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<東京怪談・PCゲームノベル>


ゆくとしくるとし


 ――年末だしお歳暮でも、と、見目に似合わずとことん日本的な思考回路でもってセレシュが手土産と共に鳥居をくぐるなり、賑やかな甲高い声が彼女を出迎えた。ろくに珍しくも無い出来事ではあったが、この日、彼女は青い顔をしていて、セレシュに掴みかからんばかりの勢いで駆け寄ってきたもので、さすがにセレシュは驚いて目をぱちくりさせるしかなかった。
「セレシュちゃん!! ね、佐倉先輩見なかった!?」
 髪も息も乱しているのは、見慣れた顔だった。この神社にやたらと入り浸っている女子高生、響名だ。
「さく…ああ、桜花か?」
「そう、どうしよう…! 先輩、居なくなっちゃったの!」
 居なくなった、という言葉が瞬間呑み込めない。
「居なくなった、て…いつからや?」
「昨日から帰ってないんだって。藤も姫ちゃんも、さくら様まで起きて探してくれてるんだけど、見つからないらしいの」
 常に元気な彼女の憔悴した表情は珍しいものであったが、セレシュもさすがにその様子を観察している余裕は無かった。響名が挙げた名前はこの神社の祭神だ。この小さな町の守護を担っている二柱の神様達すら見つけられない、ということは、
「町内にはおらへんのか…」
 町の中のことであれば、守護神たる彼らに見つけられない道理が無い。が、セレシュの言葉に響名はぶんぶんと勢いよく首を横に振る。
「でも、先輩、町から出る時は絶対お守り手放さないのに、家に置きっぱなしなの」
 どこ行っちゃったんだろう、と呟く声には力が無い。とんでもないことが起きたな、とセレシュは頭をかいて、まず手にした風呂敷の包みを彼女に持たせることにした。しっかりとした重さのあるそれを思わず受け取ってから、響名は目を丸くする。
「え、セレシュちゃん、これ何」
「お歳暮や。中身は和菓子。それ持って藤と、それからさくら達も呼んで来てくれるか」
「う、うん。でも、どうするの?」
「それをこれから考えるんや。作戦会議ってとこか」
 それからセレシュは肩を竦めた。
「……出来れば昨日のうちに連絡して欲しかったとこやで」




 そんな流れで作戦会議である。
 場所は神社から少し離れた位置にある母屋、つまり秋野家の住居内であった。ちなみに、神社の年末年始の諸々の予定――大掃除や初詣の参拝客を迎える為の準備、注連縄の用意などは、珍しく帰宅している藤の両親が一手に担ってくれているらしい。
「親父とお袋が帰宅した直後だったもんだから、桜花ちゃん、居辛くなってどっか行ったんじゃないかって気にしててさ…。ホントは二人も探すの手伝うって言い張ってたんだけど、神社の事を任せてきた。俺がやるより、親父達の方が手慣れてるから」
 藤がぼそぼそと言い訳がましく口にしている理由は確かに尤もらしくは聞こえた。桜花はこの家の「居候」という立場である、ということをセレシュも聞き知っている。
(そういやあの子、ほんまの両親のトコに帰ったりせんでええのやろか、年末年始やのに)
 さすがに口に出しては尋ねることも憚られ、セレシュは内心だけでそんなことを、思う。
「桜花ちゃんの親も『見てない』の一点張りだしなぁ」
 だがセレシュの内心をまるで見透かしたかのように藤がそんなことを言ったもので、驚いて、響名の差し出してくれた紅茶にむせそうになった。
「…っ、げほっ、藤、桜花のご両親と連絡取ったんか…」
「あたしも初耳。…大体、先輩はあの人達のとこになんか寄り付きもしないでしょ」
 響名が小さく唸る様にそう言うから、まぁ、セレシュの気配りはそう的を外したものではなかったようだ。桜花は本来の両親とは不仲なのだろう。藤も、常が呑気な彼らしくもない苦いため息を落とす。
「俺もそうは思うけどさ、念のためだよ。先輩が家出するとして、行く宛なんて俺もそうそう心当たりないし…それに、もし先輩が家出するなら、絶対お守りは持って行くだろ」
「ま、確かに」
 腕組みして響名も難しい顔で頷く。彼らの視線の先には、桜花が持ち歩いている学生鞄と、雑多に色々な護符が詰め込まれたプライベート用のハンドバックがあった。セレシュもその中身を確かめつつ、唸る。
「せやなぁ。…あれ、この指輪、うちがあげた奴やんか。こんなもんまだ後生大事に持っとったんやな、桜花は」
 物持ちの良い彼女らしいことではあるが、魔除けの指輪は既にあちこち罅が入ってガタがきているようだった。元々それほど質の良いものではないのだ。
「なーんだ、その指輪、セレシュちゃんだったのか…」
 一方、藤は場違いに安堵の息をついていた。
「藤、何やと思ったん」
「だ、だって、気になるだろ。桜花ちゃんがすげぇ嬉しそうに可愛い指輪なんかしちゃってさ、『それどうしたの?』って俺が訊いても『内緒』なんて言うんだぞ。あの桜花ちゃんが笑ってそんなこと言うんだぞ!? 気になるだろ!?」
「…オトコだとでも思ったん?」
 苦笑しながら問い返すと、藤は言葉に詰まったように黙り込んで、頬を膨らませてしまった。拗ねた子供のようにそっぽを向く藤の隣で、はぁ、と、女のため息が聞こえる。
 衣擦れの音のひとつもさせずに、そこに藤色の和装の女がいつの間にやら現れて、紅茶を飲んでいた。長い髪が陰を作りその顔はよく見えないが、あまり機嫌がよくないらしいことは、周りの雰囲気で否応なしに分かる。何せ空気が冷たい。例えではなく、本当に気温が下がっている。
<…桜花の淹れたお茶が飲みたいわ>
「姫ちゃん…」
 お茶を淹れた主である響名がしょんぼりと項垂れる。
 ソファに悠々と座った女性は、その出現からして分かる通り人ならざるものである。この町を守っている、元祟り神、現守り神。人間には「ふじひめ」と名乗っている。
 気紛れな性質の彼女が陰鬱そうに、そして深刻に、場の人間達――約一名、人間以外も混ざっているが――に告げた。
<やっぱり駄目ね。兄様にも手伝って頂いたけれど、桜花の気配は町の中には無いわ>
「…やっぱりそうなのか…」
<町の外に居るのかしら。でも、あの子が町を出るなら、兄様が何か言っていそうなものよね>
 ふじひめが「兄様」と呼ぶのは、この神社のもう一柱の祭神である。
 本体であるご神木を切り倒されて久しい瀕死の神様は、こちらは「さくら」と名乗っていた。
「さくらは、今は寝とるんか」
<ええ。桜花を探す、と言い張っていらしたけれど、無理もさせられないもの>
「そうか…そうやろうな」
 それきり場は静まり返り、集まった人間二人とそれ以外と神様一柱はそれぞれにため息をつく。

「そういえばセレシュちゃんってさ、」
 重苦しい沈黙がどれだけ続いただろうか。藤がふと、顔を上げた。よく見ると目の下に薄らとクマが出来ているから、殆ど眠っていないのだろう。
「…訊いていいのか分かんないけど。俺達に出来ないことが出来たり、するのかな、やっぱり」
 彼女が響名を石化させた現場には居合わせていたので、セレシュの持つ異能のことは藤も知ってはいるだろう。あえて詳しいことを尋ねて来ないのは彼なりに気遣いではあったのだろうが、今になってそんなことを尋ねるのは多分。
(ワラにも縋りたい、って顔に書いてあるわー…)
 本当に心配なんだろうなぁ、とセレシュの胸もちくりと痛む。
 桜花の体質――ありとあらゆる霊的存在に「憑依」されやすい、という難儀な体質――を知っているから、セレシュだって心配なのだ。とはいえ。
「うちに出来るのはせいぜい、石化と、魔術関連の道具の修理。人探しに向いてる道具は生憎今は持ち合わせがあらへん。むしろ響名の方が持ち合わせがあるんとちゃうか」
 水を向けられて、居心地悪そうに響名が目を逸らす。
「…ダウジングくらいなら何とかなるんだけど…どんな質問でも答えてくれる<真実の鏡>は作るの時間かかるし…」
「ダウジングの結果は?」
「……神社の周りをぐるぐる回るだけだったの」
 ふむ、とセレシュはその言葉に、思案げに顎に手を当てた。
 ふじひめは「町の中に桜花の気配はない」と断言している。藤が言うには「いつも持ち歩いているお守りが部屋にあった」らしい。加えて響名のダウジングの結果は、
(神社をぐるぐる…意外と、あの子、神社から出てへんのと違うか)
 しかし、何だかんだで藤に対して辛く当たっているように見えて妙に甘いところのあるあの少女が、藤を一晩心配させてしまうと言うのも考えにくかった。となれば、
(本人の意思では無い、んやな?)
 何らかの理由で、どこかに閉じ込められた。そう考えるのが無難だろうか。
「なぁ、ふじひめ」
 名を呼ばれ、俯きがちだった女神は首を傾げる。
「…あんたらが桜花の気配を探れない理由って、『町に居ない』以外だと何か有り得るか?」
 その問いに、ふじひめは一瞬、面白くなさそうな――顔は見えないのだが――気配を見せた。神経質に扇子の骨を指で弄りながら、渋々といった様子で、
<わたくし達よりも神格が上の相手が、桜花を神隠しに遭わせた場合であれば。有り得るわ>
 その言葉で、セレシュは手を打った。笑みを見せる。
「それやな。恐らく」
「それ、って」
「佐倉先輩、神隠しに遭っちゃったってこと?」
「桜花ならおかしくあらへん。あの子、神様ですら簡単に憑依させられる体質やろ?」
 ある意味、天性の素質と呼んでも差し支えあるまい。普通は「神を降ろす」なんてこと、相応の準備と鍛錬が必要なのだ。そういう手続きをすっ飛ばして神降ろしの出来る彼女の体質は、才能と呼んでも良い。
「で、でも、そうだとしたらどこの誰がそんなことしたんだよ!」
<そうよ。わたくし達の町中で、冗談ではないわ>
「誰、かまではうちも特定は出来ひんわ。うちはこの国の神様にはあんまり詳しないし」
 でも、とセレシュは少し思案してから、付け加える。
「…もしかしたら、場所くらいは特定出来るかもしれへん」
「場所…?」
「まぁ、さっき藤の言っとった奴やな――うちに出来る、『人に出来ないこと』って奴や」
 先の自身の発言をそれで思い出したのだろう。藤の表情がさっと曇る。
「俺…ごめん、セレシュちゃん。桜花ちゃんを探せるなら、どんな方法でも縋りたくて」
「うん、そう顔に書いてあったわ、自分ほんまに分かり易いなぁ」
「ご、ごめん!」
 青くなって頭を下げる藤、というのもなかなかに珍しいものではあった。セレシュは苦笑して、その頭をぽんぽん、と撫でる。
「…桜花が無事に見つかったら、礼でも言ってくれればええよ。謝らんでええて」
 うん、としょ気る藤を部屋に置き、セレシュは一人、住居から玄関へと向かった。ふじひめだけが、興味深そうに後ろをついてくる。
<どうする積りなの、セレシュ。お前が何かの守護者の類なのは分かるけれど、それは人探しに向いている性質ではないでしょう>
「むしろ守護者だから、やなぁ。うち、『侵入者』には割と敏感なんよ。ここの神社の狛犬もそうなんとちゃう?」
<…あの子達はあんまり仕事熱心ではないのよね>
「そらあかん。リストラ考えておいた方がええで」
 軽口を叩きつつ、セレシュは散歩でもするかのように、しかし慎重な足取りで歩みを進めていく。
 ――そう、セレシュは「守護者」だ。かつて古く忘れ去られ、祀るべき神の名さえも失われた場所を、ずっと守り続けてきた。その性質は、幾らか抑える術は学んだとは言えども、損なわれている訳ではない。
(ここは余所さんの聖域やから、うちの守るべき場所とは違てるけど)
 しかし、桜花は――まぁ、守るべき相手と判断してもいいだろう。何せ彼女の淹れるお茶は美味しいし、手料理はもっと美味しいのだ。
 そういう訳で、セレシュは少しだけ往時を思い出しながら、本当に少しだけ、常は無意識に抑え込んでいる本能を緩やかに開放してみることにしたのだった。






 他方、その頃の桜花である。
 彼女は困っていた。
「そういう訳でねぇ。もうすぐお役目も終わるのだが」
 眼前でそんなことを言いながら嘆いているのは、蛇であった。神使とされる白蛇である。人を丸のみに出来そうな巨躯を前にしても、桜花はあまり動じなかった。慣れとは恐ろしいものである。
「ええ、そうですね。一年、ご苦労様です。あと数日はありますが…」
「しかし、必要とされなくなるのは寂しい」
「あと12年の我慢ではありませんか。待てば必ず必要とされる。良いことだと思います」
 淡々と語る桜花の顔に、僅かに影が差す。白蛇はちらりと舌を出してから、そんな彼女に労わるような視線を向けた。
「お嬢ちゃんも、『必要とされなくなった』と嘆いていたね」
「…顔や言葉には、出していない積りだったのですが。さすがに歳徳神様の使いの方にはお分かりですか…」
 羞恥に頬を染め、眉根を寄せつつ、否定するのが無駄であることは分かっていたので、桜花は渋々頷いた。
 そんな彼女が座っているのは、何やら緑色の物体である。足を揺らしながら、彼女は自分の手を見下ろしていた。冬場の水仕事に慣れた手は、いくら手入れをしても、多少は肌が荒れている。
(確かに、秋野のおじ様とおば様が帰ってきて、家事も取り上げられちゃって、『必要とされてない』なんて思って寂しくは思っていたけど)
 俯いて、鬱々とそんなことを考える彼女は、辺りの風景が明らかに神社ではないことにも、自分が腰かけているモノが何かも、どうやら気付いていない様子であった。
「私と一緒に来るかい? お嬢さんのような体質の巫女さんなら、きっと引く手数多だ」
 白蛇の言葉が、胸に沁みる。
 普段の桜花であれば、「体質」を理由に必要とされることはあまり望ましくないことなのだが、幾らか心細かったこともあってか、何故か気分は悪くならなかった。むしろ、それでも良いかな、等と考えてしまう始末だ。
(ううん、でも、秋野のおじ様やおば様にも心配をかけてしまうし)
「お嬢さんが世話になっている神社になら、きちんと私から口を利いておくよ」
 まるで見透かされたかのように先回りして白蛇に告げられ、桜花は反論しようとした言葉を咽喉元で呑み込んだ。
(……。それなら、いいかな…)
 藤は大騒ぎするかもしれない。
 一瞬、そんなことが脳裏を過ぎって、しかし桜花はすぐに首を横に振ってその思考を断ち切った。白蛇に頷こうとした、その瞬間だ。



「そ、その話ちょっと待ったーーーッ!」



 声は、頭上からだった。疑問符を浮かべつつ反射的に顔を上げた桜花は、奇妙なものを見る。
 空の一部が、石化していた。――としか表現のしようがなかった。灰色に凝って、おまけに少し割れてしまっている。その隙間から身を捩るようにして、見慣れた少年が、――どういう訳か腕の中に小さな白馬を抱えて飛び込んでくるではないか。
 ぽかんと口を開け、唖然とする桜花を、白蛇がからからと笑いながらからかった。
「なかなかどうして、必要とされておるではないか、お嬢ちゃん」
「え、ち、違、違います。彼はただ、私の…」
 身体が目当てなんだと思います。とは言えず、桜花はとにかく呆然とするしかない。白蛇を見遣り、飛び込んできた少年、藤を見遣り、藤の腕の中の小さな馬の赤ちゃんを見遣る。
 そして、彼女はやっと我に返った。
「……。ところでここ、何処?」
「桜花ちゃん、心配したんだからな!? 何やってたんだよ!! 歳神様の使いも、何で桜花ちゃん連れ込んでんだよ、一言断れよ心配するだろ! セレシュちゃんに場所特定してもらってから無茶言って来年の歳神様の化身借りてきたんだからなー!?」
 そう叫びながら藤が腕の中を示しているので、どうやらあの白馬の赤ん坊は、来年の歳神の化身であるらしい。だからまだ赤ん坊なのか、と、桜花は場違いに納得した。
「いやぁ、お嬢ちゃんがあまりに私と似た悩みでしょ気ておるのでなぁ。哀れになってしまってな」
 そんな会話をする間にも、辺りの風景がボロボロと剥がれ落ちるようにして変わっていく。今更、自分の居る場所に違和感を覚えた桜花は、辺りを見渡して眉根を寄せた。
 ――秋野家の門扉のすぐ傍に、何故か彼女は座り込んでいたのである。
 おまけに、すぐ傍で馬を抱えたままオロオロとしている藤は珍しく憔悴したような表情だし、「良かった…」と崩れる響名も涙目になんかなっている。ふわりと浮かんだふじひめが、扇子で顔を隠して何やらぼやいていたが、これはいつもの光景だからまぁ置いておこう。
 更には、客人の姿まであった。
 金髪碧眼の、幼げな顔立ちの女性。
「あら、セレシュさん。いらしていたのなら言ってくれればいいのに。前に言ってた生姜茶があるのだけれど、どうかしら」
 首を傾げつつそう言えば、何やら脱力したように、見慣れた女性は大きく息をついた。呻く。
「……桜花、今日ばっかりは、うちはあんたに『何呑気なこと言っとるんや』って突っ込まなあかんわ…」
 それは普段、藤が言われていることではないだろうか。
 とりあえず、桜花は立ち上がって、玄関を開いた。並んだ靴の中には、見慣れない、秋野家の両親のものもある。そのことが矢張り胸を突いたが、不思議と、少し前に覚えた「この家に居場所がなくなるかもしれない」という恐れに似た寂寥感は消え失せていた。
「…もしかして私、皆に心配をかけたのかしら…」
 今更になって、桜花は気が付いたらしい。
 自分が、別の神様に引き摺られて、「神隠し」に遭っていた――という事実に。
 セレシュは腰に手を当てた格好で思わず笑う。
「もしかせぇへんでも、心配かけまくりやで。さて、仕切り直しやな。…お歳暮に和菓子持って来とるんやけど、お茶にせぇへん?」
 その提案に、桜花が苦笑する。
「そうね。せいぜい美味しいお茶でも用意するわ。…みんな、ごめんなさい、心配をかけて」
 その言葉には、二人の人間と、それ以外の一人と、一柱の神様は、それぞれに笑みを返した。が、すぐに笑みは凍りつくことになる。
「お茶が終わったら、大掃除にしましょう。師走だって言うのに、すっかり時間を無為にしてしまったわ」
 生真面目な桜花が、大真面目な表情でそんなことを言いだしたからである。
 その言葉に、作りかけの門松――この縁起物は、本来「歳神を迎える憑代」なのだ――にとぐろを巻き付けた白蛇と、まだ幼い小さな白馬はそれぞれに笑みを浮かべる。
「そうさのぅ、年末の掃除は大切じゃの」
 白蛇が言えば、まだ言葉は操れないらしい白馬がヒヒン、と嘶く。
「ふふん。来年のが、注連縄も用意をせぇと言うておるわ。せいぜい走れよ、人の子達」
「誰のせいですか誰の…」
「お前さんも、忙しく走っておれば寂しがっている暇も無かろうよ」
 白蛇の言い分に、桜花は呆れた様子で嘆息した。それから、笑う。

「――せいぜい必要とされましょうか、お互いに」





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8538 /  セレシュ・ウィーラー / 女性 】


*ライターより

午年です。
今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。