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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


聖夜の来訪者

 クリスマスである。
 ハロウィンほどではないが、人外のものが人間の世界へと紛れ込みやすい時期である。
 にしても珍妙過ぎるものを、アデドラ・ドールは発見してしまった。
 イブに浮かれる、ニューヨークの街並。
 その一角で、白い小さなものが2匹、ちょこまかと動き回っている。
 2匹の仔犬、に見える。
 アデドラは目を凝らした。アイスブルーの瞳が、仔犬たちをじっと見つめる。
 仔犬ではなく、人間の子供に見えた。
 5歳くらいの、東洋人の男の子が2人。兄弟であろうか。お揃いの白い和装を身にまとい、小さな身体で大きな風呂敷包みを背負っている。
 東洋人にしては、片方は赤毛、片方は金髪である。
 その髪をはねのけるように獣の耳がピンと立ち、風呂敷包みの下では、豊かな尻尾がふっさりと揺れていた。
 作り物ではない、本物の耳と尻尾。
「あに者あに者! くろいのとか目があおいのとか、いっぱいいるよー。こわいよー」
「おおおおおお落ち着くのだ留意。ここが、あめりかという国なのだ。チーズケーキとアップルパイとカップケーキとバーゲンダックの国なのだ」
「まちがえて鬼ヶ島に来ちゃったんじゃないかなー」
 不安そうにしている、幼い兄弟。
 人間ではない、にしても北米大陸土着の妖怪・精霊ではないだろう。東洋から流れて来た何かだ。
 人間では有り得ない魂の香気が、ふんわりと漂って来る。
「美味しそう……なのかしら」
 美味かどうかはともかく、珍味であるのは間違いあるまい、とアデドラは思った。
 2匹の仔犬、のような兄弟が、不安そうにしながら、とてとてと駆け去って行く。
 アデドラは、後を追ってみる事にした。


 疲れたので一眠りしていたら、5年が経過していた。
 5年前の騒動で消耗した力は、充分に回復した。
 完全に目覚めたとなれば、まずは、あの少年をおちょくりに行くべきであった。
 が、彼はいなかった。
 知り合いの妖怪たちに尋ねてみたところ、どうやら海を越えて「あめりか」という国に行ってしまったらしい。
 羅意も、国名だけは聞いた事があった。少し前、この国から「ぺるり」とかいう男が日本に来て大騒ぎになった事がある。
 あの頃と違って、今は飛行機というものがある。弟と共に、姿を消して忍び込んだ。
 そして今、ニューヨークの街中にいる。
「あに者あに者、あいつどこ行っちゃったのかなー」
「うーむ。さっき少しだけ、あやつの匂いが」
 羅意は、鼻をひくつかせてみた。
 先程ほんの一瞬だけ、あの少年の匂いを感じたような気がした。気のせいだったのか。
 この国は、とにかく広い。人間1人を匂いだけで捜し当てるのは、どうやら至難の業である。
 人が多い、だけではない。人ではないものたちも大勢、棲んでいる。
 先程ちらりとだけ見かけた、あの青い瞳の少女のように。
「さっきのあれは何だったのかなー」
 留意が言った。
「なんだか、あね上たちと感じがにていたのだ」
「うん、あいつらと同類だな。長生きしてるくせに全然、年を取らない」
 鬼のような姉たちを思い出しながら、羅意は腕組みをしてうんうんと頷いた。
「ああゆうのを『わかづくり』と言うのだぞ。この国にも、いるのだなあ」
「あに者はものしりなのだ! そうか、わかづくりかー」
「そう、若作りだ! わっかづくり、わっかづっくり」
 この国に姉たちはいない。いくらでも叫ぶ事が出来る。留意も唱和した。
「わっかづっくり、わっかづっくり♪」
「わはは、わっかづっくり、わっかづっくり! じょしかいばっかで、おとこもいない♪」
「楽しそうな歌……今度、あたしにも教えて欲しいわ」
 涼やかな、あるいは冷ややかな声。
 羅意も留意も、凍り付いたように固まった。
 青い瞳の少女が、そこに立っていた。
 まるで雪女のように白い、ぞっとするほど美しい顔立ちが、凍り付いた兄弟に向けられている。
「心配しないで、歌の内容まではわからないから……あたし、日本語わからないから」
「そ、それは重畳なのである」
 流暢な日本語を話しているようにも聞こえるが、きっと気のせいだと羅意は思う事にした。
「貴方たち、迷子?」
 細身を屈め、小さな兄弟と目の高さを合わせながら、少女は言った。
「誰かを捜しているようだけど、お父さん? お母さん?」
「わ、我らは迷子ではないのだぞ」
 言いつつ羅意は、小さな鼻をひくひくとさせてみた。
 先程と同じだ。覚えのある匂いが、微かに漂っているような気がする。この青い瞳の少女から、漂い出しているように思えてしまう。
 彼女は、あの少年と接触した事があるのではないのか。
「人をさがしているのは、まちがいないのだ」
 留意が、懐から1枚の写真を取り出して少女に見せた。
「この者をさがしているのだ。まいごなのは、こやつのほうなのだ」
「何か知っているなら、我らに教えると良いのだぞ」
「……見た事ないわね」
 写真を見ながら、少女が首を傾げている。
「お役に立てなくて、ごめんなさい」
「き、気にする事はないのだぞ。では、我らはこれにて」
 そそくさと立ち去ろうとする羅意・留意の眼前で、突然、風景が歪んだ。
 空間が、激しく歪んでいた。その歪みが、恐ろしい怪物の顔面を形作って牙を剥き、兄弟を威嚇する。
「ひぃー!」
 羅意も留意も、ひしっと抱き合って悲鳴を上げた。
「貴方たちは美味しそう、仲間に欲しい……そう言ってるわ」
 青い瞳の少女が、言葉と共に手を伸ばして来た。
 ほっそりと可憐な五指が、羅意と留意の頬をむにーっと摘んで引っ張った。
「本当に美味しいかどうかは、あたしが確かめてあげる」
「おいひくない! おいひくないのら!」
 おたおたと暴れながら、羅意は泣き叫んだ。
 ひんやりとした指先で兄弟の頬を摘み捕えたまま、少女はすたすたと歩き出していた。
 引きずられながら、羅意も留意も悲鳴を上げるしかなかった。
「たべられるぅー!」
「どどどこへ行くのら、我らには用事が、人捜しが」
「よく聞こえないわ」
 容赦なく兄弟を引きずりながら、少女は言った。
「あたし、若作りのおばあちゃんだから……耳が遠くて」


 兄弟から取り上げた写真に、アデドラは見入った。
 間違いない。写真の中央で、いささか困惑したような笑みを浮かべているのは、彼である。
 5年前だと兄弟は言っていた。はっきり言って、今とあまり変わっていない。
 写真には、兄弟も映っている。他にも様々な男女が、5年前の彼を中心に集まり、楽しそうにしている。
 明らかに人間ではない者も何名かいた。そういった存在と、どうやら彼は昔から縁があったようである。
 ちなみに彼は今、IO2の任務でインドに行っているらしい。
「ようアディ。その写真は?」
 父が、写真を覗き込んできた。
 IO2で教官職を務めている、大柄な黒人男性。その豪放な感じが、アデドラの本当の父に似ていなくもない。
「お父さん、これ……彼」
「ほう……日本にいた時のか。何だ、あんまり変わってねえなあ」
「残念だったわね、アディ」
 お腹の大きな女性が、そう言って笑った。
 この黒人男性の妻、すなわち母である。来月、年明けの頃に子供が生まれる。アデドラの、弟か妹である。
「今日のパーティー、お目当ての彼が来られなくて」
「お目当て……なのかしらね」
 アデドラは肯定も否定もしなかった。確かに、彼の魂はいずれ自分のものにする。
「お、おい、そりゃどういう意味だアディ」
 父が、うろたえている。母が、笑っている。
「彼ならいいじゃない。アディとお似合いだと思うわ」
「うぐぐ……あの野郎、いつからアディと知り合ってやがったんだ」
 遠い昔、こんな空気の中にいた事がある。アデドラはふと、そう思った。
 クリスマスパーティーである。
 父の部下であるIO2職員たちが大勢集まり、あちこちで談笑している。
「きっ教官、何なんすかその子は!」
 その1人が、近付いて来た。
「こここんな可愛い子、養女だなんて反則っすよぉお! あ、どうも初めまして、お父さんの部下です。あいつの同僚です。あの……とっておきのコスチュームがあるんで着てみませんか? わざわざ日本から取り寄せたんですよお、魔法戦姫◯◯◯のクリスマス限定バージョン」
「はっはっは、てめぇーは黙ってローストチキンでも食ってろお」
 父が、その部下の口に鶏肉の塊を突っ込んだ。
 遠い昔にも、父がいた。母がいた。弟や妹もいた。
 アデドラは思う。自分は、失われてしまったものの代わりを求めているのだろうか。だから、この家に引き取られる事を承諾したのか。
(だとしたら……未練、よね)
「ねえ……ところで、あの子たちは誰?」
 母が言った。
 パーティーのご馳走を、凄まじい勢いで平らげている生き物たちがいる。
「うまし、チキンうまし! ローストビーフうまし、ポテトうまし」
「あに者あに者、あんまりたべるとケーキたべられなくなるのだ」
「ケーキは別腹なのだ!」
「あね上たちとおなじ事いってるのだ」
 2匹の仔犬、のような男の子。とりあえず美味いものを食べさせて幸せな気分にさせれば、魂の味も良くなるだろう。
 その食いっぷりを、父と母が眺めている。
「日本人……かしらね。どこから迷い込んで来たのやら」
「まあ楽しんでるようだし、今夜はうちに泊めてやろうぜ」
「お料理、足りるかしら……」
 招かれざる客をも、この両親は受け入れてしまう。
 受け入れるべきではない客の応対は、アデドラが務めなければならないという事だ。
 邪悪、としか言いようのない気配が、家を取り囲んでいた。


 IO2において近年、最も活躍著しい部隊の主だった面々が、呑気にクリスマスパーティーなどを開いている。
 まとめて皆殺しにする好機である。
 にもかかわらず男たちは、パーティー会場となった家に押し入る事が出来ずにいた。
 放火しようとしても、火はすぐに消えてしまう。小銃をぶっ放しても、銃弾はガラス1枚割る事なく、ぱらぱらと地面に落ちてしまう。
「くそっ、どうなってやがる!」
 男の1人が、罵り文句を吐いた。
 それに、何者かが答えた。
「結界よ……あたしも今、気が付いたんだけど」
 青い瞳の少女……アデドラ・ドールである。
 男たちが即座に小銃を構え、少女を取り囲んだ。
「小娘、貴様……人間ではないな」
「IO2に喧嘩を売るだけあって、そのくらいの事はわかるのね」
 この男たちが何者であるのかは、どうでも良かった。IO2に恨みを持つ組織など、いくらでも存在する。
「この結界とやらは、貴様の仕業か!」
「そうよ……と言いたいところだけど」
 敵意を持つ者による攻撃・干渉だけを遮断する。そんな都合の良い能力を、アデドラは持っていない。
「魂を奪う……あたしに出来るのは、ただそれだけ。でも貴方たちの魂なんて欲しくないわ」
 アイスブルーの瞳が、夜闇の中で、微かな光を発した。
「だから帰って。今日だけは、見逃してあげる」
「……撤退!」
 なかなか統制の取れた戦闘集団のようである。指揮官らしき男の一声で全員、夜闇に紛れるように姿を消してしまった。
 彼らへの関心も、アデドラの中では消え失せていた。
「どこへ行くの」
 振り返らず、アデドラは声をかけた。
 小さな生き物が2匹、音もなく逃げようとしながら、怯えすくんでいる。
 日本犬の、仔犬だった。
 身を寄せ合って震え上がる2匹を、空間の歪みで出来た人面たちが、牙を剥きながら取り囲んでいる。
「なかなかの結界だったわね」
 アデドラは声をかけた。
 仔犬たちが、言葉を発した。
「な、何の事だかわからないのだ」
「あに者あに者、いぬがしゃべってはだめなのだ」
「そ、そうだった。何の事だかわからないワン」
 結界で、いくらか力を消耗したのだろうか。あるいは、この仔犬こそが、兄弟の真の姿であるのか。
「……この写真、返すわ。大切なものでしょ?」
「そ、それは焼き増しなのだ。よろしければ差し上げるのだ」
「そう、ありがとう。もらっておくわね」
 2匹の仔犬を、アデドラは両腕でひょいと抱き捕えた。
「差し上げるのは写真だけである!」
「聞こえないわ。あたし、若作りのおばあちゃんだから耳が遠いの」
「ねにもってはだめなのだ、ますます老けるのだー!」
 わめく仔犬たちを、アデドラはきゅーっと抱き締めて黙らせた。
「おおアディ、何やってるんだ。こんな所で」
 父が出て来た。
「お父さん、クリスマスプレゼント……あたしの欲しいものくれるって、言ってたわよね」
 仔犬2匹を細腕でがっしり捕えたまま、アデドラは言った。
「あたし、犬飼いたい……」
 捕われの仔犬たちが、クゥン……と悲しげに鳴いた。