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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


超時空劇団「KNM48」


 平和な時には、戦時中は思いもよらぬ厄介事が度々起こったりするものである。
 藤田あやこを艦長に戴く連合艦隊旗艦は、乱時流に巻き込まれた。
 それほど深刻なものではないが、いささか帰港が遅れる。
 乗組員たちにとっては、艦から下りられぬまま、思いもよらぬ余暇が出来てしまった事になる。
 その余暇を各自、有効活用し、結果を報告せよ。そんな命令が、久遠の都・軍司令部から下った。
 このような余暇を利用して、例えば軍需物資の横流しといった悪事に手を染める者が、全くいないわけではないのだ。
 自分の部下にそのような者はいない、と艦長・藤田あやこは確信している。
 だから彼女は今、乗組員らの余暇活用を監視したりはせず、自身の余暇活用に専念していた。
 学会に出す資料の作成である。
 書類ではなく歌だ。史料を元に、古代の軍歌を録音しているところである。
「戦〜艦大和煮……何だ、入れ」
 艦長室のドアをノックされたので、あやこは仕方なく録音を止めた。
 入って来たのは、参謀の鬼鮫である。
「艦長、歌の稽古よりも芝居の稽古に来てくれませんかね。公演が近いんですぜ」
 この男は、軍の劇団の座長も務めている。
「ハト派が幅利かせてるせいで軍費も削られる一方ですからね。うちの劇団が、我が軍の重要な収入源だって事を忘れてもらっちゃ困ります。まあ見てくれのいい娘っ子ばっかで客は呼べてますが、肝心の芝居の方もしっかりやってもらわねえと」
「わかっている。録音が終わったら、すぐに行くから」
「頼みますぜ。艦長が目当てのお客だって、いねえわけじゃねえんだから……推しメンって奴ですか」
 言い残し、鬼鮫は出て行った。
「推しメンなら尚更、歌はちゃんと歌わないとね。こほん……大〜砲2つに弾1つ」
 再び、ドアをノックされた。
 入室許可を与える前に、綾鷹郁が入って来た。
「どうしちゃったの、あやこ艦長。大音量で外まで聞こえてるよ? 艦長ついにトチ狂ったって、みんな不安がってるよ。前々から確かにちょっと壊れてるとは思ってたけど」
「これは学会用の資料だ! 私も忙しい、という事をわかれ……それで、お前は何の用だ」
「この機会に、艦のシステムを総点検しようと思って。艦長許可が欲しいんだけど」
「ほう、お前も軍人らしい事を言うようになったじゃないか。よし許可する、思うようにやれ」
 嬉しそうに敬礼をしてから、郁は出て行った。
 入れ替わるように間髪入れず、小さな女の子が飛び込んで来た。
「ママ、遊ぼ!」
「……何で、あなたがいるの」
 あやこの身体から、一気に力が抜けた。


 荒くれ者たちの幌馬車隊が、上戸スタンの下町を強引に走り抜けていた。恐慌に陥った住民らを、追い散らすようにだ。
 丘の上からそれを見下ろし睨む、子連れの女武士……藤田あやこと、その娘である。
「ママは、偉いお侍の役だね」
「ふむ……侍、なのかしらねえ。これは」
 携えているのは、刀ではなくショットガンである。
 それを、あやこは幌馬車隊に向けた。
 馬車に積まれているのが御禁制の阿片である事は、とうに調べがついている。
「ママ、これ」
 娘が、何かを差し出してきた。やや大きめのサングラスである。
「……何? これ」
「忘れちゃ駄目。大事なものだよ」
「そうなの?」
 わけがわからぬまま、あやこはサングラスをかけた。
 台詞が、口から勝手に出て来た。
「西奉所の代紋だ!」
 出て来た台詞と共に、あやこはショットガンをぶっ放していた。
 下町に、爆発の火柱がいくつも生じた。幌馬車も、建物も、吹っ飛んでいた。
「カット! カットカット、カァアアット!」
 座長の鬼鮫監督が、メガホン片手に怒声を張り上げている。
「何やってんですか艦長! 町まで吹っ飛ばしちゃ駄目でしょうが! っつうか何でショットガンで爆発が起こるんだよ、おい大道具! 勝手に火薬使ってんじゃねえ!」
「か、火薬なんて、仕掛けてませんが……」
 スタッフが、怒鳴られながら抗弁している。
 エアリアル室の機能を用いての、舞台稽古の真っ最中である。
「だいたい艦長、台詞も全然違ってるじゃねえですか。台本よく読んどいて下さいよ、ほらここはピィィイイイイイイイイイイイイイイイ」
 鬼鮫監督が突然、発狂した、わけではないらしい。
 彼が読み上げている台本の内容が突然、表記不可能なものに変わったのだ。そのため、艦の自動検閲規制システムが発動してしまったのである。
 大勢のスタッフが耳を塞いで悶絶する中、あやこは口調渋く呟いていた。
「こいつは、大変な事になりそうだぜ……」


「あたしを誰だと思ってるのさ!」
 幌馬車隊を率いていたマフィアの少女が、新宿西奉行所……通称・西奉所の牢獄内で喚いている。
「泣く子も黙る綾鷹組の組長令嬢を、こんな扱いしやがって! うちの母上が黙っちゃいないよ!」
 綾鷹組組長、綾鷹郁。泣く子を親もろとも撃ち殺すと言われる、凶悪無比の女マフィアである。
 代紋軍団の、長年の宿敵でもある。この少女は、その宿敵を倒すための鍵となり得るか。
 思案するあやこに、部下の1人が走り寄って来る。
「て、てぇーへんだ団長! お嬢が、お嬢が綾鷹組の奴らに!」
 何故、団長などと呼ばれているのかは、あやこ自身も知らない。
 とにかく、その部下は手紙を持たされていた。
 綾鷹組から届いたものであろうそれを、あやこは開いてみた。
 娘は預かった。その一文が、まず目に入った。
「人質交換……か」
 場所と時間だけが、簡潔に記されている。娘を連れて1人で来い、とも。
「団長、こいつは罠です」
 部下たちが、あやこを気遣った。
「お嬢は、俺たちが必ず助け出します。だから団長は、軽々しく動かねえで下さい」
「……いや、これは私事だ。俺1人で行く」
 巻き込むわけにはいかない部下たちを、あやこが振り切ろうとした、その時。
「団長さぁ〜ん、用心棒はいかが?」
 筋骨たくましい身体に簾状ミニワンピースを貼り付けた、男か女か判然としない怪物が現れた。
 鬼鮫だった。
「アタシがいれば億人力よん♪ うっふふふふ」
「な、何だてめえは!」
「このゲテモノ野郎、団長に近付くな!」
 取り押さえにかかる部下たちを、鬼鮫が片っ端から次々と放り投げる。億人力は大げさにしても、頼りになる戦力であるのは間違いない。
「……好きにしろ」
 部下たちを助けるためにも、あやこはそう言うしかなかった。


 砂塵舞う採石場に、獣のような女の声が響き渡った。
「西奉所のォ、ホントに1人で来よったが」
 綾鷹組組長・綾鷹郁。その傍らでは、あやこの娘が不安そうに立ちすくんでいる。
「まっこと感心。そんなバカ正直で、ようも今まで生きてこれたもんぞね。やっぱ悪運かよ」
 言いつつ郁が、娘の背中を押す。
 あやこも無言で、敵組長の娘の背中を押した。
 少女2人が、緊張した面持ちで歩き出し、走り、擦れ違った。
 そこで、あやこは叫んだ。
「伏せろ!」
 銃声が、轟いた。
 あやこの娘が悲鳴を上げ、頭を抱えるように身を屈めた。その頭上を、銃弾が通過して行く。
 あやこは駆け寄り、娘を抱き寄せた。
 無数の銃口が、母子を取り囲んでいた。
「その悪運も、ここまでじゃきに……」
 郁が、ニヤニヤと凶悪に笑っている。
 綾鷹組の組員たちが、周囲の岩陰から姿を現し、小銃を構えていた。
「正直もんはバカを見る……昔の人間は、いい事言いゆうぞな」
「……まったくだ」
 怯える娘を抱き締めたまま、あやこは同じく不敵に微笑んだ。
「バカを見せてやる……俺が本当に1人で来たと思ってる、お人好しにな」
 目に痛いものが突然、採石場に突っ込んで来た。
 萌えイラストで彩られた自動車。『鬼冥土』などとロゴが入っている。
 その痛々しい車のドアが開き、大量の何かが溢れ出し、綾鷹組組員たちを津波のように襲った。
 採石場を埋め尽くしかねない量の、同人誌である。
 恐慌に陥った組員たちを狙って、獣のような人影が、続いて痛車から飛び出した。
「あらン、綾鷹組長♪ お久しぶりよねェ」
 筋骨たくましい身体を可憐なメイド服で飾り立てた、鬼鮫である。
「アタシを散々もてあそんだ挙げ句、ゴミみたく捨ててくれたわよねェ」
「こっ、この化け物! ワームホール海域に捨てっちゅうに、何で生きとるが!」
「おかげで蟲さんたちに食われかけてねェ、大変だったのよぉん」
 不気味に笑いながら鬼鮫が、長ドスを抜き放ち、一閃させた。
 小銃を持った組員たちが、同人誌もろとも切り刻まれてゆく。
「ひぃっ……!」
 綾鷹母子が身を翻し、幌馬車に逃げ込んだ。
 走り去る幌馬車に、あやこはショットガンを向けた。サングラス越しに狙いを定め、ぶっ放した。
 薬莢が舞うと同時に、幌馬車は爆発した。


「上戸に悪が蔓延る時、代紋軍団は必ず参る……って事だ」
 呟きながら、あやこはブラインドを少しだけ広げて外を見た。
「それにしても……嫌な事件だったぜ」
「ママ、それ団長じゃなくて裕次郎だから」
 娘が、呆れたように言った。
「……結構、満更でもなかったんじゃないの?」
「そ、そんな事はない。こんなものは2度と御免だ」
「そうはいきませんぜ団長、じゃなくて艦長」
 鬼鮫が、艦長室に入って来た。
「今回の公演は大盛況でした。収録DVDもバカみてえに売れてます。第2弾を作れって命令が上層部から出てるの、艦長も知ってんでしょうが」
「あの金の亡者どもが……いや、そんな事よりも!」
 あやこは思わず、鬼鮫の胸ぐらを掴んだ。
「劇団員の人気投票! 何で、あんたが1位になってんのよッ!」
「まあ……今作で俺の色香にコロッといっちまった奴が、大勢いるって事じゃねえですか」
 鬼鮫が、フッと笑った。
「まったく、俺も罪な男だぜ……申し訳ねえ。次のセンターは、俺って事で」
「させない! センターは私! 他の誰にも渡すものか、よりにもよって貴様などに渡してたまるかあ!」
「あの……廊下のお掃除、終わりましたあ」
 ブルマ姿の綾鷹郁が、疲れきった様子で入って来た。
「ちなみに、センターはあたしですから……ってか年齢考えても、それしか有り得ないでしょ?」
「御苦労だった。続いて艦内全ブロックのトイレ掃除、速やかに終わらせるように」
「そんな殺生な!」
「それはこっちの台詞。あんたのおかげで、死にそうな目に遭ったんだから……まったく。珍しく軍人らしいことを言うから、艦内システムの総点検を任せてみれば」
 郁の共感能力が、エアリアル室の機能とおかしな具合に連結し、邪念と言うか妄想のようなものが艦内に垂れ流しになった。その結果、大感動巨編になるはずであった舞台が、稽古の段階から狂ってしまったのだ。
「ヒロイン予定だった私に、あんな役を演らせた罰だ。トイレ掃除、さっさと済ませて来い」
「うう……結構ノリノリで演ってたくせにぃ……」
 あやこは、聞こえないふりをした。