コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


公僕無双


「こっ、この非国民が! 国賊が!」
「売国女が! てめえ半島人の彼氏でもいやがんのか!?」
「あのクソ民族に股ぁ開きやがったのかああああ!」
 罵詈雑言を吐き散らしながら男たちが、ひたすらに小銃をぶっ放す。
 嵐のような銃撃が、港湾施設全域に響き渡る。
 弾丸の暴風が吹きすさぶ中を、水嶋琴美はゆったりと歩いた。
 歩きながら、ひらりと身を翻す。
 しなやかな胴が柔らかく捻れ、ラバースーツを内側から突き破ってしまいそうな胸が、横殴りに揺れつつ銃弾をかわす。
 ロングブーツを履いた左右の美脚が、ステップを踏む形に躍動した。短めのプリーツスカートが、フワリとはためく。美しく膨らみ締まった左右の太股が、銃撃の嵐を軽やかに回避する。
 周囲の建物の陰で、男たちが、小銃を乱射しながら、ことごとく倒れていった。
 琴美が何かしら反撃を行った、わけではない。彼女はただ、かわしているだけだ。
 かわされた銃弾の暴風が、港湾施設のあちこちで男たちを直撃する。滑稽なほど悲惨な、同士討ちである。
 この男たちが素人の集団であるのは、やはり間違いない。味方に流れ弾が当たるような陣形で、標的1人を取り囲み、何も考えずに乱射を行っている。
 琴美としては、反撃どころか、身を隠す必要すらない。歩きながら時折、身を捻る。それだけで敵は勝手に自滅してくれる。
 無職無芸の輩を金で集め、小銃の撃ち方だけを教えた者がいる。
 それがすなわち、今回の本当の敵だ。
「私、思いますの。幕末の尊王攘夷も、案外このような感じではなかったのかしら……と」
 呟きつつ琴美は、少しだけ反撃をしてやる事にした。形の綺麗な左手を、シュッ……と空気を裂く感じに振り上げる。
 光が飛んだ。投擲用の、小型ナイフ。
「鬱憤を抱えた人たちが、世の中の行き詰まりに耐えかねて愛国に走る……尊王を叫びながら、商家へ押し入って強盗を働くような方々が、あの時代は大勢いらしたと聞いておりますわ」
 倉庫の屋根の上で小銃をぶっ放していた男が、光に喉を貫かれ、絶命しながら落下した。
「……今の貴方がたが、まさにそれ」
 琴美は振り向きもせず、肩越しに右手を振るった。
 男が1人、琴美の背中に小銃を向けたまま光に貫かれ、倒れ、天空に向かって銃撃を放ちつつ息絶えた。眉間に、小型ナイフが突き刺さっている。
「今の世の中、やかましく愛国を叫ぶ方々が本当うんざりするほど大勢いらっしゃいますけれど」
 琴美は溜め息をついた。
「その中から、高名な幕末志士のような方が出て来られる事は……恐らく、ありませんわね。大半が貴方たちの御同類」
 男たちは全員、屍に変わっていた。大半が同士討ち、何名かは琴美のナイフによって。
「御自分たちのなさっている事が、どこかの国の反日暴動と何も変わりはしないと……って、もう聞こえておりませんわね」
 琴美は見回し、動いている敵が1人もいない事を目で確認した。
「汚物の如く罵詈雑言を垂れ流し、ネット内だけで大いに盛り上がる……だけで満足なさっていれば、こんな事には」
 そこで、琴美は息を呑んだ。
 動いている敵が1人もいない、わけではなかった。
 男が1人、眉間にナイフが突き刺さった状態のまま、よたよたと起き上がっている。
 まだ生きているのなら、とどめを刺してやらなければならない。
 そう思いつつ、琴美は気付いた。
 屍であるはずの男たちが、同じようにヨロヨロと立ち上がりつつある、周囲の状況にだ。
「これは……!?」
 銃撃をまともに喰らって穴だらけ、どう見ても生きているはずのない男が、散大した瞳孔で琴美を睨みながら牙を剥き、掴み掛かって来る。
 獣の動きだった。
 知能と呼べるものは、恐らくほとんど残っていない。
 そう判断しながら琴美は身を翻し、しなやかな左右の細腕を高速で舞わせた。
 艶やかな黒髪がふわりと乱れ、その周囲で、いくつもの閃光が弧を描く。
 穴だらけの男の肉体が、ズタズタの細切れに変わりながら崩れ落ちる。
 それを蹴散らし、琴美は駆け出していた。両手には2本、大型の白兵戦用ナイフが握られている。
 疾駆に合わせ、その刃が左右交互に一閃した。
 屍であるはずの男たちが、獣の動きで琴美を襲いながら、真っ二つになっていった。
 両断された肉体が、のたのたと弱々しく地面を這いずる。
 生きている、わけではない。この男たちは、死体のまま動いているのだ。
 黒魔術の類ではあるまい、と琴美は判断した。そういった臭いは、感じられない。
 彼らは生前、何かおぞましい薬物あるいは化学物質でも投与されたのだろう。
 幸い、銃器を扱うような知能は残っていないようであった。全員、素手でカギ爪の形を作り、襲いかかって来る。
 襲いかかって来た腕をかわしながら、琴美は左足を離陸させた。
 むっちりと形良い太股が跳ね上がり、畳まれていた膝が伸び、ロングブーツをまとう脛と足首が斬撃の如く一閃する。
 その蹴りが、動く屍の腹部を直撃した。
 もともと銃撃でちぎれかかっていた胴体が、完全にちぎれて両断された。
 下半身は倒れ、上半身はしかし両腕を伸ばして、琴美にしがみつこうとする。牙を剥き、喰らい付こうとする。
 喰らい付いて来ようとする顔面に、琴美は左のナイフを逆手で叩き込んでいた。
 そうしながら、今度は右の蹴りを一閃させる。プリーツスカートが若干あられもなく跳ね、すらりと鍛え込まれた美脚が高々と弧を描いた。そして動く屍の1体を打ち据える。
 蹴り倒された屍が勢い激しく地面に転がった。そして、琴美に襲いかかろうとする他の屍たちの動きを阻害する。
 即座に、琴美は踏み込んでいた。 黒豹のような疾駆。牙にも似た大型ナイフが左右2本、超高速で閃き、いくつもの斬撃の弧が生じては消える。
 動く屍たちが、切り刻まれながら吹っ飛んだ。
 死んでも動いているのなら、動いても大した事が出来ないほど細かく切り刻むしかなかった。
「生きている人を殺めるよりも……ある意味、気が滅入るお仕事ですわねえ」
 琴美のぼやきに、何者かが応えた。
「公務員の仕事とは、そういうものであろうよ。気が滅入らぬ仕事など、今この国にはない」
 男が1人、ゆっくりと琴美の視界に入って来た。
 白衣を身にまとう、神経質そうな初老の男。
「さすがは最強の公務員、自衛隊特務統合機動課よ……憂さ晴らしの愛国に走るしか無くなった非納税者どもを、容赦なく片付けてくれたものだ」
「貴方は、どうですの?」
 動く屍の1体を叩き斬りながら、琴美は会話の相手をした。
「愛国無罪の暴動でも起こすために、このような方々を集めて武装させたのではなくて?」
「あのような愚かしい騒ぎと一緒に扱われるのは心外だな。私は真に、この国を憂えているのだよ」
 琴美は、もう聞く気をなくした。
 白衣の男は、構わず喋り続けた。
「だから私は、この者どもを端金で掻き集め、投与したのだよ。私の研究成果を……自衛隊上層部の愚か者どもが結局認めようとしなかった、神の薬の実験を! 無職無芸のゴミどもに施してやったのだよ!」
「死んでも生き返るお薬、という解釈でよろしいのかしら? 見たところ、あまり成功してはいないようですけれど」
「だから、もっと実験を繰り返さねばならんのだ。今の世の中、愛国を少し煽ってやるだけで馬鹿がいくらでも集まって来る。実験材料には事欠かぬ」
 聞く気をなくした琴美だが、面白いから少し聞いてやろうという気にもなった。
「例えば小娘、お前ほどの戦闘者を育て上げるには莫大な金がかかる。期間も必要だ。何より、素質を持った者が見つかるとも限らぬ……だが私の研究が完成すれば、そこいらの引きこもりを引きずり出し、ほんの1日で不死の兵士へと作り変える事が出来る」
 あまり面白い話になりそうもない、と思いながら琴美は、動く屍の1体を蹴り倒した。
「完成した不死の軍勢であれば! 日本海を泳いで渡り、あの腐りきった国々に生身で攻め入り、神罰を与える事が出来るのだ! 自衛隊も、政府の愚か者どもも、私のこの研究を認めようとはしなかった! だから」
 そこで、白衣の男は黙り込んだ。声帯が、切り裂かれていた。
 琴美が踏み込み、ナイフを一閃させていた。真紅の飛沫が、噴水のように迸る。
「さ、立ち上がっていらっしゃいな」
 白衣を赤黒く染めて倒れゆく屍に、琴美は声をかけた。
「貴方の研究成果とやら、どれほどのものか見極めて差し上げますわ」
「……こ……むすめ……ぇええ……」
 声帯を断ち切られたはずの屍が、声を漏らしながら痙攣し、膨張してゆく。
 生き返る、と言うより人間ではないものへと変わり果てつつある男に、琴美は微笑みかけた。
「戦力になりそうな研究であれば……私が上層部にかけ合って、予算を出させてあげてもよろしくてよ?」