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<東京怪談ノベル(シングル)>


人外の冬休み


 まさしく白い闇である。普段は、視界良好な初心者用ゲレンデなのだが。
 人間であれば、とうの昔に遭難しているであろう猛吹雪の中を、2人の少女はせっせと歩いていた。
 少なくとも、外見は人間の少女たちである。10代の美少女、に見える。
 両名とも、着用しているのはスキーウェアだが、足元は動きやすいスノーブーツだ。
 1人は、眼鏡をかけている。そのレンズに、際限なく雪が付着する。
「あー、もう……どのみち何も見えへんけどな、この吹雪じゃ」
 セレシュ・ウィーラーは言った。もう1人の少女は、何も言わない。
 いや。よく聞き取れぬ声で、何事か呟いている。呪詛のようでもある。
 弾んだ会話など出来ないのは、承知の上だ。セレシュは同行者に構わず、独り言を漏らした。
「あかん、うち冬はやっぱ相性悪いわ。冬眠したいとこやで、ほんまやったら」
 仕事である。冬眠など、している場合ではなかった。
 某県のスキー場である。
 猛吹雪のせいでスキー場をオープン出来ない状態が、何日も続いていた。
 自然の吹雪ではなく、何かしら人外の力が働いている可能性があるので、調べて欲しい。そして、その力を取り除いて欲しい。
 それが、今回の依頼の内容だった。
「鍼灸院だけやと食っていけへんしなあ……おーい、遅れとるで」
 同行者の少女が、吹雪に埋もれそうになりながら、のろのろと歩いている。相変わらず、ぶつぶつと何か呟きながら。
 そこへ、セレシュは声を投げた。
「ちゃっちゃと歩かんと雪に埋まるで。あんたが埋まったら、春まで助けてやれへんで」
「米沢牛……」
 呪詛のような呟きが、ようやく聞き取れた。
「しゃぶしゃぶ……すき焼き……地酒……温泉……」
「仕事終わったら全部堪能させたるさかい」
「お姉様、私を騙しましたわね……冬山ゆったり温泉パラダイスなどと……これではパラダイスどころか、単なる八甲田山ですわ!」
「……いらん知識ばっか増えてくなあ、自分」
 セレシュと同じく、人間ではない少女である。
 何年か前までは、石像であった。
 それが生命と思考能力を有するに至り、今では付喪神と呼ぶべき状態にある。
「おわかりですの? お姉様。雪というものは、おこたや温泉の中から見ればこそ美しいのであって」
「外におる時に吹雪かれたら美しさもへったくれもあらへん、っちゅうのは同感や。雪っちゅうんは、ほどほどに降るからこそ風情があるんやで」
 セレシュは話しかけた。付喪神の少女に、ではない。
 この猛吹雪の発生源たる、邪悪な存在に対してだ。
「冬の妖怪やったら、もう少し風情っちゅうもんを考えなあかんで自分」
「人間が凍え死にしたら、風情があるじゃない……」
 ぞっとするほど涼やかな、女の子の声だった。
「人間が、氷漬けになったり凍傷で手足バラバラになったりしたら、風情があるじゃない?」
 軽やかな人影が、吹雪の中に佇んでいた。
 ひらひらとした純白の着物ドレスが良く似合う、美しい少女である。
「でも、あんたたちは人間じゃないのねえ。あたしの吹雪の中で、平然と歩いてられるなんて……まあいいわ、あたしのマックスパワーで氷詰めにしてあげる。1万年くらい後に、アイスマンみたいになって発見されるといいわ。風情あるでしょ?」
「その着物ドレス、似合うとるで。コスプレ風俗みたいや」
 セレシュは言った。
「あんたら雪女も、時代の影響受けるんやなあ。けどな、そんなら人間とは仲良うした方がええで……今時、人間いじめて喜ぶんは時代遅れやて」
「あたし、人間は好きよ? 凍らせて叩き割ると、キラキラ飛び散ってとっても綺麗だもの。風情あるわよねえ」
 雪女の少女が、うっとりと言った。
「この山だけじゃないわ。ふもとの街も、その周りも全部凍らせて……樹氷みたいになった人間、片っ端からブチ砕いて粉雪みたく散らせてあげるの。キラキラきらきら、とっても風情があるに違いないわ」
「……お姉様、これはもう駄目ですわね。何百年生きている雪女なのかは知りませんが、とうに耄碌して会話が出来なくなっておりますわ」
 付喪神の少女が、雪を蹴立てて疾駆した。雪女に、殴り掛かって行く。
「永遠にお休みなさい、おばあちゃん!」
 暴風雪を切り裂くような拳の一撃は、しかし届かなかった。
 雪女の少女が、愛らしい唇をすぼめて息を吹いたのだ。
 それだけで吹雪が荒れ狂い、付喪神の少女を直撃した。
 元石像の少女が、氷像と化した。一瞬にして、凍り付いていた。
 その身体から、ぱらぱらと氷の破片が剥離してゆく。
 着用していたスキーウェアが、砕け散っていた。
 凍り付き青ざめた肌を露わにしながら、少女は雪中に倒れ込んだ。下着姿の、凍死体のようである。
 ブラジャーに包まれた胸の豊かな膨らみが、凍っているのに柔らかく揺れたように見えた。自分より大きい。セレシュはそんな事を思ったが、そんな場合ではなかった。
「次は貴女の番よ!」
 巨大な氷柱のようなものが何本か、雪女の周囲に生じて浮かんだ。氷の、槍だった。
「串刺しにして、身体の中から凍らせてあげる! 風情があるでしょ!?」
 それらがミサイルの如く飛翔し、セレシュを襲う。
 その時には、セレシュはしかし、呪文の呟きを終えていた。
 氷の槍が、砕け散った。目に見えぬ防壁が、セレシュの周囲に生じていた。結界である。
「なっ……!?」
 雪女の少女が、初めて動揺した。セレシュは微笑みかけた。
「安心したわ。ほんまの異常気象で吹雪いとるんなら、うちかて打つ手あらへんけど……この程度の力しかないチンピラ妖怪のおイタやったら、鍼灸院の片手間で充分片付くお仕事やね」
「片付けられるのはお前だよ、異国の年増妖怪!」
 雪女の逆上の念にあわせ、風が、雪が、氷の槍が、吹きすさんだ。
「ルイベにしてやる! 切ったらシャリシャリした感じで独特の歯応えだよ、風情あるだろ!」
 氷の吹雪とセレシュの結界が、ぶつかり合い、もろともに砕け散っていた。
 さらなる攻撃を繰り出そうとはせず、雪女の少女は硬直していた。
 凍り付いていたはずの付喪神の少女が、その背後から抱きついていた。
「なっ……お、お前……!」
「油断しましたわねえ……」
 元石像の少女が、ストーンゴーレム並みの怪力で、雪女をがっしりと抱き捕えている。
「その子が元々持っとる石の属性をな、ちいと強めておいたんや。生半可な氷属性は、受け付けへんでえ」
 セレシュは説明をしてやった。が、雪女の少女が聞いているのかどうかは不明だ。
「はっ放せこの、痛ッ! 痛い何これ、肩胛骨が折れる折れるいたたたたたた」
「おかげで胸も揺れませんのよ? ブラジャーの中に石の塊が詰まっているようなもの。ほらほら」
「痛い! 痛い痛いやめろおおおおおおおお!」
 大きな石の塊を2つ、ぐりぐりと背中に押し付けられながら、雪女の少女は暴れている。
 たおやかな手足が、暴れながら硬直してゆく。
 この付喪神に生気を吸われた者は大抵、石像と化す。
 だが雪女の少女は、氷像と化していた。
「んー、冷たい生気……この季節にかき氷を食べさせられた気分ですわ。あっ痛、頭がいたたたたた」
 付喪神の少女が、頭を押さえる。
 出来上がったばかりの氷像が、雪の中に倒れた。
 じたばたと、暴れているような駄々をこねているような格好で固まった少女。あられもなく脚が跳ね上がり、下着が丸見えである。が、氷像なので色はわからない。
 下着だけではない。着物ドレスが氷と化して透け、裸に近いボディラインがはっきりと見て取れる。
 何百年、若さを保ってきたのかは不明だが、見事なものだった。脇腹にも二の腕にも弛みがなく、胸の膨らみにも張りがある。元気良く揺れたまま、時が止まったかの如く固まっている。
 自分より大きい、などとセレシュはやはり思ってしまう。
「まったく、雪山でこんな格好をさせられるなんて……新しいスキーウェア、買ってもらいますわよ。お姉様」
「こんなんなっても大丈夫なように、もっと安いのな。さ、旅館へ帰ろか」
「お姉様〜」
 下着姿の少女が、後ろから抱きついてきた。
 固さが、重さが、冷たさが、一気にセレシュを襲った。よく冷えた石像を、背負わされたようなものだ。
「冷たいて! 痛いて肩胛骨折れるて! こら、やめんかい!」
「うっふふふ。早く温泉と地酒で温めて下さらないとぉ、一緒に凍り付いてしまいますわよ?」
 柔らかく積もった雪の中に、セレシュは押し倒されていた。
 それほど寒くはない。吹雪は、収まりかけていた。