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<東京怪談ノベル(シングル)>


incomparable:1


「水嶋、新たしい任務だ。水面下で数を増やし続けてるテロ組織がある。今回はそれの殲滅だ」
「了解いたしましたわ。完璧なご報告をお待ちください」
 非公式に設立された特殊部隊。
 ――その、司令室。
 琴美が前にするのは彼女の司令官である初老の男だった。隣には女性が一人控えている。彼の秘書なのだろう。
 メガネの似合う彼女が一歩を進めて琴美にいくつかの資料を差し出した。
 それを黙って受け取り、視線を落とす。さらりと目を通して、一拍の後に彼女はまた顔を上げた。
「無事の帰還を願う」
 低い声が室内を低く這う。
 琴美はその音を耳に止めて、こくりと明確に頷いてみせた。
 美しく艶のある黒髪が肩を滑り、元の位置へと還っていく。
 そして彼女は軽い会釈のあと、その場を後にした。

「――彼女、一人だけなのですか」
「ああ、水嶋一人だけの任務だ」

 後に残された司令室内で、秘書が扉に視線をやったままでそう言った。
 司令官はちらりと彼女を一度見やったあと、再び視線を元に戻して言葉を返す。

「水嶋にしか頼めんのだよ。彼女の強さは我が部隊ではいつでもトップクラス……強すぎて誰もついていけないほどだ」
「それは……部隊としては良くない傾向にもあると思われますが」
「そうだな。我々は彼女を見習い、もっと精進せねばならん。だが今は、水嶋に任せるしかない」

 司令官は口元に拳を持っていきながらそう言った。
 この部隊の要は常に琴美であった。精鋭は幾人かはいるのだが彼らは長期任務に出ることが多く、単身で動けるのは琴美だけなのだ。
 だからどうしても、彼女に頼らざるを得ない。
 秘書の言うとおり体制を見直すべくあるのだが、琴美は動くたびに進化を遂げる驚異的な戦闘能力を持ち合わせているために、そう易々と変化を得ることもできないというのが現状だ。
 誰にも追いつけない、唯一無二の存在。
 それが、水嶋琴美なのである。

 カッ、と床を蹴る音がした。
 背筋がピンと伸ばされた美しい姿。
 手渡された資料を片手に、琴美は長い廊下を歩みだす。
 豊満で形の綺麗な胸が悩ましげに揺れた。
 グラマラスで理想的な体つきを惜しげもなく晒しつつ、彼女は歩みを進める。
 司令官の絶対的な信頼を常に感じ取りながら、気持ちを高めていく。
 自分に預けられた任務はいつでもどんな時でも、完璧な結果をもたらす。そしてそれが彼女の次の道へと繋がっていく。
 終わらない、終わりのない自分だけの確かな道である。
「さぁ、始まりますわよ」
 自身を奮い起こすための言葉。
 だがそこには不安な色合いは一切持たずに、むしろ楽しそうな表情にすら見える。
 規則正しい足音が数分続いたあと、彼女はひとつの部屋にたどり着いた。自室である。
 無駄のない所作で自室の扉を開けて、琴美は中へ身を滑らせた。そして手にしていた資料を机の上に置いたあと、クローゼットへと向かう。
 おもむろに開かれたクローゼットの扉。
 その向こうには任務のための衣服が並んでいた。
 目に付いた黒のラバースーツと、お気に入りのプリーツスカートは少し短めのデザインだ。そして、履き慣れた編上げのロングブーツ。
 それらを取り出し、ベッドに一度置いたあとに彼女はしなやかな肢体をくねらせて着替えを始めた。
 着ていたタートルネックを両腕でたくしあげればまた、豊満な胸がたゆりと揺れる。
 『女』の魅力が全身余すことなく詰め込まれた琴美の身体は、どのラインを見ても無駄がない。引き締まった二の腕、美しい曲線を描く腰、形の良いヒップラインから伸びる長い脚も綺麗だ。
 全身を包むスーツが、彼女の蜜のような肌をゆっくりと飲み込んでいく。規則正しくあるファスナーの音すらも、艶かしい響きだと錯覚するほどだ。首元までそれを上げたあと、右手を首の後ろまで持って行き長い黒髪をさらりと梳く。その際、一瞬だけ伏せられた瞼の細く長い睫毛が小さく震えた。
 ひと呼吸の後、闇色のプリーツスカートを手早く履いて太ももに革ベルトを二本取り付ける。そこには投げナイフが数本装着されていて、任務遂行には欠かせないものの一つだった。
 そして、腰ベルトにある小さなポーチにはグレネードなどが詰め込まれる。
 最後に使い込まれた柄が印象的なシースナイフの刃の状態を確かめて、右の腰の後ろにそれを仕舞えば準備は完了だ。
 編み上げブーツを穿いた後、彼女は机の上に置いた資料を再び手に取り素早く目に通す。地形と特徴、テロ組織の要人と人数の把握をしたあと、小型のインターカムを体に取り付けて部屋の扉に手をかけた。
 肩ごしに振り向き自室を見やったあと「行ってきますわね」と誰もいない室内に言葉を残して、電気を落とす。
 パタンと閉められた扉の向こうには、ただひたすらの静寂のみが残されていた。



 一機のヘリとバイクを駆使してたどり着いた場所は、大きな廃工場だった。
 放棄されてもう何十年も経っている、錆びた色ばかりが広がる建物だ。こういった場所には闇の組織などが棲みつきやすく、琴美が請け負う案件の集団もここに居座っているようだ。
 人気は感じられないが地面を見ればタイヤ痕がいくつか残っている。
「監視に人は置いてないようですわね。カメラが数台あるのみ……」
 頭部に取り付けた暗視スコープを通しながら工場内を見やる琴美は小さくそう独り言を漏らした。
 事前に把握している中に、地下が存在していることもわかっている。廃工場はフェイクで彼らの本当の拠点はその地下なのだろう。
 身を隠しているこの位置からは遠すぎる。突入するしかない。
「水嶋、これより目的地に潜入致します。帰還時刻は予定通りですわ」
『了解』
 耳元に手をやり、通信機でのやり取りを短くこなす。
 そして彼女は身を低くしたまま地を蹴った。
 隣接する古いビルの屋上を駆け抜け、ひらりと宙を舞う。その姿はラインを強調させるラバースーツが艶を作り、とても綺麗だった。スロー画のような光景の後、廃工場へと足を踏み入れた彼女を待つのは迷彩服に身を包む人影だ。
 影はまだこちらに気づいてはいない。
 それを利用して琴美は音もなく駆け寄り、手刀を叩き込んだ。細い腕からは想像もできない力で一人を地へと沈ませたあと、バラバラと男の影が増える。
「侵入者だ!」
 一人が声を上げた。
 すると、直後に警告音が鳴り響く。
 一瞬にしてあたりが殺伐とした空気に包まれた。
「そちらから出てきて下さるなら、楽でいいですわね」
 厚みのあるふっくらとした唇が笑みを象った。その後彼女はくるりと地で回転移動をし、太ももに装着している投げナイフを器用に四方へと投げた。
 それらは目に見えているすべての監視カメラへと向かい、次の瞬間には破壊される。鮮やかな動きだった。
 向かってくる組織の男たちを、流れるような動きで全てねじ伏せる。
 奥に進めば進むほど薄暗くなり視界は悪くなる一方であるが、琴美は少しも怯みはしなかった。
「袋の鼠だ! やれ!」
 背後でそんな声がした。
 それが合図になったかのように、琴美に向かって数十人の人影が降ってくる。
 彼女はそこですっと背筋を伸ばし上半身のみをひねらせた。そして向かってくる男達にすらりと腕を伸ばした。
「――袋の鼠とは、こういう事を言うのですのよ!」
 少し大きめの声のあと、琴美は伸ばした腕を手のひらを下にして地へと降ろした。

 ――ズウゥン。

 重い音が響いた。
 彼女の持ち合わせる能力の一つ、重力を操ったのだ。
 群れをなす数の場合には特に有効となる手段だった。彼女を取り巻く周囲五十メートル前後にいた男たちは、皆為す術もなくその場に沈み込む。
 彼らには何が起こったのかすら理解出来ていないようであった。
 見えない何かが上から全身を押し付け、骨が軋む音が脳内にまで届く。
「ぐ、あぁ……っ」
 各方面からそんな声が漏れ聞こえる。
 まるで崩れ落ちた瓦礫の山のような光景を尻目に、琴美は一度さらりと自分の黒髪を払い、そしてさらに先へと進んだ。
 運搬用のエレベーター。
 その奥は地下へと繋がるルートがある。
 彼女はためらいもなくそのエレベーターの昇降用ボタンを押すのだった。


  続