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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


幸せな日々

「姉ちゃんは俺達のっす」
「永輝。同意見ですが、姉さんに嫌われますよ」
吐く息も白い冬のある日、若命・永輝は、姉の若命・絵美の車椅子を押しながらそう言った。
 隣を歩く、若命・永夜もうんうんと頷くが、釘を指すことは忘れない。
「そういえば、姉ちゃん、寒くないっすか?」
「寒かったら言ってくださいね。イヤーマフとか持ってますから」
「コートに、マフラー、手袋に、ひざ掛けまでしてるんだから大丈夫。ありがとう」
彼らにとって姉、絵美は二人で、(できれば自分一人で)独占したいくらい愛おしい存在であり、実際、周りから見ると過保護としか言い様がないくらい、大切にしている唯一絶対の存在なのだ。
しかし、昔からそうされてきた当の絵美は首をかしげるばかり。
「???」
 頭にはてなマークを浮かべながら、二人が幸せならいいわ。とニコニコと微笑んでいる。これが三人のいつもの朝の日常風景。しかし、何物にも変えがたい大切な時間であることをひしひしと三人は感じていたし、こういう時間を守りたいと心の底から思っていた。
 学校の靴箱。絵美の靴箱は高い所にあるため、車椅子に座ったままでは届かない。
そこで、永輝と永夜の二人のどちらかが靴をとり、もう一人が靴を入れる仕事というか、日課があった。
 今日もそうしようと、永輝が靴箱を開けた時、一瞬眉をひそめた
それに永夜も気がつき、すっと永輝と絵美のあいだに入って、永輝から、靴を受け取る。
「はい、姉さん。靴をどうぞ」
「ありがとう」
 そう言って穏やかに微笑む絵美。
 二人が喋りながら、靴を履いている間に、永輝がすっとポケットに絵美の靴箱からなにかを抜き取り、ポケットの中に入れた。
「永輝もありがとう」
「ん?靴を取るのはいつものことじゃないっすか」
「いつものことに感謝してはいけない?」
「姉さんが褒めてくれるならなんでもいいっす!!」
 絵美はちらりと永輝のポケットを見てくすりと微笑んだ。
「自分ちょっとトイレに行ってくるっす。教室で会おうっす」
 そう言って、永輝は走っていってしまった。
「じゃあ行きましょうか」
「えぇ。そうね」
 残された二人は教室に向かって少しだけ歩調を上げて、教室へと向かっていった。

 二人が教室のほうに行ったことを確認すると永輝は、足を止め、ポケットの中に先ほど入れた絵美宛のラブレターを取り出すと、開けもせずにビリビリに破き、ゴミ箱に捨てた。
「どこの誰かか知らないっすが、俺らから姉ちゃんを奪うなんて百万年早いっす」
 吐き捨てるように言うと、チャイムのなる中、踵を返して教室の方へと急ぎ足で歩き出した。


「……であるから、……で訳で……」
 授業中、教師が黒板になにやら書きながら説明している。
 授業態度は本当に三者三様だった。
 絵美は、真面目にノートをとったり、教師の話に、相槌を売ったりして、理解を深めていた。
 永輝は苦手教科ということもあるのだろう、頬杖をついてウトウトしていた。授業も四分の一が終わろうとした頃、その頬杖がはずれたが、彼が起きることはなく、そのまま夢の国へ行ってしまった。教師の目が光るが、次の瞬間、何も見なかったかのように教師は視線を外した。本来なら注意すべきところだが、教師の間では密かにこの三姉弟は恐れられている存在なのだ。触らぬ神に祟りなし。教師はそう自分に言い聞かせ、気がつかないふりをしつつ授業を続行した。あの三人に変に関わって、痛い目にあうよりは、そっとしておいた方が自分のためなのだと、教師は考えたのだ。わざわざ眠れる獅子を起こすバカはいないし、悲しいかな、他にも居眠りしたり、携帯をいじったりして授業を聞いていない生徒はいる。
教師向いてないのかな……そんなことを思って小さく方を落とす教師であった。
 隣の席の、永夜が、そんな教師を見てか、永輝を申し訳程度に起こそうとするが、爆睡している彼は一向に起きる気配がない。
「…………」
 途中で面倒になったのか、永夜は永輝を一瞥すると、教師の声をBGMにしながらぼんやりと授業をきいているのだった。


 午前中の授業も終わり、お昼の時間。
 三人は日がよく当たる庭の一角。ここが三人のお気に入りの場所。
 いつも通り、そこで三人は揃ってお弁当を広げていた。
栄養バランスや彩りも考慮されたお弁当は見るからに美味しそうである。
「「「いただきます」」」
声を揃えて、手を合わせた後、永輝特製の弁当に手をつける。
「永輝のお弁当は本当に美味しい」
「そうですね。こういうところだけは得意ですよね」
「そういうところだけって言うなっす。そういう永夜は弁当食べなくていいっすよ」
「そんな意地悪しない。褒めてるんだから素直に受け取ればいいのに」
「……姉ちゃんがそう言うなら仕方ないっす。存分に食べると良いっすよ」
 三人だけの、他の誰もこない、隠れ家のような、秘密基地のようなこの場所でこうして、弟の作った美味しいお弁当を食べる。
弟たちが気がついているのかはわからないが、こうしていられることに絵美は心から感謝していた。

 本日最後の授業終了のチャイムが鳴り、夕暮れ。
 生徒達がめいめい帰っていったり、部活へ行ったりして教室野廊下が騒がしくなった。
「さて、帰りましょうか」
「そうっすね」
「ええ」
 帰る準備を手早く済ませた三人も、学校をあとにして帰途についていた。
「あっ!」
 急に声を上げたのは永輝だった。
「どうしました?」
 首をかしげる絵美と、永夜。
「確か、あそこのコンビニ、今肉まんが十円引きっす。食べながら帰らないっすか?」
 確かに、行く手にあるコンビニの、のぼりには肉まんの文字が書いてある。
「どうしましょうか?」
「たまには寄り道もいいんじゃない。別に急いでいるわけではないおだし」
「じゃあ、行こうっす」
 三人はコンビニに入り、新製品や、気になるものを物色した後、三者三様の肉まんを買って、再び家に向かって歩いていた。
 永輝は普通のオーソドックスな肉まん。絵美はあんまん。そして、
「よくそんな辛そうなの食べられるっすね」
「甘いものよりは好きですからね。食べてみますか?」
 永夜はハバネロ肉まんなる、人によって好き嫌いがはっきりしそうな肉まんを食べていた。
「遠慮するっす。せっかくの美味しい肉まんの味がわからなくなりそうっす」
 遠慮しなくていいのにと永夜は言ったが、断固として永輝は食べようとしない。
「たまに永夜の味覚が信じられなくなるっす」
「どうしてですか?」
「あんなおいしいお菓子を作るのに、辛いものの方が好きなんて絶対おかしいっすよ」
「お菓子作りは趣味ですし、お菓子は主食です。永輝も甘いものがご飯なんておかしいとおもうでしょう?」
「……前々から思ってたっすが、主食がお菓子の時点でおかしいっす」
 そんな弟たちのやりとり見ながら、絵美は平和だなぁとしみじみ感じた。それと同時に、こんな平和な日々がずっと続けばいい。と心から思った。大切な弟二人と、傍から見たらくだらないかもしれない話をしながら、楽しく過ごせる今の生活を絵美はとても気に入っていた。だからこそ、このままずっと……
「姉さん、ニコニコしてどうしたっす?」
「そんなに、そのあんまん美味しいんですか?」
 同時に、二人が絵美の顔を覗き込む。
「……ええ。二人も食べる?」
「姉さんのならいただくっす」
「……現金なやつですね。でも、僕もいただきます」
そう、こんな穏やかで温かいじかんがずっと続きますように。
そう願いながら、絵美はあんまんを分け始めた。



Fin