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先日の任務から数日過ぎた今日、琴美は休暇を取りショッピングを楽しんでいた。
ミニのプリーツスカートとロングブーツという出で立ちは彼女のお気に入りのスタイルのようだ。
だが、今日はスーツを着用していない分、肌の露出が多く目につく。
腰を少し過ぎるまでのダッフルコートを着て、その裾からチラチラと見えるプリーツスカートはなんとも魅惑的だ。
そしてオーバーニーが琴美の太腿を食い込み、そこから漏れ出る肌の厚みがまた色っぽい。
「あら……良い色ですわね」
琴美がそこで足を止めた。今年の流行色のマフラーが彼女の目に止まったらしい。
グレイッシュなパステルカラーのマフラーがそこには並べられていた。
「いかがですか〜この冬オススメの商品ですよ〜」
店員が琴美に気が付き笑顔で寄ってくる。
それに同じく笑顔で答えて、彼女は手を差し出した。
「ゆっくり見て回りたいので、また後で声をかけてくださいな」
「服のサイズや色、ご試着などありましたら、お気軽にどうぞ〜」
やんわりと店員を遠ざけた琴美に、店員はそう言い残して場所を離れた。そして後から入ってきたらしい他の客にベッタリついてまわっている。
それを横目でチラリと見て苦笑しつつ、琴美は先ほど気になったマフラーをひとつ手に取った。グリーンベースの落ち着いた色、柔らかい手触り。
先ほどの店員がそばに寄せてくれた姿に向かい、彼女はマフラーを自分の首もとへと充てた。
コートとスカートと合いそうであれば、購入しようと思っているらしい。
「似合ってますよ」
「……あら」
鏡の向こう、声の主を瞳で追えば、秘書の姿がある。
改めて体を彼女へと向き直り、琴美は笑みを浮かべた。
「あなたもお休み?」
「ええ、午後からの休暇を貰いました。書類作成の紙も買い足したかったので」
「真面目ですのね。事務処理係にでも頼めますのに」
秘書の右腕に収まるのは文具店の袋。買い足しの帰り道といったところなのだろう。
「この後お時間あります? この近くにおすすめの喫茶店がありますのよ」
「よろしかったらご一緒させてください」
秘書の返事を嬉しそうに受け止めて、琴美は手にしたままであったマフラーを店の奥にまで持っていった。
どうやら購入するようだ。
オーバーニーとスカートの間の肌が悩ましい。
同姓から見ても魅力的だと思える琴美の肢体は、どのような時に遭遇しても同じだ。
「……いいなぁ……」
ぽつり、とそんな本音が秘書の口から漏れる。
音にしてしまったことを彼女自身が驚き、直後に開いている手で口元を覆った。
誰に聞かれているわけでもないと言うのに、こういった心情の吐露には焦りを感じてしまうものなのだろう。
コホン、と一つ咳をして、秘書は姿勢を正して琴美を待つ。
「お待たせしてしまいましたわ。……あら、どうかしましたの?」
「い、いえ何も」
店のかわいい包袋を手にしながら店を出てきた琴美は、秘書の僅かな変化に首を傾げた。
秘書の彼女はわずかの頬を染めてふるふると首を振って追及を避ける。
「じゃあ、行きましょうか」
「あ、はい」
琴美は秘書の様子を気にしつつも、彼女自身がそれを拒絶している以上は何も聞かない。
そしてそんな彼女を導くようにして、店のある方向へと指をさして歩みを開始した。
「寒いですね。雪が降りそうです」
「今年も降るのでしょうね。そう言えば貴女は西から来たんでしたわね。寒いのは苦手なんじゃなくて?」
「はい、そのとおりです……雪は珍しくて良いんですけど、寒さには負けてばかりですよ」
「じゃあ、これを差し上げますわ」
そう言いながら琴美が差し出したのは小さな茶色の包み。
秘書は首を傾げながらそれを受け取って、おもむろに中身を確かめる。
中に入っていたのはジャムの瓶だ。
「マーマレイド……?」
「ゆず茶ですわ。体が温まりますわよ。最近のマイブームですの」
「いいんですか? ……その、今日買ったばかりのように見えますが」
「これもお近づきの印ですわ」
琴美は特有の笑みを見せて、そう言った。
そしてまた歩み出す。
秘書は半分呆けていたが、彼女が歩みを進めるのを目の当たりにして、慌てて小走りになる。
「あの、ありがとうございます。早速帰ったら飲んでみます」
「お口に合えばよろしいのだけど。……さぁ、ここですわ。入りましょう」
「はい」
一つの喫茶店にたどり着いた二人は、クラシカルな扉を押し開けて中へと入った。
雑誌にも乗るほどの店なので、店内はいつでも客でいっぱいだ。
「いらっしゃいませ、水嶋さま」
「お席、開いてるかしら」
「ご案内いたします」
中から顔を見せた一人の店員が、琴美を案内する。
秘書は黙ってそれについていった。
一番奥の静かな空間に通された二人は、そこで席についた。
「あの……ご常連なのですか?」
「ええ、そうね。休暇をもらったら必ずここに立ち寄ると決めているのよ。紅茶がとても美味しいんですの」
「いつもは基地内の支給品ですもんね」
「あそこのコーヒーはあまり美味しいとはいえませんわね。泥水のようだと言ってる方もいましたけど」
琴美のそんな言い分に、秘書の彼女は小さく吹き出した。
お世辞にも美味だと言いがたいいつもの飲み物を仕方なく飲んでいた自分にも、似たような気持ちがあったのかもしれない。
「こういうお気に入りのお店を見つけておくも、良い休日の過ごし方ですわよ」
「そうですね、私も見習います」
そんな会話を交わしながら、琴美はケーキセットを、秘書はクロックムッシュとコーヒーを注文した。
「クロックムッシュにはバリエーションもありましたわね」
「マダムですね。目玉焼きの乗ったほう。あれも好きですよ」
店内からはクラシック音楽がゆったりと流れてくる。よく耳にはするが、タイトルを知らない曲が多い。
「――愛の夢、ですわね」
「曲名、ご存知なんですね」
琴美も同じようにして曲に耳を傾けていたのか、現在かかっている曲名をすんなりと言い当てる。
「ここのマスターにレコードを見せてもらったことがありますのよ」
「有線とかじゃないんですね。今どきレコードが現存しているのも、珍しいです」
「古き良きは大事にするものですわ」
琴美はそう言いながら、手荷物の茶封筒を探りだす。
その中から出てきたのは新しい手帳だった。
愛おしそうに一度両手で包み込んでから、彼女はそのページをめくり出す。
そんな彼女の行動を見ていた秘書も、思い出したかのように自分のバッグに手をやった。そして付箋で一杯の手帳を取り出して、パラパラとめくる。
「スケジュールはいつも一杯そうですわね」
「その為の秘書になりました。少しでも基地で皆さんのお役に立てるように」
秘書の彼女はそう言いながらサラサラと開いているスペースに事柄を書き込んでいく。
帰った後も彼女には休息はあまり無いようだ。
「司令官殿はご健勝かしら」
「今日は夕方に会食の予定です」
「働き過ぎは体に毒でしてよ。――貴女もね」
「ああ、すみません……うっかり仕事モードに……」
秘書が慌ててメガネを直した。
そんな仕草に、琴美はふふりと笑う。
すると、タイミングを見計らったかのようにして、二人の手元に運ばれてくるのは注文したケーキと焼きたてのクロックムッシュだった。
「肩の力を抜いて。今の時間を楽しみましょう」
「はい、ありがとうございます」
琴美の手元には琥珀色の紅茶が、秘書の傍にはコーヒーがある。どちらも良い香りだ。
それぞれに砂糖とミルクを入れて、二人は同時にカップに唇を寄せる。
口に広がる温かさが、じわりと心を満たしていくのがわかった。
「……本当に、いいですね。こういう時間を作るのって」
「女ですもの。優しい気持ちになれる時間は当然必要ですわ」
カップを両手に収めながら言う琴美はまた、別の魅力があった。
任務の時のような戦士のオーラは一切感じずに、優しさと艶やかさが全身から滲み出ているかのようだ。
「あの……よかったらまた、ご一緒してください」
「喜んで。いつでもお誘いくださいな」
秘書からの申し出に、琴美は嬉しそうに微笑みながらそう返した。
僅かな休日は、ゆっくりと優しい気持ちに包まれながらの一日となるのであった。
終
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