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incomparable：3
「よく燃えてますねー」
ヘリの操縦士が眼下の廃工場を見やりながらそう言った。
それに釣られるようにして琴美も窓の外へと視線をやった。
「消火はきちんとしてくださいね」
「処理班がもう入ってます。大丈夫ですよー」
操縦士の口調は軽い響きだった。
楽観視しているわけではなく、元々こういった口調なのだろう。
そんなことを考えつつ、琴美はふぅ、とため息をこぼす。
「……お疲れですか？」
「いえ、そうではなくて……緊張感から解き放たれた時の感情に似ていますわね」
「なるほど……それは、なんとなくわかる気がしますよ。自分は操縦士ですけど、人の命を預かってる以上やっぱり緊張しますからねー」
琴美はそういう彼の背を見た。
彼にも彼なりの役目がある。自分は戦う道を、彼はサポートの道を。
「自分の選んだ道を全うすることは、簡単そうで難しいですわよね……」
「水嶋さんほどの覚悟は無いですけどね」
操縦士はハハ、と笑いながらそう言う。琴美の普段からの活躍を熟知しているからこその言葉だった。
「…………」
琴美は窓からの景色を再び見た。
夕焼けのオレンジ色が広がる空間と、それを浴びて輝く建物たち。
ゆっくり流れてゆく時間と、同じようにして流れていく景色。
それらを目に焼き付けた後、琴美は言葉無く静かに瞳を伏せた。
ヘリポートに立つ影があった。
眼鏡の女――司令官の秘書であった。
「お疲れ様です、水嶋さん」
「お出迎え痛み入りますわ」
秘書の履くハイヒールがカッとコンクリートを鳴らした。
手に持っていた書類を持ち直し、琴美に向かってくる。
「……本当にお一人で倒されたのですね」
「いつもどおりですけれど……あなた、最近赴任された方ね？」
風になびく髪を押さえながら、琴美は彼女の言葉にそう答えて質問を返す。
すると秘書は眼鏡をくい、と上げてからこくりと頷いて見せた。
「少し前まで西の支部にいました。お噂は聞いてはいたのですが、実際この目で確認するまでは到底信じがたい結果ばかりで……」
「そんなに素晴らしい事をしているつもりはありませんのよ」
肩を竦めつつ言う琴美に、秘書はため息をこぼした。
「余裕なんですね」
「もちろん、そんなつもりもありませんわ。私は任務に常に真摯に立ち向かってますのよ」
殊勝にものを言うのは、琴美自身が己の能力を理解しているがためだった。
それを目の前で聞いた秘書は、ふ、と小さく笑みを作る。
「司令官がお待ちです。どうぞ」
「ご理解くださったのかしら？ ありがとう」
秘書が一歩を引いた。そして左手を導きの手をとして差し出して、扉へと琴美を案内する。
「今度ゆっくりお茶でもしましょう」
「はい、次の休暇にでもぜひ」
琴美がにこりと微笑みながらそういえば、秘書も釣られて笑みをこぼす。
ふふ、とお互いに笑いながら、二人はヘリポートを後にした。
「ああ、水嶋」
司令室に入った琴美を待っていたのは、司令官だった。
彼は新しい書類に目を通していた最中で、それを机の上に置いてから立ち上がる。
「水嶋、ただ今戻りましたわ。任務は滞りなく遂行、無事に完了致しました」
「うむ、ご苦労だった。怪我などはしてないか？」
「無縁なご質問ですわ、司令官」
あれだけ戦い抜いた後であるというのに、琴美の立ち姿は任務に出る前と全く変わらぬままだった。
少しだけラバースーツに土ぼこりなどがついているが、傷ひとつどこにも見当たらない。滑らかな肌にも少しのかすり傷すらなかった
「今回はどうだ、少しは大変だったか？」
「いいえ、少し物足りませんでしたわ。もっと手ごたえがあっても良かったと思っていますのよ」
若干、つまらなさそうな表情でそう言う琴美。
好敵手とも取れる相手は確かにいたが、それでも『手負い』であった。
「向こう側にハンデもありましたし……次はフルでの闘いを望みたいものですわね」
「おっと、それはすまないことをしたな。今後は気をつけよう」
「ええ、そうしてくださいな」
艶やかな黒髪を一房、人差し指に絡めつつそう言う琴美は、どこか小悪魔的な魅力があった。
こう言うのを魔性というのだろうな、と心で呟くのは秘書だ。
そして、一拍置いてから再び口を開くのは司令官だ。
「――いつも、お前ばかりに頼ってしまってすまないな」
「とんでもありませんですわ。私だからこそ請け負わなくてはならない任務も多いんですもの。これからも今までどおり、何なりと命を下してくださいな」
「そう言って貰えると私としても有難いよ、水嶋」
首を傾けて美しく微笑む琴美。
満足そうに笑う司令官。
そんな二人を脇で見つめていた秘書もまた、唇に笑みを浮かべている。
絶対的な信頼があってこその、結ばれた関係。
今まで数多くの任務をこなしてきた琴美に、司令官は常に信頼を置いている。心配もあるようだが、それはいつも本人によって崩される事柄でもあるようだ。
「この調子で次も頼む。また後日、新しい任務を頼むことになるだろう。それまではゆっくり休んでくれ」
「了解ですわ。それでは、失礼します」
軽い会釈のあと、琴美はくるりと踵を返した。
そして彼女はそのまま扉目指して歩みを進めて、司令室を出て行く。
どこまでも優美な所作な琴美の後姿を最後まで目に留めていたのは秘書だった。
「――どうかな、少しは水嶋のことを理解出来ただろうか？」
「はい。ここに来る前にお話もさせて頂きましたが、彼女はとても素晴らしい戦士であり女性でした」
「そうか」
琴美が任務を請け負った当時のように、司令官と秘書がそんな会話を交わす。
だがそこには最初の頃のような不安の色は微塵も含まなかった。
秘書の確かで素直な気持ちを聞いた司令官の表情も、とても満足そうなものであった。
水嶋琴美。
この特務では欠かす事のできない重要な存在。
女性にして男顔負けの能力を持つ美しき戦士は、また一つの時間の枠にその存在感を大きく刻み込んでいた。
続
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