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<東京怪談・PCゲームノベル>


アマモリに棲むアマモリの話

 ――もの凄いシュールな光景だった。
 ボロけたビルから凄まじい勢いで見ずが吹き出す様は水道管でも壊れたか!? と思わずにいられない。
「大丈夫っすか!?」
 通りすがりの若命・永輝(わかな・えいき)がだーだーと水を垂れ流す古書店の中へと声をかけると、店内にはバケツを持って懸命に水をくみ出す三十代くらいと思しき男性の姿が。
「すみません今日なこんな状態なんで――」
 休業を知らせようとした店主の傍、どぱぱぱっと水が噴きだした!
「あー……これは危険ですね」
 半ば水没状態の古書肆淡雪を見て、若命・永夜(わかな・えいや)は比較的落ち着いた様子で見解を述べつつ、噴きだした水から本を救助。ひょいっと掴みあげ彼は店主へとそれを渡す。
「ああ、ありがと……」
 受け取り雪久が礼を言う間にも別所から水がだばばばばーと凄まじい音を立てて滝のように落下。もはや、流れるという表現も追いつかない。
「うわぁ!? お宝が濡れるっす!」
 永輝は慌ててシートを引っ張りバランスをとろうとする。
「手伝うっす!」
「ありがとう! 助かるよ!」
 見るからに心からの感謝の詰まった笑顔を向ける店主へと永夜は問いかける。
「……しかし、根本的な問題を解決しない事にはこの状況、どうにもならないんじゃないですか?」
 彼の問いに店主は少し困ったように微笑みつつ告げる。
「ちょっと込み入った事情になるけれど、良いかい?」
 そして彼は事情を語り出す――。

 古書肆淡雪店主、仁科・雪久の事情を聞いて、二人は即座にこう述べた。
「じゃあ、僕はぴょん吉を探しに行きます」
「俺は雨森に行ってくるっす!」
「ちょ、ちょっとまってそこ驚いたりする所じゃないのかな!?」
 雪久の泡食った様子に永夜、永輝ともに顔を見合わせる。確かに不思議といえば不思議な話かもしれないが――これくらいの事は彼らにとってはまだまだ普通のうちに入るのかもしれない。
「だって、驚いてる暇があったら少しでも早く片付けた方が良いじゃないですか」
「そうっす! こんな事で引く程俺達ヤワじゃないっすし」
 二人の元気な答えに雪久は改めて深く礼をする。
「じゃあ、私はここで極力水を掻き出す事にするよ。すまないが雨森、雨守両方の事は君達にお任せする――」
 いいかけた所でまたじゃぱぱっと水飛沫が上がった。

「うわー……ホントに枯れてる……」
 両手に水をたっぷり入れたバケツを持ってやってきた永輝はちょっぴり困ってしまった。
 雨森の本の中は、からっからに枯れていた。
 応急処置にと持ってきた水すらあっという間に蒸発してしまうのではないだろうかと思う程の暑さ。それでもバケツは無いよりマシなはずだ。
 陽光はぎらつき地面どころか永輝の事まで灼く勢いでじりじりと照りつけている。
 木々は茶色く既に葉は落ちきっており、以前は水をたっぷりと湛えていたであろう池と思しき場所はひび割れ、無残な有様だ。
「そこな青年……」
 ふと、しわがれた声に呼ばれ永輝は慌てて周囲を見渡す。そこに居たのは殻に籠もったカタツムリ。
「済まないが水を……周囲の皆にわけてやってくれんかのぅ……」
「あ、ちょ、ちょっとまって欲しいっす!」
 よくよく見渡せば狭い岩場にトカゲやカエルたちが懸命に寄り集まっている。少しでも水分を蒸発させないように、という努力をしている所なのだろう。
 彼らに、そして枯れかけた紫陽花にも永輝はバケツの水を与えていく。
「はー、生き返ったぜ……」
「ありがと。助かったわ」
 トカゲや紫陽花が彼へと礼を告げるも、永輝の表情は優れない。
「これだけじゃ足りないかもしれないっすけど……」
 何せこの暑さ、直ぐに参ってしまうだろう。せめて少しでも早く雨守を連れてくる事が出来ればと思いつつ、彼は最初に声をかけてきたカタツムリの身を案じる。
「そういえばばあちゃんはあんまり水飲んでなかったっすけど、大丈夫っすか?」
「こう見えてもカタツムリってのは粘液で殻の入り口を閉じる事が出来るからねぇ……多少の乾燥は大丈夫さ。それに……」
 語り出した時は妙に明るい調子だったが、カタツムリの声色は次第に暗く変わっていく。
「……このくらいの辛さ、あの子の心に比べたらなんてことは無いさね」
「あの子って、誰っすか?」
 俺でよければ話を聞くっす、と永輝は問いかけるも、森の生き物たちは互いに顔を見合わせどうしたものかと躊躇っているようだった。
「話……俺じゃ役不足っすか?」
 更に続けた永輝へとカタツムリが重い口を開いた。
「そうさのう。水を持ってきてくれた、という事はアタシらの事はある程度は知っとるんじゃろう?」
 老婆は事情を語り出す。
 雨守へと告げてしまった思いを、雨守を傷つけてしまった言葉を。

「……どっちも悪くないっす。けど、どっちも悪いと思うっす」
 一通り話しを聞き、永輝はぽつぽつと、拙い乍らに語りはじめた。
 雨森の皆は、雨守を案じただけ。ただ、すこしだけ言葉を選び間違えた。
 そして雨守は頑張ろうと気負いすぎただけ。ただ、すこしだけ高いプライドが邪魔をしたのだ。
 お互いに悪意がなくとも、すれ違ってしまう事はある。
 だがそんな掛け違った思いを直す方法は、ただ一つだと永輝は知って居る。
「俺、頭は良くないっす。みんなでごめんなさいするしか思い浮かばないっす」
 訥々と、しかし真摯に語る彼の言葉に雨森の生き物たちはじっと耳を傾ける。
 すれ違ってしまっても、やりなおす事は出来る。
 だって、彼も永夜とすれ違ってしまった時はお互いごめんなさいをした。幼い頃は幾度だってそういう事はあった。
 そうして何度もやりなおして、今の彼らの、強固な関係は出来上がったのだから。
「……俺はそう思うっす。みなさんは……どうっすか?」
 若干恐る恐るといった調子で尋ねると、カタツムリがため息を吐いた。
「そうじゃの。植物の青年の言う通りじゃな」
 その言葉に永輝の表情にぱっと明るさが戻る。
「しかしどうしたら雨守に謝れるかのぅ……」
 雨守は雨森を出て行ってしまった。どこに行ったのかは分からないとカタツムリは語ったのだ。
「それなら、大丈夫」
 永輝は力強くにっこりと微笑む。
「俺の弟がきちんと雨守と一緒に帰ってきてくれるはずっす!」
 だから、信じてもうちょっと待っていて欲しいと彼はアマモリの生き物たちに述べたのだ。

 枯れ果てた森。
 永夜に抱えられ、雨守は帰還した。その枯れ具合はさしもの彼にも少なからぬ衝撃を与えたらしい。
 そして永輝とアマモリの生き物たちは彼らの帰りを待ちわびていた。
 だがお互いの間にはぎくしゃくした空気が流れている。
「ぴょん吉、頑張って」
 ごくごく小さく、永夜が囁く。今だけでも永輝のような優しい言葉になっているよう祈って。
「みなさん、今っす」
 永輝もそっと、アマモリの生き物たちに告げる。今だけでも、永夜のような躊躇いのない言葉になっているよう願って。
「「ごめんなさい」」
 雨守も、そして雨森の生き物たちも全くといって良いほど同じタイミングでそれぞれに頭を下げる。
「オレ、アマモリだからって事に、きっとあぐらかいてた」
「我々もじゃ。お前さんを心配するつもりが、寧ろどこかでお前さんを見下していたのやもしれん」
 お互いに、それぞれの心中を、それぞれの懺悔をし、許すとも許さないとも言うより前にアマモリは告げる。
「……オレ、今から雨乞いをするよ。オレ一人じゃ駄目だったら、みんな力を貸してよ」
 更にアマモリは永夜の方を向き、彼を見上げる。
「永夜も頼むよ。もう一度、オレに力を貸して」
「永輝殿も頼みます。アタシらも勿論頑張りますでのぅ」
 カタツムリが触覚を揺らし、大きく礼をする。
 そしてアマモリが歌い出す。ケロケロと、澄んだ声色で。
 その声は一つの旋律となり大気を僅かながら振るわせた。それに応じるかのように見上げる空は段々と雲が集まり、ぽつり、ぽつりと雨は降りはじめる。
「やったっすか……!?」
 ぽつぽつと降る雨は永輝の髪を、頬を濡らす。だがそれでもぽつぽつと、だ。
「いや、このままじゃ雨の勢いが弱い」
 永夜は冷静に事態を把握する。
「なんで!? 古書肆淡雪ではあんなに沢山水流してたじゃないっすか!」
「ここは東京より乾いてるんだ」
 折角ここまでこぎ着けて、ようやく仲直りできるかもしれないのに、それなのに。
 誰しもがそんな思いだっただろう。
「みんな、オレに力を貸して。一緒に歌って!」
 アマモリが声を張り上げる。それに合わせ、小さなアマガエルたちもそれぞれに歌い出す。ケロケロと、ただひたすらに。
 アマモリの歌う旋律に合わせ、生き物たちが歌う。
 そして花の子二人も懸命に。
 一同の合唱は更なる雨をもたらす。ぽつぽつと落ちてきていた雨雫はサアサアと音を立てる雨筋へと変わっていく。
 こうして枯れた森は再び雨降る森へと戻ったのだった。

「なるほど、お疲れ様。手間をかけたね」
 古書肆淡雪店主の仁科は帰還した二人へと労いの言葉をかけた。
 未だ古書店内は若干の湿り気はあるものの、水自体は除去できたらしい。
 二人の前には温かな緑茶が注がれた湯飲みと、一冊の絵本が置かれている。
 雨降る森の生き物たちが歌をうたうページを開いて。
「これから、ぴょん吉達は仲良くやっていけるんでしょうか……」
 すこし心配そうな永夜だったが、永輝は微笑む。
「きっと上手くやっていけるっす。だって……」
 別れ際、すこし恥ずかしそうに金色の尻尾を見せて雨守はこう述べたのだ。
「この尻尾が示すとおり、オレは未熟も良いところだから、みんなの力を借りて頑張っていくよ」と。
「森の生き物たちだって俺達の言葉に耳を傾けてくれたし……失敗してもきっと何度でもやりなおすはずっす」
 間違えても、何度でもやりなおせばいい。
 雨降って地固まるというように、更に強固な関係を築くことだって出来るかも知れない。
 弟の不安へと、永輝は胸をはってそう答えたのだ。

 永夜が時計に目を向けると既に針は夜の時刻を示していた。
「あっ。もうこんな時間ですね!」
「それじゃ、俺達そろそろ帰るっす!」
 ガタガタと慌てて席から立ち上がる二人を、雪久が見送る。
「ありがとう。今日は本当に助かったよ」
 お互いに挨拶をかわし、雪久は二人の姿が街並みに消えるまで見送った。
 そして。
「あれ? そういえばあの二人、どこかで……?」
 雪久はちょっとだけ首を傾げる。どこかで会ったことがあるような雰囲気だったなとでも言いたげに。
 ――実は二人の姉に会った事があるという事実に彼が気づくのはもうすこしだけ先の話だ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8713 / 若命・永輝 (わかな・えいき) / 男性 / 高学生
8714 / 若命・永夜 (わかな・えいや) / 男性 / 高学生

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして。ライターの小倉澄知です。
 永夜さんとセットで、コチラは雨森サイドのお話となっております。
 お互い色々思う所はあるんだろうなぁ、という感じの内容になったかな、と思います。
 この度は発注ありがとうございました。もしまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。