてくれ」
 この中でまともに魔法が使えそうな慎が送還術を担当するのはまず妥当な判断。
 サイコメトリーが使える勇太や情報収集能力に長ける武彦が、慎のサポートを担当し、術に必要なものを集めるのもいいだろう。
 最大戦力である冥月がIO2を抑えて時間稼ぎをし、そのサポートに小太郎がつくのも間違ってはいない。
 だが、
「……それだけ? もっと詳細な内容は?」
「それだけだ。後は現場の状況判断に任せる」
「作戦がザックリ過ぎやしませんかね……」
 勇太の呆れたような表情に、武彦の顔が強張る。
「う、うるせぇ。現場はフレキシブルに動かないといかん。最初にガチガチに固めちまったら、行動の幅が制限されてだな……」
「草間のずさんな作戦など、いつもの事だ。気にする必要はない」
「おいこら、冥月! そこはフォローする所だろうが!」
 冥月の追い討ちも入り、なんともガチャガチャした雰囲気のまま、作戦会議は終わった。

***********************************

「さて、では慎。必要な物を幾つかピックアップしてくれ」
 武彦に言われ、慎はうーん、と首を傾げる。
「そうだなぁ、例えば……一番効果的かもって思えるのは悪魔の真名かな」
「真名? 本当の名前ってことか?」
「そう。言霊信仰とかが有名だけど、本当の名前は持ち主の本質を表すって言うし、それを支配できれば相手を意のままに操る事も可能なんだ」
 それが悪魔のような物質ではなく精神に寄った存在となると、更に効果が著しいという。
「でもさ、それだけ有効なら向こうだって必死に隠そうとするんじゃねぇの?」
 勇太が懸念するのに、慎も頷く。
「易々とは晒さないだろうね。だから情報元はある程度限られてくると思うよ。実際に契約した人間、とか」
「あのバケモノ犬事件の時のヤツか」
 先日、近所の公園で暴れまわっていたバケモノ犬と、それの飼い主であった少年。
 悪魔の被害者でもあった少年は、契約者だったはずだ。
 もしかしたら悪魔の真名を知っている可能性はある。
「他に送還術に役に立ちそうな物といえば、元の召喚者がどんな術式を使ったのか、とかかな。召喚の儀式がどんなのだったかがわかれば、送還術も幾分か楽になると思うよ」
「具体的にはどういう風に楽になる?」
「必要な魔力が少なくて済むかも。あとは式陣を広げて悪魔を捕捉する範囲に余裕を持たせられる可能性もあるね」
 送還術の儀式には魔法陣を使う。
 最終的には悪魔を魔法陣の上までおびき寄せ、それと同時に術を発動、送還を行う手はずになっている。
 送還術に使う魔法陣の面積を広げる事が出来れば、悪魔をおびき出す手間が軽減されるのだ。
 その情報に関しては、勇太が適任だろうか。
「何か、その儀式に使われた物でもあれば、俺のサイコメトリーである程度情報が引き出せると思うんだけど」
「つっても、そんなもん、どこから手に入れればいいんだよ?」
「草間さん、何かアテはないの?」
「あるわけねぇだろ。その魔術師の事故死をIO2が隠そうと必死になってるんだぜ? その遺品なんか易々とは手にはいらねぇよ」
「だったら、現場に行ってみるとか? 部屋自体に強い思念が残ってれば、サイコメトリーも出来るかもしれないし」
「……なるほど」
 幸い、武彦の手元には当時の新聞の切抜きがある。
 これを手がかりに魔術師が死んだ場所、つまり儀式が行われたであろう場所に行けば、情報があるかもしれない。
 しかし、それには慎が手を挙げて意見を述べる。
「でも、大分時間が経ってるんでしょ? IO2だって証拠隠滅ぐらいするんじゃない?」
「除霊されてたらその時はその時だ。手がかりが少ない状況なんだからダメ元でも行ってみるしかないだろ」
 それに時間も余裕がない。
 IO2が動くまでどれだけ時間がかかるかわからないが、わからないのであればすぐに行動するに越した事はないだろう。
「じゃあ、俺と勇太は魔術師の死亡現場に。慎は犬の飼い主の家に行ってくれないか?」
「はーい、了解。そっちも気をつけてね」
「ガキに心配されるほど落ちぶれちゃいねぇよ。慎こそ迷子になるなよ」
「俺だってそんなに子供じゃないよ。じゃあね」
 駆け出していった慎を見送りつつ、勇太も踵を返す。
「じゃあ俺たちも件の場所に行きますか」
「……お前は大丈夫か? これから行くのは実際に死人が出た場所だぞ?」
 しかもそんな死亡現場をサイコメトリーするのだ。
 高校生にはかなり刺激の強い場面を念視する事になるはずだ。
「まぁ、やらなきゃならんでしょ。慎だって小太郎だって頑張ってるんだし、俺だけサボるってわけにも、ね?」
「ハッ、年上ぶりやがって。……まぁ、その調子で頑張ってくれや。俺には応援するしか出来ないからな」
「俺が吐きそうになった時は、エチケット袋の用意でも頼むよ」
「そこは気合でこらえろ」
 軽口を叩きつつ、二人は目的地へと向かった。

 死亡現場は新聞の切り抜きには書かれていなかったが、サラッと聞き込みをしただけで近所の人間はすぐに教えてくれた。
 案内された場所はとあるビルの地下室。
 今では綺麗に清掃されており、小奇麗にはなっているが、テナントは入っておらず、ガランとしていた。
「そりゃ、年内に人死にが出た場所で店を開こうとは思わんわな」
「……草間さん、ヤバい。結構具合悪くなってきたかも」
「既に!? そんなにヤバいのかよ」
 意図してサイコメトリーを使っていない勇太が、具合の悪化を訴えるほど。
 どうやら除霊などの心配はなかったようだ。
「大丈夫か、勇太。視れるか?」
「……やってみる。でも、あんま期待すんなよ?」
 予防線を張りながら、勇太はサイコメトリーを発動した。

 見えてきたのは暗がりの部屋。
 床には巨大な魔法陣が描かれており、祭壇にはよくわからないものが幾つか供えられている。
 狂ったように呪文を唱える男と、不気味に輝く魔法陣。
 そしてその声と光が絶頂に達した時、あの大鎌を担いだ悪魔がそこに現れ、笑い声と共にその大鎌を――

「っぷふぅ……」
 猛烈な吐き気に襲われ、勇太はサイコメトリーを強制終了させつつ、息を抜いた。
 殺された男の怨念と、あまり見たくもないスプラッタな場面を同時に突きつけられ、勇太の具合は最悪の状態である。
 胃の中がグルグルとかき回されているようだった。
「大丈夫か、勇太?」
「ああ、なんとか……。で、何が必要なんだっけ?」
「召喚した術の概要だ。何かわかったか?」
「使われてた魔法陣の絵柄は見えたよ。多分、写しを取るのも出来ると思う」
「上出来だ。どこかで少し休んだら慎と合流しよう」
 武彦の肩を借りながら、勇太は地下室を逃げるように出た。

 地下室を出た後、近所の店でマジックとスケッチブックを購入し、勇太はそれにペンを走らせる。
「これってさ、少しでも間違ったら、送還術が失敗したりしないよな?」
「さて、それはどうだろうな。俺も魔法に関しては詳しくないし。……もしかしたら線を一本間違えるだけで大変な事になるかもしれん」
「ぷ、プレッシャーかけるなよ、草間さん! こちとら美術の授業だってまともにやってないんだぜ?」
「それはちゃんと受けろよ」
 ツッコミを入れつつ、武彦はタクシーを止めた。
「くそっ、こんな高級な乗り物に……。勇太がテレポートを使えれば楽だったんだけどな!」
「無茶言うな! こっちは具合悪くて、その上、模写をしつつ能力なんか使えるか!」
 先ほど猛烈に襲い掛かってきた吐き気は、未だに勇太の腹部を支配しているし、頭痛は酷くなるばかりだ。
 こんな状態でテレポートを二人分だなんて、オーバーワークにも程がある。
 二人はタクシーに乗り込みつつ、合流ポイントを目指した。
「草間さん、ここってこんな風でよかったっけ?」
「俺が知るかっ!」

 そんなこんなでやって来た合流ポイント。
 そこにいたのは慎とユリ。
「おぉ、どうやら冥月たちは成功したらしいな」
「何か企んでたのか?」
「人聞きの悪い事を言うな。冥月たちにはユリの捕獲を頼んでたのさ」
「捕獲って……」
 それも大概、人聞きが悪かったが、この際スルーしよう。
 元々具合の悪かったのに加え、乗車中に集中してお絵かきをしていたので車酔いまで襲い掛かってきている。
 勇太の吐き気はもう限界であった。
 そんな状態ながら、二人は慎とユリと合流した。
「待たせたな。ほら、勇太」
「お、おう……ちょっと待って。車酔いが……」
 勇太は青い顔をしながらも魔法陣の描かれたスケッチブックを慎に渡す。
「これが召喚に使われた魔法陣だ。慎、わかるか?」
「うん、ちょっと待ってね」
 慎は素早く目を走らせ、召喚陣の解析を始める。
 魔法の構築を魔法陣から分析するのは簡単な事ではない。
 だが、術の天才とも呼ばれた慎であれば――
「……よし、わかったよ。送還術の魔法陣も、組めると思う」
 この通りなのであった。
「よし! じゃあ後は手はずどおりにな」
 準備は全て整った。
 後は悪魔をここにおびき寄せるだけである。

***********************************

「本当にこんなんで、悪魔を送還できるのかねぇ?」
「あ〜、おにーさん信用してないね?」
 勇太の言葉を聞いて、慎は不服そうな顔をした。
 慎の持っている紙袋からは、今も独りでに毛糸が地面へと伸びている。
「これだって俺の渾身の術なんだよ? そう簡単に失敗はしないよ」
「だってお前、毛糸だぜ? そんなもんで魔法陣を作るとは思わないだろ」
 そう、現在も地面を這い続けている毛糸は、慎の作り出している魔法陣そのもの。
 慎の能力によって毛糸を自在に操り、それを魔法陣の形に配置する事によって、送還術の魔法陣と成す。
「インクを使うよりも楽だし、公共の道の地面に落書きなんかしたら怒られるんだよ?」
「そりゃそうだろうけどさ」
 落書きは器物破損の罪に問われます。
「でも、意外と通行人は気にしないものなんだな」
 大通りの往来ではあるものの、毛糸が独りでに動いている事に、誰も声を上げることすらない。
 恐らくは何か、大道芸の一種とでも思い込んでいるのだろう。
 もしくは、足元を全く見ようともせず、邪魔にもならない毛糸ごとき、気にしていられないほど多忙なのか。
 今日も魔都東京は忙しい人が忙しく行きかう、平和な様子であった。
「近くには超ヤベェ悪魔が迫ってるって言うのになぁ」
 悪魔の方は今のところ、冥月と小太郎が担当している。
 こちらの準備が整ったタイミングで悪魔を陣の上に運んでくるはずだ。
 陣の完成はもうじきである。
「でも、魔力の方はどうするんだろうな?」
「ユリおねーさんの能力でどうにかするんだろうけど、大量の人の集め方ってのは聞いてないなぁ。信用はしてるけど、ちょっと心配かな」
 せっせと毛糸を走らせる慎の表情にも不安が見て取れた。
 先ほどから、武彦とユリの姿が見当たらないが、大量の人間を集めている最中なのだろうか?
 二人を探すために往来に目を走らせて見るが、行きかうのは……。
「おやおや、学生っぽい連中が多くなってきたな」
 勇太が気付く。
 時刻は昼を過ぎ、若者が町へと繰り出し始める頃合い。
 大通りを通り過ぎるのは、忙しそうなサラリーマンよりは歳若い男女が多くなり始めてきた。
「ってか、慎はこんな所にいて大丈夫なのかね?」
「どういうこと?」
「聞いた話だと、タレント活動をしてるんだろ? 芸能人が真昼間から、こんな往来でボケーっとしてたら目立つでしょ」
 そう、慎はタレント活動をしている。
 現在も大手芸能事務所に所属しており、メディアへの露出も増え続けている。
 ジュニアモデルとしてファッション誌に出たり、タレントとしてテレビにも出たり。
 いまやそこそこの知名度を誇る芸能人と言って良い。
 そんな慎が天下の往来で毛糸遊びである。
 バレれば慎の周りに多くの人間が押しかけるだろう。
「……あっ」
 なるほど、と慎は気付く。
 それこそが武彦の狙いだったのだ。
「うーん、そういう事なら俺に一言相談してくれればいいのに」
「どうしたんだよ?」
「事務所に怒られちゃうかもしれない」
「あー、やっぱりこんなところで寂しく毛糸を弄ってたら、プロモーション的にも悪いか」
「そうじゃなくて……」
 慎がため息混じりに訂正をしようとしたその時。
「……き、きゃー。つきしろくんよー!」
 思い切り棒読みの、だが百歩譲って『黄色い声』とも言えなくない声が辺りに響き渡った。
 それは慎の毛糸が陣を構成し終わったと同時であった。
「月代くん?」
「月代って、あのタレントの?」
「あ、あの子じゃない?」
「うわ、マジじゃん。ちょうかわいい」
「顔ちっちゃい。その辺の女子より可愛い」
 ざわざわと周りの人間が慎を注目し始める。
 その隣に座っている勇太は、なんとも居心地の悪い雰囲気を感じていた。
「じゃ、じゃあ、俺はここらで退散を……」
「待って! ここで一人にしないで!」
「ば、バカヤロウ! 俺は面倒ごとに巻き込まれたくなんかないぞ!」
「辛い事も共有すれば二分の一になるよっ!」
「ゼロを二分の一に増やしてどうする! お、俺は逃げるぞ!」
「逃がさないって! うわっ!」
 慎と勇太が小声で言い合っていると、一人の少女が駆け寄ってきた。
「……あ、あの写メ撮って良いですか?」
「えっ、えっ!?」
 寄って来た少女はどう見てもユリ。
 慣れない演技をしているからか、表情も強張っている。
 それよりも憂慮すべきは、事務所に無断で、こんな所で騒ぎを起こして良い物かどうかという話だ。
「……ダメですか?」
 ユリの視線が言っている。
 ここは乗っかれ、と。
「うっ……い、いいです、よ?」
「……ありがとうございます」
 パシャ、と言う電子音と共にフラッシュがたかれ、ユリと慎のツーショット写真が撮られた。
 その途端、遠巻きから眺めていた人々も慎に近寄ってきて、
「じゃあ、私もぉ」
「こっちもお願い」
「芸能人と写メ撮れるってよ!」
「こっちこっち!」
 慎を中心にして、多くの人が集まり、それは瞬く間に膨れ上がった。
 百人にも届きそうなほどの人間があつまり、その場はあわやパニック寸前とまでなったのだが。
 それで充分だった。
「お、おい、これ!」
 人ごみにガードされ、結局慎から離れられなかった勇太が地面を指す。
 魔法陣として敷かれた毛糸が淡く光を帯びていた。
「どういうことだ!?」
「多分、魔力が注ぎ込まれてるんじゃないかな。これだけ人がいれば、ちょっとずつ貰えばすぐに溜まるだろうし」
「魔力……あ、ユリか!」
 勇太も察する。
 慎をダシに人を集め、集まった人間からユリが少量ずつ魔力を奪い、それを魔法陣へと流し込む。
 これによって魔法陣が起動し、送還術を発動させるのだ。
「草間さん、これを狙ってたのか」
「あとで事務所から抗議してやる……」
 疲れた笑顔を貼り付けつつ、慎はため息をつくしかなかった。
 その時である。
 ふと上空を見上げると、影の球が不自然に浮き、それがはじけ飛ぶ。
 中から現れたのは、件の悪魔。
「慎、今だ」
「はぁい」
 勇太に言われ、慎は魔法陣を起動させる。
 毛糸の輝きがいっそう強くなり、周りを光の波に埋める。
「な、なんだぁ!?」
「なにかのイベント?」
 集まっていた人々は地面を確認するために視線を落とす。
 誰一人として上空の悪魔は見ていない。
 そして、人々が光に目を奪われているうちに、慎と勇太はその場から逃げ出す事に成功した。
「送還術、起動!」
 離れ際に、慎が送還術を発動させる。
『はぁ……楽しい遊びの時間も終わりですか』
 悪魔の声が聞こえたかと思うと、悪魔の身体は光に包まれて影も形もなく消え去った。
「……ふぅ、これで一件落着か」
「そうでもないみたいだぞ」
 ため息をつく慎だったが、勇太のげんなりした顔を見て察する。
 勇太の指差す先を見ると、大通りに集まっていた人々がこちらを確認していた。
「俺は今度こそ逃げるからな!」
「ここまで来たら一緒に捕まろうよぉ!」
「こちとら芸能人でもないのに、あんなヤツらに囲まれてたまるか!」
 一足先に逃げ出す勇太を追いかけ、慎も通りを走り始める。
「くっそぉ! 草間さんめぇ、覚えてろよぉ!!」
 この状況を仕組んだ犯人であろう武彦に、勇太は恨み言を叫んだ。

***********************************

「くそっ、何が起きてるんだ!」
 IO2側の司令部は軽い混乱状態であった。
 作戦の肝であったユリが突然姿を消し、悪魔は好き勝手に市街地を飛び回る始末。
 情報の整理も纏まらず、指揮が全く取れない。
 と言うのも、指揮官たるこの男が無能であるというのが大きな原因であったが。
 ……と、そこへ通信機がなる。
「はい、こちら指揮車。どうなってる、現状は!?」
『あー、こちらディテクター。どうぞぉ』
 通信はディテクターと名乗る人物からのもの。
 だが、今回の作戦でそんな名前の人間が参加しているとは聞いていない。
「貴様、何者だ!?」
『俺が何者かはこの際、重要じゃないでしょう。それよりも耳寄りなご報告があるんですよ』
「なにぃ……?」
『件の悪魔はこちらで処理しておきました。こちらとしてもあんなヤツに街中を飛び回られては迷惑なので』
 その報告は驚くべき物だった。
 ディテクターが何者かはわからないが、あの悪魔を無力化したというのだ。
 指揮官はすぐに、部下に確認を取るように指示し、通信機を耳に当てる。
「それは本当なんだろうな?」
『嘘なんかついてどうするんですか。……それでですね、つきましてはご相談がありまして』
「……何かね」
『後処理はそちらに任せます。その代わりに、この件はそちらで解決したって事にしてもらえませんかね?』
 それは不思議な提案だった。
 IO2でも手を焼いた悪魔を無力化したのに、それを公表するわけでもなく、こちらの手柄にして良い、と言っているのだ。
「それで貴様にどのような利益がある?」
『一言では言い表せないほど、ですかね。とにかく、頼みましたよ』
 それっきり通信は途切れてしまった。
 部下からも確認が取れたとの報告があった。悪魔は確かに送還術によって消し去られたと。
 悩むように頭を抑えた男だったが、しかしすぐに気を取り直す。
「向こうがそう言うなら、ここはありがたく乗っかっておこう」
 楽天的に考え、男はすべての手柄を自分のモノとする方向で動き始めるのであった。

 しばらくして彼の嘘がバレるも、悪魔を処理した人物の詳細は明かされることなく、この件はひっそりと幕を閉じたのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6408 / 月代・慎 (つきしろ・しん) / 男性 / 11歳 / 退魔師・タレント】

【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】


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■         ライター通信          ■
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 工藤 勇太様、シナリオに参加してくださってありがとうございます。『興信所に人が集まってくれて助かった』ピコかめです。
 今年に撒いた話を今年中に回収できて、本当に良かったと思っております。
 お付き合いくださり、ありがとうございました。

 俺だって小太郎と勇太さんのちょっと仲のいいシーンを書きたいッ!
 ただ、話の流れ上、勇太さんと小太郎が別々になっちゃう事が多いんですよねぇ……。
 なんか露骨にペアを組むようなお話を作ればいいのだろうか……?
 では、また気が向きましたらどうぞ〜。