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<東京怪談ノベル(シングル)>


美しき琴棋
 長い廊下に高らかな靴音が響く。歩いているのは、タイトなスーツ姿の女だ。
 服の下からでもその存在を主張してくる豊満な体に、艶やかな長い黒髪。見つめられると思わずドキリとしてしまうような、扇情的な黒の瞳。ミニスカートから覗く脚線美は、見る者の視線を容易く奪う事だろう。といっても、今ここにある人影といえば彼女自身くらいなものだが。
 人けのない廊下を進んだ先。とある部屋の前で立ち止まった女は、慣れた手つきで扉をノックする。小気味の良い音への返答は、すぐにあった。
「入れ」
 上司の言葉に誘われるように室内に足を踏み入れた彼女は、背筋をぴんと伸ばして立ち眼前の男の事を見据える。重厚な面持ちで腰をかけていた男は、琴美の姿を確認すると表情一つ変える事なく告げた。
「任務だ、水嶋。とある組織を殲滅してもらいたい」
 何も知らない者が聞いたら、この美しい女性に彼は突然何を言い出すのだ、とぎょっとしてしまうかもしれない。
 けれど、女はなんて事がないように微笑み、迷う事なく頷いてみせた。
「了解しましたわ、司令」

 ――特務統合機動課。
 自衛隊の中に非公式に設立された暗殺、情報収集等の特別任務を目的にし、魑魅魍魎の類の殲滅も担う特殊部隊。
 彼女、水嶋・琴美は、その課のエースだった。

 ◆

 自室に戻った琴美は、まっすぐにクローゼットへと向かった。静かに音をたて開かれたそこから、目当てのものを探す。
 室内に、彼女が脱いだスカートが落ちる。床に着地したそれから足を抜きながら、彼女は着替えを手に取った。
 スーツを脱ぎ終えた琴美は、クローゼットから取り出したばかりの衣服を一つ一つ身につけていく。
 手を動かしながらも、彼女は先程司令に告げられた今日の任務について思いを巡らせていた。敵組織の殲滅。渡された資料に書かれていた情報や拠点の場所は、すでに頭に叩き込んである。
 記憶の中の司令が、この任務にはすでに別の者があたっていたのだと語る。しかれども、その者からの連絡が突然途絶えてしまったのだという。
 敵組織に殺されたのか、それとも捕らえられたのか。後者であれば、この課の機密を漏らされない内に迅速に対処しなければいけない。
 どちらにせよ、その事実はこれから琴美が行う任務が危険なものであるという事を物語っていた。
 けれど、琴美の瞳に怯えや不安の色は全くない。司令も、一切琴美の事を心配する様子はなかった。
 彼女の力を、信頼しているのだ。むしろ、彼女だからこそ、この任務を任せたのだとも言える。
 そして琴美もまた、己の力に絶対的な自信を持っていた。故に女は、笑みを象る。艶やかな唇は、任務の成功を確信しているかのように弧を描いた。
 形の良い尻が、服に隠されていく。しかれども、その魅惑的なボディラインまでを隠してしまう事はない。それどころか、彼女が纏った黒のラバースーツは体のラインを強調していた。ぴっちりと締め付けてくるスーツが、彼女の艶のある胸の形を正確になぞっている。
 着心地を確認するかのように何度か腕を動かした琴美が、次に手にとったのはラバースーツと同色のミニのプリーツスカートだ。美麗な彼女の姿に、愛らしさも入り交じる。
 仕上げに、膝下までの編み上げのロングブーツ。しなやかに伸びた足が、彼女のお気に入りのブーツに包まれていく。
 支度は完了した。動きやすく、それでいて魅惑的な衣装に身を包まれた彼女が、最後に手にとったのは愛用のナイフだ。それすらも彼女の美しさを際立てるアクセサリーのようであり、琴美の妖艶さを助長させていた。

 ◆

 単身乗り込んできた琴美を、見張り達の幾つもの瞳が舐めるように見つめる。全身で女の魅力を語る琴美の見目に、口笛を吹く者までいた。
 数は、一……十……。否、わざわざ数える必要などはない。琴美が相手をするならば、すぐにゼロになるのだから。
 暗殺も得意としている琴美だが、今回は隠れる事も不意打ちを狙う事もせず堂々と彼らの前へと姿を現した。この数でこの相手なら、確実に勝てると判断したのだ。
 そんな事を知らない見張り達は、一人で乗り込んできた極上の女の姿におさえきれぬ笑声をあげる。彼らの目には、琴美の事が自ら死地へと足を踏み入れた愚かな獲物にでも見えているのだろう。
「すぐに教えてあげますわ。本当の愚か者がどちらなのかを」
 ――なっ、この女、速……っ!
 まともに思考する余裕すら、彼らには与えられなかった。
 目にも留まらぬ速さで駆け抜けた琴美のナイフが、数人の見張りの命を切り裂く。鮮血を流し倒れ伏す仲間の姿に別の見張りが呆けている隙をつき、琴美はその体に拳を叩き込んだ。鋭く、力強い一撃。
 反撃しようとしてきた敵の首を、女のすらりとした長い足が蹴り上げる。男達が銃で琴美に狙いをつけるが、銃弾は全てナイフで鮮やかに弾き返された。黒い髪の毛先が、彼女の後を追うように美しき軌跡を描く。
 その姿は琴棋を楽しんでいるかの如く、優雅で美麗だった。ここが戦場だという事を忘れ、思わず見惚れそうになり慌ててかぶりをふる者もいる。
「後ろががら空きだ!」
 不用意に、一人の男が彼女の背後へと近づいた。しかし、琴美がそれを許すはずもない。振り返り様に振るわれた拳が、男の鳩尾を正確にえぐる。
 次いで繰り出されるは、重力弾。琴美は、重力すらも操るのだ。周囲にいた者達が、重圧に耐え切れずに沈み込む。

 彼女は、若いながらも他に並ぶ者のいない優れた実力を誇っている。戦場で悲鳴を奏でさせ、美しき鮮血の花を咲かせる。
 特務統合機動課。自衛隊の中に非公式に設立された暗殺、情報収集等の特別任務を目的にし、魑魅魍魎の類の殲滅も担う特殊部隊。
 水嶋・琴美はこの課の、エースなのだ。

 そんな琴美を敵に回してしまった事は彼らの不幸であり、最期に美しい彼女の姿を見れた事は幸運でもあった。
 あれだけの数と対峙したというのに傷一つ負う事なくそこに立ち続ける琴美を、倒れ伏した一人は怯えた様子で見上げる。
「ば……化け物……」
「あら、女性の扱い方がなっていませんわね」
 血反吐を吐きな告げる男に、琴美は極上の笑みと、ナイフの刃を返す。
 けれども確かに、屍の山を背後に微笑む彼女はこの世の者とは思えない程の美しさを孕んでいた。
「さぁ、次はどなたですの?」
 問いかけながらも、琴美はナイフを構え直す。彼女の舞台は、まだ終わらない。