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<東京怪談ノベル(シングル)>


漆黒の牝豹


 ミニのタイトスカートである。どうしても、まずは太股に目が行ってしまう。
 むっちりと膨らみ引き締まった肉付きと、眩しいほどの肌の白さが、男の視覚を強烈に刺激する。
 続いて胸。食べ頃の果実のようなその丸みが、ジャケットとブラウスに閉じ込められて少々窮屈そうではある。思わず見入ってしまわない男はいないだろう。
 格好良くくびれた胴から尻回りにかけての膨らみは、力強さすら感じさせた。
 過酷な鍛錬によって、瑞々しい凹凸が維持された身体。
 たゆまぬ努力の証とも言うべき姿が、司令官の眼前に凛と佇んでいる。
 自衛隊・特務統合機動課。
 完全実力主義の職場である。こうして成人前の若い娘が、並み居る男たちを押しのけて頭角を現してくる事もある。
 名は、水嶋琴美。
 この日本という法治国家において、彼女ほど人を殺している人間はいないだろう。犯罪ではない、職業としての人殺しだ。
 言わば、税金で雇われている殺し屋である。
 蔑称ではない。この職場において、殺し屋・殺人鬼といった言葉は、賛辞にしかならないのだ。
 その美しき殺戮者が、いくらか怪訝そうな表情を浮かべている。
「司令官、御用は?」
 いくら血を見ても決して澱んだりはしない、冷たく澄んだ黒い瞳が、じっと司令官を見つめる。
 優美な背中をさらりと撫でる、艶やかな黒髪。
 それと鮮烈な対比を成す、白皙の美貌。見つめられると、気圧されてしまいそうである。
 1度だけ咳払いをしてから、司令官は言った。
「ヘイトスピーチ、というものを知っていると思うが」
「あの馬鹿げたお祭り騒ぎが何か?」
「それを、スピーチで済ませられなくなった者たちが動き始めている。大量の銃火器類が、自衛隊から流れ出して彼らの手に渡った」
「……武力による、外国人排斥運動を起こそうとでも?」
「起こされてからでは遅いのでな。武器の流出経路から、彼らの隠れ処は割り出せた……あとは、君の出番だ」
「任務、承りましたわ」
 琴美は敬礼をした。
「お便所の落書きだけでは満足出来なくなった、かわいそうな方々……救って差し上げなければ、いけませんわね」


 ついにこの時が来た、と男たちは思った。
 日本という国がなければ生きてゆけないくせに反日ばかりを叫ぶ、あの寄生虫のような者どもを、駆除する事が出来るのだ。
 借りた金を返さない、盗んだものを返さない、借りた事も盗んだ事も都合よく忘れて被害者面をしている輩を、皆殺しに出来るのだ。
 この世で最も汚らしい民族に、罰を下す時が来たのである。
「本物だ……本物だよオイ!」
 男の1人が、支給された小銃を振りかざし、狂喜している。
「おい馬鹿、危ねえよ」
「ここでぶっ放したって、しょうがねえだろ」
「弾をぶち込むのは、俺たちにじゃねえ、あのクソどもにだけだ。くれぐれも日本人を撃ち殺すんじゃねえぞ」
「へっ……わかんねーなァ。だって日本人かどうかハッキリしねえ連中、いっぱいいるもん」
 とある港湾施設の一角である。この辺り一帯が、公にはされていないが、この男たちの属する組織の私有地であった。
 倉庫内で、自衛隊から流れて来た武器類を確認しているところである。
「特によォ、反日なのは政府だけで1人1人はいい人ばっかりだとか寝言ほざいてる奴らぁ! 日本の裏切り者だ! 国賊は片っ端から射殺しねーとなぁあああああ!」
 絶叫と共に、その男は真紅の飛沫を噴出させた。
 軽やかな人影が、彼の背後に着地し、刃の光を一閃させていた。
「寝言は寝ながら、静かに……ね?」
 涼やかな声。
 首の後ろを切断された男が、白目を剥きながら倒れて沈む。
 入れ替わるように、細身の人影がユラリと立ち上がった。
 黒のラバースーツでぴったりと引き立てられたボディラインは、しなやかな牝の黒豹を思わせる。
 胸は、そんなものでは隠しきれない色香を発散させつつ豊麗に膨らみ、胴は格好良く引き締まって強靭さを感じさせる。
 白桃にも似た尻回りには短いプリーツスカートが巻き付き、そこからスラリと伸び現れた両の太股は、こうして静かに佇んでいるだけでも躍動的だ。瑞々しくも荒々しい脚力が、むっちりと詰まっている。
 そんな美脚が、編上げのロングブーツで男の屍を踏み付けた。
「どこの国でもそう……世の中、行き詰まってくると、とりあえず愛国に走ってみるもの」
 可憐な唇が、嘲りの言葉を紡ぐ。
「他には何もない、かわいそうな方々。だからと言って、笑って許して差し上げるわけには参りませんわ」
 水嶋琴美だった。
 優美な右手の五指が、いくらか重そうな大型のナイフを、しっかりと逆手の形に保持している。
「な……何だ、てめえ……」
 男たちが、小銃を手にしたまま怯えている。怯えながら、怒り狂っている。
「何で、俺たちを殺そうとしやがる……俺たちゃなあ、この国のために正しい事やろうとしてんだぞ……」
「あのクソどもから、日本を取り戻さなきゃならねえんだ! 被害者面した寄生虫どもに、この国を食い潰される前に!」
「奴らが生活保護で! 日本国民の税金で! どんだけのうのうと暮らしてやがるか知らねえのかああ!」
 叫んだ男の眉間に、小さな光が突き刺さった。
 投擲用の、小型のナイフである。
「貴方たち、税金なんて払っておられないでしょう?」
 他何本もの投擲用ナイフを、左手で揺らめかせながら、琴美は言い放った。
「大陸や半島から来られて、日本でお仕事をなさって、税金もしっかり払って下さる方々……大勢おりますわよ? 私、公務員ですから。納税者の方々はお守りしなければいけません」
 言葉と共に、琴美は床を蹴った。
 疾駆。黒い牝豹のような人影が、風の如く男たちを襲った。
「納税者ではない方々は……この国を食い潰す害虫として、駆除させていただきますわ」